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終章(3)
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「……で? 本当にこれで良かった訳?」
「良かったんだよ。これで」
義妹からの質問に、ジャンヌは苦笑しつつ返した。
まだ日も明けきらない頃。
本来ならば多くが寝静まっている時間帯だが、今日の皇都・グランツェは少し様相が異なる。
――一応、ヴァロワ皇の宣誓式、って形には落ち着いた様だけれど。
心中で苦笑い。
結局、ジャンヌの案は受け入れられた格好となった。
最も、今日は彼、ヴァロワ皇七世の顔見せ程度。本命は、ガティネ代表であるルツ・ナッツィン・ナミルが到着してからだ。
そんな経緯もあって、街全体が静かな熱を帯びている感じである。
それ以上に、そこから催される戦勝祝いの件も無関係ではあるまい。
「少しは味わってけば良いのにな。って言っても、それだと後ろ髪を引かれる、ってやつか」
「むしろ今日しか無い、って感じかなぁ」
二人して笑う。
「全く、日付から何から、相談も無しに決めちゃうんだからなぁ。ホントうちのは」
「昔からじゃねぇか?」
「……そうかも」
「ちゃんと相談したじゃんっ!? ねぇっ!?」
二人から両手で制された。
ジャンヌは、一張羅でもある白い隊服。
対して、ミランヌとシャラは平服。
「長い様であっという間の一年だったな」
「だな。正確には三百六十……七、八日位だったか」
「細かい女は嫌われるわよジャンヌ姉」
「誰かさん程大雑把には生きてないので」
「待て待て。何でこんな時まで喧嘩腰なの二人はさぁ。折角の旅立ちの日だぜ?」
互いに矛を収めた。
シャラの言う通りであり、ジャンヌは今日を以てヴァロワ皇国を出立する。
勿論、一人で、だ。
此処に帰って来た日から、漠然と考えていた事である。
――正確には、あの戦いが終わってから、か。
最後の約束事でもあった。
「……色々な世界を見てみたい、ってのもあるし」
それに、
「二人とは行先も違うしね。一緒に行きたいのは山々だけど」
「……そうなると俺のハーレムって事に?」
「いつ訓練の際に胴体へ穴を開けるか心配で」
「怖いよ発想がよ! 最近破壊力増してきて冗談に思えないんだよお前はよぉ!」
苦笑。
これからの事を話し合った時、ミランヌは恐怖山脈の踏破を申し出ている。であれば、シャラもそれに付き合うのは道理。
ジャンヌは、南か西のミラリヤを越えて行きたいと思っており、結局、後者を取った。
ノクセを大きく迂回する事にはなるが、そこは一人だ。どうとでもなるだろう。
「スフィ位には会ってけば良いのに」
「会ったら何て言われるか。怖いから逃げる」
ミランヌが苦笑。
「そういや戦乙女はどうすんだ?」
「ちゃんと任せてあるよ。ガティネにもルツさんを通じて打診してある。リアシアさんを含めた人達を回して貰うように、って」
ロキケトー戦で、共に戦った森人の女性陣を中心に、合流してもらう手筈だ。
実現すれば、ヴァロワとガティネからなる共同部隊と言う事になる。
越えるべき壁は幾つかあるが、いずれは国として一つに纏まる可能性もあるかも知れない。その時の参考例にでもなれば幸いだ。
「まぁ、私は私で、百年二百年位は放浪でもするさ」
からからと笑う。
これも最近感じている点だが、どうにも人の寿命を踏み越えた感があるのだ。
内に秘めているのがセンタラギストと言う超常の存在の一端であれば、それも納得してしまう他ないが。
ともあれ、これに関して言えば二人の親友も似た感覚を有している。
どの程度であるかは、その時になってみないと分からないが、それも人生と言う事だろう。
