手負いですが恋愛してみせます ~ 痛がり2 ~

白い靴下の猫

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60 子ども扱い

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「ええっと、どれから説明しようか」

そういいながら、あかりは紙コップでお茶を入れた。
ぬるくて甘いミルクティー。
あかりが私をなだめて、甘やかして、優しくくるんでしまうときの、いつもの道具。
また、ごまかされて終わるのだろうかと、目を伏せかけた瞬間、あかりが私の視線に滑りこんだ。

「先に、昔の分、謝っとくね。レノなんかにやられてごめん。相談できなくてごめん。傷つけてごめん。あと、怖がって、ごめん」

怖がって、ごめん、か。
震える手と、怯えてこわばった肩と、引き止めることを拒絶する後ろ姿。

「私は、簡単に、人を壊すし、殺すから、仕方がない」

「んーと、ゼルダの夜会のはなし?そっちは、私を守ってくれて『ありがとう』ね。私に限って言えば、まちがいなく強い男性に守ってもらうのは大好物です」

「さとるや、雁の方が、強い」
ついでにいうなら、メイの方が断然強い。

「K-1グランプリじゃないのよ。私が好きな人が、巨大すぎて誰も手を出せなかった障害物を、私のためにぶっ潰したというリアルお伽話が、大好物です」
あかりと私を裂こうとした組織なぞ、砂上の楼閣というのすらおこがましい、吹けば飛ぶようなわら小屋だった。自分はそんなものにあかりをからめとられていたことすら気づかなかった間抜けだ。
お伽話の意味すら理解できない、愚鈍な子ども。

「ずっと、子ども扱いだったな」
なにも、わかっていなかったから、取り残された。

「失礼ね。子ども扱いじゃなくて、母性のアピールってやつです。恋愛テクニックです」
恋愛。好き。一緒に居よう。信じられたら、どんなに幸せだっただろう。

「・・・うそつき。私があかりを想わなくても、平気なくせに」
何のためらいもなく、ホワイト・プログラムであかりを忘れさせようとした。
最後まで、なにも言ってはくれなかった。

「平気って・・死にかけた、けどな。足りない?」

足りないってなんだ。
崖で、風にふきあげられ、よろめいて地面から離れた足。
空にむかって伸ばされた手と、楽しそうにさえ見える笑顔。
消えてしまう、消えてしまう!

気づくと、あの時のように、彼女を抱きしめていて。
でも、今度のあかりは、うれしそうに、私の胸に顔をスリスリしていて。

「あぼぼびげ」

いや、そのまましゃべらないでくれ。
聞き取れなくてあわてて腕を緩める。

「あの時ね。自分の恐怖レセプターみたいなのが、壊れたと思っていたの。脳が勝手に怖がって、体が勝手に変な物質を作る、おかしな生き物になったって」

「エンハンサーの話は、さとるから、きいた」
私に怯えるあかりという地獄を見せたやつを、一秒でも早く殺してやりたかった。

「うん、それ。頭痛が悪化して、意識途切れがちになると、さ、寄生生物に脳乗っ取られて、次の寄生先に自分を食べさせに行く宿主みたく、シューバの周り徘徊すんじゃないかと心配で」

「私の、周り?」
「そう。私ってば結構根性のある生き物だし、意識切れたら、絶対好物に寄っていくだろなって。だから、お守りが必要だったの。寄生ゾンビ化した私が寄っても、シューバが拒否れるなら、ぎりぎりまで生きても悪い事ないじゃない?」

「・・・あかりが書いたホワイト・プログラムは、うっかり死なないための、お守りだと?」
処刑用ではなく?

「うん。でも、恥ずかしいことに、寄生ゾンビ化のほうが、誤解だった。車の中で、シューバが怖くなった時、私より先に、さとると雁さんが『怖い』っていうから、ひょっとしてエンハンサー無関係?って初めて疑った」

「・・・それで、私に継続的に怒ったことがあるか、と・・」
「当たり。んで、怒ってもらって確かめようと思って、手を噛んだんだけど」
あかりにかまれた時は、彼女が自発的にうごいたのが嬉しくて、喜んでしまったぞ。

「私を怒らせようとした?」
「う。怒ったら他の人も怖いのか、手っ取り早く確かめたくて、ちょっとさとるの顔を借りて解決、しました」
「じゃぁ・・」
「もうしない!あとは、なんだっけ。雁さん、が肩抱くのは突発時の指示だしで、さとるとベストカップルと呼ばれるのは町内会のバトミントンとかで景品全部さらうからだし、キュニの男がどうとかは・・・んっ」

『キュニの男が良かったか?』口に出したのは自分のくせに、おもわずあかりの口に指をあててしまう。
そして多分、3年ぶりの謝罪。
「わる・・かった。ごめん。ごめんなさい」

あかりは私の指を両手で持って、私を見る。

「えーっと、わたし、ぜんぶの質問にちゃんと、答えた?」
「うん。こたえて、くれた」

涙が、こぼれて。
あかりがそれをすくおうとして、ちょっと止まる。
「涙をふいてあげたら、子ども扱い?」
「?」
「ご飯たべさせるとか、とか、手握って寝かしつけたり、子守歌とかアウトよね?涙は・・」
「す、すとらいくに、ぜんぶ、嬉しい、が?子どもがしてもらえるものだったのか?」

・・・
あかりの動きが止まる。
「待った。シューバの子ども扱いって、どういうの?」

どうもこうもない。ふつうだ。
「まるで居ないみたいに扱ったり、同じ場所にいさせてもらえなかったり、言葉を信じてもらえなかったり・・」

「どこの虐待児の話よ?!ふつう、子ども扱いっていったら、世話焼いたり、構いたおしたり、ご褒美で釣ったり、頭撫でたり、ベタベタしたり、甘やかしまくったり、寝かしつけたり?!」
「ぜんぶ、好きに決まっている。その子ども扱いは、してくれ」
それを、嫌がるやつがいるのか?

