103 / 191
第4章 奈落の果て
第102話 死後の世界
しおりを挟む城から出た僕らはどちらの墓所へ先に行くかという話をしていた。
「先にラブラドライトの方へ行こうか」
「お前が先でよい。セージのことを随分待たせているのだろう」
「でも……」
「やかましい。ソワソワされていると私が集中できない」
そう言って、ガーネットは僕を突然抱き上げた。
「ちょっと……! なに!?」
「そう悠長にしていられないだろう。さっさと行くぞ」
「自分で歩けるよ!」
「まったくうるさい奴だ。お前の歩く速度ではいつまでかかるか解らないだろう。それなりに遠い場所だ。おとなしくしていろ」
「でも……」
「黙っていろ」
ガーネットは僕を抱えたまま走り出した。
今までは片腕で後ろ向きに抱えられることが多かった分、両腕で抱えられるようにされるとなんだか変な感じがする。
緊急事態時にやむを得なく抱えられることが多かったが、こうして彼の意思で抱きかかえられると変に意識してしまって落ち着かなかった。
だが、僕がそう考えているのもつかの間、あっという間に翼人の墓所についた。
沢山の緑と、そして白い花が風に揺れてそよいでいる。良い香りが風に乗ってやってきた。
「ここだ」
ガーネットの腕の中から見るその花畑は美しかった。幹から小さい花がいくつもついている。優しい香りがして、それは僕の知っている匂いだった。
セージが好んでいた花だ。いつも本を読みながら、時折その可愛らしい花と、美しい香りを愛でていた。
「綺麗……スズランだ……」
「スズラン? 花の名前か?」
「そう……可愛らしい見た目とは裏腹に、強い毒がある」
「…………――――るな」
「え?」
「なんでもない。さっさとセージの元へ行け」
聞こえなかったけれど、僕を降ろして背中を押した。
一面に咲き乱れるスズランの中に、一つ大きな墓標が立っていた。そこには異界の言葉で確かに「セージ」と書いてある。
袂に咲き乱れるスズランを優しく掘り返し、隣にどけると骨が出てきた。手の骨だ。胸の上に重なるように置いてあるようだった。
どの骨でもよかっただろうが、僕は頭蓋骨を掘り返した。
セージの一番の特徴は三賢者ともある賢い頭脳。肉の部分は残っていないけれど、あの賢い頭脳はその頭蓋骨に入っていた。
「セージ……」
墓を荒らしているようで気が引けたし、それよりもセージの骨だと思うと僕はまた目頭が熱くなる。
彼の頭蓋骨を見た時、優しく笑っていたセージの表情が脳裏によみがえり、胸がつかえるような感覚に陥る。
土に埋もれていたその骨を手ですくい上げて土を払うと、僕はその頭蓋骨を抱きしめた。
蝶はずっと僕の頭にいたが、セージの頭蓋骨へとヒラヒラ舞い降りる。
「お願い……セージ…………届いて」
強くそう祈ると、蝶は七色に眩く発光しだした。
暗い森の中をまるで昼間のように明るく照らし、白いスズランはその七色の光で虹色に色づく。
ガーネットと僕はその眩しさに目を覆った。
◆◆◆
ひたすらに黒がひろ広がっている。
黒以外はない。
一筋の光もささない暗闇に自分の身体があることは解った。
ここが生者のいるところではないということだけは解る。
私はあの雪の舞う日、ノエルを遺し死んでしまった。
死んだらそのまま何もかもが途絶えると考えていた私にとっては、意外なことであった。
ずっと想われているということは、幸せなことだ。
しかし、その想いは死者を縛る楔となり魂に絡み付く。私の身体に纏う糸のような思念からは、ノエルの深い後悔と悲しみが伝わってくる。
細いのに断ち切ることができない悲しみの紡がれた糸だ。
少し、こちらの気持ちが伝われば良いのだが……
そう思っても、深い深い悲しみは私に伝わってくるばかりで、心臓の弁のように逆流したりしないようだ。
随分長い間、その後悔と悲しみが伝わってきていた。私が死んだ直後は強かったが、徐々にそれは和らいでいった。しかしその悲しみが失われることはない。
恐らく毎日、一時は別のことを考えてはいるが、私のことを忘れる時などないのだろう。
厳しくしたのが裏目に出ただろうか。
何か心的外傷後ストレス障害を抱えてしまっているとしたら、それは私のせいもある。
しかし、後悔と悲しみの思念は伝わってきても、他にどう思っているかは解らない。怒っているか、憎んでいるか、そういった部分は解らなかった。
ふと、その真っ暗闇の遠くに光が見えた。
なんだ?
