解放

かひけつ

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第2章 ■なきゃ

オールドテイル

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☆side流行
私の体にいる彼女ケイトが口に出す。

 「じゃあ《昔話をしよう》か」

私は過去と現在が交差するように感じた。それも束の間、再び回想に浸る。グルバンが話した昔話、それが私たちの因果に密接に関わるんだから、忘れられない話だった。



[sideグルバン
貴族、王族の上級生活は5才ほどで飽きるものだった。怠惰で無気力な状態で過ごす幼少期は実りのないものだった。

 そんな中、わしらは出会った

それは『次世代の天才と会おう』と言った交流会だった。つまり、貴族や王族に賞を取り認められた天才が自己アピールをする場と言える。貴族たちは、その会で天才と今後の契約を結ぶこともあった。だが、わしには関係ないものだと思っていた。



暇だったので、散歩をしようとウロチョロしていると、軽度のイジメを見た。が、正直なところ正義感が強いわけでも、立場が恋しくもなかったのだが。特に何も感じることもなく、去るつもりだった。そこにケイトが現れた。

 女児が五歳ほど離れた男に圧勝したのだ。たった一人で三人も、だ

偏見と言うより事実として、女子の体は弱い。偶然ではない。弱そうな演技も、急所を的確に狙った沈静化も……それは超能力や超人と称せるレベルであった。その時わしはケイトに魅了されたのだ。

 そんな社会的風潮の中、ずかずかと正しさを示せる彼女の姿からは、本質的に王族が持つべきソレを感じさせた

交流会で貴族や王族を見たが威厳や気品、正義感は感じられず、逆に低俗でも無作法でも、悪党でもない。冷淡で無情、保守的ではあるが、傲慢でも無欲でもない。これは貴族や王族に限った話ではない。この国自体が機械じみていると言える。合理的かもしれないが、人間的でない…。

 だからこそ、わしは素直に感動した



それからケイトにつき纏った。わし自身、熱烈なアプローチになったと思う。彼女が交流会に呼ばれた天才であることを知ると、契約を懇願した。そして、何とか『カーセ家』の名を用いてか、ケイトは専属契約してくれた。

 彼女の研究にお金、労力は惜しまず、わしも毎日通った

幸い、『カーセ家』の手の内にある『施設』の機具や場所、人手は比較的提供しやすかった。ケイトの研究は医療の最先端と言えた。医学、生物学、解剖学、心理学など人を救うために様々な分野に手を出した。わしは彼女の腕になりたくて勉学に励むものの、その背中はあまりに遠かった。



彼女は相変わらず悪を見逃せない性質が消えることはなかった。又、医療のほぼ無料での診断、投薬、手術などの活動を広げていた。わしは日常的にプロポーズをして、そのしつこさに折れたのかケイトと付き合うようになり、距離はより縮まった。そして、多少ラフな私服を見るタイミングがあり、そのあざを見てしまう。

 「どうしたんだい!」

 「あぁ……これね」

少々困ったようにそれを隠す。

 「暴力や嫌がらせを見逃せなくてさ……。性別に左右されたくはなかったけど、体とが相性悪いものだねぇ……」

 「わしが護るから!……もっと頼ってくれ」

 「……でも」

 「わしは君の隣にはいけないから……後ろは任せて欲しい」

 「ふふ。ありがとう」

その笑顔をわしはけがしてはならない。強く誓った。それからというもの武術にもの励み、彼女を追いかけた。憧れで、自慢である彼女の後ろを護るという意識は生きる意味を見出した気持ちだった。



わしらはいつしか社会人となり、子供が産まれた。激しい汗を流しながら、わしらの子供を抱える様は聖母を思わせた。

 「ぁあ………ありがとう……」

 「もう再会早々、頭下げないでよ」

 「……。じゃあ……名前どうするか決めてる?」

 「わてより貴方の方が名付けがうまそうだけど?偏見かしら?」

 「………。リンってどうだ?」

 「理由はどうなの……」

彼女は目を閉じてこちらの話を聞く体勢になっているようだ。

 「母親のように『リン』として欲しいし、美しい宝石や澄んだ音を表す『リン』とかの意味を含めたいって考えていたんだ」

 「わては『リン』のことを考えちゃったけど……」

反射的にケイトが作り出した最先端技術の一つ、『辞書』が引用される。

 [淋…①寂しい②病の一種。淋病③したたる④(水を)そそぐ]

 「良い名前だね……」

 「そう言って貰えると嬉しい」

嬉しさのあまり顔を直視できずに反らしたのだが、しばらく沈黙が続く。なんとか、別の話を切り出すも返事がない。さすがに違和感を覚えた時には、ケイトはぐったりしていた。