「さて。それじゃあそろそろ……」
と、ジャンヌがくるり、と開け放たれている門へ振り向こうとした時だった。
「あっ、あー」
「……?」
動きが止まる。
声を掛けられたから、ではない。
こんな時間にこんな所へ歩いてくる人物を見付けたからだ。
二人。
確かに見覚えのある男女。
「……。……おい」
親友達が視線を逸らした。
「喋ったな?」
下手な口笛が追加される。
「謀ったな……」
「「まーまー」」
親友達が、妙な笑みを浮かべたまま、同時に両手でこちらを制してきた。
そして、そんないざこざの間には、もう彼ら彼女らの射程圏内である。
「悪く言ってやるな。薄々気付いてはいたのだ。それで、私から申し出た」
「アルベルトさ」
言い掛けた所で、もうジャンヌはルカヨに捕まっている。
「……ルカヨさん」
一応、呼び掛けてはみたものの、特に反応は返って来ない。
ただただ、まるでその匂いを堪能するかの様に顔を擦り付けているのみであった。
「はぁ……」
これみよがしのため息。
「どうりで話を振ってくると思ったら……」
「最後なんだ。俺らだって名残惜しいんだよ」
二人して苦笑。
「本当に行ってしまうの?」
最早、服と化しそうな勢いの人物が問うてきた。
「んーと」
と言いつつ、逡巡。
「……彼の願いでもありますので」
言うべきかを迷ったが、結局、口に出していた。
その台詞に、彼女は一瞬、目を見開いたが、
「そう」
一言。
離れて行った。
と言っても、ミランヌとシャラの背を押し出しつつ、後方待機の形。
「……まずはこの二人って訳ね」
「不満か?」
「少し無粋ではあるかな」
「こいつ性格悪くなってね?」
シャラがこちらを指差しながらミランヌに告げた。
が、義妹は肩を竦めるのみで一歩後退。
「蔑ろにし過ぎなんだよお前らはよ」
「んな事ねぇって」
親友は何事か言いつつ、頭を掻く。
「……あー、まぁなんだ。今生の別れだろうし、この際だから、聞いときたいんだがよ。一條」
「おう」
「……一條・春凪として、紀宝・香苗の事はどう思ってた?」
シャラの言葉に、眉根を詰める。
顔は真剣そのもの。濁して良い雰囲気ではない。
ちらりと視線を投げれば、少しばかり距離が開いているのは分かった。その上で、アルベルトらと何事かを話している様子。
一息。
「そうだな……うん。好き……好きだった」
正直な気持ちだ。
「……ただまぁ、意気地と自信が無くてな」
追加で心境もつける。
「そうか……いや、聞けて良かった。あ、でも、今更男に戻るとか冒険止めました、は勘弁だぜ?」
「ないない。そこは安心しろ」
苦笑。
対して、人差し指を立てた幼馴染。
「ついでにも一つ。……あいつの事は?」
ある程度予想していた二つ目の問い。
目を閉じ、数秒。
開いた。
「ノーコメント」
「そいつは答えを言った様なもんだな」
「……え? ウソ、マジ?」
「ま、とりあえずは墓の下まで持ってってやるよ」
親友の破顔一笑に、頭を掻くに終始する。
「良いさ。それだけ聞けりゃ、俺としては満足だ」
「結局恋バナしたかっただけか? しょうもねぇ奴だ」
「俺らには縁が無かったからな」
「……確かに」
言って、二人して笑った。
「だったら、こっちからも一つだけ。……なぁなぁにしてた意気地なし野郎の分も含めて、あいつを任せた。どんな事があっても守ってやれ、そんで幸せにしてやれ」
告げながら、握り拳を突き出す。
「おう。一番の親友にして大馬鹿野郎の分まで、しっかり幸せにしてやる。約束する。男と男の誓いだ。悔し涙流させてやるさ」
シャラも同じく拳を突き出し、合わせた。
「じゃあな、相棒」
「じゃあな、戦友」
まるで男同士の別れの挨拶。
だが、一條・春凪としてはこれで正解だろう。
