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第3章 渇き
第50話 クロエの秘密4
しおりを挟む俺はノエルとの接見を悉く禁止にされた。
やっと会えたと思ったのに、ゲルダの束縛が激しく、絶対に俺をノエルの元へとやりたがらない。それどころか四六時中監視をつけて絶対に地下や実験室へは立ち入れない。
ゲルダに何度抗議しても、その度に激昂し話にならない。
俺は何とかノエルに会える方法を探した。
――話がしたい……
あんな形で別れる形になってしまった。あれは誤解だったということをノエルに知ってほしい。
なによりもアレをノエルとしたいという気持ちが限界まで来ていた。
何度も接見に失敗し、そのたびに思いは募っていった。
そんなことが1年ほど続いたある日、ある話がきっかけでその我慢は崩壊してしまう。
「ノエルは実験室で何をされている?」
「クロエ様、言えません」
「ロゼッタが部屋で喚き散らしているじゃないか。聞くところによると実験の最中におこった事故が原因だって話は本当か?」
「クロエ様……申し上げられません」
「俺に言えないような実験をしてるのか?」
「クロエ様……言えないのです」
俺はついに我慢の限界を迎え、爆発した。周囲にバチバチと雷電がおこり、監視役の魔女はその音に異変を感じた。
俺は監視をしている魔女を掴み上げる。
「ク……クロエ様……」
「いいから答えろ! 俺に指図するな!」
――女が憎い
「俺の言うことを聞いていればいいんだ!」
――俺を道具のように扱う女が憎い……!
バチバチという音が大きくなり、気が付けば掴み上げていた魔女はただの炭になっていた。
俺は部屋から出て実験室を目指した。
何人もの魔女が俺を止めようとしたが、俺を止められはしなかった。
止めようと俺に触れた魔女は全員感電し、その場に倒れ込んだ。
――ノエルだけだ。ノエルだけが俺を道具にしなかった
やっと実験室の近くに到着すると、けたたましい叫び声が聞こえてくる。
俺は慌ててその叫び声のする方へ走ると、何度も何度も叫び声が聞こえてきた。
重い扉を自分を雷に変化させ、無理やり押し通った。
「クロエ様……」
その光景に俺は愕然とした。
処置台に乗せられたノエルと思しき人物は、血まみれで肉が切開され、神経部分が見えていた。むしり取られた右側の翼の付け根の部分まで切り開かれ、生々しい色の肉が見えている。
「何してる!? 下がれ!」
俺はノエルに駆け寄った。
彼女の目は開いているがどこを見ているか解らず、焦点を定めないまま眼振している。
「シャーロット、治せ」
その場にいたシャーロットにそう命令すると、切開をしていた魔女がもの言いたげだったが黙っていた。シャーロットはおずおずと近づいてきてその傷を治癒し始める。
「何をしているんだ!? 答えろ!!」
バチバチと雷音が鳴り響くと、切開をしていた魔女は気まずそうに答えた。
「ゲルダ様の翼の付け根の状態との比較のサンプルを……」
「俺が聞いてんのはそういうことじゃねぇ!!」
耳元で大太鼓を力いっぱい鳴らしたような爆音が部屋中に響き、切開をしていた魔女は黒焦げになりその場に倒れた。何人か耳を抑えてうずくまっている。耳から出血している者も見受けられた。
シャーロットが恐怖で治癒を中断するが、俺は続けるように指示した。
「ずっと俺から遠ざけ、ここでノエルの皮や肉を剥がしたりしていたのか!? 答えろ!!」
誰もその質問に答えようとしなかった。答えたら殺されると解っていたからだろう。
俺はノエルに向き直って彼女を見つめた。
髪の毛は血でベタベタになっており、変色して赤い髪がどす黒くなっていた。美しかった赤い髪の片鱗はない。
シャーロットが傷の治療を終えたところで仰向けに向き直させる。
彼女が着ている服は拘束魔術が沢山施されていて身動き一つできないような状態だった。
以前のように血色がよくなく、肌もただでさえ白いものが尚更白くなっていた。
しかし、それを見せることをさまたげるように身体中血まみれだった。
彼女の血なのか、あるいはほかの血なのか解らないが、とにかく異臭がする。
「ノエル、ノエル起きろ」
「クロエ様、危険です」
「黙っていろ!!!」
俺がゆすると彼女は目を開けた。
そして俺の方を見る。
「ノエル、俺だ。クロ――――」
「誰……?」
誰だと問われたことが俺にとってあまりにもショックだった。俺は毎日、一度だって忘れたことがなかったのに。
しかし実験のショックで解らなくなっているだけだと俺は思いたかった。
「俺だ。覚えていないのか?」
「顔が……よく見えない……」
彼女の目は赤かった。元々の瞳の色も赤だが、そうではなく彼女の目に血液が入っていて視界が霞んでいるのだろう。
「シャーロット、目も治せ」
「はい……」
俺がその治療を待っていると、実験室の扉が開いた。
ふり返るとゲルダが血相を変えて息を切らして立っているのが視界に入る。俺は怒りに任せてゲルダの頬を思い切り叩いた。
パシン!
