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第4章 奈落の果て
第115話 三賢者
しおりを挟むガーネットが慌ただしく通訳してくれるが、口々に色々なことを言われてガーネットはついに途中から通訳を辞めた。
辞めたが、ある言葉だけ通訳してくれた。
「『三賢者として異界に留まらないか』と言っているぞ」
「え……」
そう訪ねられたときに、セージの後継ぎができるのは嬉しかったはずなのに、すぐに肯定できなかった。
「……考えておくね」
それはご主人様と違う世界で生きるということ。
確かに空間が同じでも、生きている世界は違う。でも、本当に違う世界で生きることなんてすぐには決断できることではなかった。
僕らが会議室を後にすると、緊張していた糸が切れたのかどっと疲れが出る。
「ガーネットありがとう。通訳がいてくれないと話が進まなかったよ」
「本当に魔族がお前の滅茶苦茶な作戦に同意するとは思わなかった。アラクレ者ばかりの、自分のことしか考えていないリゾンのようなやつばかりだったが……私があっちに行っている間に少しずつ何か変わったんだな」
――それは、ガーネットが知ろうとしなかっただけのことだと思うよ。本当は、魔族も優しい心を持っているんだと思う
そう、言おうと思ったけれど、僕は眠気に襲われた。魔力を派手に使ったせいだろう。
寿命を削ると言われていたが、僕はそんなこと全く気にならなかった。
「…………僕少し疲れちゃった。部屋で少し休むから、なにかあったら起こしてくれないかな」
魔力も結構使ったが、不思議と身体が痛くならない。
こっちの空気が僕の身体に合っているからなのか……僕はやっぱり魔女よりも魔族よりなのだろうか……そんなことを眠い頭でぼんやりと考える。
「お前は植物に対して博識なのだな」
「そこそこはね」
「あの赤い花はなんという名前だ? 弟の墓に植えたものだ」
「あれは……彼岸花って名前の花だよ」
「ヒガン? とはなんだ」
「彼岸っていうのは向こうの岸って意味。人間が名付けたんだけどさ、死んだ者は死者の国との狭間を別つ川を渡った向こうに行ってしまうという人間の概念があって、死人の花という意味で彼岸花という名前だと聞いたことがある」
「ふん……人間は空想に浸るのが好きな生き物なのだな。しかし死者の世界は確かにあった。間違っていた訳でもなかろう」
空想に逃げて、現実を忘れるしかできなかったのではないかと考えた。
現実では死んだらそこで何もかもが終わり、途絶える。
僕らは特別に魔王様に教えてもらったから知っただけで、永遠に違う世界があるなどとは思わないだろう。
大切な人が亡くなったことを大抵の場合は受け入れられない。死者を想い、祈り続けることしか生者はできないからだ。
――だから死の世界で死者は拘束されてしまう……
それはなんて皮肉なことだろうか。
「お前が植物に詳しく、助かった」
「うん……セージの持ってた本を読んだり、ご主人様の治療の為に草を色々勉強して試したんだよね……意味なかったけどさ」
「……結果だけを見るな。お前は……大義を成し遂げたのだぞ」
「まだ何も成し遂げてないよ」
「お前に自覚がないだけだ。普段は険悪な関係の各種族をまとめ、一つの志の元に結託させたのだぞ。異界の革命と言って良いだろう」
「…………そっか。ならよかった」
少し無理やり笑顔を作ってみたが、疲れが顔に出ている。あまり上手には笑えていない。
「ノエル……三賢者の話は断るのか?」
「考えてはいるよ……僕にはもう帰る場所がないから」
「………………」
「疲れちゃったから、少し休むね」
僕は異界にいたほうがいいのだろうか。それも考えなければならない。
考えることが沢山あるほうがいい。それならまだご主人様のことを考えずに済む。
「あぁ、私はまだやることがあるから、部屋で休んでいろ」
「うん。本当にありがとうガーネット……僕の勝手だけど、契約してよかったよ」
ガーネットがいなかったら僕はここまで来ていないだろう。
めちゃくちゃに思われた計画にもなんとか現実味が帯びてきた。
「…………馬鹿なことを言っていないでさっさと行け」
「あはは、じゃあまたね」
僕は部屋に入るとベッドに倒れこみ、事切れたように眠りについた。
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