「男って最後までああな訳? やだやだ」
入れ替わりで、ミラが前に立つ。
言葉にこそ棘はあるが、表情は柔和そのものだ。
「言うなよ。気恥ずかしいんだ」
――お互いに、な。
思い、微笑。
「ふぅ……全く……」
そんな言葉と同時、ジャンヌはミラに頭を鷲掴みにされた。
「んえ」
思い切り頭を振りかぶるので思わず目を閉じたが、額同士が軽く触れ合っただけである。
「……えぇ?」
軽い衝撃に目を開ければ、文字通り目と鼻の先に彼女の顔があった。
具体的に説明は難しいが、当初よりも綺麗になったと感じる。
やはり間近で見れば、ミランヌ・カドゥ・ディー、紀宝・香苗と言う少女は、どこに出しても恥ずかしくない美少女であるのだ。
「……あんたなんか大っ嫌いなんだから」
「……そっか……」
「そうよ。人の気も知らないで勝手に性別替えるし」
「うん」
「一人でどんどん先行っちゃうし」
「うん」
「ホント、大っ嫌い。ヘタレ。意気地なし。……馬鹿姉」
「口悪いなぁ。うちの妹」
「あの時わざと負けるんじゃ無かったわ。そしたら私が姉だもの」
「そっかー。わざと負けてくれるなんて、優しいなぁうちの妹は」
「無敵か? この妖怪デカ乳女」
「結構無敵貫通してくるんですが。悪口」
二人して、笑い出した。
「あいつ、抜けてるけど悪い奴じゃないからさ。頼んだよ」
「頼まれました。……ね、また、会えるかな」
義妹の台詞に、どうかな、と前置き。
「でも、うん。会えるよ。私達が会えなくても、私達じゃない私達が、きっと巡り会う。だって、三人で世界を渡って来ちゃったんだから。もう、こんなの運命みたいなもんじゃん」
微笑み一つ。
「だから。大丈夫だよ、ミラ。きっと、大丈夫」
「ふふっ。何それ。意味分かんない」
掴まれていた両手が外れ、額が離れていく。
お互い、泣いてはいない、筈だ。
「ん」
そうして、ジャンヌは両手を広げる。
目の前の人物を招き入れる様に、だ。
瞬間、突っ込んできた。
抱き留める。
「またね……ジャンヌお姉ちゃん」
「うん。またね、ミラちゃん」
まるで本当の姉妹の様な別れの言葉。
実際、彼女からは常にそう呼ばれていた。そうすると、そんな気すらしてくるから不思議なものである。
「さて……と」
離れていくミラに続いて、問題の二人が残った。
「邪魔をしたみたいで、悪かったかな」
「いえ、そんな事は」
柔やかな笑みを、アルベルトが浮かべる。
「ジャンヌ・ダルクには、最初から最後まで驚かされたままだった」
告げ、手に持っていた剣を差し出した。
それに、首を傾げるが、ややあってから受け取る。
「……これ……」
持っただけで分かった。今まで以上に、紫鉱石を使用した代物だと直感する。
促され、抜いて見れば、質実剛健と言った直剣。
刀身は銀色の中にうっすらと紫色が混じっている。
「ガティネの技術も入った物だ」
つまりは、ゼルモア辺りだろうか。
であれば、その制作難易度もかなりの物なのは疑いようがない。
両国の鍛冶士代表が作り上げたもの。
鞘も同じ様な作りで、こちらは紫色を基調としている。
かなりの金額はする筈だ。
「本当なら、ランス家の当主にでも渡そうかと作っていたものだが、餞別として受け取って欲しい」
「えっ。いや、受け取れないですよそんなものっ」
慌てて突き出すが、やんわりと拒否された。
「君にこそ必要な物だと信じたい。知らない土地を行くのに何も無しと言うのはな」
アルベルトの視線に合わせれば、足元の袋が一つのみ。
これは、ミーナニーネから渡されたもの。
素材は以前に討ち取られたセイフェ軍団首領の胃袋。
加工され、こうして見事に旅行鞄、いや、たすきがけも出来る大袋と相成っていた。
ついでに言えば、ジャンヌの持ち物がこれだけでもある。中身もそう大した物は入っていないが。
