38 / 191
第3章 渇き
第37話 偽の契約書
しおりを挟む「ついたわ。降りなさい」
フルーレティが僕の方だけを見てそう言った。
僕はご主人様の顔色をうかがったが、ご主人様は僕の顔を見ようとはしなかった。
――もう二度と僕に笑ってくれないかもしれない……
そう思っても敵陣の真っただ中で泣くわけにはいかなかったので、できるだけそれを考えないようにする努力をした。
沢山の魔女に囲まれて、僕らは緊張感に包まれたまま歩く。それでも僕は自分の契約書を握っている以上、危害を加えられる心配はない。
物々しい魔女の城の中に入ると、やけに青い色を基調にしていて涼し気な印象を受ける。研究室の外に出たことがなかったため、内部の構造は知らなかった。
部屋がいくつもある通路の分岐点について、フルーレティは立ち止まった。
「あなたは別の部屋よ」
予想外の事態に僕は眉間にしわが寄る。
「何故?」
「誓約にはそこまで決めてはいなかったでしょう。心配しなくても危害は加えられないわ。それに、シャーロットが疲弊しているからすぐには無理よ」
ロゼッタの治療と、町の重病患者の治療もさせていたし疲弊しても仕方がない。
ベストな状態で治してもらわないと困る。
僕はフルーレティの言葉に納得し、承諾した。
「解った……手荒いことをしたら許さないから。もし何かあったら――――」
「勿論解っているわ。その為の誓約なのだから」
「あと……ガーネットと彼は同じ部屋に置いてほしい。流石に一人にすることはできない」
「……いいでしょう。あなただけが別になるのなら」
ご主人様のことがとにかく心配だったが、僕は誓約書を信じた。
確かにあの皮は僕がその昔見たことがある誓約書とお同じだったことは確認済みだ。手触りも、魔女の血液に反応する様子も小さいころにセージが持っていたものと同じ。
「拘束はさせてもらうわ。あなたは危険だからこちらも信用ができない。魔女殺しの前科がありすぎる」
「……解った」
誓約書を握りしめた状態で僕は拘束される。
「ノエル、大丈夫なのか」
「ガーネット、心配しないで。彼をお願い。目を離さないで」
少し困った表情でガーネットを見ると、不信感がぬぐえないようで険しい顔をしている。
僕は一番不安に思っているご主人様の方を見たが、ご主人様は僕と目を合わせてくれなかった。
――やはり怒っている……
色々なことがありすぎて、何から説明したらいいのか解らない。
そもそも、説明する時間などもうほとんど残されてはいないのだから。ご主人様の治療が済み次第、僕はもうゲルダに殺されなければならない。
一緒に居られる時間ももうわずかしか残っていない。
僕はそれを考えると涙が込み上げる。
――でも……これでいい……これで、ご主人様は治療してもらえる……
「…………」
ご主人様にお別れの言葉を言いたかったけれど、他の魔女がいる中なんて言葉をかけたらいいか解らなかった。
結局、なんて声を書けたらいいのかも解らず僕は口を噤(つぐ)む。
僕は魔女に誘導に対して応じ、個別の部屋へ通された。
ご主人様の後ろ姿を、後ろ髪引かれる思いで最後まで目を離せなかった。
◆◆◆
【魔女たち】
「フルーレティ……大丈夫なのでしょうか……?」
「大丈夫よ、エマ。あの誓約書が本物だってノエルは信じているわ」
「あの愚かな魔女も使いようによっては使えますね」
「そうね、殺さずにいて良かったわ。全く、あんな巨大な魔術式を組めるなんて本当に化け物よ。私のリボンに穴あけてくれちゃって」
フルーレティは自分のリボンをほどいて髪の毛をおろす。
結びの跡が髪の毛に少しついているのをくしゃくしゃと右手で整えながら話を続けた。
「あの魔女が魔術解除したら消えてしまうけど、それが消えるまでは誓約書は本物と同じ。誓約を破ったら死ぬわよ。下級魔女同士で実験してみたの。見事に死んだわ。あんな古の魔術……よく再現できたと思うわ。古文書をとっておいてよかった。あの愚かな魔女に再現させるのは本当に苦労したのよ」
「契約している吸血鬼がいるなんて驚きね。連れて歩いている姿は見たけれど、まさか契約をしているとは思わなかったわ。厄介ね。逃げ出した被検体がこんなことになるなんて」
「強い力を得ても、リスクが大きすぎるわ。そもそも、元々力の強いノエルには必要ないはずよ」
「……他の魔女にも言っておく」
エマはそう言って暗闇の中に消えていった。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる