罪状は【零】

毒の徒華

文字の大きさ
51 / 191
第3章 渇き

第50話 クロエの秘密4

しおりを挟む



 俺はノエルとの接見をことごとく禁止にされた。
 やっと会えたと思ったのに、ゲルダの束縛が激しく、絶対に俺をノエルの元へとやりたがらない。それどころか四六時中監視をつけて絶対に地下や実験室へは立ち入れない。
 ゲルダに何度抗議しても、その度に激昂し話にならない。
 俺は何とかノエルに会える方法を探した。

 ――話がしたい……

 あんな形で別れる形になってしまった。あれは誤解だったということをノエルに知ってほしい。
 なによりもをノエルとしたいという気持ちが限界まで来ていた。
 何度も接見に失敗し、そのたびに思いは募っていった。
 そんなことが1年ほど続いたある日、ある話がきっかけでその我慢は崩壊してしまう。

「ノエルは実験室で何をされている?」
「クロエ様、言えません」
「ロゼッタが部屋で喚き散らしているじゃないか。聞くところによると実験の最中におこった事故が原因だって話は本当か?」
「クロエ様……申し上げられません」
「俺に言えないような実験をしてるのか?」
「クロエ様……言えないのです」

 俺はついに我慢の限界を迎え、爆発した。周囲にバチバチと雷電がおこり、監視役の魔女はその音に異変を感じた。
 俺は監視をしている魔女を掴み上げる。

「ク……クロエ様……」
「いいから答えろ! 俺に指図するな!」

 ――女が憎い

「俺の言うことを聞いていればいいんだ!」

 ――俺を道具のように扱う女が憎い……!

 バチバチという音が大きくなり、気が付けば掴み上げていた魔女はただの炭になっていた。
 俺は部屋から出て実験室を目指した。
 何人もの魔女が俺を止めようとしたが、俺を止められはしなかった。
 止めようと俺に触れた魔女は全員感電し、その場に倒れ込んだ。

 ――ノエルだけだ。ノエルだけが俺を道具にしなかった

 やっと実験室の近くに到着すると、けたたましい叫び声が聞こえてくる。
 俺は慌ててその叫び声のする方へ走ると、何度も何度も叫び声が聞こえてきた。
 重い扉を自分をいかづちに変化させ、無理やり押し通った。

「クロエ様……」

 その光景に俺は愕然とした。
 処置台に乗せられたノエルと思しき人物は、血まみれで肉が切開され、神経部分が見えていた。むしり取られた右側の翼の付け根の部分まで切り開かれ、生々しい色の肉が見えている。

「何してる!? 下がれ!」

 俺はノエルに駆け寄った。
 彼女の目は開いているがどこを見ているか解らず、焦点を定めないまま眼振している。

「シャーロット、治せ」

 その場にいたシャーロットにそう命令すると、切開をしていた魔女がもの言いたげだったが黙っていた。シャーロットはおずおずと近づいてきてその傷を治癒し始める。

「何をしているんだ!? 答えろ!!」

 バチバチと雷音が鳴り響くと、切開をしていた魔女は気まずそうに答えた。

「ゲルダ様の翼の付け根の状態との比較のサンプルを……」
「俺が聞いてんのはそういうことじゃねぇ!!」

 耳元で大太鼓を力いっぱい鳴らしたような爆音が部屋中に響き、切開をしていた魔女は黒焦げになりその場に倒れた。何人か耳を抑えてうずくまっている。耳から出血している者も見受けられた。
 シャーロットが恐怖で治癒を中断するが、俺は続けるように指示した。

「ずっと俺から遠ざけ、ここでノエルの皮や肉を剥がしたりしていたのか!? 答えろ!!」

 誰もその質問に答えようとしなかった。答えたら殺されると解っていたからだろう。
 俺はノエルに向き直って彼女を見つめた。
 髪の毛は血でベタベタになっており、変色して赤い髪がどす黒くなっていた。美しかった赤い髪の片鱗はない。
 シャーロットが傷の治療を終えたところで仰向けに向き直させる。
 彼女が着ている服は拘束魔術が沢山施されていて身動き一つできないような状態だった。
 以前のように血色がよくなく、肌もただでさえ白いものが尚更白くなっていた。
 しかし、それを見せることをさまたげるように身体中血まみれだった。
 彼女の血なのか、あるいはほかの血なのか解らないが、とにかく異臭がする。

「ノエル、ノエル起きろ」
「クロエ様、危険です」
「黙っていろ!!!」

 俺がゆすると彼女は目を開けた。
 そして俺の方を見る。

「ノエル、俺だ。クロ――――」
「誰……?」

 誰だと問われたことが俺にとってあまりにもショックだった。俺は毎日、一度だって忘れたことがなかったのに。
 しかし実験のショックで解らなくなっているだけだと俺は思いたかった。

「俺だ。覚えていないのか?」
「顔が……よく見えない……」

 彼女の目は赤かった。元々の瞳の色も赤だが、そうではなく彼女の目に血液が入っていて視界が霞んでいるのだろう。

「シャーロット、目も治せ」
「はい……」

 俺がその治療を待っていると、実験室の扉が開いた。
 ふり返るとゲルダが血相を変えて息を切らして立っているのが視界に入る。俺は怒りに任せてゲルダの頬を思い切り叩いた。

 パシン!