 「ケイト!しっかりしてくれ!!」

出産後特有の発汗だと思っていたが、どうも様子がおかしい。急いで看護師さんを呼び、医師から言われたのは難病の宣告だった。



しばらくケイトは入院させられた。毎日、見舞いに通ったが、彼女は横になりながらも研究の考察をよくしていた。

 「こんな時にもの研究かい?」

 「わてが病気でも誰かが治るわけでもないし、時間を無駄にしたくない」

短い沈黙の後にケイトはそっと告げる。

 「隠してきたつもりもないけど……どうにも遺伝性の難病らしいね」

 「無理しないでくれよ……」

 「大丈夫……」

一月ほどして、完全に治ることはなく、医療などでの活動を再開した。わしは心配しながら彼女を支えていたが、不幸が重なる。

 リンが難病をわずらったのだ

ケイトは入院しても止めなかった記憶の研究を中断し、リンの病の研究に専念した。徹夜を続けて、衣食住を切り詰め、多少の体調不良でも無理してまで解決方法を模索する姿を一番側で見てしまった。

 <止められる訳ないじゃないか……>

流石に、完全に最先端の技術の前に手伝いは足手纏いになることを確信し、彼女の生活の僅かな支えに尽くした。その時点で予測はできたが、ケイトが倒れたのだ。例の難病と過労のあまり……。もちろん、救急車を呼んだが、どうすることもできないこともまた分かっていた。



気が付けば、目の前に虫の息になってしまったケイトが機器に囲まれ、ベッドで寝かされていた。虚無感がわしを襲った。

 〈どうして?彼女は苦しまなければならない?あれだけの善人がこんな仕打ち……〉

 〈どうして?見ることしかできない?憧れで止まっていたのではなかろうか?〉

 〈後ろを護る?笑わせるな……。ふざけてるのか……?〉

無力感がやるせない気分を生みけ口のない怒りが募るばかりだった。そんなわしに消え入るような声で彼女は言うのだ。最期の言葉を………。

 「世界一の王妃にして・・・・」

 わしは周りのことなど考えず力のあまり叫んだ。

 <リンも……このままじゃ…時間の問題だ………>

放心状態に陥り、無気力となった。看護師さんはわしにケイトの遺品を確認してきた。頭も回っておらず、ほとんど脳ミソ空っぽで受け答えをしていた。ケイトのPCが見つかった。研究のためだけのPCである。

 そこでケイトの世紀の研究の全貌を知った

『使い方を間違えないように』と注意書きされていたので、心の中で応える。

 <任せろ>

近くにいた施設の白衣たちに呼びかける。

 「おい。ケイトは冷凍保存、リンはコールドスリープの手配をしろ」

 「ハッ!」

白衣たちは素早く行動を始める。そんな者たちは無視して、感傷に浸る。

 <彼女が残してくれた希望を、遺産を、生きた証を……>

 <リンを死なせないために……何より、ケイトのために……!>

決意してから、経済力、科学技術、そして異能を統べることに尽力した。世界一の王となるために……]



☆side流行
グルバンからの昔話をなんとなく思いだしたのだが……。

 「それがことの始まりじゃな。今となっては…王族に並ぶ勢力にまで『カーセ家』が発展したのは、わての旦那だんなであるグルバンの暴走のせい……」

 〔そうか……〕

ケイトの昔話に龍成も人外の存在自称神もほとんど納得していたが、どうしても引っかかる……。

 <え?私が聞いた話とズレが……>

それを確かめるためにも、自身の記憶を思い返す。運命の選択も……。



《☆side流行
青年は大きく一呼吸置いて

 「すまないね。こういう昔話は言い慣れてないもんで……」

この人の話はなんだかんだ。でも、未だに話の全貌ぜんぼうが見えないからこそ不気味なのだ。

 「こっからがお前の話なんだから安心しろって……」

アピスの浮かべる薄ら笑いが私に悪寒を感じそうになった。青年は拳を握り締めて力強く述べる。

 「わしは彼女の研究を実証段階まで推し進め、政治への発言権を用いて学び舎を立ち上げ環境作りに尽力した。なぜだか、わかるかい?」

 <ここに呼ばれたこと。探されていたこと。これまでの人生。妙にスペックが高いこと。思い当たることは山ほどある。だから…導かれる答えがある>

おそらく、正答は分かった。それを安直に答えていいだろうか。もう戻れない所まで来ている、気がしてならない。悪意のない青年に素直に打ち明けていいのか頭では悩む。が、口に出さないどころかあえて言語化しない。その脳波すらもスキャンされてそうだからだ。

