放課後探偵倶楽部

きやま

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第一話「猫の探し物」

「じゃあさ!みんなで探すのはどう?」

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 息を切らして部室へとやってきた少年は、肩を上下に揺らしながら呼吸を整えている。額にはびっしりと汗をかいていて、尋常ではないと一目でわかった。

「ど、どうした!?」

 俺はとっさに彼に駆け寄り、彼の肩を手で支えながら椅子へと誘導する。ぱっと見で怪我をしていないか確認するが、目立った外傷はなさそうだった。
 俺の担任するクラスの生徒ではないが、この華やかな顔立ちの美少年には見覚えがある。彼は俺の担当している2-2の隣……2-1の生徒で、放課後探偵倶楽部の部員ではないがよくこの部活に顔を出しにきていた。

 椅子へ座った少年へすかさず光一が駆け寄り、彼の前に跪いて優しく声をかけた。

「雅也、どうしたの?何があったの?」
「はあ……っ、そ、その……はあっ」
「うん、落ち着いてからで大丈夫だからね……」

 光一は雅也の背中に手を当てて、軽くさすっている。彼らはとても仲の良い友人のようで、こうして雅也の面倒を光一が見ることが今までにも多々見られた。持久走の後のような徒労感を滲ませつつも、雅也は話し始める。


「実は、タマが……!ボクの飼い猫がいなくなってしまったんだ!!今日から新しい使用人がやってくるから注意をしていたつもりだったんだが、不意を突いて逃げ出してしまったみたいでね……ああ、どうすればいいんだか……ボクがちゃんと見ておけば……!!」

 事情を話しながら雅也は頭を抱えてしまった。今にも泣き出してしまいそうな雅也にどんな言葉をかけて良いのかわからない俺たちは、何かを言わなくてはと思うが言葉にならないままお互いに顔を見合わせていた。

――が、

「じゃあさ!みんなで探すのはどう?」

 一際明るい声でそう提案した望に、全員の視線が集中した。望は一人一人の顔を見渡した後、笑顔を浮かべて言葉を続ける。

「俺たちは放課後探偵倶楽部の探偵でしょ?だったら事件を解決しなくちゃね。……雅也くん、タマがいなくなったのは何時ごろ?」

「っえ、あ、ああ……!タマがいないのに気づいたのは、10分……いや、気付いてから慌てて学校に来たから20分くらい前だな」
「なるほどね……。あ、そうだ。ちょっと待って、ここら辺に地図が……あった。雅也くんの家ってどの辺?」

 望は机の上に部室のロッカーから取り出してきた紙の地図を広げ、雅也に赤いペンを差し出した。望が雅也へ聞き込みをしている様子は、本当に熟練の探偵のような落ち着きがあり、俺は思わず感動と驚きで目を瞬かせる。
 雅也も望の言葉に落ち着きを取り戻したようで、ペンを受け取り「この辺りだ」と自分の家の場所に丸い印をつけた。

「脱走してから20分……今はまだ夕方前だし、元々家から出したりしていない猫だったら、まだ家の周りにいる可能性が高いんじゃないかな。SNSで情報の拡散とかはした?夜になるまでに見つけてあげようよ」
「え?拡散?い、いや……というより、ボクはSNSの類は一切やっていないんだが……」

「あんた友達いないもんね。あたしが呼びかけてみる。タマちゃんの詳しい情報と画像教えて」

 望の問いかけに困惑する雅也の前に、携帯電話を手に持った色が出てくる。色が「ほら早く携帯出して」と雅也に声をかけると、雅也は慌てた様子で鞄の中の携帯電話を何度か落としながらも手に持った。

「こ、こ……これがタマなんだが……っ!」
「黒猫ちゃんなんだ、可愛い。……じゃ、その写真をあたしにメールで送って。メールくらいできるよね?これ、あたしのアドレスだから」
「メールアドレス……!?」
「早く送ってよ」

 何やらモニョモニョとやっている2人を微笑ましく思いながら、俺は口を開いた。

「じゃあ、手分けして雅也の“タマちゃん”を探そう。組み分けは……」
「はいはーい!俺お兄ちゃんと組みまーす」

 一番乗りと言わんばかりに、元気よく手を挙げてちゃっかり俺の隣へとやってくる望。そんな望に続くようにして光一も手を挙げた。

「じゃあ僕は雅也の家の近所の人とかに聞き込みに行こうと思います。雅也……はここで待っていた方がいいか。色さんもSNSの連絡を待っていた方がいいよね……じゃあ、一希さん。一緒に僕と聞き込みに行ってくれる?」
「えっ!?わ、私っ?あ、ええと……うん……!わっ、私なんかでもお役に立てればいいだけど……き、聞き込み……」
「あはは、大丈夫。雅也の近所の人なら知り合いが多いから、一希さんは情報の記録をお願いできるかな?色さんは何か進展があったら一希さんの携帯に連絡してくれると助かる。あ、望くんは何かあったら僕に連絡してくれれば」

「はいはーいOK。こんなことなら放課後探偵倶楽部のグループトークでも作っておけばよかったね。いやでも幽々くんが嫌がってたからなー」

 あれよあれよという間に光一が流石の統率力でまとめてしまった。俺の出る幕はなく、光一の言葉にうんうんと頷くのみだった。

「ああ、そうだ。部活終了の17時30分までには各自部室に戻ってくるようにしてくれ。もし見つからなくても、俺が後は探すから」

 俺の言葉に部員たちはそれぞれ返事をし、雅也と色を残して部室を出てゆくのだった。俺も望と共に廊下に出て、光一たちと別れての捜索となる。




「しかし猫の脱走か……どこからどう探すべきか……」

「そういえば忘れてたけどお兄ちゃんって曲がりなりにも先生だし、学校から出るのってまずかったっけ?校内で聞き込み調査にしよっか」
「まあ確かに俺は新任教師だし未熟だけど……ああ!確かに学校の外に出たらまずいこと忘れてた!しかも採点忘れてた!」

 望の言葉に俺は残っている業務のことも思い出してしまい、余計に頭を抱えることになった。そんな俺を見て望はおかしそうに笑いながら、俺の腕を引いて廊下を歩く。放課後ということもあり、教室や廊下に人の姿は見えなかった。

 運動部の「おーいボールそっち行ったぞー」なんていう掛け声が、外からわずかに聞こえてくるだけだ。渡り廊下に出ると雨が降りそうな匂いが鼻腔をかすめ、春はもう終わってしまったのだとこんな時に呑気なことを思った。

「運動部の人たちから聞き込みしてみよっか。もしかしたら何か猫の姿を見てるかもしれないし」

「……ん、そうだな。顧問の先生がいれば事情を説明してそっちにも話を聞いてみるか」


 望の言葉に余計な思考を振り払い、グラウンドへ向かうために俺たちはひとまず昇降口へと向かった。

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