 その反動でゲルダはその場に崩れ落ちる。
 周りの魔女は息を殺してその状況を見ていた。

「ゲルダ! なんでノエルを拷問するんだ!? どうして俺と会わせなかった!? 言え!!」

 自分の頬を抑えて立ち上がったゲルダは、冷静に俺を見つめた。

「クロエに悪い影響を与えるわ」
「そんなもんはねぇ!」
「現に与えているのよ。あなたが城からいなくなっていたときにノエルと接触したんでしょう? どうして黙っていたの?」
「言う必要がなかった」
「あったわ。私が探していたのを知っていたでしょう?」
「名前を知らなかった!」
「でも報告することは出来たはず。でも、あなたは城からいなくなっていた期間のことを話さなかった。たださ迷っているだけにしては長い期間だったわ。食料もなく、あんな長い間離れられるわけがないのよ。あなたは自分では何一つできないよう育てられたのだから、何が食べ物なのかあなたには見分けがつかない」

 俺は理路整然とゲルダが話すことに反論ができなくなっていた。

「あぁ、お前に言わなかった。お前や他の魔女よりも、彼女を大切に思ったからだ」
「…………クロエ、その混血の異端者が大切なの?」
「そうだ。俺のことを道具として使わないコイツが大切なんだ」
「クロエ、お前を道具として使ったことなんてないわ」
「嘘だ!」

 辺りにあった医療器具を俺はなぎ倒した。台に置いてあった鋭い刃物で俺は手を切ってしまう。
 血の滴る自分の手の痛みを感じるが、そんなことは些細なことだ。俺の手からしたたる血の量と、今現在も血まみれのノエルを比較すれば、どれほどの拷問を受けたのか察するにあまりある。

「俺をガキを作る道具に使ってるだろう!? 毎日毎日、俺が何も知らねぇと思うなよ!」

 ゲルダは眉間にしわを寄せ、俺から視線を一度外した。すぐに俺に視線を戻し、そしてノエルを睨む。

「その女にそう言われたの?」
「ノエルじゃない」
「じゃあ他の魔女?」
「どうでもいいだろそんなこと!? 俺はノエルと出て行く!」
「あなたはどこへも行けないわ」

 ゲルダは俺に近づいてきて、俺の耳元で俺にしか聞こえない声で囁いた。

「どうしてずっと見つからなかったノエルが見つかったか解る?」

 何度か瞬きをして、ゲルダの髪を間近で見つめた時、ゲルダの言った意味が解り冷や汗が出てきた。

「あなたが見つけてくれた髪の毛はノエルのものだったの。身体の一部があればかけられる追跡魔術を使ったのよ。ノエルたちが張っていた魔女除けも意味をなさなかったわ」
「…………」
「ノエルを育てていた翼人を殺せたの。セージと言ったかしら? あなたのお陰よ」
「!!」

 セージが殺されたという話は、俺の耳には初耳だった。

「あなたが我儘を言うと、ノエルにこのことを全部話すわよ? そうしたらノエルはあなたのことどう思うかしら? 好いてくれると思う? あなたのせいで育ての親を殺されて……」

 その言葉に俺は凍り付いた。

「あなたは私に従うしかないの。振り返らずに部屋へ行きなさい」

 そう言って離れたゲルダは憎らしく笑っていた。俺はノエルの顔を見たいを願ったが、振り返らずに行けということは顔を見せるなという意味だ。
 それに従うしかなかった。

「目の治療終わりました」

 シャーロットがそう言うと、ノエルは俺に問う。

「誰……?」

 彼女のその問いに答えたかったが、俺はその場を離れざるを得なかった。
 もう二度と会えないことよりも、嫌われることの方が余程恐ろしく感じた。俺のことを少しでもいい思い出として記憶に残しているなら、その方がいい。彼女に嫌われたら、俺は自分を保っていられない。
 その臆病さで俺は逃げた。

 その後、ノエルは別の施設へ移動することになった。
 顔の恨みがあるロゼッタがノエルを激しく殺そうとするから、ロゼッタから隔離する目的はあっただろうがそれは所詮おまけの意味しかなかった。
 本当はゲルダは俺からノエルを隔離したかったんだ。
 そしてそのショックとストレスで俺は更に壊れた。だが、ゲルダのほうが精神的に破壊されている速度は速かったと思う。
 壊れたゲルダのをするのは大変だった。
 毎日が苦痛でしかなかった。それでもの頻度は減った。それが唯一の救いだった。

 ノエルの居場所が解らなくなって、俺も他の魔女も血眼になって探したが見つからない状態が続いた。
 死んだのかもしれないとすら思った俺はどんどん荒れていった。
 いうなれば「やけになっていた」という状態だ。誰彼構わず、誰だっての相手は同じに感じる。
 俺は感じることはないし、乱暴に物のように扱うことでまるで仕返しのように“ソレ”を繰り返した。
 しかし、もう二度と会えないと思っていた俺は、ある日ノエルが街に現れたと聞いて真っ先に城を飛び出した。期待を胸にノエルを追うと、変わらず美しい姿の彼女の姿があった。
 でも、彼女は俺を忘れていた。
 俺のことを本気で解らない様子だったことに酷く傷ついた。
 それだけじゃない。人間の男の為に命がけで姿を現した。おまけに吸血鬼の男と契約までしている。それが許せなかった。
 だが、俺はノエルが手に入ればそれでよかった。
 翼はゲルダにくれてやる。

 ――ノエルを俺はやっと自分のものにできるんだ……――




 ***




【現在】



 ようやくが終わって、俺は久々にまともに服を着た。
 シャツと、脚にぴったりのズボンだ。特に何の変哲もない恰好をして、俺は髪の毛を鏡で整えた。

「クロエ、ずっと私のものよ。わかっているでしょう?」
「…………」

 俺は答えず、扉の方を見た。
 まだ俺はれは迷っている最中であった。いつまでも決心はつかない。

 決心などつくはずがない。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

処理中です...