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第25話 白い結婚の行方
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馬車の中、カーテン越しに流れていく街灯の灯りが、静かに二人の頬を照らしていた。
レーモンドはふと横に座るサラスティナに視線を向け、小さく息を吸った。
「なあ、サラ。……どうして、教会に行こうとしたんだ?」
問いかけた声は、どこか怖れを滲ませていた。
サラスティナは少しの沈黙の後、柔らかく微笑んで、膝の上に組んだ手を握りしめたまま口を開いた。
「もし、レイが……あなたが追いかけて来なかったら、私は、白い結婚の証明書を提出して、新しい人生を歩もうと思ってたの。……最後の、確認だったのよ。あなたの気持ちが、どれほどのものか。試すなんて、ずるいでしょう?」
その言葉に、レーモンドは小さく肩を落とし、少し苦笑しながらも、安堵を隠せなかった。
やはり、あのとき走って良かったのだ――本能が、心が、動けと叫んだ意味が今、腑に落ちた。
「……サラ、お願いだから、教会に駆け込むのはもうやめてくれ。心臓が、止まるかと思ったんだ」
そう言うと、サラスティナはくすっと笑って頬を染めた。
「あなたが私を愛してくれる限りは、駆け込まないわ。だから……もしまた巻き戻ったとしても、ちゃんと、私を愛してね?」
その言葉に、レーモンドは目を細め、深く頷いた。
---
マイラス侯爵家の門が見える頃には、太陽の光が真上にあった。
その門の前を、何度も往復しているがデュランの姿だった。心配そうに、落ち着きなく歩き回っている。
馬車の姿が見えた瞬間、デュランは小走りで近寄ってきた。
「レイ! サラちゃんは!?……間に合ったのか!?」
焦りに満ちた声に、レーモンドは満面の笑みを浮かべて答えた。
「ああ、ちゃんと掴まえてきたよ。……サラが、俺との縁を選んでくれたんだ」
その言葉を聞いた瞬間、デュランは膝から崩れるようにその場にへたり込んだ。
「……よ、良かった……ほんとうに……!」
涙を浮かべるデュランに、サラスティナも微笑んで近づいた。
「デューお父様、ご心配をおかけしてしまって……でも、わたくし、レイとの縁を選びましたの」
そう言って、彼女はデュランの手を取り、レーモンドと共に抱き締めた。
三人のぬくもりが、夜風の冷たさを忘れさせた。
すでに籍は交わしていたふたりだったが、改めてきちんと式を挙げることに決めた。
「また巻き戻ったら困る」――レーモンドのその想いに、教会の予定は急ぎで押さえられ、ドレスも急ぎで用意された。
リュモン子爵家の取引先に無理を頼み込み、なんとか3か月後に挙式の日が定まった。
大慌てで準備を進めたはずなのに、当日、教会の鐘が鳴る時には、大勢の参列者と、街中の者がレーモンドとサラスティナの姿を一目見ようと集まっていた。
レーモンドとサラスティナは白を基調とし互いの瞳の色の刺繍を施した衣装に身を包み、サラスティナは、レーモンドの母から受け継がれたティアラと、ネックレス、イヤリングを身につけていた。
その姿は、気品とあたたかさを纏い、見る者すべての心に深く刻まれた。
手に持つのは、ブルーアイの花束。
その花に顔を埋めながら、サラスティナは、そっと囁いた。
「レイ……愛してるわ」
ふと顔を上げると、レーモンドは顔を真っ赤にしていた。
「お、俺も……俺も、サラを愛してる」
そんな照れた言葉に、サラスティナは笑みを浮かべながら、小さく首を傾げた。
「このブルーアイはね、レイなのよ。一度目も、二度目も、今も……私はこの花を見るたびに、あなたを思い出して、力をもらっていたの。だから、あのとき、温室でこの花を見つけた時、あんなに涙が溢れたの」
その理由を初めて知ったレーモンドの胸に、熱いものがこみ上げてきた。
――いつも、サラスティナは、自分を思い続けていてくれた。
どんな時も、どんなにすれ違っても、彼女は自分を見失わずに愛してくれていた。
その事実が、今さらながら胸を打つ。
空は晴れ渡り、ふたりはその青空の下、多くの祝福を受けて結ばれた。
長い時間を越え、いくつもの想いを積み重ねて、ようやく辿り着いたその場所。
肩を並べ、微笑みを交わすその姿は、まるで何十年も連れ添ってきた夫婦のように、自然と調和していた。
***
日付が変わる頃、人気のない裏通りをひとり歩く男がいた。
その足取りはゆっくりとしていて、何かに導かれるように、ふと立ち止まる。
視線の先には、古びた看板が揺れていた。
――《夜行蝶》
