カトリア戦記

山水香

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王国の運命

屈辱

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「いや、ほんとに誰ですか?」

ぼんやりとした頭が徐々に覚醒するなか、ネロは目の前の不審者に問いかけた。
男は少し考えた後、言葉を選ぶように話し出した。

「おそらくお前が私の正体を聞いても信じることはないだろう。しかしこれは本当のことだ。
簡単に言ってしまうと俺は世間一般のお前のイメージだ。」
「嘘だー!!!僕はお前みたいなゴリゴリのマッチョじゃない。僕はゆるふわ系で売ってるんだ!!」
「嘘じゃない。お前はこの前多勢に無勢の状況で敵軍を壊滅させただろ?それを聞いた世界中の民衆はお前を俺みたいなムキムキのナイスボディだと思ってるんだ。その結果俺が生まれたというわけだ。」
「なんでそうなるんだよ。第一お前の言ってることが正しいとして、そんな話今まで一度も聞いたことがないぞ。」
その時、誰かが部屋の前の廊下を歩く音が聞こえた。

誰かこっちに来る。まずい、いやむしろ好機だ。こんな不審者さっさと追い出して二度寝しよう。
ガチャとドアが開き、入ってきたのはセドリックだった。

「起きたかネロ。用事の途中で寄ったがあんなに騒いでどうした?マッチョとかなんとか言ってたが表まで聞こえてたぞ。おまえマッチョになりたいのか?」
「ち…違う。俺はゆるふわ系で売ってるんだー!!というかそこの不審者を追い出してくれ。」
「わかったわかった。で?その不審者というのはどこにいるんだ?」
「お前の目の前にいるじゃないか。」
「……お前、まだ寝ぼけてんのか。」
ネロは不審者を指さしたがセドリックには何も見えていないようだった。
挙句ため息をつかれる始末である。

「はあ。まあお前が疲れているのは理解できる。今日はゆっくりしていろ。だが明日はお前も仕事があるぞ。言っておくがグラディウス山に登ろうだなんて馬鹿なことはするなよ。じゃあまた明日な。」

ネロが何か言う前にセドリックはネロと不審者を残してさっさと帰ってしまった。

「これで分かっただろ。お前以外には俺のことが見えないんだ。それに俺みたいなのは本当にまれなんだ。どうだ、理解できたか?」
「……とめない。」
「なんだって?」
「こんな不審者俺は認めないーーーーーーー!!!」


時間は少しすすんで同じ城の玉座の間にて

「今回、このような場を設けていただき誠にありがとうございます。ヨーゼフ皇帝代理殿。」
「いえいえ。今回のことは両者の勘違いから生まれたこと。お互いここで立ち止まれたことを喜びましょう。」

……ニコリともしないな、さすがに東方のレコンキスタにおいて鋼鉄の男と呼ばれるだけはある。
まったく、あの馬鹿を呼ばなくて正解だったな。何をしでかすかわかったもんじゃない。今日も不審者がいるだの言っていたが最近輪をかけておかしくなってるんじゃないか?
しかしまあ元気になっただけよしとしよう。なぜか知らんが向こうはネロのことをやけに恐れているらしい。おそらくあいつがいなかったら講和なんてなかっただろう。

「つきましてはお互いの国境は先日提出したものとし、主要な街道にはお互いに兵を置くことでよろしいですね。」
「こちらとしてもそれでよいと結論が出ました。皇帝陛下の寛大な配慮に感謝します。」

茶番だな。民衆がこれを見たらどう思うだろうか。それでも結ぶしかないだろう。父、宰相もそうだが、王太子殿下もよくあの仕打ちに耐えられるものだ。

「ではこれで今回は終わりということにいたしましょう。あ、そういえば我々の領土についてなのですが。このたびわたくしがレコンキスタと十字軍の戦功として拝領いたしました。」
「それは…まことにおめでとうございます。王国を代表してヨーゼフ伯爵殿にお祝い申し上げます。」
「ありがとうございます。しかし伯爵ではございません。先日辺境伯に叙爵されましたので。今度からは辺境伯とお呼びください。」

心なしか王太子の顔は引きつっていた。

「では私たちはお暇いたします。王太子殿、国王陛下にもよろしくお伝えください。それとモーデンベルク殿共和国の仲介ありがとうございました。」
伯爵改め辺境伯は去っていき、たちまち玉座の間の空気が緩んだ。

「では我々も解散ということにいたしましょう。モーデンベルク殿本当にありがとうございました。」
「いやいや、わいとしても半島の平和を第一に考えておるんで当たり前のことですよ。お疲れのとこ申し訳ないんですけど少し時間をいただけませんかね。うちからも王国に提案があるんですよ。」


モーデンベルクの提案は半島の運命を変えるものだったと、この時は思いもしなかった。

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とりあえず、これで第一章は終わりです。
次は説明不足だった国家の紹介や設定の補足をしたいと思います。
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