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12節.伝説の真価
しおりを挟む「どうなってる…?」
状況の全てが飲み込めない。
(さっきまで戦場のど真ん中にいた筈だ…。タンクスは? 皆は? リューヌルは?)
まるで理解の外。気を失ったのか、はたまた死んでしまったのか。
リューヌルとはある程度の距離があった。瞬時に距離を詰められたとしても、死ぬ間際の記憶くらい少しはあるものだろう。
視界を包む“白”。自分の体、身に纏う鎧までもは鮮明に認識出来る。
辺りを見回す。
方向感覚すらも失いかねない光のような空間の中で振り向くと、背後に人が居ることに気づく。
気配は無かった。
「うおっ!?!? 何だ爺さんっ!?」
そこには1人の老人が座していた。長く蓄えられた髪と髭。ボロボロで無駄に長い衣服。
老人の肩には五賢者の骨董品、”剣豪の剣”が立てかけてある。
虚ろに見えるその眼は、しっかりとロッザを捉えている。
こんな奇妙な空間にたった2人。明らかに普通ではない事態だ。
事の詳細を知っていそうな老人も怪しさ満点である。
(どうする…? 敵か味方かすら分からんが、ひとまずこの状況の説明をもらう他無いよなあ…)
「あ、あの~」
老人の口元が緩む。
「——不思議か?」
老人の言葉に口を閉ざすロッザ。
「お前は”これ”を抜くことが出来た。だからここに来た。それだけじゃ」
五賢者の骨董品、”剣豪の剣”。
それをまるで“自分の所有物のように持っている”。
「……あんたは?」
当然の質問。この突飛な状況ならそういった疑問に帰結するだろう。
「儂か?
儂は………五賢者の1人、剣豪と呼ばれた男じゃよ」
真意が計れない。
「五賢者? とっくに死んでるだろう」
「そうだな。儂はこの剣に宿った残留思念のようなものと思ってくれれば良い」
次々と新しい情報が入ってくる。普段ならば一蹴するようなことも、こんな空間では説得力が増す。
「…俺を元居たとこに戻せ。こんなとこで油を売ってる暇は無えんだ」
剣こそ無いが、ロッザの瞳には鬼気迫るものがあった。
「まあ待て。ここは特別。空間と呼べるかも分からぬ意識の中じゃ。
“外”の時間は経過していない」
剣豪と名乗る老人の言うことをひとまずは信用してみる。
「…あれだけ抜けなかった剣だが、俺は選ばれし者だから抜けたってわけか? それでこんな夢を見てるのか?」
一刻も早く仲間のところに戻らなければ。そうしなければ全滅してしまう。
老人を疑っていなくても、その焦りは自然と挙動に現れる。
「夢…か…。いい表現だ。
儂のに限らず、そのどれもは、
”資格を有する者”、もしくは”覚悟のある者”、のみが扱える。
お前さんは見事、剣を抜いて見せた。今戦っている相手にも渡り合えるじゃろう」
「!!」
あの化け物と戦える。それは今、ロッザにとってこれ以上無い程の吉報であった。
「そうか…。そいつを使えば、あのリューヌルを殺せるかもしれないんだな?」
「…お前さんらが骨董品と呼ぶ儂らの残した遺物は、それぞれ儂ら五賢者の特性が宿っており、それを扱う者には各五賢者の経験・技量がそのまま身に宿る。
儂があの暴れ馬に引けを取るわけなかろう」
ロッザは体中の痛みが引いていくのを感じる。同時に体温が上がり、まるで武者震いのように火照り、昂る。
「最高だ、爺さん…。
俺…遠慮なく使わせてもらうぜ」
意識が途絶える直前の景色が広がる。
「ロッザ!!」「ロッザの旦那!」「ロッザ!」
「「「副団長!!」」」
仲間の声が聞こえる。
眼前には大きく振りかぶっているリューヌル。10m以上は離れていた筈だが。
兎にも角にも、期待に応えなければ死ぬだけ。
ロッザは、肉体が自然と自分の意思より、少しだけ早く動くのを感じた。
「ぐわぁっっ!?」
勢いよく抜かれた剣によって、リューヌルの左手の指2本と鎧の角部分が宙に舞う。
同時に、振った方向に斬撃の衝撃波が飛び、大地に亀裂を作る。
眩く光るその剣の輝きは、一振りでその場を好転させたことを告げる啓示のようだった。
「…ふっ、はっはははははははは!!!