「いや、でも。こんな高価な剣」
「だからこそ、だ。これは、今の所この国に一つしかない非常に高価な剣だ。……こんな物を所有者無しで家に置いていては、いつ賊に入られるか不安で眠れない。君が出ていっては、うちには戦える者が居なくなってしまうからな」
口の端を上げ、宣う。
――いやどの口が言ってんだ、って話だけど。
アルベルトの実力はジャンヌも知っている。
生半可な者では、現在でも勝てない位の腕は持っているのだ。
付け加えて、ミラに師事した侍女の接客係達。
絶対的な人数こそ他家には劣るが、相当の実力者達が揃っている。
そもそも論。
十二皇家の敷地内に無断侵入の挙句、窃盗まで働こうとする愚か者がこの国に居るだろうか。
いや居ない。
――なんて言った所で、引き下がる人じゃないよねぇ……。
「……はぁ。分かりましたよ。大人しく譲られる事にします……。それなら、ついでに」
改めて、剣と向かい合う。
「ついでに、この剣。名を付けさせて貰います」
「名前? 剣にか?」
「その方が愛着も沸くと言うものです」
軽く笑いながら、目を伏せ、思案。
頭を軽く刀身に当てた。
「アロンダイト」
「アロンダイト……?」
「はい。アランの名と、ダート。二つを合わせた名前です。アランダート、では恰好悪いので」
少々の気恥ずかしさをそんな言い訳で塞いだ。
鞘に戻していく合間、二度三度と呟いたアルベルトが、頷く。
「良い名だ。ヴァルグには劣るかも知れないが、我がランス家の宝剣・アロンダイト。改めて、ジャンヌ殿に託す」
「……謹んで」
恭しく見せる。
「そのうちにでも、寄った際に見せてくれ」
「……生きてる間は、来れる保証はしませんよ」
「では、残していかねばな」
「全く、気の長い話ですね」
「そうだな。ガティネにも頼んでおくとしよう」
「心配はなさそうですね……」
微笑しつつ、差し出した手をアルベルトが握って来た。
最後の一名に向き直る。
そして、腰を若干落とした。
「ありがとう、ジャンヌ。顔を良く見せて」
撫でられるままに、ルカヨの好きにさせていく。
頬と頬を合わせられ、次いで、胸に抱かれる。
ふくよかな双丘と、彼女の匂いに包まれるのは、女性の身であっても悪くない気分だ。
「ふふっ。寂しくなるけど。もう大丈夫。それと……これを」
言って、アルベルト経由で手渡されたのは、
「……コート?」
広げてみれば、
――フード付きの外套みたいなアレか……。
「長旅するのだから」
との事だが、生地は良い物が使われているだろうと言うのは分かる。
これも、相応の値は張るのだろう。
「それと、これも。モーラ達から」
「ありがとうございます。もうこれランス家には筒抜けですねー……」
受け取ったのは、侍女長お手製の菓子類。
形がそれぞれ違う上、両手で抱える程はあるので、恐らくは総出で作ったのだろう。
そんな事実に乾いた笑いをしつつ、いそいそと旅支度を整える。
――ホントにありがたい事だよ。
こんな自分でも少しは自信が持てようと言うものだった。
「……うん。えぇと……こほん」
頬を掻き、深呼吸一つ。
「本当に、ありがとうございました。最後まで自分勝手でしたが、お身体には気を付けてください」
軽く下げた頭を上げ、満面の笑みを見せる。
「……それでは、行ってきます。父上。母上」
告げた言葉に、二人も一瞬呆気にとられた表情を作ったが、すぐに笑みと変わり、一人は薄っすらと涙が浮かんだのが分かった。
そこからは、もう何も言わずに彼らに背を向けて、一歩を踏んだ。
数歩で早歩きに。
「っ」
すぐに駆け足になり、
「っ!」
前傾姿勢の疾走となった。
行く。
微かに昇って来た太陽から逃げる様に。
「さぁ、世界を見に行こうか」
