ジャンヌ・ダルク伝説~彼の地にて英雄と呼ばれた元青年~

白湯シトロ

文字の大きさ
107 / 149

森の民・ガティネ(9)

しおりを挟む
「……む」
 そんな短い声と共に、膝上に乗せていた紀宝の頭が身じろいだ。
「起きた?」
 一條が声を掛けたが、無音だけが返ってくる。
「あれ? ミラ?」
「起きたけど何も見えん。怒りだけが湧いてくる」
「理不尽……」
「今なら変身出来るわ」
「嫌な理由だ……」
 言い合ってから、二人で軽く笑う。
「えーっと。どんな状況? ジャンヌ姉に膝枕されてるのは分かるけど」
「先に倒れたのがナミルさんだったから、一応、戦いはミラの勝ち。って言うか、殆ど立ったまま気失ってたけど」
「……そ」
「ついさっきまでエルフ、ガティネの人が治療してくれてた。ゼルフでね。それなりに完治してるっぽいけどどうだろ」
 施していた女性は手慣れたもので、短い単語を繰り返しながら継続的に傷等を治していた。
 ヴァロワ皇国とはまた異なる手法であり、一見何てこと無さそうに思えたが、そもそも術の練度が桁違いである。
 一條は勿論、アランやアルベルト、戦闘に無縁そうな商隊一同達ですら関心する程の代物だ。
 森の民と称されていた彼ら彼女らとは、根本的な感覚に差があるらしい。話に聞いていた通りであったが、見て覚える、と言うのは困難を極めるだろう。
 最も、そんなガティネの操る治療術でも、限界はあるらしいのだが。
「ん。傷とかの痛みは殆ど無いのに、気怠い感じ。まぁ、暫くしてれば平気かな。左腕なんか感覚どっか行っちゃってたのに」
「良くもまぁそんな状態でやるよ」
「褒めたって何にも出ないわよー……くそ。良い話しようとしてんのに視界遮られてて不愉快極まりないったら」
 悪態を吐きつつ、紀宝が強引に上体を起こした。
「……」
 顰めっ面をしているが、以降会話がない。
 一條から特に言う事もないので座して待っているが、視線だけは一点に集中している。
「ちっ」
「良い話とは……」
 これ見よがしの舌打ちに返しつつ、
「そういえば」
 と前置き。
「ナミルさんの方が重傷っぽいね。最後のが流石に効いたらしい。……アレはまぁ、殺したのかと私でも冷や冷やしたけど」
 苦笑いしつつ口を開けば、漸く目が合う。
 何事かを言い掛けたが、一回口を噤み、軽く一息。
「……あんなので死んで貰っちゃ困るけどね。これから教えたい事も聞きたい事も山ほどあるんだから」
 態度は、努めて平静。
 それでも、言葉の端々に楽しげな雰囲気が感じられる。
「ジャンヌ姉の時以上に育て甲斐ありそーう」
「子供かよぉ……」
「高校生ならまだ子供でしょ。……ん? 所で誕生日来たのかな私。十七?」
「だとしたら先に私が誕生日来てるけど。……でもどうかなぁ。確かこっち来て二百日位だったと思うから、十二月はまだかも?」
 今も律儀に続けている日記の日付欄。
 この世界に来てからの日数だが、確かその辺りであったように思う。
 となれば、計算すると現在は八月上旬から中旬、と言う事になる。
 最も、気温から考えれば確実に下り坂なので微妙と表現する他ないのだが。
 その上で、
――二人と仲良くなる切欠の一つだったなぁ。
 ついでに思うのは、誕生日だ。
 まるで謀ったかの様に、三人共に十二月生まれであった。
 初対面ながら共通の話題としては、十分である。
「ジャンヌ・ダルク」
「んあ……」
 急な呼び声に振り向けば、剣を二振り持ったガティネ最強の男が悠然と決戦場に居た。
「あ、終わりましたか」
 等と言うが、彼の準備ではない。
 ナミルの方だ。
 紀宝に続く様に、彼女も治療されていたのだが、遠目にも未だ意識が戻っている様子はなかった。
 それだけ、戦闘が激しかった事を示している。
 流石にその当事者らを差し置いて次へ進めるのは気が引けた為、若干開始時間は遅れていた。その所為もあってか、日が昇る内に始まったものの、二試合を経て既に傾きつつある。
「……何でうちの方はすぐ起きたんだろう」
「慣れてるからじゃないかなぁ。気絶するの」
「何で楽しそうにしてるの。って言うか慣れてるとか、え、何。こわ」
 睨まれた。
「……あぁぁ、だるだるー」
「はいはい。クタルナさん、後お願いします」
 寄りかかってくる義妹の頭を撫でながら、一條は一息に立ち上がる。
「ジャンヌ姉」
 呼ばれ、視線のみそちらへ。
「……ま、アレね。気負わずにぶん殴って来なさい」
――剣で殴れと言う事だろうか。
 等と妙な事を考えつつ、
「はいはい……」
 適当に答えながら、そのまま、アランと視線のみ合わせた。
 こちらはどちらからとも無く苦笑。
 五体満足で帰ってくるだけでも、相当に困難ではあろう。
「勝てよ」
 親友はただ一言。
「お前もプレッシャーかけて来んのかい……でも、まぁ」
 一息。
「応ともさ」
 握り拳を合わせつつ、一條は決戦の舞台へと足を踏み入れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

リアルフェイスマスク

廣瀬純七
ファンタジー
リアルなフェイスマスクで女性に変身する男の話

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

性転のへきれき

廣瀬純七
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

処理中です...