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第3章 渇き
第64話 救いの手
しおりを挟む僕はガーネットとクロエ、シャーロットが自分を凝視していることに気づいていたが、何も言わなかった。
他の魔女が殺すのと、僕が殺すのは結果としては同じなのに、僕がやったほうがずっと恐ろしいものを見るような目で見られる。
何百人殺している魔女を恐れるのと、何百人殺している魔女一人殺すのは、意味が違うのだろうか。
殺しは殺しだ。
一も百も変わらない。一か、零かだ。
「ノエル、もうすぐ街の端だ」
街の外れまでなんとかやってくると、僕は頭がぼんやりしたままでクラクラしていた。
ガーネットの回復力が落ちてきたのか、魔力の使い過ぎで身体が痛い。
その痛みもガーネットは解ってくれていたはずだが、僕に特別言葉をかけてくることはなかった。
あまり僕の血液を与えるわけにはいかない。ガーネットの身体に毒になってしまう。現に城ではガーネットの目が血走ったり、牙の更なる鋭利化などの副作用が目立っていた。
必要以上に与え過ぎた。
今は血を欲しがるそぶりもなく、ただ黙って弟とご主人様を運んでくれている。
街はずれにきて、ここからどうやって町へ帰ろうかと僕はさえない頭で考えていた。
「どうやってここから移動する? まさか徒歩ではあるまい」
「何も考えてなかった……抜け出せるとも思ってなかったし」
「なっ……ノエル、死ぬ気だったのか!?」
「…………まぁ、そうかもね」
色々言いたいことがある様子だったが、気の抜けた僕に何も言おうとしなかった。
「なんだよ、逃げる算段考えてなかったのか?」
「うるさい。必死で闘っている間に帰りの手段なんて考えていられるか」
「悪かったよ、そんなに怒るなって。シャーロットがいるんだ、即興で馬を改造して――」
「駄目だ」
「じゃあどうするん――――」
生命を弄ぶような真似はできない……と考えていたときだった。後方から大きな爆発音が聞こえて一気に視界が明るくなる。
ドォオオオオオオオオオオオオオオン!!!
後方で爆発が起こる。
凄い熱量と爆風で、僕らの後ろから熱風が吹き抜けた。
再び空へ飛んでいった一線は雲を切り裂いて
「なに!?」
全員が振り返ると、街の一部が燃えていた。
何が起こったのか理解が及ばない内に、城から間髪入れずに高濃度の魔力のレーザーが四方八方に飛んでいるのが見えた。
「ゲルダ……街ごと全部吹き飛ばす気だな」
「ここにいるとマズイ。もう走るしかない。走れるか?」
身体が痛いし、なにより疲れているがそんなことを言っている場合ではなかった。
「走るよ」
僕は無差別に飛んでくるレーザーに対して魔術璧を構築した。
しかしそのレーザーの威力が凄まじく、一度それが魔術璧の端をかすめただけで粉々になってしまう。
街の人たちや魔女たちの悲鳴がそこかしこで聞こえてくるが、それも城から撃ってきているレーザーはおかまいなしだった。狙いがでたらめであったがために僕らは生きているだけに過ぎなかった。
「皆殺しにしてまで僕を殺したいのか……」
何重にも魔術璧を重ねて防ごうとしたが、一撃当たるたびに脆くも崩れ去って僕はその衝撃で後方に吹っ飛ばされた。
受け身は取れるが力が入らない。
――駄目だ……疲れ過ぎていてもうどうにもならない……
そう諦めかけたとき、街の外の遠くから白いものが近づいてきているのが見えた。
「ノエルー!!」
聞き覚えのある声だ。
物凄い速さで、あのときのキメラ馬とレインが目の前に現れた。
「レイン!?」
「乗って!」
僕は言われるがまま馬に乗った。ガーネットもご主人様とラブラドライトを乗せ、シャーロットとアビゲイルも乗る。
定員が過剰であったが、馬の負荷を今は考えている場合ではない。普通の馬よりも少し大きい馬であったことが幸いだった。
