ひどくされても好きでした

白い靴下の猫

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111. 魔の森の自衛法

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パチドの髪は、切って染めれば何とかなった。
目は、どうにもならないから、前髪を長めにおろして誤魔化す。
ルードがあばれれば、あっという間に髪が伸びて赤みが増すが、おちついていればギリギリセーフ。

フェルニアへの出発は、明後日の予定だったが、早く出かけて、魔の森による。
チャド・フロライン、いや、フロラインに会わなくては。
200年前、獅子王ルードに何があったか、きっと彼女は知っている。

風に溶けて会いに行っても、チャド・フロラインなら気づいてくれるけれど、この金の瞳を見せたほうがきっと早い。

若い木ばかりになってしまった、魔の森は、割と明るい。
大きい目の肉食獣は居なくなり、小鳥や小動物、ちょっと大きめでも草食。
空間の歪んでいるところと、いないところが入り混じっていて、かえって歩きにくい。

チャドとミケを貫いた槍は、同じ場所に戻したつもりだったが、すっかり森にのまれて、道しるべとしては役に立たなくなってしまっていた。

小屋の扉をノックする。

「ふわーい」

チャド・フロラインの間延びした返事があり、ドアを開けると。
盛大に寝ぐせのついたチャド・フロラインが、かなりなまめかしい恰好でソファーにしなだれていた。

「邪魔す・・・」

「あら、ルード。あんた何やっているの?シェドに手間かけてないでしょうね」

挨拶すらする前に、ルードと呼ばれて、眉間をもむ。これは知っているなどというレベルではないな、と思った瞬間、自分が信じられない行動をとる。

ぐわっ、と口を開いて、チャド・フロラインに襲い掛かろうとしたのだ。
あわてて、鞘のついたままの剣を足の甲に叩きつけるようにしてしゃがむ。

バクバクバクバク

暴れるルードを必死で抑え込むが、例のあれだ、「俺のモノだ、俺のモノだ」攻撃。
髪がざわりと伸びたのがわかる。
ふざけんなよ、何が、俺のモノだ。半分以上母親だぞ、あほたれが!!

ぺしっ

「お黙んなさい、この駄猫!」

顔の真ん中をチャド・フロラインの手のひらではたかれて、急にルードの力が、ぺしゃんと潰れる。

・・・流石精霊。獅子など子猫扱いか。

「助かった。こんな感じで、困っている。何とかならないか」

「なんとかねぇ。どうかな。200年前も話聞かなかったし。ものすごぉく、拗らせているのよねぇ、納得するかなぁ」

そう言って、チャド・フロラインは、本棚からごく一般的な歴史書を取り出して、俺の前に広げた。

「はい、ここから音読してみてくれる?ルードが死んだ後のところ」

『王弟クラムルは、獅子王ルードから奪ったすべてを滅した。功績も、臣下も、後継も。それでも獅子王ルードは、クラムルを頼むこと厚く、自身が南の異民族を討伐する間の執政をまかせた。
争いの激化に伴い獅子王ルードは徐々に正気を失い、黒の魔術に染まっていったと言われるが、同時期に、クラムルは、何度も黒の魔素を吐いている。
正気に戻った獅子王ルードの自死は、クラムルの計算外であったようで、ありえぬと泣き叫んで消滅した。
その後世襲は途絶え、王族の中からの選抜式へと変わっていった。』

「はい、OK。どうおもう?」

「どうって、王弟クラムルとか、歴史でやらなかったぞ。消滅、って、遺体もなく消えたなら、本物の黒い魔術師かも?悪玉っぽい書かれ方だし」

「よね、シェドは優秀。でも、ばかルードは、クラムルにフロラインを預けちゃってさ、それっきり」

「それっきり?」

「そう。クラムルが、フロラインが多情だと言えば信じ、フィールと情をかわしたと言えば信じ」

「弟と情事って言われて信じたのか?」

「弟、って言う方を信じなかったわね」

「・・・ルード、お前、頭がものすごーく悪かったのか?」

また、ぐわぁ、と沸騰しそうなのを、チャド・フロラインがスパコーン、と脳天をはたいて止める。間抜けに痛いが、これは楽でいい。

「ルードの弟クラムルが、黒い魔素使いになっちゃったのよ。もとはただの魔素体質の男性。そんなに変じゃないけど、ほら、フェルニアって偏狭でしょう。男は魔力、女は魔素、みたいな。王族教育の中でクラムルは相当鬱屈しちゃってね、ルードを自分の魔素で強くすることで、かろうじてバランスを取っていた」

「うわ。なんとなく読めて来た。フロラインも魔素が強かった?」

「ビンゴ。フロラインの魔素効果は、クラムルが思っていた以上で、結婚式明けのルードはすっかり王妃フロラインの魔素色。クラムルの心はバランスを崩し、黒い魔素駄々洩れでルードの洗脳に血道を上げるは、フロラインを虐げるはでぐっちゃんこよ」

「なぁ、ルードの後継って?」

「・・・産まれなかったわ。フロラインのお腹で死んだの」

「ふーん、ルードはそれで壊れたのかな。こいつ、ミケとフロラインを混同してめちゃくちゃしやがった」

「どちらかと言うと、壊れたのはフロラインの方ね。ルードは知らないわ。フロラインが隠したから。絶望したフロラインはルードの手で死にたがり、クラムルの言い分をすべて認めて、狂妃の出来上がり」