いい! これが他の骨董品の力か! こいつァ良い。やっと対等な命の削り合いか出来るって事だ」
指の欠損など些事かのように、興奮しているリューヌル。
「あれが…”剣豪の剣”…」「すげえ、、ロッザ副団長が抜きやがった…」「これは勝ったも同然だろ!」
団員の士気が上がっていく。
抜いたことによって、鞘に納めていた時の数倍のオーラを放つ剣。
(これが…あの爺さんの力…。”剣豪”なんて、単に剣が1番”上手い”奴の称号だと思っていたが、これはそんな比じゃねえ。生物としての格が違い過ぎる。
…これが五賢者か)
右手に伝わる剣の重さ。見た目、実際の重さ以上重く、様々な記憶の波が流れてくるようだ。
「ロッザ! 首尾はどうだ!?」
タンクスはリューヌルを捉えたまま訊く。
「……。…問題無い!!
こいつは、ここで仕留めるっ!!」
骨董品を構え、意気込むロッザ。それを見てタンクスも安堵する。
(よしっ…)
「流石だロッザ団長っ!!」
大声で賛美の言葉を送るバミューダ。
「当たり前だっっ!! なんせ俺は最強で最高の、選ばれし主役だからな!!!」
ロッザの軽口に場の緊張が和らいでいく。
「総員!! ロッザをなるだけ邪魔しないよう援護しろ!!」
「「「了解ィ!!!」」」
ロッザは勢いづいたまま、リューヌルと対峙する。
「リューヌルぅぅぅ!!!」
ロッザが充分に振りかぶるより早くリューヌルの拳が交わる。
間一髪それを受け止める。
「ほぉ…流石の強度だな…。だが、初動を抑えれば何ら大きな脅威にはならない。
五賢者の骨董品持ち故か、それが直感で分かるんだよなあ。
まだお前は、使いこなせてないみてえだしよ」
「くっ…!」
単純な力では骨董品など関係は無く、リューヌルに競り勝てる道理は無い。
じりじりとロッザの背が地面に近づいていく。
リューヌルの片足を戦斧が払う。
「ぬっ!」
重心が崩れたところを全力で疾走してくるモスケットが盾を前に、体当たりを炸裂させる。
体勢を立て直し、ロッザが体を回し、剣を振る。
大きな斬撃が横一文字でリューヌルに向かって飛んでいく。
防御した両腕にはヒビが入り、出血する。
「くっ…!!」
タンクスもすかさず傷口に剣を突き刺し畳み掛ける。
「いっ!? っってえなァ!!」
「ぐわっ!」
タンクスを吹き飛ばしたが、リューヌルにはダメージが残る。
間違いなく状況は一変した。このままの形勢を維持すれば勝てる。
ロッザは続けて斬撃を連続して放つ。
手負いになったリューヌルは若干の機動性を失ったように見える。体を掠め、小さな裂傷が増えていく。
「…良いっ! 良いぞォ!! 楽しいっ!! 最高だっっ!!!」
そんな中、一頭の馬の駆ける音が聞こえる。
「お頭!! そこまでです!!」
全力で馬を飛ばしてきたガッチョウが間に割って入ろうとする。
リューヌルはロッザへ次の一撃を繰り出そうとしていた。
ガッチョウは大きく息を吸う。
「…リューヌル!!! いい加減にせんか!
