際限なき裁きの爪

チビ大熊猫

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第2章.飛翔

9.邂逅

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 彈は銀行強盗を追っていた。

 車を走らせる4人の強盗達。
「くそっ、たかしも一誠もやられたか…!? なんでよりによってラプトルに見つかっちまうんだよ!」
 運転席の男が荒げる。
「でも、もう大丈夫だろ! 警察より早く駆けつけたからって、あいつはこれといった移動手段がないはず! だいぶつき離せたんじゃないか?」
「だ、だな!」

 彈はビルや建物の屋上を走っていた。
 パルクールで建物間を飛び越え、最短距離を計算しながら強盗犯を追う。
「くそっ、曲がり角が多いな」


 大型のバンは頃合いを見て地下の駐車場に入り込んだ。
「一旦、ナンバー変えるぞ」
 全員が安心しきっていた。
 運転席と助手席の男が一服をする。
 2人が降り、車のナンバーを取り替えていた。
 すると、背後に人の気配を感じる。

 そこには、忌々しきラプトルが立っていた。
「うおっ!? で、出やがったっ」
 男達が警戒する。
 黙って距離を詰める彈。
 運転席のリーダーらしき男が車から出る。
「何がヒーローだ。こっちは4人なんだっ」
「そ、そうだ…」
 男達はうっすらと笑みをこぼす。
「な、何を隠し持ってるか分からないよ! こいつ殺しだってするし、、」
 助手席の男が見せる弱気に、一変——男達は躊躇ためらいを見せる。

「金はもちろん、全員が出頭するなら危害は加えない。銀行で怪我人は出てないからな」
 彈が忠告する。
 しかし、男達が思いとどまることはなかった。


 全員を片付け、一仕事を終えた彈。縛り上げた男達を警察に届けようとスマホを取り出そうとした瞬間、…背後に人の影。
 瞬時に振り返る。
 目の前には袖なしの中華服を着たマスク姿の男。亜莉紗の写真通りの男だった。

「…一応、用件を聞いていいか?」
 彈の質問に無言で答える壊し屋のロン
 龍は構えを取り、手を前方に出し挑発する。
 ため息をつく彈。
「…殺し屋ってのは色んな事情があるから一概には言えないが…、“あんたはどっちだ”?」
 龍は答えることなく一瞬で間合いを詰める。
 大振りの蹴りを間一髪で避ける。
 後方にバク転の要領で距離をとる。
 龍が只者ただものではないことは容易よういにわかった。
 気を引き締める彈。

 ———動く。
 拳が交わり、激しい格闘戦が繰り広げられる。
 打撃の応酬おうしゅう
 片や総合格闘術、片や中国拳法。
 両者一歩も譲らぬ攻防が続く。
 少しの油断も出来ない。
 互角に見えた戦いは彈の飛び後ろ蹴りで一旦の落ち着きを見せる。

「…これほどとは…。確かに! 噂にたがわぬ強さだ…」
 龍は腕を組み右手を顎に添える。
「ふむ…私と近接の徒手格闘でここまで渡り合える人間は久しぶりですよ」
 喜んでいるようにも見えた。
「あんたが強いのはこっちも十分分かった。それとも俺の首を持ってくるまで帰ってくるなとでも言われたか?」
 彈が首を鳴らす。
「まあそんなところですかね。
…今、治安の悪化の一途を辿っていた日本、いやこの東京は飽和の時期を迎えようとしている!

…そんな中あなたのようなやからが出てくるのはいささか邪魔で不都合なんですよ」
 再び龍の蹴り。
 あらゆる方向から蹴りが飛んでくる。蹴りにわずかに意識の向いたその時、渾身の発勁はっけいをくらう。
「…っっ、がはっ!!」
 倒れ込む彈。
 
 中から響くような痛みが走る。視界がぐらんと揺れる。
「そん…なに、社…会をめちゃくちゃに…して何に…なる?」
「我々はけがれた人間の本性をさらけ出して差し上げるだけです。
感情を殺し、本音を隠し、全てを繕って生きている。そんなのナンセンスです。
みな等しくこの世に生まれ落ちたなら、殺人も放火も強姦も強奪も独裁も、ありとあらゆる暴力も! 好きにやればいいのです」
 龍が両手を大きく広げながら叫ぶ。
「…辿り着く先が自殺は良くない。生産性がないですからね。我慢は毒です」
 にっこりと笑顔を向ける龍。…恐らくだが。
「伸び伸びと生きれば人は成長し、閃き、価値あるものを生む。それが効率的だとは思いませんか?」
 段々と回復してきた。
 彈は立ち上がり手袋をめ直す。
「法や秩序ちつじょ、規律は完全無視か…。…やっぱり合わないな! お前らとは!」
 全力をぶつける。
「ははっ!」
 様々な技を繰り出す龍。彈は負けじと避け、受け、反撃の拳を合わせる。