「は。ルードは、守られた側かよ。そんだけフロラインに守られながら、黒の魔力で天災起こして自殺?」

「んー、それは不当評価かな。ルードは、クラムルの黒の魔素の浄化役だったの。冥界から噴き出した黒の魔素を一身に引き受けて、国の南端をひとりで守りながら、灰を集めて。怒り狂っていたフィールが同情して兵を退く程、フロラインの事ばっかり考えて。人ではなくなったクラムルを道連れに死んだわ」

「クラムルは、何者だった訳?」

「クラムル自身は、恨みとプライドがガス爆発で、冥界と人間界の間にある岩盤をたまたまぶち抜いちゃった、ありがちな困ったちゃんよ。でも人間界は繊細だから、冥界の黒い魔素がちょこっと噴き出しただけで、綻んだ。ルードはそれを繕った頑張り屋さんで、いい子なの。ただ、フロラインに裏切られたと誤解して拗らせた風邪が200年経っても治ってないのはねぇ」

「・・・ゆってやれよ」

「何度も言ったし、今も聞こえているわよ。そうでしょ、ルード。あなたのリサイクル先はちゃんとミケを大事にしているわ。風邪ひきさんは引っ込んでらっしゃい」

「なんで、そこにミケが出る?」

「世界はエコなのよ、シェド。魂だってきれいに洗ってリサイクル・・・のはずなんだけど、貴方たち3人は、ちょっと冥界の影響大でクリーニングされにくいの。別に前世、みたいなリユースじゃないわ。あくまでもリサイクル。ルカなんてせいぜい、黒の魔素に詳しくてミケの弟呼ばわりが当然と思っている位でしょう?」

「要は、魂側の原料が、俺はルードで、ミケはフロラインで、ルカはフィール?」

「んー。他もたくさん混ざっているのだけれど、他はみんなクリーニング済みだから、そうとも言えるわね。魔の森自体が冥界との間の岩盤で、こことかかわりが深い3人組が、色付きのまま回っている感じ?当然冥界対応が多かったルードの色がいちばん濃い」

「正直、このまま心中してやろうかというレベルに腹は立つが、若干同情の余地があることはわかった。で、こいつ、大人しくなるか?」

「前向きなのに、その魔力封じをはずさないのはどういう訳かしら、シェド?ルカだったら即効はずしてミケをそばから離さないと思うわよ。国が亡ぼうが人間界が落ちようが、ね」

「この駄猫抱えて、ミケの側に居られるか!絶対に嫌われるぞ!」

「あは。なるほど。命より世界より、嫌われないことが大事、か。うん、それはそれで筋が通っているわね。いいわ、腕を出して・・・ルード、お手!」

しゅるっ

腕輪は相変わらず腕にはまっているのに、シェドの腕は自由になって、すっきりして。その代わりに、頭の中にいるルードの腕が、ずしんとおちた。

「何を、した?」

「ルードに魔力封じのつけかえ。あ、まずい、髪と、瞳が、色落ちしてきちゃった!私の肩抱いて笑って、はい、撮影。固い!もっと愛おしそうに見られないわけ?撮影!感謝足りなくない?もう1枚!」

よくわからないままに、何枚も『仲睦まじい』写真をとられて。何に使うのかと聞いたら、チャド・フロラインは、害獣除け、と答えた。

どうやら魔の森のあちこちに飾って、自衛用の案山子にするらしい。
魔の森は、金の瞳が特徴の獅子王と、金の髪が特徴のフロラインの聖域だから、まぁ、心理的な効果はあるのかもしれない。
写真撮影から解放されたころには、シェドの髪の色も瞳の色もすっかり元の茶色に戻っていた。



フェルニアの町は王都に限らず、噂で持ち切りだ。話題は魔の森。
彼ら彼女らの話は、まとめればだいたいこうだ。

魔の森に、出たってさ。何が出たって?
獅子王ルードとフロラインだ。仲睦まじく『出た』らしい。
くわばら、くわばら。

仲睦まじい、獅子王ルードとフロライン。これは、フェルニアにとって、本来は吉兆だ。獅子王ルードはフロラインが敵将フィールに心奪われる前は、フェルニア最高の賢王だったし、フェルニアは間違いなく黄金期だったのだ。

だがその後が強烈すぎる。

フィールへの色恋に狂ってフェルニアに殺されるフロラインと、心変わりしたフロラインに狂い、黒い魔素を吸い上げて術をまきちらすルードと、フロラインを殺したフェルニアに怒り狂って進軍するフィールと。

黒の魔素が満ちて、人類の終わりを覚悟させるほどの厄災が世界を覆ったと伝えられているし、その原因が、狂妃フロラインの多情だったとして、貴族社会の教育やら躾やらが体系だって行った。

今となっては、それがどこまで本当か、分らない。
もし、獅子王ルードとフロラインが末永く仲良くいてくれたなら、どれほどフェルニアは明るく輝いただろうか、などという想像はお伽話にすぎなかった。

それが『出た』。

ど、ど、ど、ど、どうするよ。
さ、さ、さ、さ、触るんじゃねぇ。
触るな、どの国にも触らせるな、そうっとしておけ!!

フェルニア人なら間違いなくそう思う。
これが、確固たる民意、というやつだ。

メルホ平原まで軍が降りても、魔の森に手を出そうとするものは、フェルニアには、いない。
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