 「研究分野は記憶やバイオ。成長を加速させるシステムの導入は会うのを早めるため」

そこまで言って、どこか見落としを覚えた。柔和な笑みを浮かべて頷く青年がしていることは、創作物でよくある野望に固執しているような、声も、表情も、考えていることも、全てがちぐはぐに思えて仕方ない。

 「概ね正解だね…。うん85点くらいかな」

アピスは何も言わない。視線だけは強く感じる。ここには味方なんてはいない。違和感が一つ露わになる。

 「…研究が確実に成功するものなら手元の研究で済ませていたはず。危険に晒す必要なんてない」

 『カーセ家』内で上手くいってるなら、呼ばれるとは考えにくい…

 「うんうん。良い線いってる」

 グルバンの反応からもアタリな予感がどんどん加速する

 「リスクを負ってでも成長させたかったのもあるけど、どう考えても運任せなことを……せざるを得なかったってこと?」

 「分かったかな…?」

確信する。複数名いる。それが分かったことがグルバンに伝わる。

 「そうして生まれたのがキミたちだよ。断言しよう、君の想ってる通り、流石さすがだよ」

 「……」


 「ケイトを蘇らせるために何度も試してきてね……。どいつもこいつも、偽物ばかりで困っていたんだ……。やっと、に会えた。多少、知能指数不足だが許容範囲内さ」

私を見ていない。青年は眼を輝かせて熱く語るが、それとは裏腹に底冷そこびえする。

 「君ならケイトのに成れる」

アピスが痺れを切らしてか、話に加わる。

 「簡潔に言おう。お前にある選択肢は2つ」

アピスは人差し指を立てて述べる。

「❶ 器を献上する。お前の記憶は気に入った肉体に転送する。もちろん、龍成は家まで手厚く送り届けよう」

続けて、中指を立てる。

「❷ は申し出を断って捕縛ほばくされる。強制的に記憶を上書きする。さらに龍成の安否は保証できない」

 「ははは……」

思わず半笑いしていた。選択肢などないようなものじゃないか……。

 <❷はない。でも、❶でいいのかな……>

私は独り熟考し始める。

 「考えが纏まったら声を……」

青年がそこまで言った時に、私は手をゆっくり上げる。

 その手は人差し指だけ、天井を指していた

 「ふん。妥当だとうな判断だな」

アピスだけでなく、青年も喜びの声を上げる。

 「おぉ、じゃあ早そk」

 私は続いて、中指を立てる

 「ップ。ハハハハハお前馬鹿だろ!『カーセ家』を敵に回す気か?」

 「……せめて何も感じさせず、記憶を消去するだけさ」

 そこで薬指を立てる

 「………おいおい。選択肢は2つだと言ったよなぁ?」

 「……」

 「見逃しているのではないでしょうか?」

 「ほう……」

「❸ 自主的に❷を選ぶことで、こちらの要求をのませる」

 <詰まる所、記憶の上書きに耐え抜く>

我慢比べである。

 なぜするかって?

もし本当に約束を守って❶をしてくれたとしても、口封じをされる可能性もある。何より、信用できない。龍成のために、ここでの選択は間違えられない。ただ懸念点は、龍成なら私の変化に気づく可能性が高い。

 <いかに自責させないように手を打つか…考えなきゃ…>

 「……記憶に耐えられなくて発狂するだろ。だから、選択肢に入れてn」

 「分かった。いいだろう」

青年は首肯する。

 「おい、嘘だろ?」

 「アピスお前は黙っとれ。……要求とはなんだね?」

 「龍成にここ数日の記憶を修正したい……」

 「いいだろう。ただ、キミはケイトの記憶を入れなきゃいけない器だ。くれぐれも身を案じろ。そして、キミの生活の半分はケイトに費やしてくれ。ケイトの意思で許可が来ない限り、こちらから迫ることはない」

 「…分かったわ」

こうして私たちの『話し合い』は終わった。気丈きじょう振舞ふるまったが、精神面は割とボロボロで、傷口を抉るように最悪のタイミングに大神バカと会ってしまったのだった。



時が経って、龍成が施設で働いた時には、ケイトの記憶を選別、分割したものを詰め込まれていった……。ケイトの持つ知識を継承していったが、達成感などはなかった。ケイトからの知識や【土】のNo.2を足のように使える権限での情報収集で得たのはほんの僅かだった。

[アピスが養子][リンの病が治ることはなかった][ケイトがあの『カプセル』を作った]

