救国のIMMORTALITY

チビ大熊猫

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38節.悲願

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「はい。ええ。……じゃあ、そこに“勇者のひとみ”が?」
「ああ。ホント好きだねえ。まあ、かなりの値打ちだ。兄ちゃん達にはちときびしいと思うがね。見るだけならタダだろうよ」
「はは……頑張ってりの前に交渉でもしてみますよ」
「ははっ。オウ、頑張れよ」
「ありがとうございます。助かりました」
「またウチのを買ってくれよな~っ」
 男と少女は店を出た。
 警備も厳重な筈だ。盗める状況ならなるだけそうしたいが、難しいだろう。そうなれば、力づくしかない。そんなことを男は考えていた。
 魔物・魔獣退治の依頼を請け負う組合の多い国エーロ。来るもの拒まずといった入口の広さは二人が拠点とするのに適していた。
「やっと装備が揃ったな。骨董品の情報も手に入ったし、上々だ」
「良かったね。競りだって順調に進んでも進まなくても、私の杖で何とかなるよ」
「……だな」
 二人か大通りを歩いていると何やら騒ぎがあるようだった。前方から人々の声が聞こえてくる。視界に人々が映るより先に、大きな魔物の巨体が見えた。
 魔物は死んでいた。

「流石だな! いやはや、英雄の生まれ変わりは大したもんだ」
 組合の構える店の前だった。一人の主人が高らかに笑っている。
 しかしそれは主人だけで、周りの人間は少し怯えているようだった。
 それもその筈、死体でありながら魔物は魔獣との差も分からぬほどの圧を放っており、およそ人一人で片付けられるものではなかったからだ。大きな魔物の他にも小さな魔物の死体が散見された。そして、そのうずたかい山の上に一人の男が立っている。随所が赤黒く染まっているが、それが彼の血でないことは明らかだった。彼は無傷だった。
「驚いたな……あれを一人で?」
 男が呟くと、それに補足するように隣の老人が話しかけてきた。
「最近とてつもない勢いで依頼をこなしている長剣の男を知っているじゃろう? あれが、それじゃよ」
 誇らしげに噂話を語っている老人に目をやると、長い剣を手で表した後、前方を指差した。視線の先を辿る少女。
「あれ……骨董品だ」
「!」
 少女の発言に絶句した男は、再び視線を戻した。
 魔物の山に悠然ゆうぜんと立つその男は派手な装飾のつばをした長い剣を手にしていた。斜めに交差した形の鍔に突き刺すように柄と刀身が付いている。腰には差さず、鞘ごと左手に持っていた。
「……“剣豪のつるぎ……」
 男は骨董品の名を口にした。