腰に吊るされた柄を掴み、口の端を上げ、ジャンヌ・ダルクは菖蒲色の長髪を風に流しながら、ただ走った。
「良かったんだよ。これで」
義妹からの質問に、ジャンヌは苦笑しつつ返した。
まだ日も明けきらない頃。
本来ならば多くが寝静まっている時間帯だが、今日の皇都・グランツェは少し様相が異なる。
――一応、ヴァロワ皇の宣誓式、って形には落ち着いた様だけれど。
心中で苦笑い。
結局、ジャンヌの案は受け入れられた格好となった。
最も、今日は彼、ヴァロワ皇七世の顔見せ程度。本命は、ガティネ代表であるルツ・ナッツィン・ナミルが到着してからだ。
そんな経緯もあって、街全体が静かな熱を帯びている感じである。
それ以上に、そこから催される戦勝祝いの件も無関係ではあるまい。
「少しは味わってけば良いのにな。って言っても、それだと後ろ髪を引かれる、ってやつか」
「むしろ今日しか無い、って感じかなぁ」
二人して笑う。
「全く、日付から何から、相談も無しに決めちゃうんだからなぁ。ホントうちのは」
「昔からじゃねぇか?」
「……そうかも」
「ちゃんと相談したじゃんっ!? ねぇっ!?」
二人から両手で制された。
ジャンヌは、一張羅でもある白い隊服。
対して、ミランヌとシャラは平服。
「長い様であっという間の一年だったな」
「だな。正確には三百六十……七、八日位だったか」
「細かい女は嫌われるわよジャンヌ姉」
「誰かさん程大雑把には生きてないので」
「待て待て。何でこんな時まで喧嘩腰なの二人はさぁ。折角の旅立ちの日だぜ?」
互いに矛を収めた。
シャラの言う通りであり、ジャンヌは今日を以てヴァロワ皇国を出立する。
勿論、一人で、だ。
此処に帰って来た日から、漠然と考えていた事である。
――正確には、あの戦いが終わってから、か。
最後の約束事でもあった。
「……色々な世界を見てみたい、ってのもあるし」
それに、
「二人とは行先も違うしね。一緒に行きたいのは山々だけど」
「……そうなると俺のハーレムって事に?」
「いつ訓練の際に胴体へ穴を開けるか心配で」
「怖いよ発想がよ! 最近破壊力増してきて冗談に思えないんだよお前はよぉ!」
苦笑。
これからの事を話し合った時、ミランヌは恐怖山脈の踏破を申し出ている。であれば、シャラもそれに付き合うのは道理。
ジャンヌは、南か西のミラリヤを越えて行きたいと思っており、結局、後者を取った。
ノクセを大きく迂回する事にはなるが、そこは一人だ。どうとでもなるだろう。
「スフィ位には会ってけば良いのに」
「会ったら何て言われるか。怖いから逃げる」
ミランヌが苦笑。
「そういや戦乙女はどうすんだ?」
「ちゃんと任せてあるよ。ガティネにもルツさんを通じて打診してある。リアシアさんを含めた人達を回して貰うように、って」
ロキケトー戦で、共に戦った森人の女性陣を中心に、合流してもらう手筈だ。
実現すれば、ヴァロワとガティネからなる共同部隊と言う事になる。
越えるべき壁は幾つかあるが、いずれは国として一つに纏まる可能性もあるかも知れない。その時の参考例にでもなれば幸いだ。
「まぁ、私は私で、百年二百年位は放浪でもするさ」
からからと笑う。
これも最近感じている点だが、どうにも人の寿命を踏み越えた感があるのだ。
内に秘めているのがセンタラギストと言う超常の存在の一端であれば、それも納得してしまう他ないが。
ともあれ、これに関して言えば二人の親友も似た感覚を有している。
どの程度であるかは、その時になってみないと分からないが、それも人生と言う事だろう。
「さて。それじゃあそろそろ……」
と、ジャンヌがくるり、と開け放たれている門へ振り向こうとした時だった。
「あっ、あー」
「……?」
動きが止まる。
声を掛けられたから、ではない。
こんな時間にこんな所へ歩いてくる人物を見付けたからだ。
二人。
確かに見覚えのある男女。
「……。……おい」
親友達が視線を逸らした。
「喋ったな?」
下手な口笛が追加される。
「謀ったな……」
「「まーまー」」
親友達が、妙な笑みを浮かべたまま、同時に両手でこちらを制してきた。
そして、そんないざこざの間には、もう彼ら彼女らの射程圏内である。
「悪く言ってやるな。薄々気付いてはいたのだ。それで、私から申し出た」
「アルベルトさ」
言い掛けた所で、もうジャンヌはルカヨに捕まっている。
「……ルカヨさん」
一応、呼び掛けてはみたものの、特に反応は返って来ない。
ただただ、まるでその匂いを堪能するかの様に顔を擦り付けているのみであった。
「はぁ……」
これみよがしのため息。
「どうりで話を振ってくると思ったら……」
「最後なんだ。俺らだって名残惜しいんだよ」
二人して苦笑。
「本当に行ってしまうの?」
最早、服と化しそうな勢いの人物が問うてきた。
「んーと」
と言いつつ、逡巡。
「……彼の願いでもありますので」
言うべきかを迷ったが、結局、口に出していた。
その台詞に、彼女は一瞬、目を見開いたが、
「そう」
一言。
離れて行った。
と言っても、ミランヌとシャラの背を押し出しつつ、後方待機の形。
「……まずはこの二人って訳ね」
「不満か?」
「少し無粋ではあるかな」
「こいつ性格悪くなってね?」
シャラがこちらを指差しながらミランヌに告げた。
が、義妹は肩を竦めるのみで一歩後退。
「蔑ろにし過ぎなんだよお前らはよ」
「んな事ねぇって」
親友は何事か言いつつ、頭を掻く。
「……あー、まぁなんだ。今生の別れだろうし、この際だから、聞いときたいんだがよ。一條」
「おう」
「……一條・春凪として、紀宝・香苗の事はどう思ってた?」
シャラの言葉に、眉根を詰める。
顔は真剣そのもの。濁して良い雰囲気ではない。
ちらりと視線を投げれば、少しばかり距離が開いているのは分かった。その上で、アルベルトらと何事かを話している様子。
一息。
「そうだな……うん。好き……好きだった」
正直な気持ちだ。
「……ただまぁ、意気地と自信が無くてな」
追加で心境もつける。
「そうか……いや、聞けて良かった。あ、でも、今更男に戻るとか冒険止めました、は勘弁だぜ?」
「ないない。そこは安心しろ」
苦笑。
対して、人差し指を立てた幼馴染。
「ついでにも一つ。……あいつの事は?」
ある程度予想していた二つ目の問い。
目を閉じ、数秒。
開いた。
「ノーコメント」
「そいつは答えを言った様なもんだな」
「……え? ウソ、マジ?」
「ま、とりあえずは墓の下まで持ってってやるよ」
親友の破顔一笑に、頭を掻くに終始する。
「良いさ。それだけ聞けりゃ、俺としては満足だ」
「結局恋バナしたかっただけか? しょうもねぇ奴だ」
「俺らには縁が無かったからな」
「……確かに」
言って、二人して笑った。
「だったら、こっちからも一つだけ。……なぁなぁにしてた意気地なし野郎の分も含めて、あいつを任せた。どんな事があっても守ってやれ、そんで幸せにしてやれ」
告げながら、握り拳を突き出す。
「おう。一番の親友にして大馬鹿野郎の分まで、しっかり幸せにしてやる。約束する。男と男の誓いだ。悔し涙流させてやるさ」
シャラも同じく拳を突き出し、合わせた。
「じゃあな、相棒」
「じゃあな、戦友」
まるで男同士の別れの挨拶。
だが、一條・春凪としてはこれで正解だろう。
「男って最後までああな訳? やだやだ」
入れ替わりで、ミラが前に立つ。
言葉にこそ棘はあるが、表情は柔和そのものだ。
「言うなよ。気恥ずかしいんだ」
――お互いに、な。
思い、微笑。
「ふぅ……全く……」
