救国のIMMORTALITY

チビ大熊猫

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28節.狩人と戦士

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 魔獣討伐とうばつ受諾じゅだくした明朝みょうちょう
「…っと、…300っ!」
 朝の軽い運動がてらの腕立て伏せを終え、汗をぬぐう。
「ん、ん~…っっ!!」
 まばゆい朝日を正面に、大きく伸びをするロッザ。
 陽だまりの香りが全身を包み、戦いの前の緊張をほぐす手助けをしてくれるようだった。
(さて…単眼巨鬼サイクロプスか…。魔獣と戦うのは久しぶりだな……。
だがまあ、暴君の鎧を着たリューヌルと比べれば…、可愛いもんか。)

 魔物。
 この世に存在する様々な陸海空の生物・昆虫、もちろん人間も。数多あまたの生き物が混在するなかで、魔物は特別ことなる点を有している。
 それは、元来がんらい、人間という種に対して、明確な敵意を持っているということ。動物を捕食ほしょくすることも皆無かいむというわけではないが、基本的には人間のみをおそう。
 そして、魔物同士が争うことは、無い。
 その危険性は、動物とさして変わらないものも居れば、並の人間の手には負えないものも居る。
 魔獣。魔物の上位種。
 魔物を遥かに超えた膂力りょりょく・能力を持ち、並の人間が何人束になろうと勝てるものではない。
 その能力とは固有こゆうのものであり、身体的能力の延長線上のものであったり、世のことわり凌駕りょうがするものであったりと様々。
 魔物は個人で対処出来るものも、手練てだれの戦士ならば少なくはないが、少なくとも魔獣は個人で相手取るものではないというのが、世界の共通認識である。

(大ボスが魔獣1体だとして、他にどれくらいの魔物を従えてるかが気になるな…。)
 精鋭とはいえ本来の数ではない騎士団。その中での戦闘を想定する。
 九頭龍ヒュドラーの時と比べ、今回はタンクスとグーマンドが不在だ。その穴は大きい。
 同じ、“魔獣”相手にどう立ち回るかが重要となる。他の魔物の群れ弊害なども気になる。
そんな中、腰にはしる衝撃が熟考じゅくこうを強制的に中断させる。
「どーん!!」
「ぬうぉっ!?」
 そのまま地面に伏せるロッザ。
「ってーっなァ!」
 無謀むぼうにも、凄腕すごうでの騎士団副団長に後ろから飛びかかった少年を筆頭ひっとうに、村の子供達がぞろぞろと湧いて出てくる。
「おいおい、子守こもりは仕事に入ってねえぞ…!?」
 そんなロッザをよそに、若いエネルギーはその行き場を探していたようだった。
「お兄ちゃんホントにあのおっかないのを倒せるの?」
 あどけない表情ではあるが、皆同じ胸中きょうちゅうなようで、ロッザの返答を待つ。
「……当たり前だ。
俺らはカタストロフ騎士団。王都直属の最強の近衛このえだ。
完全体でなくとも、魔獣に困っている村を救うのなんざ、朝飯前よ」
 子供を安心させる為の一言。だがそれは虚勢きょせいではなく自負じふ
 ロッザから滲み出る“凄み”は、子供達が信頼を寄せるに足り得た。
 皆、一様いちように目を輝かせている。
 ロッザに突撃した少年が口を開ける。
「お兄ちゃん強いんだね!」
 僅かながら感じられた緊張が、彼らの中から消えていく。
 1人、そしてまた1人。
 抱きついたり、ちょっかいを出したりと、ロッザと遊びたくて仕方がないような素振りで干渉かんしょうしている。
 魔獣の脅威きょうい余波よはにて、沈んだ雰囲気のただよっていた村で、心から笑い・遊ぶのは久しぶりのことだった。
「ちょっ…! おまっ!
…当たり前よ! ケツから目ん玉飛び出るくらい強くて、かっこいいぞ!」
「そんなに!?」
 目を丸くする子供達。
「おうよ!」
 癖っ毛の少年がニヤつきながら言う。
「変な髪型髪型してるのにね」
「ガキ、表出ろ」