 飲み屋のテーブルの上、空になった皿が並んでいる。
「なるほど……アダムズさんの気持ち理解出来るな」
 マルコはアダムズの身の上話に、いたく共感をし同情していた。
「大きな恨みこそないが、父が母を捨てなければ“こんなことにはならなかった”……。俺は、俺の存在証明の為に、バレーと共に生きる為に! “勇者の瞳”が必要なんです」
 アダムズは必死だった。競りの話が舞い込んできただけでも構わなかったが、実物を見るまで信憑性は低かった。しかしこうして本物の骨董品持ちに出会えた。それも元はベントメイルの人間だという。剣自体はウォンドオの王が持っていたという話だが、“暴君の鎧”といい、やはりベントメイルには骨董品が集まるのかも。そんなふうにさえ思えてきた。
「ベントメイルに不満があるのは俺も同じです。立場上、加勢することは流石に出来ませんが、“中のこと”についてなら簡単にですがお話出来ます」
「ありがたい……」
 アダムズはマルコの横の空席に立てかけてある剣を見た。
「“五賢者の骨董品”のうち、二つが今ここにあるなんて……なんか不思議ですね」
 一つで国の情勢を動かす遺物。魔物の死体の山を見れば分かる。バレーの杖同様、強大な力を有している。
「杖以外の骨董品初めて見た……」
 バレーは物珍しそうに剣を見た。
「そっちこそ、その剣と盾はもしかして勇者の?」
 マルコはアダムズの装備が気になっていた。数々の五賢者の書物に描かれている勇者の絵。全身を立派だが素朴な鎧で包み、左に菱形ひしがたの盾、右に菱形の先が長くなっている片手剣をたずさえている。アダムズが持っているのは以前みたそれと酷似こくじした見た目をしていた。
「え? ああよく分かりましたね。ええ、模造品ですよ。瓜二つの」
 “勇者の瞳”を手に入れることに本気であることが伝わった。勇者になると言っていた。動機は母親の発言、父親への復讐。それでも、彼が彼でいる為にはその道しかないのだろう。
「あ、でも強度は普通の武器と一緒ですよ? 月並みに頑丈がんじょう鋭利えいりです」
「骨董品を手にする準備は万端ばんたんってわけですね」
 マルコは自分が力持つことを認めない王やカラッソに対し不満を持っていた。だからこそベントメイルに叛逆はんぎゃく行為をはたらいたのだ。今となってはその意味がよく理解出来た。後悔しても後の祭り。
 母国を出てから、骨董品一つで今日こんにちまで生きてきた。力に振り回されることは多々あった。人気ひとけの少ない場所でなければ何人を惨殺ざんさつしていたか分からない。故意ではなくとも絶対にそんなことはあってはならない。
 力の反動に悩まされ、体が疲労で限界を迎えているときは無防備に近い状態だった。どんな窮地きゅうちでも剣さえ握れば負けることは無かったが、逆に言えば、剣を握っていない間は常にかたわらに“死”が存在していた。
「この力を扱いこなすのには骨が折れました……。ベントメイルの上司達の言う通りでしたよ。俺は思い上がってた」
「マルコさん……」
 アダムズは自分より年下のマルコに強い親近感を覚えていた。善悪の基準が明確で、物事を俯瞰ふかんで見れている。“自分”をしっかりと持っており、努力を惜しむどころか人生を通して大義を為そうとしているのが伝わってきたからかもしれない。
 話を聞くかぎり、王や宰相さいしょう以外の人間はまともなようだった。マルコがカタストロフ騎士団の元団員だと聞いたときは随分驚いた。以前、謁見えっけんした時にいた2人の兵を思い出す。彼らが有する圧力はとてつもなかった。取り押さえられたときの膂力りょりょく・判断の速さ・実行の連動性。どれをとっても味方ではなくとも見事だった。
「……大きな斧の使い手がいまして。あの人には、本当……お世話になった……」
 懐古かいこに浸っているマルコ。その表情はとても穏やかだった。
 意見の相違そういから、国の管理する骨董品を実力行使で奪い、逃走した。よほど憤りがなければそんなことをしようとは思わないだろう。母国の地を二度と踏めなくなるのだから。
 そんな中でも、未だにしたう人間がいるのか。それとも受けた恩義を忘れない実直な性格なのか。アダムズはその表情を読み取るべく頭を巡らせた。生まれの違う年の近い目の前の男を、少し羨ましく思った。
「あれだけ威勢よく飛び出ておいて……戦場を歩き回って功績でも挙げよう、そうして名を轟かせよう! ……なんて思っていたけど、実際は剣の扱いで精一杯。今となっては、結局魔物討伐で日銭ひぜにを稼いでる状況ですからね。ははっ」
 自虐じぎゃく的に自らの現況を話すマルコ。
「アダムズさん。はっきり言いますが、俺はあなたの境遇きょうぐうに同情しています。バレーちゃんにも。……やると決めたなら、後悔は無い方がいい。あなたが骨董品を“2人が生き抜く為に使うなら”、俺は応援します。勇者と魔女が揃えばどこへだっていける。間違っても、人を傷つけるようなことには使わないでください」
 アダムズはにこりと微笑んで言った。
「この世界に私怨しえんは無いですよ」
 バレーはアダムズの服のすそを掴んだ。
「大丈夫ですよ。ねっ、アダムズ」




 ベントメイルの南西に位置する都市、コリンリッタ。ここでは定期的に大きな競売けいばいが開かれている。話に聞いた通りなら、今この場所に、五賢者の骨董品“勇者の瞳”がある筈だった。
 日は暮れ、辺りは暗かった。競売が行われているのは100人は収容可能な大型の天幕てんまくの中。数十個にわたる蝋燭ろうそくに揺らめいている火が、仄暗ほのぐらい空間をかろうじて視界の行き届くものにしている。その異様とも言える光景のせいで、お世辞にも居心地の良いといえる場所ではなかった。バレーも不安げな様子だ。
「ここに“瞳”が……」
 多くの人間が中央に並べられた椅子に座っている。恐らく競売に参加する富裕層だった。周りには雇われであろう警備の人間がずらりと配置されている。しかし特に厳戒態勢というわけではなく、一般の見物客もちらほらと確認出来た。

