枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!

宵森みなと

文字の大きさ
19 / 54

第18話 語られる秘密、崩れる心のバランス

しおりを挟む
魔法師団の団長室──
クラリスは、深く腰掛けたソファの端で、ぎゅっと膝の上で手を組んでいた。視線は正面のイザーク団長へと向いていたが、どこか遠くを見ているような目だった。

覚悟は決めた。だが、心のどこかでは「これを話したら、どうなるのか」という不安がくすぶっていた。

沈黙を破ったのは、クラリス自身だった。

「これからお話しすることは、私の家族にも話していない秘密です……。知っているのは、次男の兄──レオナルド兄さま、ただ一人です」

イザーク団長とロイド副団長の視線が揃ってクラリスに注がれる。

「私は、王立学園の門をくぐったあの日、前世の記憶を思い出しました」

声は静かだったが、はっきりと響いた。

「前の人生では、日本という国に生まれて、大学を出た後、いわゆる事務官……いえ、OLという職業に就いて働いていました。二十五歳、独身の普通の女性でした。自宅で亡くなったのか、事故だったのか……理由は分からないんです。ただ、目を覚ました時には、あの学園の入学式でした」

彼女の語る内容は、常識的には到底信じがたい話だった。けれども、イザークの眉間の皺は、不信というよりはむしろ、事実を受け止めようとする苦悩の色が強かった。

「ポンちゃんは……その前の人生で、私が実家で飼っていたラブラドール犬なんです。ホワイトグリフォンを見たとき、思わずその名前を口にしてしまいました。根拠はないのですが、目が、仕草が、あまりにも似ていて……」

しばらく沈黙があった。ロイド副団長が、ソファの背に深くもたれながら訊ねる。

「なるほど……それで、クラリス嬢。魔力の変化についても説明がつく。ただ……それでも不思議なのは、魔法の理解力です。前世の世界には、魔法があったのですか?」

「いえ……魔法はありませんでした。その代わりに“科学”というものがあって、たとえば空を飛ぶ機械や、たくさんの人を乗せて移動する乗り物──飛行機や車、新幹線と呼ばれるものがありました。あとは……写真や、動く映像を見るための“テレビ”も……」

「……ふむ。だが、科学の発展と魔法の理解は別の話だ。なぜ、魔法が存在しない世界にいて、それほどまでに魔法の仕組みを理解できるのだ?」

その言葉にクラリスは一瞬黙った。だが、すぐに小さく息を吸い、答えた。

「“漫画”や“アニメ”と呼ばれる文化があったんです。空想や架空の世界を舞台にした物語を、絵で、映像で描き出す──魔法のある世界も、その中にたくさん存在しました。だから私は、生まれてからずっと、そういった“異世界”に慣れ親しんできました。子どもの頃から、ずっと……」

「想像力、か」

イザークがぽつりと呟く。その目は、過去の何かを回想するように遠くを見ていた。

だが──
次の言葉が返ってこなかった。

沈黙が、妙に長く続く。
クラリスは、ぽつりと小さく笑った。

「……あれ? もしかして、ドン引きされてますか……?」

その場の空気が張り詰めたまま解けなかったことが、彼女の胸にじくじくとした痛みをもたらした。

せっかく、ここまで築いてきた関係を壊してしまったのかもしれない。

心が、音を立てて折れる感覚がした。

「……理解していただけなくても結構です。すみません、今日はもう疲れましたので、これで失礼します」

立ち上がるクラリスの動作は、ゆっくりとしていた。落ちた心を拾い上げる余裕はなかった。

部屋を出るとき、イザークもロイドも、声をかけてはこなかった。

魔法師団の建物を抜け、外に出ると、エステルハージ家の馬車がちょうど門前で待っていた。御者がクラリスを見つけ、そっと扉を開ける。

クラリスは、ゆっくりと馬車に乗り込むと、膝の上に手を重ね、遠ざかる魔法師団を見つめた。

「……ほんと、今日は厄日だわ」

ぽつりとこぼれたその言葉に、誰も答える者はいなかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。 身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。 だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!? 利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。 周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。 なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。 普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。 それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。 そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。

異世界召喚されたアラサー聖女、王弟の愛人になるそうです

籠の中のうさぎ
恋愛
 日々の生活に疲れたOL如月茉莉は、帰宅ラッシュの時間から大幅にずれた電車の中でつぶやいた。 「はー、何もかも投げだしたぁい……」  直後電車の座席部分が光輝き、気づけば見知らぬ異世界に聖女として召喚されていた。  十六歳の王子と結婚?未成年淫行罪というものがありまして。  王様の側妃?三十年間一夫一妻の国で生きてきたので、それもちょっと……。  聖女の後ろ盾となる大義名分が欲しい王家と、王家の一員になるのは荷が勝ちすぎるので遠慮したい茉莉。  そんな中、王弟陛下が名案と言わんばかりに声をあげた。 「では、私の愛人はいかがでしょう」

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

老け顔ですが?何かあります?

宵森みなと
恋愛
可愛くなりたくて、似合わないフリフリの服も着てみた。 でも、鏡に映った自分を見て、そっと諦めた。 ――私はきっと、“普通”じゃいられない。 5歳で10歳に見られ、結婚話は破談続き。 周囲からの心ない言葉に傷つきながらも、少女サラサは“自分の見た目に合う年齢で学園に入学する”という前代未聞の決意をする。 努力と覚悟の末、飛び級で入学したサラサが出会ったのは、年上の優しいクラスメートたちと、ちょっと不器用で真っ直ぐな“初めての気持ち”。 年齢差も、噂も、偏見も――ぜんぶ乗り越えて、この恋はきっと、本物になる。 これは、“老け顔”と笑われた少女が、ほんとうの恋と自分自身を見つけるまでの物語。

余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。 しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義! そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。 「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」

処理中です...