どこまで本当なのかも不分仕舞わからずじまいとなった》



☆side流行
回想しておきながら、残念なことに違和感の種はここではないようだ。でも、何か大事なことの可能性を踏まえ、話題に出そうとすると……。

 〔オレの昔話も聞きたいか?〕

 <気にはなる……>

一番、謎の存在の昔話など気になるに決まっていた。



[☆side神
昔と言うほど昔ではないが、深海の果てに神界はあった。所謂、地球のための神たちの居場所だ。神はオレ以外にも複数名いて、それは仲良く暮らしていたつもりだった。だが、神界を支配しようと試みたものが現れる。そのいざこざに巻き込まれたモノがいた。仮にAとする。Aは力を失い地に上がった。



自らの圧倒的に強力な異能が使えなくなった上、記憶を失った。さらに、実体を有さなかったため視える人は幽霊だと勘違いするだろう。そんな状況に陥ったAは自身を幽霊と思い込み、人の生き方をただ見守った。何か思いだすことを期待して……。



『妖精』にができる人間を目の当たりにして単純に羨ましがることもあった。『妖精』なんて、Aが地にいるから発生した存在なのに…。そんなある日、少年ソーに視つけてもらいそれ以降、親睦を深める。ソーはAを友達に紹介しようとした。が、信じてもらえるわけもなく、仲良くなるどころか、距離を置かれるようになった。ソーはいつも言っていた。

 「Aは悪くない。ぼくがうまくできないんだ……」

 「ソー……。ソーは悪くn」

 「大丈夫……。ぼくは割となんとでもなるから」

ソーは泣いているのを隠すのに必死だった。A君は何もできない自分の不甲斐ふがいなさに情けなく感じた。



いつしか『妖精』に頼み事ができる子どもは大人のいいように扱われる節があったようだ。その最たる例が『カーセ家』である。『カーセ家』は異能を扱う少年らを『妖精の隣人ネイバー』と呼び、名目上の保護、育成は事実上の実験、洗脳をするための『施設』を作り上げた。ソーは社会にうとく『隣人』の存在すら知らなかったようだが、『隣人』に噓つき認定をされたのだ。

 それで終わりだったのに、当時の研究員は未知なる可能性を考慮しソーを誘拐しようとした

そう奴らの言う『保護』である。そこでAは存分に暴れた。だが、Aに実体はない。少しでも影響があると願いながら、少なくとも彼一人では何も起こらなかった。

 だが、ソーの魂部位に触れ共鳴したと言える

異能が発動してしまった。当時の『隣人』などの力を大きく上回り、もはや。それによって研究機関は熱を上げて実験に浸る。Aはなけなしの異能の源を使い切り何もできなかった。ほぼ無能力者に近いソーは日々拷問のような生活を送った。

 ソーが完全に壊れてしまったのは、『カーセ家』が悪い。そして、少なからず、オレも悪いんだと……

Aはその後ソーの仇を討つためにも施設で虎視眈々こしたんたんと機を伺っていた。それでも、遂にAの心も壊れた。自責や虚無感、絶望は彼の記憶を蝕み、彼は記憶を放棄した。龍児に感化されなければ、今もまだ死んだままだったなんとも惨めな神の成れの果てさ……]



☆side流行

 「そのわてが代表して、頭をs」

ケイトが頭を下げようとして、自称神は手でそれを妨げる。

 〔その必要はない……〕

自称神は優しく手を離し、人型の体を異常膨張させ始める。幻想的な背景となった夢の中に鬼火のような火が揺らめいたかと思うと、砂嵐が、豪雨が、竜巻が、雷電が辺りに顕現けんげんする。それはさながら、何かをたたえるように激しさを増していく。

 <顕現する……。何か大いなる存在がっ!>

そんなことを感じる瞬間、全貌が明らかになる。神聖さ、力強さ、その両方が感じたことない程巨大で果てしない存在感となって言葉を失う。

 流石に次元が違う…

逸脱した雰囲気を纏った巨大なソレは、全てを見通してしまいそうな眼、何者を引き裂きそうな爪、天空の支配者を彷彿そうふつさせる翼、歴史を感じさせる尾を有していた。あまりの圧倒的な存在感に飲み込まれそうになる。

 「龍だ……」

自称の神で少なからずあった懐疑心は、目の前の存在感と憧れの存在を前に驚愕きょうがくや興奮、熱望が入り混じって声を震わせる龍成によって吹き飛ばされる。

 〔過去の話もこれでしまいだ。機は熟した!さぁ再始動の時だ〕

『龍』の威厳ある声が私たちの心を奮い立たせる。後になって、私は『カーセ家』の昔話の違和感を指摘する気を逃したことを自覚する……。
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