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森の民・ガティネ(1)
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「では、ジャンヌ・ダルク、ミランヌ・カドゥ・ディー、シャラ・ディノワ。三名を次のガティネとの会談に同行させるものとする」
ヴァロワ城内にある一部屋。
建物から見れば、決して広いとは言えないものの、そこは皇都の顔とも言える場所で、見るからに立派な作りが施されているのは間違いないだろう。
そんな厳かとも取れる雰囲気の中で、アルベルト・ランスが、朗々と告げる。
これに、部屋の中でただ一つ存在する円卓を囲み、座る者達が皆一様に頷いた。
ジャンヌ・ダルクこと、一條・春凪もまた、決定事項に対して首を縦に振る。
――さて、また面倒事に巻き込まれてしまった。
しかし、表情とは裏腹にそんな気楽な事を思うに留めた。
十二皇家当主のみが入城を許可されているのが現状のヴァロワ城だ。
相応の地位を与えられている以上、一條達も認められている立場であり、何ら問題はない。
と言うより、今回の会合にあっては数日前からアルベルトより告知はされていたが、いざこうして卓を囲んで居ると、緊張し過ぎて逆に妙な考えばかりが浮かんでくる。
「ちなみに、ガティネに行くの初めてなんですけど……」
「姉様。この中であの国へ行った事のある者はアルベルト様のみです」
右隣に座るスフィへ尋ねたが、返って来た答えに逡巡し、居住いを正す。
「ジャンヌ姉……」
紀宝が左から、此方が聞こえるかどうかと言う声量で呟いた。
全くその通りである。
次いで聞こえてきたこれ見よがしのため息を聞き流しつつ、一條はふっ、と飛ばした視線の先で親友と目が合った。
ほぼ対極の位置、空の席とアルベルトを両隣にした彼は、一見して真剣な顔を見せてはいる。
――まぁ、内心は心臓がブレイクダンスでも踊ってるだろう。
視線がこれ以上無い程に泳いでいる他、格好付けであろう、卓に肘を乗せ、口元を隠す様に手を置いているのだが、指が忙しなく動いていた。
他の十二皇家の当主にあっては然程気にもならないのだろうが、いっそふざけてくれた方が助かる程である。
とはいえ、一條や紀宝とて、別に意地悪で現在の配置になった訳ではない。
十二皇家自体、基本は男性であり、詰まりは現状、三名のみがこの場に居る事になる。
固まるのは必然と言えた。
が、スフィの隣は国一番の巨体が恐らくは専用の椅子で陣取っており、紀宝の隣には、国一番の戦上手が座っている。
つまりは不可抗力であった。
「それと、アラン。……アラスタンヒル・ランスも今回は同行させようと思っている。ガティネ側がどう思うかは分からない所だが」
「遂に当主交代か? ランス殿」
「からかってくれるな。ヨーリウ殿」
お互いに小さい笑みを浮かべる。
ローデルファー・ヨーリウ。
黒に所々白が混じった髪。高井坂と同じ位の背丈でありながら、更に筋肉が発達しており、ファウスとはまた違った意味での大男だ。
佇まいや口調からも、決して粗野な人物ではないと分かるが、顔だけではなく、身体中に見え隠れする幾重も付いた傷の多さは、彼の生き様を事細かに教えてくれる。
――常在戦場。とは、良く言ったものだ。
それも、比喩表現ではなく、聞きかじった情報が殆ど戦いに於ける事柄であり、中でも、
「一番目の妻と出会いから結婚、第一子の誕生、子育てまでほぼ最前線で経験してる」
とくれば、目眩の一つ二つは確実であろう。
――漫画の世界じゃないんだから。
心中でため息一つ。
その上で、アルベルトと視線が合った。