ベントメイルを敵に回すのはまだ早い!! 今はボンダートで満足するのだ!」
リューヌルの動きが止まる。
「……ロッザって言ったか? お前、最高だよ…。団長のタンクス、それに他にも腕の立つ奴が数人居る…。
カタストロフ騎士団。噂に違わぬ強豪。俺をここまで悦ばせてくれるなんてな。
特に骨董品持ち同士の戦いってのは唆る……。
ガッチョウ。俺は止まらねえぞ。やっと、……やっと見出せそうなんだ!! 生きる意味ってヤツを!!!」
生まれて初めての感覚。自分を心から震え上がらせる人間に出会えた。
「余興だよ! 殺し合いなんて、人間のたった一個しかねえ命を掛けて鎬を削る、余興だろうがよ!!!」
「クソっ、1番の速馬を選んだが、間に合わなかったか…」
今まで誰にも心を通わせたことなどない。
殺しが好きだった。殺し合いが好きだった。殺意を向けられるのが好きだった。
喜怒哀楽の全てが収束する瞬間。身分も関係ない。ありとあらゆる”柵”は意味をなさず、平等になる。
父に従い、父にこき使われた人間に従い、生かされてきた。
貴族の生まれというだけで王に諂い、過ごす。
だから鎧を手に入れ、真っ先に殺してやった。
王をやり、”跡”腐れが無いように、王家の奴らも皆殺しにした。
…あれは笑えた。国中大騒ぎで俺が牛耳るのにすら少し時間がかかったもんだ。
戦いの中でのみ、自由になれた。
骨董品を手に入れ、多少は毎日が楽しくなった。だが、、、満足はしなかった。
(理解者面しやがって……やっぱ殺し合いは良い…。
今だけは——————今だけは…”対等”だっ!)
リューヌルは両手を合わせ、渾身の鉄槌で地面に大きな”窪み”を作る。
その余波で、周りを囲んでいたロッザ達は引き剥がされる。同時に、ロッザの手元から剣が離れる。
宙を舞った剣と鞘は、ひとりでに動き、1つになる。
鞘に収まった骨董品はその場に落ち、再び刀身が顔を覗かせることは無かった。
「おいあんた! 止められないのか! あの化け物は!!」
タンクスは駆けつけたガッチョウに助けも求めるも、相手の表情は芳しくなかった。
「…駄目だ…お頭が私の言う事を聞かなかったのは一度や二度では無いが、大抵は自制が効いていたというもの。
今の”あれ”は、——手に負えん」
雄叫びを上げると共に、放つ圧力が増していく。1つ1つの攻撃の威力も上がっているように見える。
「おいおい、なんか一段と凶暴になってやしねえか…?」
ロッザは遠く離れた骨董品を諦め、腰の剣を抜く。
「ふーっ、ふーっ」
リューヌルの意識が段々と薄れていっている。言葉がままならない状態で次なる攻撃に転じる。
「があぁっっ!!」
ロッザの反応も徐々に追いつかれ始め、大きな一撃を貰おうとしたその時、モスケットが大盾で攻撃を防ぐ。
特注の盾に大きくヒビが入り、2人が吹き飛ばされる。
「ぐっっっ!!」
骨董品から、より遠く離れてしまったロッザ。
「わ、悪い。助かった、モスケット」
「例はいいですよっ。…こりゃ帰ったら新品頼まないと…」
ガッチョウはただその光景を見つめている。
「ベントメイルとここで争うのは悪手だ…。
…だが……こうなった以上! 殺し切れ!! リューヌル!!!
キリフェーレの存続の為! やり遂げるのだ!!!」
「なっ…!」
意図せずにリューヌルの鼓動が速くなる。体中から骨の軋むような音を鳴らし、この世の全てを破壊し尽くさん悪魔へと姿を変えていく。
「ぐるる…ぐおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「ありゃ骨董品に意識を持ってかれてるのか…? それとも、あいつと骨董品が“混ざり”、暴走してるのか?」
「何にせよ、ここが踏ん張りどころですよ、旦那」
「ああ…」
2人の視線の先、リューヌルの背後にはグーマンドが近づいていた。思い切り飛びかかり、斧と首が触れる寸前だった。
リューヌルはロッザとモスケットの方向を向いていたにも関わらず、グーマンドの殺意を察知しカウンターを合わせる。
直撃したグーマンド。
斧は粉々に砕け散り、全身の鎧もヒビ割れ、大きく飛ばされる。もはや再起は不可能だった。
「グーマンドっ!!」
気を取られた隙にリューヌルの先手を許してしまう。
(あ…これ死んだな。モスケットだけでも逃がす時間を…)
ロッザの喉元にリューヌルの手刀が迫る。
——よりも速く、リューヌルの眼前を大きな斬撃が横切る。
惜しくも斬撃は回避されてしまった。
「!?」
ロッザの視線の先には頼れる団長が、その手に骨董品を握っていた。
「俺も選ばれし男、…ってか?」
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