罪状は【零】

毒の徒華

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第3章 渇き

第37話 偽の契約書

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「ついたわ。降りなさい」

 フルーレティが僕の方だけを見てそう言った。
 僕はご主人様の顔色をうかがったが、ご主人様は僕の顔を見ようとはしなかった。

 ――もう二度と僕に笑ってくれないかもしれない……

 そう思っても敵陣の真っただ中で泣くわけにはいかなかったので、できるだけそれを考えないようにする努力をした。
 沢山の魔女に囲まれて、僕らは緊張感に包まれたまま歩く。それでも僕は自分の契約書を握っている以上、危害を加えられる心配はない。
 物々しい魔女の城の中に入ると、やけに青い色を基調にしていて涼し気な印象を受ける。研究室の外に出たことがなかったため、内部の構造は知らなかった。
 部屋がいくつもある通路の分岐点について、フルーレティは立ち止まった。

「あなたは別の部屋よ」

 予想外の事態に僕は眉間にしわが寄る。

「何故?」
「誓約にはそこまで決めてはいなかったでしょう。心配しなくても危害は加えられないわ。それに、シャーロットが疲弊しているからすぐには無理よ」

 ロゼッタの治療と、町の重病患者の治療もさせていたし疲弊しても仕方がない。
 ベストな状態で治してもらわないと困る。
 僕はフルーレティの言葉に納得し、承諾した。

「解った……手荒いことをしたら許さないから。もし何かあったら――――」
「勿論解っているわ。その為の誓約なのだから」
「あと……ガーネットと彼は同じ部屋に置いてほしい。流石に一人にすることはできない」
「……いいでしょう。あなただけが別になるのなら」

 ご主人様のことがとにかく心配だったが、僕は誓約書を信じた。
 確かにあの皮は僕がその昔見たことがある誓約書とお同じだったことは確認済みだ。手触りも、魔女の血液に反応する様子も小さいころにセージが持っていたものと同じ。

「拘束はさせてもらうわ。あなたは危険だからこちらも信用ができない。魔女殺しの前科がありすぎる」
「……解った」

 誓約書を握りしめた状態で僕は拘束される。

「ノエル、大丈夫なのか」
「ガーネット、心配しないで。彼をお願い。目を離さないで」

 少し困った表情でガーネットを見ると、不信感がぬぐえないようで険しい顔をしている。
 僕は一番不安に思っているご主人様の方を見たが、ご主人様は僕と目を合わせてくれなかった。

 ――やはり怒っている……

 色々なことがありすぎて、何から説明したらいいのか解らない。
 そもそも、説明する時間などもうほとんど残されてはいないのだから。ご主人様の治療が済み次第、僕はもうゲルダに殺されなければならない。
 一緒に居られる時間ももうわずかしか残っていない。
 僕はそれを考えると涙が込み上げる。

 ――でも……これでいい……これで、ご主人様は治療してもらえる……

「…………」

 ご主人様にお別れの言葉を言いたかったけれど、他の魔女がいる中なんて言葉をかけたらいいか解らなかった。
 結局、なんて声を書けたらいいのかも解らず僕は口を噤(つぐ)む。
 僕は魔女に誘導に対して応じ、個別の部屋へ通された。
 ご主人様の後ろ姿を、後ろ髪引かれる思いで最後まで目を離せなかった。



 ◆◆◆



【魔女たち】

「フルーレティ……大丈夫なのでしょうか……?」
「大丈夫よ、エマ。あの誓約書が本物だってノエルは信じているわ」
「あの愚かな魔女も使いようによっては使えますね」
「そうね、殺さずにいて良かったわ。全く、あんな巨大な魔術式を組めるなんて本当に化け物よ。私のリボンに穴あけてくれちゃって」

 フルーレティは自分のリボンをほどいて髪の毛をおろす。
 結びの跡が髪の毛に少しついているのをくしゃくしゃと右手で整えながら話を続けた。

「あの魔女が魔術解除したら消えてしまうけど、それが消えるまでは誓約書は本物と同じ。誓約を破ったら死ぬわよ。下級魔女同士で実験してみたの。見事に死んだわ。あんな古の魔術……よく再現できたと思うわ。古文書をとっておいてよかった。あの愚かな魔女に再現させるのは本当に苦労したのよ」
「契約している吸血鬼がいるなんて驚きね。連れて歩いている姿は見たけれど、まさか契約をしているとは思わなかったわ。厄介ね。逃げ出した被検体がこんなことになるなんて」
「強い力を得ても、リスクが大きすぎるわ。そもそも、元々力の強いノエルには必要ないはずよ」
「……他の魔女にも言っておく」

 エマはそう言って暗闇の中に消えていった。



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