「ダルク殿と接戦を演じれる程だ。問題はないだろうと、私は判断した」
ほんの僅か口の端が上がった様に
「その話か。随分と楽しい物だったらしいな。ジュリアス殿?」
「私からは何とも言えんよ。最初から鍛え直しだ」
肩を叩かれ、隣で頭を抱えているのは、トヨーロ・ジュリアス。
ヴァロワ皇家と薄いながら繋がりがあるらしく、その縁から城の警備を担う者達の頂点に居る者だ。
重要性も高い故、一般の所よりも訓練の比重は高そうなものだったが、先日の大会においては、手痛い負けを繰り返していた。
が、これはその性質上、彼らはほぼ常駐扱いとなっている事もあり、ファウスやスフィらと比べて実戦経験の無さが露呈したのもありそうではある。
とはいえ、頭を張る人間としては、当然、頭痛の種だろう。
ちなみに一條達の方は、それなりの健闘をしたと称して良かった。
同時にクタルナの強さを再認識する結果ともなったのだが。
「一度ノクセに来るか。場所は空いてるぞ」
話を振った方は笑っているが、どうもそういう類いの人物であるらしい。
「ダルク殿であれば、いつでも歓迎だが?」
「……出来れば遠慮しておきたい所ですね」
急に矛先を向けられたが、無難な返しをした所、真顔になった。
「戦いが好きだと聞いたが、違ったか」
――なんでだよぅ。
思わず突っ込みと共に口から出かかったが、どうにか堪える。
軽く一息を吐き、
「私としては、成り行きでロキと戦ってるだけですよ。ヨーリウ殿達に比べれば、戦争も知らない辺境の村の小娘。そう期待されても困りものです」
続けた言葉に、ヨーリウはただただ無言。
「成程」
と一言。
「村の小娘、か。……しかし、出自がどうあれ、そんな者がこの場に居る事自体、期待とも取れるがね。三人共だがな」
「……覚えておきます」
台詞に、むず痒さを得つつもそれだけを答える。
相手も、それで一応の納得としたのか、話を切り上げた。
「所で、ランス殿。連れて行く人員は分かったが、行く日は近いのか?」
「数日中には。寒さが厳しくなってくる前に一度行っておきたい。……ガティネ人は気が長い故、あまり気にはしないだろうが」
「多少は長生きだからだろうな」
アルベルトの苦笑混じりの言葉に応えたのはカオ・イブリッドだが、一條としてはその台詞の方が若干引っ掛かりを覚える位である。
――多少は長生き? ……いや、まぁ、良いけど。
自問するが、当然答えは無く、今はそれで良しとした。
判断材料に欠けるからだが、同時に初耳でもある近日中のガティネ行きに際し、当該の者達とはあまり間を置かずに会えるのが確定しているからでもある。
「何かあるのか?」
「次の報告と合わせて、だ。と言っても、そこまでの事はまだ起きていない。ミラリヤの件。最近、接敵の頻度が少し多くてな」
腕を組みながら、ヨーリウが告げた。
円卓が、少々ざわつく。
「あの。すいません。ミラリヤとの戦争は終わった、と聞いた覚えがあるのですが……」
紀宝と目配せをした上で、一応、挙手も付けてみての発言。
それでも視線を集めたのは、果たして、どんな印象を持ったからであろうか。
「最もだ」
対して、ヨーリウが、此方へ視線を送りつつ、続けた。
「前回の大戦の後、ミラリヤの総大将、セアロ・クッフーは死んでいる。残った三人の息子達が跡目争いをしていると聞いていたが、それも戦いを止める理由にはならなかったらしい」
「無茶苦茶ですね……」
「だろう? 余程食料庫が欲しいと見えるが、いつまで経っても終わらんのは考え物だ。お陰で皇都に帰ってくる暇もない」
楽しげな声も付いてくるが、彼の実績を鑑みれば、実際その通りではあろう。
