鴛鴦

君にあげるキムチなんて無い

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鴛鴦

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 「今日でお別れだね」
 豪華な晩餐を目の前に、車椅子に乗った彼女は微笑みながらそう言った。

 彼女は今日で自らの命が消える事をなんとなく理解しているらしい。頭の良い彼女なら出来そうな事である。

 「そんな悲しいこと言わないでよ」
 現実から目を背けたくて、僕は思わずそう言ってしまった。

 「ふふ、分かってるくせに。」
 「でも悲しいからさ。言うのは自由じゃん?」
 「まあね」

 悲しみを紛らわす為のちょっとしたやり取り。質は普段するようなものと変わらない。しかし、彼女とこんな会話が出来るのもこれが最後かと思うと涙が出そうになる。

 「じゃあ、乾杯しようか」
 「そうだね」
 僕は彼女とさかずきをかわす。

 恐らく最期の日、という付加価値が酒をより美味しくさせてきて、とても複雑な気持ちになる。

 彼女もそんな気持ちを心に秘めているのか、どこか悲しそうである。

 すると、彼女がそっと瞳を閉じた。
 裁きの時が満ちたのだと確信した。

 ひとつ溜め息をき、僕は夢の扉の鍵を開けた。
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