そんな言葉と同時、ジャンヌはミラに頭を鷲掴みにされた。
「んえ」
思い切り頭を振りかぶるので思わず目を閉じたが、額同士が軽く触れ合っただけである。
「……えぇ?」
軽い衝撃に目を開ければ、文字通り目と鼻の先に彼女の顔があった。
具体的に説明は難しいが、当初よりも綺麗になったと感じる。
やはり間近で見れば、ミランヌ・カドゥ・ディー、紀宝・香苗と言う少女は、どこに出しても恥ずかしくない美少女であるのだ。
「……あんたなんか大っ嫌いなんだから」
「……そっか……」
「そうよ。人の気も知らないで勝手に性別替えるし」
「うん」
「一人でどんどん先行っちゃうし」
「うん」
「ホント、大っ嫌い。ヘタレ。意気地なし。……馬鹿姉」
「口悪いなぁ。うちの妹」
「あの時わざと負けるんじゃ無かったわ。そしたら私が姉だもの」
「そっかー。わざと負けてくれるなんて、優しいなぁうちの妹は」
「無敵か? この妖怪デカ乳女」
「結構無敵貫通してくるんですが。悪口」
二人して、笑い出した。
「あいつ、抜けてるけど悪い奴じゃないからさ。頼んだよ」
「頼まれました。……ね、また、会えるかな」
義妹の台詞に、どうかな、と前置き。
「でも、うん。会えるよ。私達が会えなくても、私達じゃない私達が、きっと巡り会う。だって、三人で世界を渡って来ちゃったんだから。もう、こんなの運命みたいなもんじゃん」
微笑み一つ。
「だから。大丈夫だよ、ミラ。きっと、大丈夫」
「ふふっ。何それ。意味分かんない」
掴まれていた両手が外れ、額が離れていく。
お互い、泣いてはいない、筈だ。
「ん」
そうして、ジャンヌは両手を広げる。
目の前の人物を招き入れる様に、だ。
瞬間、突っ込んできた。
抱き留める。
「またね……ジャンヌお姉ちゃん」
「うん。またね、ミラちゃん」
まるで本当の姉妹の様な別れの言葉。
実際、彼女からは常にそう呼ばれていた。そうすると、そんな気すらしてくるから不思議なものである。
「さて……と」
離れていくミラに続いて、問題の二人が残った。
「邪魔をしたみたいで、悪かったかな」
「いえ、そんな事は」
柔やかな笑みを、アルベルトが浮かべる。
「ジャンヌ・ダルクには、最初から最後まで驚かされたままだった」
告げ、手に持っていた剣を差し出した。
それに、首を傾げるが、ややあってから受け取る。
「……これ……」
持っただけで分かった。今まで以上に、紫鉱石を使用した代物だと直感する。
促され、抜いて見れば、質実剛健と言った直剣。
刀身は銀色の中にうっすらと紫色が混じっている。
「ガティネの技術も入った物だ」
つまりは、ゼルモア辺りだろうか。
であれば、その制作難易度もかなりの物なのは疑いようがない。
両国の鍛冶士代表が作り上げたもの。
鞘も同じ様な作りで、こちらは紫色を基調としている。
かなりの金額はする筈だ。
「本当なら、ランス家の当主にでも渡そうかと作っていたものだが、餞別として受け取って欲しい」
「えっ。いや、受け取れないですよそんなものっ」
慌てて突き出すが、やんわりと拒否された。
「君にこそ必要な物だと信じたい。知らない土地を行くのに何も無しと言うのはな」
アルベルトの視線に合わせれば、足元の袋が一つのみ。
これは、ミーナニーネから渡されたもの。
素材は以前に討ち取られたセイフェ軍団首領の胃袋。
加工され、こうして見事に旅行鞄、いや、たすきがけも出来る大袋と相成っていた。
ついでに言えば、ジャンヌの持ち物がこれだけでもある。中身もそう大した物は入っていないが。
「いや、でも。こんな高価な剣」
「だからこそ、だ。これは、今の所この国に一つしかない非常に高価な剣だ。……こんな物を所有者無しで家に置いていては、いつ賊に入られるか不安で眠れない。君が出ていっては、うちには戦える者が居なくなってしまうからな」