 やがて競売が始まった。
 他国から取り寄せた珍しい宝物や遺物・名画や趣向品など様々ものが出回っていた。中にはマニア向けの魔物の皮や牙もあった。
「金貨6枚!」「こっちは10枚出そうっ」会場の上手かみてにいる男が後からの男を指差した。「落札ですっ!」
「3枚」「ええい、7枚でどうだっ?」「その倍だすわ」「俺は景気良く20枚いくぜっ」再び男の声が響いた。「他にはいませんねっ? 落札です!」
 中は熱気に包まれていた。普通に暮らしていれば見ることのない物が並び、普段聞くことのない金額が飛び交う。ある意味新鮮で貴重な体験だった。
「この人たち……なんか怖い」
 バレーは杖を強く握り、抱き寄せた。
 アダムズはというと、神経を研ぎ澄ませていた。皆が狂喜乱舞している。それは確かだ。しかしそれでいて“はめ”を外しているわけではない。手元だって破産ぎりぎりまで使っていはいない。“強く手持ちの残りを意識している”。つまり、この場の誰もが骨董品が出品される情報を嗅ぎつけてここに来ているのだ。
 獣のような眼をぎらつかせ、今か今かと待ち侘びている。手に入れさえすれば自分以外の他の者を蹴落とせる。遊んで暮らせるだけの資産を有している富豪でも、いただきへの野心は消えることが無かった。
 アダムズは思った。“敵が多すぎる”。
 ここには骨董品の力を与太話よたばなしあざける人間は居ない。雇われの男達だってそうだ。隙を見て自分が手に入れればいいだけの話。この場にいる全員が、競売中は保険の為に猫を被っているに過ぎない。
 競売が終われば、帰り道に暴動が起きる可能性は高いだろう。
 先程、ほんの少し前のまだ日の高い頃。アダムズは出品物の内容について開催側に質問をしたが相手にされなかった。そんなものはない、そんなものは知らないの一点張りだった。
 しかし今なら確信出来る。必ずここにあると。全員が同じ目的でここに居るのだと。
 とすれば、殺伐さつばつとした中で金を持たないアダムズが出来ることと言えば腕づくで手に入れることだけだった。今日この日まで、剣の腕は積んできたつもりだった。盾の扱いはもちろん、多数相手の立ち回りや状況分析の力も身につけた。そして突破口となるはバレーだ。彼女の骨董品の力を用いて脅せば、なんら難しいことはないと踏んだ。
 司会の男が何かを話していた。ひたいに浮かぶ少量の汗・生唾なまつばを飲み込む仕草・見開いた眼が、次の品物を決定づけた。
「くるぞ……」
 アダムズは周りに悟られないように右手を外套がいとうの左側に滑り込ませた。
 がらがらと車輪の音が響く。腰元の高さの車輪付き木製の台。その上の物を隠すように赤い絹の布が掛けられていた。
「続いてはこちら。今回の大目玉! 嘘かまこか、信じるは貴方次第です!」
 男の掛け声と同時に布はめくられた。
「かの“災厄さいやくの化身”っ、ドラゴンを打ち倒した救世きゅうせいの英雄! 五賢者の骨董品の一つ! “勇者の瞳”です!!!」
 喧騒けんそうがより一層の激しさを増す。会場が、天幕が揺れていた。空気が熱を帯びた。
「何…あれ…」
 バレーは思わず心の声を漏らした。それほどに衝撃的だった。
 瞳。他に知り得る三つの骨董品と違い、武器や防具ではない。明らかな人体の一部の名称。なんらかの比喩だとばかり思っていた。
 そこには透明な立方体の容器があった。保存液と共に入れられているのは眼球だった。二つがゆらりと動いている。あれが本当に人間の、勇者のものだとするなら1000年近い年月保管されてきたのだ。おぞましい他なかった。
 バレーは一気に夢から覚めたような気分になった。
「アダムズ、あんなの……あんなのでたらめだよ。帰ろう? 怖いって」
 そうバレーが引っ張るも、アダムズはびくともしなかった。目は骨董品に釘付けで、逸らそうともしなかった。