皇国の西側、ミラリヤと接している辺りはヘッツと呼ばれる麦の一大産地であり、彼の言う食料庫とはつまり、穀倉地帯の事だ。
隣国にも似た箇所はある筈だが、それだけ魅力的と言う事で、それ故に、元々微妙な関係が長く続いていたのである。
話を聞く限りは、その後の険悪な方がむしろ長い様な気さえしてくるが。
――ガティネよりかは分かり易いかも知れないけど。
「また、あの時みたく追い掛け回してやろうかと思ってるが。なぁ、クラウディー殿。ファウス殿」
それに視線を持って行けば、彼女としてはやや微妙な表情。
奥の人物は、表情から見て特に思う所はないらしい。
とはいえ、三者の態度からある程度は推察も出来る。
――詳細は、まぁ、終わった後でも良いか。
一條としても、スフィの表情の真相は気になる所だ。
「ひょっとしたら近い内に何かあるかも知れん。ないかも知れんが。出来れば、人を回して欲しかったのだ。ダルク殿には部下達の中にも会いたがってる者が多くてな」
紀宝の上から視線が降ってくる。
「……それなら、また次の機会にでも。その時は三人で向かわせて貰います」
二人に了解を得ないままの口約束染みた物ではあったが、少なくとも隣人は気にしていない様だ。
流石に正面の方にまで視線を飛ばす訳にはいかなかったものの、兎も角、相手の反応を待つ事数秒。
「期待させて貰おう」
そう言って笑みを浮かべている所を見るに、回答としては悪くなかった様子。
「今回はランス殿に譲るとして。クラウディー殿とファウス殿には、またノクセへ足を運んで貰いたいのだ。直接見た上で、意見を聞きたい」
続けた彼のその言葉に、二人が軽く息を吐く。
「ヨーリウ殿が言うのでしたら、その通りなのでしょうな。私は構いませんとも」
「えぇ、そうですね。ダルク殿と同じく、変な所で予想が当たりますから。ダルク殿と同じで」
「何で二回言ったの?」
姉と呼び慕ってくる者からの返事はない。
「済まない。ロキについての方も伝えておこう」
アルベルトが、終わり際を縫う様に言葉を差し挟んだ。
「……ゴルゴダ平原を越え、リーンクルにまで到達。が、ウネリカと同じ状況になっている」
つまりは、
「此方の行く手を阻む様にロキが街を守っている、と」
「またか……」
零す様な一條の一言も、そこまで周囲には響かない。
空気はひりつくが、それでも、数瞬の事。
「今すぐに立てられる対策もこれと言ってないのが、何とも言えない所だ。今回は様子を見る他あるまい。……ゴルゴダ平原各所に人員を伏せ、日毎に報告を上げさせよう」
皆一様に頷いた。
「えーと。それでは、次。私の方から」
白髪をした、少々ふくよかな体型の人物が声を上げる。
ミクツコ・ウィーズル、と言う、大地主の家柄の人物だ。
先程、ヨーリウの話で指摘されていた穀倉地帯の主ではあるが、当人達も過去、積極的にこれを狙う賊を叩き潰して回っていた生粋の軍人貴族家系でもある。
――まぁ、知ってる事はそれ位だけど。
思うが、どうにも軍人貴族と言う者達は生い立ちが物騒過ぎるきらいがあった。
「ダルク殿」
不意に呼ばれ、細めていた視界を広げて其方へと頭を傾ける。
「リーンクルにロキの大将。いえ、親、の様なものが居ると思いますか?」
反応として、卓に頬杖をついた。
見ようによっては考えている風にもなるだろうが、一條としては返す言葉は殆ど決まっている。
「アタシとしては、居ない方に賭けたいかな」
「じゃあ、今が攻め時じゃない?」
反対方向から届いた声に苦笑。
「まぁ……居ないんだったら、ね。ロキがそれなりに頭の回る生き物だってのは、戦った人は分かるだろうけど」
両隣が味のある表情。
「罠の危険もありますな。居ないのであれば、そのまま何処かへ行ってくれれば良いのですが」
