罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第102話 死後の世界

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 城から出た僕らはどちらの墓所へ先に行くかという話をしていた。

「先にラブラドライトの方へ行こうか」
「お前が先でよい。セージのことを随分待たせているのだろう」
「でも……」
「やかましい。ソワソワされていると私が集中できない」

 そう言って、ガーネットは僕を突然抱き上げた。

「ちょっと……! なに!?」
「そう悠長にしていられないだろう。さっさと行くぞ」
「自分で歩けるよ!」
「まったくうるさい奴だ。お前の歩く速度ではいつまでかかるか解らないだろう。それなりに遠い場所だ。おとなしくしていろ」
「でも……」
「黙っていろ」

 ガーネットは僕を抱えたまま走り出した。
 今までは片腕で後ろ向きに抱えられることが多かった分、両腕で抱えられるようにされるとなんだか変な感じがする。
 緊急事態時にやむを得なく抱えられることが多かったが、こうして彼の意思で抱きかかえられると変に意識してしまって落ち着かなかった。
 だが、僕がそう考えているのもつかの間、あっという間に翼人の墓所についた。
 沢山の緑と、そして白い花が風に揺れてそよいでいる。良い香りが風に乗ってやってきた。

「ここだ」

 ガーネットの腕の中から見るその花畑は美しかった。幹から小さい花がいくつもついている。優しい香りがして、それは僕の知っている匂いだった。
 セージが好んでいた花だ。いつも本を読みながら、時折その可愛らしい花と、美しい香りを愛でていた。

「綺麗……スズランだ……」
「スズラン? 花の名前か?」
「そう……可愛らしい見た目とは裏腹に、強い毒がある」
「…………――――るな」
「え?」
「なんでもない。さっさとセージの元へ行け」

 聞こえなかったけれど、僕を降ろして背中を押した。
 一面に咲き乱れるスズランの中に、一つ大きな墓標が立っていた。そこには異界の言葉で確かに「セージ」と書いてある。
 たもとに咲き乱れるスズランを優しく掘り返し、隣にどけると骨が出てきた。手の骨だ。胸の上に重なるように置いてあるようだった。
 どの骨でもよかっただろうが、僕は頭蓋骨を掘り返した。
 セージの一番の特徴は三賢者ともある賢い頭脳。肉の部分は残っていないけれど、あの賢い頭脳はその頭蓋骨に入っていた。

「セージ……」

 墓を荒らしているようで気が引けたし、それよりもセージの骨だと思うと僕はまた目頭が熱くなる。
 彼の頭蓋骨を見た時、優しく笑っていたセージの表情が脳裏によみがえり、胸がつかえるような感覚に陥る。
 土に埋もれていたその骨を手ですくい上げて土を払うと、僕はその頭蓋骨を抱きしめた。
 蝶はずっと僕の頭にいたが、セージの頭蓋骨へとヒラヒラ舞い降りる。

「お願い……セージ…………届いて」

 強くそう祈ると、蝶は七色に眩く発光しだした。
 暗い森の中をまるで昼間のように明るく照らし、白いスズランはその七色の光で虹色に色づく。
 ガーネットと僕はその眩しさに目を覆った。



 ◆◆◆



 ひたすらに黒がひろ広がっている。
 黒以外はない。
 一筋の光もささない暗闇に自分の身体があることは解った。
 ここが生者のいるところではないということだけは解る。
 私はあの雪の舞う日、ノエルを遺し死んでしまった。
 死んだらそのまま何もかもが途絶えると考えていた私にとっては、意外なことであった。
 ずっと想われているということは、幸せなことだ。
 しかし、その想いは死者を縛る楔となり魂に絡み付く。私の身体にまとう糸のような思念からは、ノエルの深い後悔と悲しみが伝わってくる。
 細いのに断ち切ることができない悲しみの紡がれた糸だ。

 少し、こちらの気持ちが伝われば良いのだが……

 そう思っても、深い深い悲しみは私に伝わってくるばかりで、心臓の弁のように逆流したりしないようだ。
 随分長い間、その後悔と悲しみが伝わってきていた。私が死んだ直後は強かったが、徐々にそれは和らいでいった。しかしその悲しみが失われることはない。
 恐らく毎日、一時は別のことを考えてはいるが、私のことを忘れる時などないのだろう。

 厳しくしたのが裏目に出ただろうか。

 何か心的外傷後ストレス障害を抱えてしまっているとしたら、それは私のせいもある。
 しかし、後悔と悲しみの思念は伝わってきても、他にどう思っているかは解らない。怒っているか、憎んでいるか、そういった部分は解らなかった。
 ふと、その真っ暗闇の遠くに光が見えた。

 なんだ?

 ここにきて初めての現象に驚いた。
 その光は徐々に大きくなって、私の方へ近づいてきている。
 虹色に輝くそれは、炎のように見えたが動きは蝶の飛ぶようだった。なんなのかは解らないが、やけに暖かい感じがする。
 近くまで来たそれは、はっきりと蝶に見えた。七色に輝いている蝶だ。羽は炎のように揺らめいている。そして半透明だった。
 暗闇で唯一輝いているそれがなぜ半透明だと解ったかというと、その羽の奥に違うものが見えたからだ。

 ノエル……!

 彼女がいる場所にはスズランが咲き乱れていた。
 薄暗いその場所は、蝶を中心に輝き明るく照らされている。

 ――セージ……謝りたいことが沢山あるの……

 ノエルの声がした。
 最愛の者の声を久々に聴いた私は、何が起きているのか解らなかったが、その声に応えようとしたが声がうまく出せない。
 ずっと黙ったままであったから、声の出し方を忘れてしまっているようだ。

 ――セージの本、破ってごめんなさい……僕、結局謝れないままだった……

 そんなことは、もうどうでもいい。ノエル、私の声が聞こえるか?

 声を出したつもりだったが、自分には聞こえなかった。もしかしたら声が出ていないのかもしれない。
 そう考えている間にも、ノエルは話し続ける。

 ――いつも我儘言って困らせてごめんなさい……ッ……外なんて出なければ良かった……セージの言ってたことは正しかった……僕が馬鹿だったよ……ッ……聞こえてる? セージ……

 違う。馬鹿だったのは私の方だ。

 聞こえていると返事をするが、その返事はノエルに聞こえていないようだった。
 ノエルが言葉をつまらせながら、潤む目からなんとか涙をこぼすまいとしている姿に胸が痛む。

 ――あの日……セージに花をあげようと思って……飛び出しちゃってごめんなさい……言い付け守れば良かったって……ずっと思ってた……

 魔女の襲撃があった日のことか。
 2人で力を合わせて戦っていたらもっと違う結果になっただろうか。あの日、魔族の根底にある魔女への憎しみを暴発させたノエルは、惨たらしく魔女を次々と殺してしまった。
 自分の不甲斐なさが招いた結果だ。

 違う。ノエル、私が間違っていたんだ。閉じ込めるように育ててしまって悪かった……

 やはり声は届いていないようだ。私は無理矢理に声を絞り出そうとするが、上手く声量に繋がらない。

 ――それからね……異界にきて魔王様に世界の秘密を教えてもらったんだけど……

 異界だと……まさか、そのスズランは翼人の墓所にあるスズランか……?
 そうか……ノエルは今異界にいるのか……

 良く見るとノエルの後ろに何かいることに気づく。
 吸血鬼族だ。ノエルの後ろで腕を組み、彼女を見つめている。異界でこうして話をしているところを見ると、異界の者とは話がついたようだ。
 魔王もノエルに協力したということは、上手く話は進んだらしい。

 ――セージ……そこにいる? あのね……ずっと、後悔してたし、ずっと悲しかったし…………今でもセージに会いたいよ…………でも、その気持ちがセージをずっと拘束してたんだね……ッ…………セージ……

 ついに泣き出してしまったノエルを見て、私は力の限り思念の糸を振り払おうとする。
 雨が降っている様に感じた。しかし、その雨はやけに暖かい。
 するとその思念の糸は、今までびくともしなかったのにほころび始めた。

 ――ずっと……引き留めちゃってごめんね…………

「それは違うぞ、ノエル」

 私はその蝶の燃えるようなまばゆい光の中に吸い込まれた。



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