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20 シャロン伯爵家
しおりを挟む植物園を出ると二人は馬車に乗り込んだ。
エリーはマヤを座らせ自分もその隣りに腰を下ろすと、窓から顔を出し手を小さく旋回させながら護衛に目配せをした。
街を少し回ってから、シャロン家のタウンハウスに向かうようだ。
「エリーお嬢様、私の個人的な事情でご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「マヤ、迷惑なんかじゃないわ。私のことは気にしないで。それに…無理に話さなくてもいいのよ」
マヤは黙って頷くと、遠くを見つめるように窓の外を眺めた。その様子を前に、エリーはただ静かに見つめることしかできなかった。
しばらくすると、静まり返った車内でマヤがぽつりと話し始めた。
「——私の知っている彼とは…別人でした。言い返さないし、大人ぶってるしっ…」
「マヤ......」
「初恋は実らないって…本当なんですね。あ~あ、大好きだったのになぁ~」
マヤは抑えきれない感情に流されるように、急に涙をあふれさせた。顔を手で覆い崩れそうになる背中を、エリーは必死に抱きとめた。
シャロン家へ向かう道中、車内にはマヤのすすり泣く声だけが静かに響いていた。
♢
夕暮れどき——
シャロン家へ到着すると、玄関の前には執事のユーゴが待っていた。彼はダニエルの息子で、まだ若々しさを漂わせつつも、どこか落ち着いた印象を持つ青年だ。
エリーはその姿を視界に捉えると、急いで馬車を降りた。
「エリーお嬢様、長旅お疲れ様でございました」
出迎えのお辞儀をするユーゴに向けて、エリーは口早に話しかけた。
「お出迎えありがとう。急で申し訳ないんだけど、客間を一つ用意してもらえないかしら。道中でマヤが体調を崩してしまったの。長旅で疲れているから、ゆっくり休ませてあげたいの。お願いできる?」
「——マヤ、ですか?」
彼はマヤのことは分かる様子だが、同行していることは知らなかったのか、驚きの表情が浮かんでいる。
「マヤは私が連れて行くわ。ユーゴは部屋の準備をお願い」
「かしこまりました。すぐに用意いたします」
エリーは玄関に入っていく使用人達を確認すると、馬車からマヤを連れ出し屋敷の中に入っていった。
途中で、部屋の準備を終えたユーゴに案内され、マヤを客室に連れて行く。部屋の中で二人になると、エリーはマヤに声をかけた。
「マヤ、今日はゆっくり休んで」
マヤはその言葉に頷き感謝の言葉を伝えると、そのままベッドに横になった。その様子を見たエリーは、部屋を出ると、廊下で待機していたユーゴにマヤは自分が世話をすることを伝え、自室へと向かった。
エリーは自分の部屋に入るや否や、机の引き出しと本棚を急いで確認した。しかし、目当ての物が見つからないのか、手を止めると深いため息をついた。
♢
日が沈み始めた時刻——
エリーはお風呂に入り身支度を整えた後、調理場へ向かい夕食を受け取り、マヤの部屋に運んだ。
部屋に着くと、エリーはノックをして声をかける。すると、その声と同時にマヤがドアを開けた。
「エリーお嬢様、こんなことさせてすみません」
「気にしないで。私、これでも侍女なのよ」
エリーは、力なく笑うマヤに軽く頷き、そっと体を支えながらテーブルへ連れて行き、椅子に座らせた。そして、目の前に料理の皿を一枚ずつ丁寧に並べていく。
「食べられるか分からないけど、スープだけでも口に入れてね」
「美味しそう…」
目の前に並べられた料理から、ふわりと湯気が立ち昇り、食欲をそそる香りがあたりに広がった。その様子を目にしたマヤの口元には、自然と笑みが浮かんでいる。
その表情を見たエリーはほっと胸を撫でおろした。
「このパンも美味しいのよ。多めに持ってきたから遠慮しないでね」
マヤは俯いていた顔を上げるとエリーの目を見つめ口を開いた。
「エリーお嬢様......私の…不純な動機でここまで連れてきていただいた上に、このようなことになってしまい、申し訳ございません」
マヤは謝罪しながら頭を下げた。エリーはその様子を見ながら俯くと、小さな声で呟いた。
「不純な動機なんかじゃないわ。少しでもいいから会いたいと思うのは自然なことよ。だから本当に気にしないで。それに…今マヤが抱えている辛さは、私にも理解できるわ」
「う…うう......」
エリーは泣き始めたマヤの背中をしばらく擦り続けた。
そして涙が止まり、気持ちが落ち着き始めたころ、その部屋を後にした。
♢
マヤのいる客室を出ると、エリーはユーゴに声をかけられた。
「エリーお嬢様、晩餐のお時間ですよ。そろそろ食堂へお越しください」
「ごめんなさい。もうそんな時間なのね。このまま向かうわ」
ユーゴに軽く頷きながら後ろを歩くエリー。食堂に着くとドアを通り中へ入った。
部屋には料理の香りが漂い、穏やかな雰囲気が広がっている。エリーが椅子に腰掛け、家族が揃うのを静かに待っていると、ドアが開き姉のエマが姿を現した。
「エリー 久しぶりね! 元気にしてた?」
「ええ、久しぶりね。エマちゃんも元気そうでなによりだわ。ところで、隣国からはいつ戻って来たの?」
「さっき着いたばかりよ。エリーが戻るった聞いたから、私も急いで帰って来たの」
「そう......。私、エマちゃんに訊きたいことがあったの」
「あーー、もしかして、お祖母様から何か訊いた?」
エマは伺うような表情で問いかけた。そして頷くエリーを見るとそっと目を逸らした。
エリーが「夕食の後にね」と言いながらジト目を向けると、エマは、「分かったわ」と言いながら小さく溜め息をついた。
食卓には家族全員とキースが揃っている。大きなテーブルの中心にはこの家の当主が腰掛け、その周りを囲むように家族が座っている。
皆、久しぶりの再会に和気あいあいとした雰囲気だ。思い思いに料理を食べながら談笑している。
「エリー、母さんの具合はどうだ?」
シャロン伯爵家当主で三姉妹の父親であるロイドがエリーに訊ねた。
「だいぶ良くなってきたわ。まだ無理はさせられないけど」
「そうか、それを聞いて安心したよ。それなら、エリーもそろそろこちらに戻ってこられるな」
「——私は、まだ領地にいるつもりよ」
エリーの発言を聞いたエマが、隣から口を挟んできた。
「お祖母様もだいぶ回復してるんでしょう? トーマスやステラだっているんだし、収穫だって終わってるんだから、もうエリーがすることはないじゃない」
「それはそうだけど、まだ完全とはいえないわ。日常生活がスムーズに送れるようになるまでお祖母様の傍にいたいの」
その時、三人の会話を聞いていたテレーズがエマに声をかけた。
「エマ、私もエリーにはもう少し領地にいてほしいと思っているの。体調を崩している時は心細いものだわ。お義母様もエリーが傍にいるだけで、きっと心が安らぐと思うの」
テレーズは、エマに告げながらもロイドを見ると、「ね、あなた」と微笑みながらも鋭い視線を向けた。
「あ、ああ、そうだな......」
エリーはたどたどしく答えるロイドを見ながら微かに目を見開いた。
(お父様どうしたのかしら。それに...お母様、怒ってる?)
エリーは目を瞬くと、斜め前に座るエルに視線を向けた。
エルもまた、エリーを見ながら微笑んだ。こちらの微笑は本物だ。
(——触れるなってことね。分かったわ、エルちゃん)
エリーは心で呟くと、そっとエルに頷き返した。
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