「俺は?」
「自分で走れ!」
クロエは馬に乗れなかった。
クロエが乗らなくとも明らかに定員を超えているが、馬はそれでも速度を緩めることなく街から急激に離れていく。
――もう少し、もう少しでご主人様の病が治る……
シャーロットがいる。
妹も助けられた。
後は治療してもらうだけだ。
その希望だけで、僕は全力で防御璧を構築してゲルダが打ってきている魔術を防いだ。
「全員捕まってろ……!」
何度も高エネルギーのレーザーを、全力の防御壁で何度も弾く。
遠ざかるほどにレーザーの威力が落ちてきたけれど、それでも疲弊している僕には防ぐのがやっとだった。
馬は瞬く間に街から遠ざかり、レーザーの届かないところへと連れて行ってくれた。
あっという間の出来事だった。
「ノエル、やりましたね。逃げ切りました!」
シャーロットは僕を後ろから抱きしめるようにし、嬉しそうに声を震わせて言った。よほど嬉しかったのだろう。
そんな生き生きしたシャーロットの声は初めてきいた。
「ノエルー! ノエルー!! 会いたかったよ!」
レインは僕の腕の中に納まり、嬉しそうに身体を摺り寄せてくる。
鋭い爪や鱗が刺さって痛かったけれど、僕はレインを力なく撫でた。
巻いている包帯がまたところどころほどけてしまっている上に、汚れていることに気づく。きっと必死になって僕を探してくれたのだろう。
「レイン、ありがとう……」
「馬鹿トカゲ……助かった。だがノエルにすり寄るな。鱗が痛い」
「お前は降りろよ! インケンやろう!」
僕は喧嘩する二人のやりとりを笑いながら聞いていた。
こんな風にふざけているのも、ほんの数日前の話なのに物凄く前に感じる。
僕らはご主人様の家の近くまでやってきて、馬から降りて生き延びた事を噛みしめた。
「はぁ……はぁ……おい、ノエル。流石に早すぎるだろその馬」
「貴様、レーザーに打たれて死んでいればよかったものを」
「ノエルのペットは黙ってろ」
「ガーネット……喧嘩してないで、ご主人様を降ろして」
ガーネットは不満そうな顔をしながらもご主人様を降ろしてくれた。
僕は気絶している彼の肩を担ぎ、扉を開ける。
そこには何も変わっていない彼の家があった。少し僕が出た時よりも散らかっている気がする。
見慣れたご主人様の家を見るとなんだかホッとした。
「ご主人様……もう少しです……」
ご主人様の身体に傷がないかどうか確かめていた。そこかしこに血がついている。
これはご主人様の血だろうか。
――僕は、何をしてしまったんだろう……ガーネットも僕をなんだか気遣う素振りだし……
僕はご主人様をなんとかベッドに横にした。
目を覚ましてほしかったが、しかしどう声をかけていいかも考えていなかった。
「みんなありがとう。少し休んで。ここはご主人様の家だから」
「あぁ」
流石にみんな本当に疲れているようで、余裕もないようだった。
僕はご主人様のベッドの横の、自分がいつも眠っている場所に腰を下ろした。
「レイン本当にありがとう。どうして場所解ったの?」
「ノエルが連れ去られたって町の人に聞いたの。それで一緒に行った街の匂いが残っていたから」
無邪気に羽ばたくレインが、本当に愛しくなった。
「レイン……本当にありがとう」
僕はレインを抱きしめた。
小さな包帯だらけの身体。強く抱きしめたら折れてしまいそう。
「ぼくもノエルが無事でよかった」
「うん……」
そのまま僕はパタリと倒れ込んだ。
意識が急激に遠のく。
ガーネットとクロエ、レインが僕の名前を呼ぶ声がする。
――ご主人様にも、名前を呼んでほしいな……
まだ、一度も呼ばれたことはない。
そして、彼の名前を呼んだこともない。
僕は、彼の名前を知らない…………。
そのまま僕は気絶した。
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