ここにきて初めての現象に驚いた。
その光は徐々に大きくなって、私の方へ近づいてきている。
虹色に輝くそれは、炎のように見えたが動きは蝶の飛ぶようだった。なんなのかは解らないが、やけに暖かい感じがする。
近くまで来たそれは、はっきりと蝶に見えた。七色に輝いている蝶だ。羽は炎のように揺らめいている。そして半透明だった。
暗闇で唯一輝いているそれがなぜ半透明だと解ったかというと、その羽の奥に違うものが見えたからだ。
ノエル……!
彼女がいる場所にはスズランが咲き乱れていた。
薄暗いその場所は、蝶を中心に輝き明るく照らされている。
――セージ……謝りたいことが沢山あるの……
ノエルの声がした。
最愛の者の声を久々に聴いた私は、何が起きているのか解らなかったが、その声に応えようとしたが声がうまく出せない。
ずっと黙ったままであったから、声の出し方を忘れてしまっているようだ。
――セージの本、破ってごめんなさい……僕、結局謝れないままだった……
そんなことは、もうどうでもいい。ノエル、私の声が聞こえるか?
声を出したつもりだったが、自分には聞こえなかった。もしかしたら声が出ていないのかもしれない。
そう考えている間にも、ノエルは話し続ける。
――いつも我儘言って困らせてごめんなさい……ッ……外なんて出なければ良かった……セージの言ってたことは正しかった……僕が馬鹿だったよ……ッ……聞こえてる? セージ……
違う。馬鹿だったのは私の方だ。
聞こえていると返事をするが、その返事はノエルに聞こえていないようだった。
ノエルが言葉をつまらせながら、潤む目からなんとか涙を溢すまいとしている姿に胸が痛む。
――あの日……セージに花をあげようと思って……飛び出しちゃってごめんなさい……言い付け守れば良かったって……ずっと思ってた……
魔女の襲撃があった日のことか。
2人で力を合わせて戦っていたらもっと違う結果になっただろうか。あの日、魔族の根底にある魔女への憎しみを暴発させたノエルは、惨たらしく魔女を次々と殺してしまった。
自分の不甲斐なさが招いた結果だ。
違う。ノエル、私が間違っていたんだ。閉じ込めるように育ててしまって悪かった……
やはり声は届いていないようだ。私は無理矢理に声を絞り出そうとするが、上手く声量に繋がらない。
――それからね……異界にきて魔王様に世界の秘密を教えてもらったんだけど……
異界だと……まさか、そのスズランは翼人の墓所にあるスズランか……?
そうか……ノエルは今異界にいるのか……
良く見るとノエルの後ろに何かいることに気づく。
吸血鬼族だ。ノエルの後ろで腕を組み、彼女を見つめている。異界でこうして話をしているところを見ると、異界の者とは話がついたようだ。
魔王もノエルに協力したということは、上手く話は進んだらしい。
――セージ……そこにいる? あのね……ずっと、後悔してたし、ずっと悲しかったし…………今でもセージに会いたいよ…………でも、その気持ちがセージをずっと拘束してたんだね……ッ…………セージ……
ついに泣き出してしまったノエルを見て、私は力の限り思念の糸を振り払おうとする。
雨が降っている様に感じた。しかし、その雨はやけに暖かい。
するとその思念の糸は、今までびくともしなかったのにほころび始めた。
――ずっと……引き留めちゃってごめんね…………
「それは違うぞ、ノエル」
私はその蝶の燃えるようなまばゆい光の中に吸い込まれた。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる