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第1章 人間と魔女と魔族
第11話 愛着形成
しおりを挟む気が付けば朝になっていた。朝日の眩しい日差しで僕は目を覚ます。
目をうっすらと開けると、育てている薬草が見えた。
薬草の背丈を真横から見ることは初めてで、自分よりも強く、そして意思を持って生きているような気がした。
結局僕は部屋に入ることなく、外で眠ってしまっていたようだ。中も外も、硬い石畳だ。さほど変わりはない。
身体を起こすと毛布が僕の身体にかけられていることに気が付いた。
――ガーネットが? それともご主人様……?
僕が起きて身体を起こすと、ガーネットは起きていた。太陽の光を嫌うように日陰に避難している。
「これ、ガーネットがかけてくれたの?」
ガーネットは首を横に振る。
――じゃあご主人様が……?
確かにその毛布は僕がいつも使っている毛布だった。いつも床で眠っているせいで少し汚れているが、肌触りがいい毛布だ。
「おい」
急に呼ばれて僕は飛び上がった。
振り返るとご主人様が立っている。朝日を浴びて白い肌と銀色の髪が眩しく反射して、僕の赤い眼には眩しすぎた。
昨日、あれだけ大喧嘩したから顔を合わせづらい僕は目を泳がせる。
「お、おはようございますご主人様……」
段々と言葉尻が小声になっていく。
「なに、猫に名前なんか付けてんだよ」
ガーネットに話しかけているところを聞かれていたことに焦り、僕は必死に言い訳を考えていた。
しかし上手い言い訳が出てこない。僕は咄嗟に嘘がつけないタイプだ。ひたすらに視線が泳いでしまう。相手と目を合わせられない。
次にどんな言葉が飛んでくるのか予想すると恐ろしくて仕方がない。
ご主人様を恐る恐る見ると、ご主人様も僕と目を合わせてくれない。頭をガリガリと手で搔き毟りながら、何か言いづらそうにしている。
「昨日のアレ、本当か……?」
僕が言い訳をするよりも先に、ご主人様がそう聞いてきた。
少し声に棘があるように感じる。
――やっぱりまだ怒っているんだ。どうしよう、捨てられたら……
彼の言うことを聞いた方がいいだろうか。
しかし、立ち止まることは出来ない。このままの状態を維持しようとしても、悪い方向に向かって行ってしまうだけだと僕は分かっていた。
「……はい。行きます」
そうは言ったものの、それが正しいかどうかわからない。自信が持てずに急に弱気になっておどおどしはじめてしまう。
そんな僕に向かって、ご主人様は歩いて近づいてきた。
「いつ帰ってくる気なんだよ」
「解りません。でも一か月以内には――――――」
「町の外は……魔女がいるだろ。お前が帰ってこなかったら、浮気するぞ」
ご主人様は険しい表情をしていた。
浮気だなんて、いつも好き放題しているのに「今更そんなことを言われても」と僕は困ってしまう。
「……遅くなっても、必ず帰ってきますから」
僕よりもご主人様の方が心配だった。
身体のこともそうだ。
何よりも僕が離れているときに魔女除けが壊れたりしたら、あっという間にこの町の住人は魔女に蹂躙されてしまう。
いつも張っている魔女除けと、更に念入りに魔女除けを張って出るしかない。
それでも心配だった。これについては心配が尽きることはない。
ご主人様は僕の身体をゆっくり抱きしめてくれた。
ご主人様の匂いがする。
暖かい。
僕はご主人様の髪を撫でた。
離れたら、これが最期になるかもしれないと噛みしめながら彼を感じる。
「俺はお前しかいないんだぞ。解っているのか?」
心なしか声が震えている。抱きしめてくれる手の力も強くなった。
「大丈夫です。必ず戻ってきますから。約束です」
「お前の約束なんか信じられるか」
「約束破ったことなんて、ないじゃないですか」
「俺の言いつけ破って、しょっちゅう怪我してくるじゃねぇかよ」
確かに、しょっちゅう怪我をして帰ってくるので反論の余地はなかった。
僕はその言葉に返す言葉に困ってしまう。
「生きて……帰ってきますから」
自分が、ご主人様にとって滅茶苦茶なことを言っているのは理解していた。
一介の人間が魔女に会ったらどうなるか、そんなこと考えるまでもない。当然の反応だ。自殺するのと同義だから町の外に出るということを止められても仕方がない。
「お前……初めて逢ったとき、魔女に捕まっていただろ」
「…………」
「また捕まったり、殺されたりしたらどうするんだよ。俺は……お前がいなくなったら俺の世話誰がするんだよ。まずい薬は誰が作るんだよ? なぁ…?」
抱きしめてくれていた腕をほどき、僕の顔を見つめた。
彼は泣きそうな顔をしているように見えた。おかしい。僕の代わりはいくらでもいるのに、どうしてそんな必死に止めるのだろうか。
――そうだ。人間は愛着というものを形成する……
最初は何気ないものでも、ずっと使っている内に愛着がわく。
僕もご主人様にとってはきっとそうだ。僕がいなくなっても、すぐ他の新しい人間をそばに置く。その方がずっといいに決まってる。
ご主人様だけをみて、彼を愛し、彼の為に尽くす人間が現れるんだ。
ご主人様との……子供ができる人間が。
「ご主人様……」
なんて言葉を返したらいいのか、僕には解らなくなっていた。
それでも、僕はご主人様が助かってくれないと後悔してしまうと解っていたから。
――ザッ
足音がした。
ご主人様の後ろにソレは立っている。
僕は血の気が引いた。
「グダグダうるさい人間だな」
ご主人様がバッと振り返ると、ガーネットが猫の姿から吸血鬼族の姿に戻っていた。
僕は頭の中が真っ白になり、顔面蒼白になった。
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