「つまり、ロキは、居ないけど居る様に見せ掛けている、と……?」
ファウスは腹を摩り、スフィが指先で口をなぞっていく。
無論、一條にも確信は無い。
が、これまでを思えばそれなりに知恵も回る。ウネリカでの敗戦を、ロキ側がどう捉えているかであろう。
「それならば、目的も検討がつく」
そこへ割ってきたのが、歴戦の猛者である。
「此方の足を止める事だ。何かを待っている、或いはその準備をしている、と考えるのが妥当だろう」
「何か……ね……。全く、こっちはこっちで忙しいのに」
「流石にミラリヤと手を組んでいるとは思えんが。いずれにしても、今は手を出す余裕が無いな」
ヨーリウが、口の端を上げた。
「ダルク殿が倒してくれるなら話は終わるのだが」
「……出来ないからこうして此処に居るんですけどね」
言葉に、彼は笑い出す。
「えぇい、お前達! 戦の話にしか興味がないのかっ!?」
これに声を荒げたのは、ミネモシー・サラディンである。
やや痩せぎすの初老と言った風体だが、元来、戦争よりも内政で地位を高めてきた人物だ。
とはいえ、恐らくはこの場の誰よりも年上である事には違いない。
「食料だけでなく、彼らへの給金とてただではないのだぞ」
「そういうのはキチナハッソの役割だからなぁ。我らは戦うのが本分だ。なぁ、ダルク殿」
「そ……、んんっ。……いえ、十二皇家の当主として、見識を広げる為にも国の内情は知っておいても良いと私は考えますね。特にお給料となれば把握しておくべきかと」
食に関しては多少融通は利いてそうだが、給料は直接の士気にも関わる。
なにせ命を張っているのだ。
――我ながら完璧。
「一瞬頷きかけたでしょ……」
左の隣人にはお見通しであった。
「流石に無理があるかと」
右手側にも同様である。
「少しは真面目に話を聞かないかっ。戦争好きにも程があるだろうっ」
「はははっ。それでこの場に居る者が大半だろうに、なっ」
「あれ? 私も含まれてます?」
両脇の人物が、同時に二度頷いた。
ヴァロワ城内にある一部屋。
建物から見れば、決して広いとは言えないものの、そこは皇都の顔とも言える場所で、見るからに立派な作りが施されているのは間違いないだろう。
そんな厳かとも取れる雰囲気の中で、アルベルト・ランスが、朗々と告げる。
これに、部屋の中でただ一つ存在する円卓を囲み、座る者達が皆一様に頷いた。
ジャンヌ・ダルクこと、一條・春凪もまた、決定事項に対して首を縦に振る。
――さて、また面倒事に巻き込まれてしまった。
しかし、表情とは裏腹にそんな気楽な事を思うに留めた。
十二皇家当主のみが入城を許可されているのが現状のヴァロワ城だ。
相応の地位を与えられている以上、一條達も認められている立場であり、何ら問題はない。
と言うより、今回の会合にあっては数日前からアルベルトより告知はされていたが、いざこうして卓を囲んで居ると、緊張し過ぎて逆に妙な考えばかりが浮かんでくる。
「ちなみに、ガティネに行くの初めてなんですけど……」
「姉様。この中であの国へ行った事のある者はアルベルト様のみです」
右隣に座るスフィへ尋ねたが、返って来た答えに逡巡し、居住いを正す。
「ジャンヌ姉……」
紀宝が左から、此方が聞こえるかどうかと言う声量で呟いた。
全くその通りである。
次いで聞こえてきたこれ見よがしのため息を聞き流しつつ、一條はふっ、と飛ばした視線の先で親友と目が合った。
ほぼ対極の位置、空の席とアルベルトを両隣にした彼は、一見して真剣な顔を見せてはいる。
――まぁ、内心は心臓がブレイクダンスでも踊ってるだろう。
視線がこれ以上無い程に泳いでいる他、格好付けであろう、卓に肘を乗せ、口元を隠す様に手を置いているのだが、指が忙しなく動いていた。
