罪状は【零】

毒の徒華

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第3章 渇き

第39話 叶わなかった願い

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【19年前 ノエル3歳】

「凄いわノエル。あなたやるじゃない」

 僕が空中で水の魔術式と雷の魔術式を組み合わせて遊んでいたとき、母さんが料理を運びながらそう言ってくる。
 赤く長い髪を束ね、白い羽の髪飾りをしていて、白色の長いワンピースで清楚な恰好をしている。スラっと背が高く、脚も長い。華奢な体つきで瞳の色は緑。
 宝石のようなその美しい緑の瞳は光を反射して髪と共に美しく輝いていた。
 今日はシチューのようだ。
 料理を木でできた食卓机に置いた後、母さんは僕の頭を撫でる。

「母さんよりもすごい魔女になれるわ。ノエル」
「ほんとう?」

 背中のまだ未発達な六枚の翼をパタパタとはためかせると、母さんは優しく微笑み僕を抱き寄せた。

「ええ。父さんと同じ六枚の翼、大人になったらきっと綺麗な女性になるわよ。空が飛べるようになったら、家族で飛行旅行しましょうか」
「うん! 僕はやく大人になる!」
「おいおい、そんなにすぐに大人の女になられたら心配で仕方ないじゃないか。悪い虫がつかないか今から父さんは心配なんだぞ。世界で一番かわいい私の娘だからな」

 父さんは椅子に座っていたが立ち上がって僕を抱き上げ、自分の右腕の上に乗せた。
 黒い分厚い服をまとっている父は体つきがしっかりとしており、筋肉質で力強さを連想させる。母より少し背の高い。
 腰のあたりまである茶色い長い髪を全て後ろに流し、赤い瞳がくっきりと見える。
 端整な優しい顔立ちを見ると、僕は安心して身体を預けられた。

「悪い虫さん? 虫さんは悪くないよ?」
「あぁ、そうだな。虫さんは悪くないな」
「優しい子ねノエルは。父さんに似たのかしら」
「いや、母さんに似たんだな」
「おめめと羽は父さん、髪の毛は母さん!」
「ふふ、そうね。ほら、お食事にしましょう」

 シチューを食べる際に食器がうまく使えずに手間取っていると、母さんは僕にシチューを食べさせてくれた。
 塩気が少し足りないような気がしたけれど、僕はそれが美味しくてたまらず母さんを急かしてたくさん食べた。
 粗末なパンや質素な食事、贅沢ではないが僕は幸せだった。
 母さんに魔術の使い方を教えてもらったり、父さんに飛び方を教わったり、食べられる木の実や薬草の見分け方、自由な虫たちの生活、気分屋な天候に身をゆだねる生活。
 そのどれもが僕は新鮮で、楽しかった。
 僕は両親が危惧していたことなど1つも解っていなかった。両親の愛情の中で、僕は不安なく生活していたのだ。

 僕が野原で花の観察をしているときのこと。

「ねぇ、タージェン。最近魔女の動きが怪しいの……大丈夫かしら」
「魔女が? 暫く魔女から離れていたのになぜ知っている? ルナに誰かが接触してきたのか?」
「ええ……魔女のローブを着ている影が見たの」
「何かの気のせいじゃないのか? だとしても私がお前とノエルを守るさ」

 僕は深刻そうに話す両親を他所に、懸命に花の様子を観察していた。
 花びらの枚数や雌蕊めしべ雄蕊おしべ、花粉の状態などを観察し、それにくっついて蜜を集める蝶や蜜蜂を見て僕は喜んでいた。

「でも、タージェン……私はノエルに争いを経験してほしくないの」
「あぁ、私もそう思っている。いつでも無邪気に笑っていてほしい。あの子は強い魔力があるし、魔術の才能もずば抜けている。君以上だ。それでも、虫一匹殺さない優しい子であってほしいんだ」

 そう願いをかけた両親の願いは、成就されなかった。



 ◆◆◆



【ガーネット 現在】

 ガーネットははりつけの魔術式で、ノエルのご主人様は縄で縛られ、両者とも身動きが取れなくなっていた。
 そこには二人しかいない。ノエルがいる部屋と同じような部屋だ。
 青を基調として、大理石の冷たい部屋。

「……おい、人間」
「なんだ吸血鬼」
の話の続きだ。貴様の名前を教えろ」
「話は終わった。てめぇと話すことはねぇ」

 子供のような態度でいる彼に、ガーネットは苛立ちを隠せなかった。

「こんな子供同然の男の何が良いのか……」
「おい、口のきき方には気をつけろ。俺はガキじゃねぇ。あいつの主だ」
「とんだお笑い草だな。ノエルが魔女だということすら知らずにしもべにしていたくせに。ノエルがどれほど強大な魔女なのか、貴様には解るまい」
「うるせえ! 魔女だろうが魔族だろうが関係ねぇ! あいつは俺のもんなんだよ!」

 ガーネットはそれを聞いて呆れる。

「…………捨てられまいと必死になっているのは本当は貴様の方だな? 最高位の魔女だと解ってから尚更だ。哀れだな」
「口の減らねぇクソ野郎だな……今すぐ殺してやる……!」
「ふん、できるものならやってみろ」

 ガーネットは嘲笑しながら、ノエルの主人との会話を思い出した。
 ノエルが魔女と交戦している間に、檻に閉じ込められているときのこと。


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