 その様子を遠巻きに見ている影があった。
 少し狭い視界に映るその光景に、頬を緩める。
 ロッザと子供達は、家が並んでいる中の中心、広場のようなところでたわむれている。

「だって女の人みたいじゃん!」
「大人には色々あんだよ!坊主!」
「僕坊主じゃない! ふさふさ!」
「うるせえ!」

 その周りでは騒ぎを聞きつけて起きた団員、そして村民そんみん達が食事を楽しみ始めていた。
 戦いの前だから酒をつ。そんな規律きりつはカタストロフ騎士団には存在しない。今ここに堅物かたぶつの団長が居ないというのなら余計のことだ。
 お調子者のバミューダが大きな声で腕を振り回し、酒を浴びるように飲んでいる。
 一見、乱暴で呆れられるようにも見える光景。しかし、子供らと同じように無礼講ぶれいこうを欲していた大人達にとって、朝っぱらからの宴は魔獣討伐の前夜祭と化していた。
 モスケットやリシアを含めた大勢で飲み食いをしている。

 そんな中で、走ってくるのは、団員のバルドだ。
「シールズ!酒と言ったら、あんたが居ないと締まらねえぜっ」
 酒豪のシールズに声がかかるのは当然のことであった。
「俺は遠慮しておく」
 乗り気でないその態度に驚くバルド。
「酒で酔って狙いがつかない、なんてことは無いだろ?
……それとも何か?例の嫌な予感って奴か…?」
 無言で肯定こうていするシールズ。
 なんにせよ、今飲み食いをする気分では無いらしい。
「俺はあんたと戦うことが多かった。今回だっていつも通り無事に終わるよ。
なんせ俺らは言わずと知れた、“死なずの兵団”だからな!」
 右手に持っていた酒樽さかだるの残りを飲み干し、次を注ぎに帰っていく。
「……」
 思い耽っているシールズに再び声がかかる。
 今度は聞き慣れない声だ。

「何してるんですか? 皆に混ざらないの?」
 視界の外、右側の死角から現れたのは村娘であるママレードだった。
 昨日さくじつの交渉で、女でありながら、子供でありながら、意見した少女。
 彼女の一声ひとこえがなければ、このような運びにすらならずに王都へ返されていただろう。
「俺はいい」
 比較的陽気な者の多いカタストロフ騎士団で、シールズは珍しい性格と言えた。
 あるいは、ここにグーマンドも居れば、加えてそう称されたに違いない。
 今のメンバーで言うなら、タンクスは生真面目きまじめだがロッザとなら羽目はめを外す男。
 快活なロッザ。
 周りに合わせて調子を変えることの出来るモスケットとリシア。
 口数の少ないグーマンドとシールズ。

 ママレードは、身の丈を超える弓を持つシールズをまじまじと見つめる。
「……弓の名手なんですよね?
あの! よかったら私にも教えて!」
「断る」
 目を輝かせるママレードを斬り伏せるように二つ返事で答えるシールズ。
「なんで!?」
「仕事に入っていない。義理もない」
「冷た~…」
 頼みがすんなり通るとは思っていなかったが、ここまで邪険じゃけんにされることは想定しておらず、驚くママレード。
「第一、女子供が武器を覚える必要は…」
 思わず、この村の事情を考慮こうりょしていない発言をしてしまい、口をつぐむ。
(失言…だったな。)
 ママレードはここぞとばかりに畳み掛ける。
「剣や槍は騎士さんや兵隊さんの領分りょうぶんでしょ? でも弓は違う。
私たち村の人間は狩りで生活してるから、弓は切っても切れない関係なの!
ここでは皆平等。力なら男の人には負けるけど、弓は関係無い。私だって今よりもっと上達して村に貢献こうけんしたいの!

それに……“自分の身は自分で守らなきゃ”」
 意思の固さはそのひとみをみれば誰もが理解できるだろう。
 多感たかんな時期。そんな時に村がこんな事態では責任感も人一倍強くなるというもの。
「狩人はいても戦士はいない…だからこんな状態になってるのか…」
 失礼とも取れる言い草。
だが実際にこうして騎士団の助力じょりょくを受けてしまっている。
「そんなこと言ったって…元々ここに出る動物だって、鹿や兎、猪に狼、あとは熊くらいのもので、比較的魔物の居ない場所として有名だったのに…」
 ママレード自身、この数ヶ月の状況に戸惑いを隠せてはいないようだ。
 シールズはある考えがよぎるが、それをわざわざ口にはしなかった。
「…ねえ。シールズ?さんは、どうして弓を使ってるの? 見たカンジ、あなただけみたい」
 問答の最中さなか、生じた疑問をぶつける。
 彼女の決意の強さを見たシールズは、突飛な質問ながらも、つい、口を滑らせた。

「……俺は自分と金が1番大事だと思ってる」
 神妙しんみょうな面持ちで、ゆっくりと紡がれた言葉。
「2個じゃん」
「うるさい。

………結局、俺が弓を使っているのは、我が身がかわいいからだ。
安全圏あんぜんけんから目標を射抜く。それがしょうに合ってる、ただの臆病者おくびょうものさ」
 そう言う彼の瞳には悲哀ひあいが灯り、かげった表情は、“騎士”と言うにはあまりにも淋しげに見えた。
「シールズ…さん…?」
 ふと我に返ったように、顔を振る。
「喋りすぎたっ。
…もし“生き残ったら教えてやってもいいだろう”」
 その言葉を最後に、ロッザのところへと歩いていってしまう。
「……よしきたっ」
 ママレードは、小さく拳を握り、喜びを噛み締めた。



 討伐への準備は整った。
 ロッザ達は再度、標的の確認をする。
「最終確認だ。
目的地は森を1~2時間歩いた先にある、“かえしの洞窟”。
そこにいる魔獣“単眼巨鬼サイクロプス”をぶっ殺して終了。
道中どうちゅう、魔物との遭遇そうぐうも少なくない筈だ。中にはデカブツの手下もいるだろう。心してかかれ」
「「「「おー!!!」」」」
 団員の猛々しい声が響く。
 それを横で見ている村民達。
 村長むらおさサカトは、初めて単眼巨鬼が村に訪れた時のことを思い出していた。


 突如とつじょとして現れた巨大な“魔”。
 平均的な家屋かおくのおよそ2倍はあろうかという体躯たいく
 こちらを見下ろす瞳は、人間という種を下に見ていることを実感させる。
 片手に持つは、大木たいぼく粗雑そざつに加工した棍棒こんぼうまがいの得物えもの
 今から、“蹂躙じゅうりん”が始まることは、誰の目にも明らかだった。
 果敢かかんに立ち向かった男衆を、まるでほこりでも払うかのように赤く染めていく。
 巨人は動きを止め、村の家を指差した。

 巨人は知能が高かった。
 人間相手に取引を持ちかけたのだ。取引というよりは、搾取さくしゅという方が合っているやもしれない。
 目先の欲求に任せ、ヒトを喰らいむさぼるのではなく、永続的な食糧の供給を選んだ。
 生存本能を優先し、死ぬまでの自己じこ保全ほぜん確固かっこたるものにしようとしたのだ。
 人の真似事かよ、そう揶揄やゆした男は刹那に殺された。
 村人達にとって、“知性”を有した魔獣など聞いたことがなかった。
 翌日から、定期的な物資ぶっし献上けんじょうが始まった。


「よし。そんなら、出発するぜ」
 ロッザの合図で、徒歩にて村を出る。
 ママレードを含めた大勢が彼らに黄色い声を浴びせ出送った。
 やがて一行いっこうは、深く|生《
お》い茂った森へ消えていった。

 彼らを待ち受けるは、幸か不幸か。



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