「なっにっ…!?」
 龍の体勢が崩れていく。
「これが…俺の…本気だっ!」
 回転数を上げ、手数の増す彈。龍は対応に遅れ、体重の乗った裏拳がクリーンヒットする。
 すかさず追い討ちをかけるように彈が蹴り上げる。

 フラフラの龍を追い詰める。
 龍は腰から目眩しの閃光弾のようなものを取り出し、地面に叩きつけた。
 あたりの眩しさに彈が怯む。

 目を開けるとすでに殺し屋の姿はなかった。



 龍は立つこともままならなかった。それは外傷のせいではない。
 壁に寄りかかりながら歩くもふらふらの足元。
「そんな…私が、私が負けた…? ありえない。あんなヒーロー気取りのガキに?」
 今まで、敵に苦戦こそすれど、格闘で負けたことはなかった。
 そんな彼の崇高すうこうなプライドに傷をつけてしまった。
「俺がっ…! あんなガキに…! 俺はっ…最強なんだっ…!!」
 頭を壁に打ちつけ、尋常ではないいきどおりを見せる。
 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
「この屈辱、、、必ず果たす」
 龍は固く誓ったのだった。





 龍との戦いから数日。
 活動にいそしむ彈。
 ようやくアルバイトと自警活動の両立に慣れてきた。そう思いながら職場の同僚達と地べたに座り昼食をとる。
「昨日五万負けちまってよお~」
「二駅先に新しいキャバクラ出来たんだってな」
「疲れた~明日休もうかな」
「それで? どうなったんだよ。試合の結果は」
 和気藹々わきあいあいとした職場だ。
 彈が楽しそうな会話を聞いていると、隣にいた先輩の1人の話が耳に入る。
「昨日? なんかちまたで最近、宗教団体…ぺ、ぺすてぃ? さいど? とかいうのが有名になってるらしいぞ。ちょっとヤバめだとか」
「へ~マジかよ。今の東京なら何が起きても不思議じゃねえからな。お~怖い怖い」
 宗教団体…。調べてみるか…。
 彈は弁当の残りを掻き込んだ。



 夢を見た。
 暗い夜闇の中、俺は深い深い沼の中を進んでいた。もう腰あたりまで浸かっている。
 声が聞こえた気がした。
 振り返ると、勇希が何か叫んでいるようだ。
 手招きをしている。大丈夫。心配ないよ。
 少しこの先に用があるだけさ。
 その用が何かも曖昧なまま、歩みを進める。
 少し遠くを見る。そこには澄んだ湖が広がっていた。
 ふと気づく。湖を汚していたのは俺だった。
 俺の体から汚染が広がり醜い沼へと化していた。
 勇希が走ってくる。
 来るな。来るんじゃない。

 君には綺麗なままが似合ってる。



 ビルの屋上でしゃがみ込み、街を見渡す彈。
 今日も、サイレンも悲鳴も聞こえない。
 スマホを取り出し近況を調べるもこれといった事件や揉め事は無さそうだ。
 最近は以前と比べて犯罪が減ってきたように思える。
 代わりに不穏分子が増えた。新しい宗教団体ぺスティサイド。他にも殺人がや傷害があったが、どれも日中。彈の活動時間外だ。気がかりは絶えそうにない。
 そう思いながら彈は街を眺める。街の明かりはいつも輝いている。
「?」
 数件先のビルの屋上に人の影が見える。足元には靴が揃えられていた。


「ふっ…ふっ…」
 生唾を飲み込み、遥か下の地面を見やる。
「おい!」
 後ろにはテレビで見たことのある男の姿。
「ら、ラプトル…?」
 彈が投げかける。
「自殺なんてやめておけ。…死んでまで人に迷惑をかけるな、なんて説教じみたことを言うつもりはないが、まだまだ出来ることはあるはずだ。
…一体どうして?」
「借金まみれ、無職でヒモのどうしようもない俺を早織は応援してくれてたんだ。
なのに彼女を、、、堕ろさせてしまった…。ひどく落ち込み衰弱していた…。…自信がなかったんだ!
でも、考え直した。俺が赤ん坊の命を奪ったんだ…俺の命で償えるなら…!」
 バカバカしい。
 彈は説得を試みる。
「死んで“事”が帳消しになることはない。自分の寿命なんて誰も分からない、時間はたっぷりあるんだ、いくらでも巻き返せるさ」
 男は瞳に涙を浮かべながら、思い直し、段差を降りた。


 瞬間、彈は殺気を感じ跳び避ける。
「!? …手裏剣?」
 歩み寄ってくる灰色の装甲を纏った男。
「ラプトル…。閑散とした世界に光を与えるヒーロー!!」
 彈は警戒しつつ率直に尋ねる。
「デジャヴかよ…。あんたも俺を狙いに来たのか?…いや、“あんたら”か」
 男は陽気に答える。
「まさか! あんたに危害を加えるつもりはない。俺はモノクローム。あんたに続く、“ヒーロー”さ」
 冗談を言っているのか? 本心だとするなら敵ではないのだろう。意図の掴めない男。
「お前が不意打ちみたいな卑怯な手をするからだぞ!」
 後ろの貯水タンクの上に立っている緑色の装甲にまるで忍者のような格好をした男。
「これは失礼した。ラプトル殿ほどのもの。少し確かめたくなったが故」
 モノクロームが続ける。
「俺は単純にあんたの行動に感銘を受けたんだ。
ここ数年、どんどんと悪人がのさばる世の中になってきた。そこで、あんたのような法に縛られない私刑人はまさに必要だった! それを考え、実行に移したあんた。それに見合う実力もある。すげえことだよ!」
 おかしな奴だが悪い奴ではなさそうなのかと彈は思った。
「あの…新しいヒーロー? それってすごい事ですよね。歴史的な瞬間に立ち会えたみたいで、俺、余計勇気貰いました!」
 先ほどまで自殺をしようとしてたとは思えない男。
 モノクロームが言う。
「自殺志願者? この世に絶望でもしたのか、この腐った世界なら無理もない。でも、ラプトルに止められて良かったな!」
「いえ、散々迷惑をかけ苦労をかけた彼女を中絶させてしまって…ロクでもないクズの俺の命で償えるならと思いまして…」


「え? まじか。なら償うべきだろ」
 モノクロームが男の首を刎ねる。

 あまりの出来事に驚きを見せる彈。忍者の格好をした男も驚いているように見えた。
「何を…している…?」
 モノクロームはあっけらかんとしていた。
「人の命を奪うことは悪だ。ましてや赤ん坊などと。ラプトル、何故殺さなかったんだ?」
 常軌じょうきを逸している。
「彼は明確な悪意があってした訳じゃない。死ぬべきではなかった…! 俺は…”殺し”はしない…!」
「? 殺しはするだろ?」
 シングウジインダストリーのことか。彈は包み隠さず言い放った。
「あれは…俺がやったんじゃあない…」
「…にわかには信じがたいが、その様子だとそうなのであろうな。拙者には関係ないが」
 忍者の格好の男が言う。
 モノクロームがやれやれといった表情で腰に手を当てる。
「殺しはしないのか…何故だ? 罪を犯した者に更生なんてものはない。なら再犯の防止の為にも確実に殺しておくべきだ。
それが1番いい!」
 基本的な動機が同じなだけに彈は目の前の男を強く否定は出来なかった。
「あんたは良いのか?」
 もっともな疑問だろう。
「俺は処刑人であり断罪者っ。この世界を正すのに要る、必要悪ってヤツだ。誰かがこの役目を果たさなければならない」
「…好きにしろ。あんたが殺しても、俺は殺さない」
 彈は語気を強める。
「ただし、俺の目の前で俺が不必要だと思う殺人をすれば、その時は…止める」
「好きにしろ。そん時は俺も相手になるぜ。少し考えが違ったのは残念だが、あんたが立役者であることには変わりねえ。尊敬するぜ?」
 きびすを返し、胸元から垂れたマントをなびかせる。
「じゃあな。一目見れてよかった」

 2人の男はすぐに姿を消した。

 彈は拭いきれない不安を胸に抱えていた。



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