「何言ってるんだよ。ちゃんとあったじゃないか。あれが……絶対に手に入れてみせる」
 アダムズは剣の柄を握った。
「おお、これが…」「た、ただの眼球だろう? 何が」「どんな効果が? どうやって使うのだ?」「コレクションだけでも十二分に価値があるっ」
 興奮が最高潮だった。
「金貨100枚!」「200…いや、300出そう!」「わしは450だっ」「600!」
 薄汚い欲望が染料のように混ざり合い、溶けていく。
「そっちは!?」
 口から飛び散る唾液。脇や背中に滲む汗。血走った眼。むせ返るような感情の渋滞。
「まだまだっ」「650!」「くっ…700!」「他には居ませんか!?」
「……1000!」
 金銀を多数身につけた老人がそう叫ぶと、その頭上を赤い炎の柱が横一線に通過した。老人の頭髪に一本の道が出来た。視線が一気に集中する。炎の出どころには、男と少女が居た。
 バレーは前方に突き出した杖をゆっくりと戻した。
「バレー、ありがとう」
 アダムズは剣を抜き、真ん中に導線として開けられていた空間を悠々と歩き出した。剣と盾があれば、そう簡単には負けない自信があったからだった。
「なんだ今のは……」「あの娘がやったのか…!?」「面妖な…」
 先に行ったアダムズを待つつもりだったが、刺さる視線に耐えられなくなり後を追うバレー。
 警備の男たちが剣を抜く。アダムズを囲う気だった。対してアダムズは散歩でもしているかのように言い放った。
「やめといた方が身の為です。今の炎を見たでしょう、普通の人間が敵う相手じゃない」
「普通の人間……?」
 1人の富豪の呟きにアダムズは答えた。
「分かりませんか? 彼女が持っているのはあなた方の欲している“骨董品”そのものですよ」
 その回答はざわつきをさらに加速させた。皆が口々に驚きの声を上げる。
 アダムズは“瞳”の目の前まで来た。司会の男は腰を抜かして倒れ込んでいる。
「これは、俺が手にする為のものだ」
 瞬間、剣を納める音が聞こえた。戦闘を諦めた気配はない。横目で確認すると、警備が弓を取り出し構えているのが見えた。バレーは慌てて牽制けんせいの為に少量の炎を散布さんぷする。
 悲鳴を上げ、席を離脱りだつしていく富豪達。入り乱れる場内。人の網を縫うように放たれる一本の矢。それはバレーに向けて放たれた。
「きゃっ!」
 金属と金属のぶつかりあう音。アダムズの剣に弾かれた矢が宙を舞う。
「……無駄だよ」
 そのまま立方体を手に取るアダムズ。
「バレー」
 頷いた後、杖を掲げるバレー。
「…母よ。観測者よ。始まりの創造主よ。常世にあるまじき奇跡をここに。……風よ!」
 挑発に乗るように一斉に放たれる矢の雨。それは2人に到達するより手前で勢いを無くし的外れな方向へと落ちてしまう。バレーの周りに薄い風の膜が形成されていた。空気の流れが意図的に操作されている。まさに神業だった。
「えいっ!」
 再びバレーが杖を横に振ると、炎が一瞬だけ人々の視界を遮った。次に2人を見ようとした時、すでに姿は無かった。
「お、おい! 火が!」
 炎は天幕の一端に燃え移っていた。広がる前に消火しなければならない。混乱はさらに大きくなった。


「やっと……やっと手に入れた……」
 月夜に盗品とうひんかざすアダムズ。
「アダムズ、さっきはありがと」
 青白い月明かりに眼球が照らされている。1000年前の人間の眼球が。神秘的な光景だった。
「綺麗だ……」
「ね、ねえアダムズ」
「これで世界を変えれる。この、不条理の飽和した低俗ていぞくな世界を……!」

 アダムズはそう言って容器の上蓋を開け、溶液の中に手を入れた。
 液体の温度は分からなかった。


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