あかりはなんか力の抜けた顔をして、私の額に額を当てた。
「私の知っている子ども扱いはOKで、前から抱っこも、顔触るのもOK?最近目が合わなかったから、顔みたくないのかと思って心配しちゃった」

「そんなはず、ないだろう。私を捨てるのだと思って、苦しかった。写真を持ってくる奴らに、男の影が一杯だと解説されなくても、いつも大勢に囲まれていたし」
見たくて、触れたくて。壊しそうで、捨てられそうで。怖くて、苦しかった。

「私を嫌って、情報を曲げたら逆に嫉妬とか、側近、びっくりしたろうなぁ。因みに、嫉妬も、大好物。せっかくだから、今してくれてもいいのよ」

「なんだ、それは」
今、あかりが、私以外の男にこんな風に笑いかけるのを想像しろと?
それとも、今が夢で、起きたら、あかりは日本で、私を思い出すこともないと?
簡単に思考が暗闇側に流れそうになったところで、あかりが、うへへ、と変な笑い声を出す。

「ねぇねぇ、すごい、みて、鳥肌、こわくて、楽しい」
そういって自分の腕をつきだす。

「たのしい?」
恐怖でこわばった肩と震える指先が、こんなに鮮明に思い出せるのに?
ホゴラシュの悪意の残骸に苦しんで、崖底に吸い込まれそうだったのに?

「うん。適度で少量な意外な刺激!というのはたいていの場合、スパイス扱い。過ぎざるは及びまくり。ギャップ萌え大好物」

甘やかすにしては、あまりに言葉が難しくて。いつもと違うから。簡単につられてしまう。

「??嫌ではないのか?」

そうしたら、あかりは、してやったり、と言う顔で笑うのだ。

「うん、シューバは元が良いから!元が良ければ、振れ幅大きいのもアンバランスなのも腹黒なのも全部スパイス、大好きの素。平和な国の現金な女性心理です」

「・・・文化領域の難しい言葉でごまかそうとしているだろう。そういう子ども扱いは嫌いだ」

「んー、嫌い?私は、シューバが大好きよ」
あかりは、目が完全に笑ったまま、わざとらしく悲し気な表情を作ってそんなことを言う。

「っ、ズルだぞ!嫉妬させて、嫌いって単語言わせて、怖がるとこ思い出させて・・・先に好きっていうとか・・」

「大好きよ?失恋しても遠くからファンしちゃう程」

ズルだぞ。米粒ほどにしか見えない距離から、笑いかけられた記憶、思い出させて。
失恋とか、遠くとか、平気で声に出すその口で、好きって言うとか。

「・・私は、スパイスなしでいい」
子ども味覚と言われようが、刺激なんていらない。甘み以外は全部悲しい記憶だ。

そう言うとあかりは、ちょっと口をとがらせて、悲し気な表情をあっさり引っ込めた。
「ありゃ。失敗。抱きしめてもらえると思ったんだけどな。自分から動きたくさせるのが男扱い、という仮説が今崩れたよ」

「そうゆーのが男扱いなら、子ども扱いでいい。・・・どうせ、あかりはどこへでも行ける。遠くでも、私がいないところでも」
私が嫉妬しようが、拗ねようが、・・・どれだけ愛そうが。

あかりの腕が伸びて、シューバの頭が抱き込まれる。
「負けました!だめだわ、抱っこしてほしくて盛ったのに、また自分が抱っこしちゃった!も、いいわ。あー、嫉妬も不要です。心配しなくても私モテないから!むしろここらじゃ嫌われ者!」

クレタ人はうそつきだと、クレタ人は言った?
パラドックスなあかり。

「・・・あなたを嫌える人は人ではない」

心の底から、そう思う。

「うわ、け、KO。まいった。・・・よしっ、わかった。うちに、かえろっか。で、お風呂入って、ベッド入って、むにゃむにゃドカン!」

どうだ?
そんな感じで言い切って、彼女は私の目を覗き込んで笑った。

むにゃむにゃドカン?
こいびとつなぎよりもさらに一般的でない単語がころがりでたが、それはとても平和な響きがした。

化物が棲まないベッドと、嫌がっていない彼女と。
彼女に優しくできる手と、光の匂いがする朝と。

そんなものの響き。

むにゃむにゃドカン。
私から伸びる異形の影を、彼女が笑いながら跳ね飛ばす音に聞こえてくる。

花を植えようか。
そうしたら、彼女の光が、私で陰っていないか、わかるだろうか。

自分のそばに、彼女の幸せを植えられる日を、夢見る。

願いは、ずっとひとつだけ。
15の時の「人生に1年しかなかった子どもの頃」からひとつだけだ。

どこにでも行けてしまうあかりが、私のそばで、幸せを拾ってくれますように。

彼女が拾い続ける程の幸せを自分のそばに植えたい。
毎日、毎朝。
あかるくてやわらかで、あたたかい光を感じるたびに。

(本編 おしまい)
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