その反動でゲルダはその場に崩れ落ちる。
周りの魔女は息を殺してその状況を見ていた。
「ゲルダ! なんでノエルを拷問するんだ!? どうして俺と会わせなかった!? 言え!!」
自分の頬を抑えて立ち上がったゲルダは、冷静に俺を見つめた。
「クロエに悪い影響を与えるわ」
「そんなもんはねぇ!」
「現に与えているのよ。あなたが城からいなくなっていたときにノエルと接触したんでしょう? どうして黙っていたの?」
「言う必要がなかった」
「あったわ。私が探していたのを知っていたでしょう?」
「名前を知らなかった!」
「でも報告することは出来たはず。でも、あなたは城からいなくなっていた期間のことを話さなかった。たださ迷っているだけにしては長い期間だったわ。食料もなく、あんな長い間離れられるわけがないのよ。あなたは自分では何一つできないよう育てられたのだから、何が食べ物なのかあなたには見分けがつかない」
俺は理路整然とゲルダが話すことに反論ができなくなっていた。
「あぁ、お前に言わなかった。お前や他の魔女よりも、彼女を大切に思ったからだ」
「…………クロエ、その混血の異端者が大切なの?」
「そうだ。俺のことを道具として使わないコイツが大切なんだ」
「クロエ、お前を道具として使ったことなんてないわ」
「嘘だ!」
辺りにあった医療器具を俺はなぎ倒した。台に置いてあった鋭い刃物で俺は手を切ってしまう。
血の滴る自分の手の痛みを感じるが、そんなことは些細なことだ。俺の手からしたたる血の量と、今現在も血まみれのノエルを比較すれば、どれほどの拷問を受けたのか察するにあまりある。
「俺をガキを作る道具に使ってるだろう!? 毎日毎日、俺が何も知らねぇと思うなよ!」
ゲルダは眉間にしわを寄せ、俺から視線を一度外した。すぐに俺に視線を戻し、そしてノエルを睨む。
「その女にそう言われたの?」
「ノエルじゃない」
「じゃあ他の魔女?」
「どうでもいいだろそんなこと!? 俺はノエルと出て行く!」
「あなたはどこへも行けないわ」
ゲルダは俺に近づいてきて、俺の耳元で俺にしか聞こえない声で囁いた。
「どうしてずっと見つからなかったノエルが見つかったか解る?」
何度か瞬きをして、ゲルダの髪を間近で見つめた時、ゲルダの言った意味が解り冷や汗が出てきた。
「あなたが見つけてくれた髪の毛はノエルのものだったの。身体の一部があればかけられる追跡魔術を使ったのよ。ノエルたちが張っていた魔女除けも意味をなさなかったわ」
「…………」
「ノエルを育てていた翼人を殺せたの。セージと言ったかしら? あなたのお陰よ」
「!!」
セージが殺されたという話は、俺の耳には初耳だった。
「あなたが我儘を言うと、ノエルにこのことを全部話すわよ? そうしたらノエルはあなたのことどう思うかしら? 好いてくれると思う? あなたのせいで育ての親を殺されて……」
その言葉に俺は凍り付いた。
「あなたは私に従うしかないの。振り返らずに部屋へ行きなさい」
そう言って離れたゲルダは憎らしく笑っていた。俺はノエルの顔を見たいを願ったが、振り返らずに行けということは顔を見せるなという意味だ。
それに従うしかなかった。
「目の治療終わりました」
シャーロットがそう言うと、ノエルは俺に問う。
「誰……?」
彼女のその問いに答えたかったが、俺はその場を離れざるを得なかった。
もう二度と会えないことよりも、嫌われることの方が余程恐ろしく感じた。俺のことを少しでもいい思い出として記憶に残しているなら、その方がいい。彼女に嫌われたら、俺は自分を保っていられない。
その臆病さで俺は逃げた。
その後、ノエルは別の施設へ移動することになった。
顔の恨みがあるロゼッタがノエルを激しく殺そうとするから、ロゼッタから隔離する目的はあっただろうがそれは所詮おまけの意味しかなかった。
本当はゲルダは俺からノエルを隔離したかったんだ。
そしてそのショックとストレスで俺は更に壊れた。だが、ゲルダのほうが精神的に破壊されている速度は速かったと思う。
壊れたゲルダの相手をするのは大変だった。
毎日が苦痛でしかなかった。それでもアレの頻度は減った。それが唯一の救いだった。
ノエルの居場所が解らなくなって、俺も他の魔女も血眼になって探したが見つからない状態が続いた。
死んだのかもしれないとすら思った俺はどんどん荒れていった。
いうなれば「やけになっていた」という状態だ。誰彼構わず、誰だってアレの相手は同じに感じる。
俺は感じることはないし、乱暴に物のように扱うことでまるで仕返しのように“ソレ”を繰り返した。
しかし、もう二度と会えないと思っていた俺は、ある日ノエルが街に現れたと聞いて真っ先に城を飛び出した。期待を胸にノエルを追うと、変わらず美しい姿の彼女の姿があった。
でも、彼女は俺を忘れていた。
俺のことを本気で解らない様子だったことに酷く傷ついた。
それだけじゃない。人間の男の為に命がけで姿を現した。おまけに吸血鬼の男と契約までしている。それが許せなかった。
だが、俺はノエルが手に入ればそれでよかった。
翼はゲルダにくれてやる。
――ノエルを俺はやっと自分のものにできるんだ……――
***
【現在】
ようやくアレが終わって、俺は久々にまともに服を着た。
シャツと、脚にぴったりのズボンだ。特に何の変哲もない恰好をして、俺は髪の毛を鏡で整えた。
「クロエ、ずっと私のものよ。わかっているでしょう?」
「…………」
俺は答えず、扉の方を見た。
まだ俺はれは迷っている最中であった。いつまでも決心はつかない。
決心などつくはずがない。
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