そして今宵もまた、静かに、誰かの後悔で人生が編み直されてゆく。
レーモンドはふと横に座るサラスティナに視線を向け、小さく息を吸った。
「なあ、サラ。……どうして、教会に行こうとしたんだ?」
問いかけた声は、どこか怖れを滲ませていた。
サラスティナは少しの沈黙の後、柔らかく微笑んで、膝の上に組んだ手を握りしめたまま口を開いた。
「もし、レイが……あなたが追いかけて来なかったら、私は、白い結婚の証明書を提出して、新しい人生を歩もうと思ってたの。……最後の、確認だったのよ。あなたの気持ちが、どれほどのものか。試すなんて、ずるいでしょう?」
その言葉に、レーモンドは小さく肩を落とし、少し苦笑しながらも、安堵を隠せなかった。
やはり、あのとき走って良かったのだ――本能が、心が、動けと叫んだ意味が今、腑に落ちた。
「……サラ、お願いだから、教会に駆け込むのはもうやめてくれ。心臓が、止まるかと思ったんだ」
そう言うと、サラスティナはくすっと笑って頬を染めた。
「あなたが私を愛してくれる限りは、駆け込まないわ。だから……もしまた巻き戻ったとしても、ちゃんと、私を愛してね?」
その言葉に、レーモンドは目を細め、深く頷いた。
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マイラス侯爵家の門が見える頃には、太陽の光が真上にあった。
その門の前を、何度も往復しているがデュランの姿だった。心配そうに、落ち着きなく歩き回っている。
馬車の姿が見えた瞬間、デュランは小走りで近寄ってきた。
「レイ! サラちゃんは!?……間に合ったのか!?」
焦りに満ちた声に、レーモンドは満面の笑みを浮かべて答えた。
「ああ、ちゃんと掴まえてきたよ。……サラが、俺との縁を選んでくれたんだ」
その言葉を聞いた瞬間、デュランは膝から崩れるようにその場にへたり込んだ。
「……よ、良かった……ほんとうに……!」
涙を浮かべるデュランに、サラスティナも微笑んで近づいた。
「デューお父様、ご心配をおかけしてしまって……でも、わたくし、レイとの縁を選びましたの」
そう言って、彼女はデュランの手を取り、レーモンドと共に抱き締めた。
三人のぬくもりが、夜風の冷たさを忘れさせた。
すでに籍は交わしていたふたりだったが、改めてきちんと式を挙げることに決めた。
「また巻き戻ったら困る」――レーモンドのその想いに、教会の予定は急ぎで押さえられ、ドレスも急ぎで用意された。
リュモン子爵家の取引先に無理を頼み込み、なんとか3か月後に挙式の日が定まった。
大慌てで準備を進めたはずなのに、当日、教会の鐘が鳴る時には、大勢の参列者と、街中の者がレーモンドとサラスティナの姿を一目見ようと集まっていた。
レーモンドとサラスティナは白を基調とし互いの瞳の色の刺繍を施した衣装に身を包み、サラスティナは、レーモンドの母から受け継がれたティアラと、ネックレス、イヤリングを身につけていた。
その姿は、気品とあたたかさを纏い、見る者すべての心に深く刻まれた。
手に持つのは、ブルーアイの花束。
その花に顔を埋めながら、サラスティナは、そっと囁いた。
「レイ……愛してるわ」
ふと顔を上げると、レーモンドは顔を真っ赤にしていた。
「お、俺も……俺も、サラを愛してる」
そんな照れた言葉に、サラスティナは笑みを浮かべながら、小さく首を傾げた。
「このブルーアイはね、レイなのよ。一度目も、二度目も、今も……私はこの花を見るたびに、あなたを思い出して、力をもらっていたの。だから、あのとき、温室でこの花を見つけた時、あんなに涙が溢れたの」
その理由を初めて知ったレーモンドの胸に、熱いものがこみ上げてきた。
――いつも、サラスティナは、自分を思い続けていてくれた。
どんな時も、どんなにすれ違っても、彼女は自分を見失わずに愛してくれていた。
その事実が、今さらながら胸を打つ。
空は晴れ渡り、ふたりはその青空の下、多くの祝福を受けて結ばれた。
長い時間を越え、いくつもの想いを積み重ねて、ようやく辿り着いたその場所。
肩を並べ、微笑みを交わすその姿は、まるで何十年も連れ添ってきた夫婦のように、自然と調和していた。
***
日付が変わる頃、人気のない裏通りをひとり歩く男がいた。
その足取りはゆっくりとしていて、何かに導かれるように、ふと立ち止まる。
視線の先には、古びた看板が揺れていた。
――《夜行蝶》
そして今宵もまた、静かに、誰かの後悔で人生が編み直されてゆく。
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