他の十二皇家の当主にあっては然程気にもならないのだろうが、いっそふざけてくれた方が助かる程である。
とはいえ、一條や紀宝とて、別に意地悪で現在の配置になった訳ではない。
十二皇家自体、基本は男性であり、詰まりは現状、三名のみがこの場に居る事になる。
固まるのは必然と言えた。
が、スフィの隣は国一番の巨体が恐らくは専用の椅子で陣取っており、紀宝の隣には、国一番の戦上手が座っている。
つまりは不可抗力であった。
「それと、アラン。……アラスタンヒル・ランスも今回は同行させようと思っている。ガティネ側がどう思うかは分からない所だが」
「遂に当主交代か? ランス殿」
「からかってくれるな。ヨーリウ殿」
お互いに小さい笑みを浮かべる。
ローデルファー・ヨーリウ。
黒に所々白が混じった髪。高井坂と同じ位の背丈でありながら、更に筋肉が発達しており、ファウスとはまた違った意味での大男だ。
佇まいや口調からも、決して粗野な人物ではないと分かるが、顔だけではなく、身体中に見え隠れする幾重も付いた傷の多さは、彼の生き様を事細かに教えてくれる。
――常在戦場。とは、良く言ったものだ。
それも、比喩表現ではなく、聞きかじった情報が殆ど戦いに於ける事柄であり、中でも、
「一番目の妻と出会いから結婚、第一子の誕生、子育てまでほぼ最前線で経験してる」
とくれば、目眩の一つ二つは確実であろう。
――漫画の世界じゃないんだから。
心中でため息一つ。
その上で、アルベルトと視線が合った。
「ダルク殿と接戦を演じれる程だ。問題はないだろうと、私は判断した」
ほんの僅か口の端が上がった様に
「その話か。随分と楽しい物だったらしいな。ジュリアス殿?」
「私からは何とも言えんよ。最初から鍛え直しだ」
肩を叩かれ、隣で頭を抱えているのは、トヨーロ・ジュリアス。
ヴァロワ皇家と薄いながら繋がりがあるらしく、その縁から城の警備を担う者達の頂点に居る者だ。
重要性も高い故、一般の所よりも訓練の比重は高そうなものだったが、先日の大会においては、手痛い負けを繰り返していた。
が、これはその性質上、彼らはほぼ常駐扱いとなっている事もあり、ファウスやスフィらと比べて実戦経験の無さが露呈したのもありそうではある。
とはいえ、頭を張る人間としては、当然、頭痛の種だろう。
ちなみに一條達の方は、それなりの健闘をしたと称して良かった。
同時にクタルナの強さを再認識する結果ともなったのだが。
「一度ノクセに来るか。場所は空いてるぞ」
話を振った方は笑っているが、どうもそういう類いの人物であるらしい。
「ダルク殿であれば、いつでも歓迎だが?」
「……出来れば遠慮しておきたい所ですね」
急に矛先を向けられたが、無難な返しをした所、真顔になった。
「戦いが好きだと聞いたが、違ったか」
――なんでだよぅ。
思わず突っ込みと共に口から出かかったが、どうにか堪える。
軽く一息を吐き、
「私としては、成り行きでロキと戦ってるだけですよ。ヨーリウ殿達に比べれば、戦争も知らない辺境の村の小娘。そう期待されても困りものです」
続けた言葉に、ヨーリウはただただ無言。
「成程」
と一言。
「村の小娘、か。……しかし、出自がどうあれ、そんな者がこの場に居る事自体、期待とも取れるがね。三人共だがな」
「……覚えておきます」
台詞に、むず痒さを得つつもそれだけを答える。
相手も、それで一応の納得としたのか、話を切り上げた。
「所で、ランス殿。連れて行く人員は分かったが、行く日は近いのか?」
「数日中には。寒さが厳しくなってくる前に一度行っておきたい。……ガティネ人は気が長い故、あまり気にはしないだろうが」