口の端を上げ、宣う。
――いやどの口が言ってんだ、って話だけど。
アルベルトの実力はジャンヌも知っている。
生半可な者では、現在でも勝てない位の腕は持っているのだ。
付け加えて、ミラに師事した侍女の接客係達。
絶対的な人数こそ他家には劣るが、相当の実力者達が揃っている。
そもそも論。
十二皇家の敷地内に無断侵入の挙句、窃盗まで働こうとする愚か者がこの国に居るだろうか。
いや居ない。
――なんて言った所で、引き下がる人じゃないよねぇ……。
「……はぁ。分かりましたよ。大人しく譲られる事にします……。それなら、ついでに」
改めて、剣と向かい合う。
「ついでに、この剣。名を付けさせて貰います」
「名前? 剣にか?」
「その方が愛着も沸くと言うものです」
軽く笑いながら、目を伏せ、思案。
頭を軽く刀身に当てた。
「アロンダイト」
「アロンダイト……?」
「はい。アランの名と、ダート。二つを合わせた名前です。アランダート、では恰好悪いので」
少々の気恥ずかしさをそんな言い訳で塞いだ。
鞘に戻していく合間、二度三度と呟いたアルベルトが、頷く。
「良い名だ。ヴァルグには劣るかも知れないが、我がランス家の宝剣・アロンダイト。改めて、ジャンヌ殿に託す」
「……謹んで」
恭しく見せる。
「そのうちにでも、寄った際に見せてくれ」
「……生きてる間は、来れる保証はしませんよ」
「では、残していかねばな」
「全く、気の長い話ですね」
「そうだな。ガティネにも頼んでおくとしよう」
「心配はなさそうですね……」
微笑しつつ、差し出した手をアルベルトが握って来た。
最後の一名に向き直る。
そして、腰を若干落とした。
「ありがとう、ジャンヌ。顔を良く見せて」
撫でられるままに、ルカヨの好きにさせていく。
頬と頬を合わせられ、次いで、胸に抱かれる。
ふくよかな双丘と、彼女の匂いに包まれるのは、女性の身であっても悪くない気分だ。
「ふふっ。寂しくなるけど。もう大丈夫。それと……これを」
言って、アルベルト経由で手渡されたのは、
「……コート?」
広げてみれば、
――フード付きの外套みたいなアレか……。
「長旅するのだから」
との事だが、生地は良い物が使われているだろうと言うのは分かる。
これも、相応の値は張るのだろう。
「それと、これも。モーラ達から」
「ありがとうございます。もうこれランス家には筒抜けですねー……」
受け取ったのは、侍女長お手製の菓子類。
形がそれぞれ違う上、両手で抱える程はあるので、恐らくは総出で作ったのだろう。
そんな事実に乾いた笑いをしつつ、いそいそと旅支度を整える。
――ホントにありがたい事だよ。
こんな自分でも少しは自信が持てようと言うものだった。
「……うん。えぇと……こほん」
頬を掻き、深呼吸一つ。
「本当に、ありがとうございました。最後まで自分勝手でしたが、お身体には気を付けてください」
軽く下げた頭を上げ、満面の笑みを見せる。
「……それでは、行ってきます。父上。母上」
告げた言葉に、二人も一瞬呆気にとられた表情を作ったが、すぐに笑みと変わり、一人は薄っすらと涙が浮かんだのが分かった。
そこからは、もう何も言わずに彼らに背を向けて、一歩を踏んだ。
数歩で早歩きに。
「っ」
すぐに駆け足になり、
「っ!」
前傾姿勢の疾走となった。
行く。
微かに昇って来た太陽から逃げる様に。
「さぁ、世界を見に行こうか」
腰に吊るされた柄を掴み、口の端を上げ、ジャンヌ・ダルクは菖蒲色の長髪を風に流しながら、ただ走った。
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