「多少は長生きだからだろうな」
アルベルトの苦笑混じりの言葉に応えたのはカオ・イブリッドだが、一條としてはその台詞の方が若干引っ掛かりを覚える位である。
――多少は長生き? ……いや、まぁ、良いけど。
自問するが、当然答えは無く、今はそれで良しとした。
判断材料に欠けるからだが、同時に初耳でもある近日中のガティネ行きに際し、当該の者達とはあまり間を置かずに会えるのが確定しているからでもある。
「何かあるのか?」
「次の報告と合わせて、だ。と言っても、そこまでの事はまだ起きていない。ミラリヤの件。最近、接敵の頻度が少し多くてな」
腕を組みながら、ヨーリウが告げた。
円卓が、少々ざわつく。
「あの。すいません。ミラリヤとの戦争は終わった、と聞いた覚えがあるのですが……」
紀宝と目配せをした上で、一応、挙手も付けてみての発言。
それでも視線を集めたのは、果たして、どんな印象を持ったからであろうか。
「最もだ」
対して、ヨーリウが、此方へ視線を送りつつ、続けた。
「前回の大戦の後、ミラリヤの総大将、セアロ・クッフーは死んでいる。残った三人の息子達が跡目争いをしていると聞いていたが、それも戦いを止める理由にはならなかったらしい」
「無茶苦茶ですね……」
「だろう? 余程食料庫が欲しいと見えるが、いつまで経っても終わらんのは考え物だ。お陰で皇都に帰ってくる暇もない」
楽しげな声も付いてくるが、彼の実績を鑑みれば、実際その通りではあろう。
皇国の西側、ミラリヤと接している辺りはヘッツと呼ばれる麦の一大産地であり、彼の言う食料庫とはつまり、穀倉地帯の事だ。
隣国にも似た箇所はある筈だが、それだけ魅力的と言う事で、それ故に、元々微妙な関係が長く続いていたのである。
話を聞く限りは、その後の険悪な方がむしろ長い様な気さえしてくるが。
――ガティネよりかは分かり易いかも知れないけど。
「また、あの時みたく追い掛け回してやろうかと思ってるが。なぁ、クラウディー殿。ファウス殿」
それに視線を持って行けば、彼女としてはやや微妙な表情。
奥の人物は、表情から見て特に思う所はないらしい。
とはいえ、三者の態度からある程度は推察も出来る。
――詳細は、まぁ、終わった後でも良いか。
一條としても、スフィの表情の真相は気になる所だ。
「ひょっとしたら近い内に何かあるかも知れん。ないかも知れんが。出来れば、人を回して欲しかったのだ。ダルク殿には部下達の中にも会いたがってる者が多くてな」
紀宝の上から視線が降ってくる。
「……それなら、また次の機会にでも。その時は三人で向かわせて貰います」
二人に了解を得ないままの口約束染みた物ではあったが、少なくとも隣人は気にしていない様だ。
流石に正面の方にまで視線を飛ばす訳にはいかなかったものの、兎も角、相手の反応を待つ事数秒。
「期待させて貰おう」
そう言って笑みを浮かべている所を見るに、回答としては悪くなかった様子。
「今回はランス殿に譲るとして。クラウディー殿とファウス殿には、またノクセへ足を運んで貰いたいのだ。直接見た上で、意見を聞きたい」
続けた彼のその言葉に、二人が軽く息を吐く。
「ヨーリウ殿が言うのでしたら、その通りなのでしょうな。私は構いませんとも」
「えぇ、そうですね。ダルク殿と同じく、変な所で予想が当たりますから。ダルク殿と同じで」
「何で二回言ったの?」
姉と呼び慕ってくる者からの返事はない。
「済まない。ロキについての方も伝えておこう」
アルベルトが、終わり際を縫う様に言葉を差し挟んだ。
「……ゴルゴダ平原を越え、リーンクルにまで到達。が、ウネリカと同じ状況になっている」
つまりは、
「此方の行く手を阻む様にロキが街を守っている、と」
「またか……」
零す様な一條の一言も、そこまで周囲には響かない。
空気はひりつくが、それでも、数瞬の事。
「今すぐに立てられる対策もこれと言ってないのが、何とも言えない所だ。今回は様子を見る他あるまい。……ゴルゴダ平原各所に人員を伏せ、日毎に報告を上げさせよう」
皆一様に頷いた。
「えーと。それでは、次。私の方から」
白髪をした、少々ふくよかな体型の人物が声を上げる。
ミクツコ・ウィーズル、と言う、大地主の家柄の人物だ。
先程、ヨーリウの話で指摘されていた穀倉地帯の主ではあるが、当人達も過去、積極的にこれを狙う賊を叩き潰して回っていた生粋の軍人貴族家系でもある。
――まぁ、知ってる事はそれ位だけど。
思うが、どうにも軍人貴族と言う者達は生い立ちが物騒過ぎるきらいがあった。
「ダルク殿」
不意に呼ばれ、細めていた視界を広げて其方へと頭を傾ける。
「リーンクルにロキの大将。いえ、親、の様なものが居ると思いますか?」
反応として、卓に頬杖をついた。
見ようによっては考えている風にもなるだろうが、一條としては返す言葉は殆ど決まっている。
「アタシとしては、居ない方に賭けたいかな」
「じゃあ、今が攻め時じゃない?」
反対方向から届いた声に苦笑。
「まぁ……居ないんだったら、ね。ロキがそれなりに頭の回る生き物だってのは、戦った人は分かるだろうけど」
両隣が味のある表情。
「罠の危険もありますな。居ないのであれば、そのまま何処かへ行ってくれれば良いのですが」
「つまり、ロキは、居ないけど居る様に見せ掛けている、と……?」
ファウスは腹を摩り、スフィが指先で口をなぞっていく。
無論、一條にも確信は無い。
が、これまでを思えばそれなりに知恵も回る。ウネリカでの敗戦を、ロキ側がどう捉えているかであろう。
「それならば、目的も検討がつく」
そこへ割ってきたのが、歴戦の猛者である。
「此方の足を止める事だ。何かを待っている、或いはその準備をしている、と考えるのが妥当だろう」
「何か……ね……。全く、こっちはこっちで忙しいのに」
「流石にミラリヤと手を組んでいるとは思えんが。いずれにしても、今は手を出す余裕が無いな」
ヨーリウが、口の端を上げた。
「ダルク殿が倒してくれるなら話は終わるのだが」
「……出来ないからこうして此処に居るんですけどね」
言葉に、彼は笑い出す。
「えぇい、お前達! 戦の話にしか興味がないのかっ!?」
これに声を荒げたのは、ミネモシー・サラディンである。
やや痩せぎすの初老と言った風体だが、元来、戦争よりも内政で地位を高めてきた人物だ。
とはいえ、恐らくはこの場の誰よりも年上である事には違いない。
「食料だけでなく、彼らへの給金とてただではないのだぞ」
「そういうのはキチナハッソの役割だからなぁ。我らは戦うのが本分だ。なぁ、ダルク殿」
「そ……、んんっ。……いえ、十二皇家の当主として、見識を広げる為にも国の内情は知っておいても良いと私は考えますね。特にお給料となれば把握しておくべきかと」
食に関しては多少融通は利いてそうだが、給料は直接の士気にも関わる。
なにせ命を張っているのだ。
――我ながら完璧。
「一瞬頷きかけたでしょ……」
左の隣人にはお見通しであった。
「流石に無理があるかと」
右手側にも同様である。
「少しは真面目に話を聞かないかっ。戦争好きにも程があるだろうっ」
「はははっ。それでこの場に居る者が大半だろうに、なっ」
「あれ? 私も含まれてます?」
両脇の人物が、同時に二度頷いた。
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