罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第117話 交わらない想い

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 魔王様と僕は2人きりで対峙していた。
 この場には小鬼すらもおらず、誰もいない。
 僕は魔王様にもらった魔術式が書かれている洋紙を持って、異界を後にする為に荷造りを済ませていた。
 ガーネットはヴェルナンドや他の吸血鬼族たちと話をしているようだったので、僕は1人で挨拶に訪れた。
 魔王様を初めて見た時は怖かったが、穏やかで優しい方で本当に良かったと思う。

「魔王様は加勢していただけないのですか?」
「すまないが、私が異界から離れるわけにはいかない。これを機に、異種族同士でのいさかいいをなくし、互いに手を取り合って生きていけるよう、新たな道を子供たちに示したいのだ。この戦いが終わりではない。戦いの先の未来が子供たちにはある。その命を、守ってやらなくてはならない」

 明確な“先”が見え、堅実な考え方で魔族をまとめる魔王様が僕とってには羨ましかった。
 僕には先なんて見えない。
 今はただ目の前の課題に取り組んでいるだけで、明確な先というものが想像できない。

「解りました。魔族の未来をお願いします」
「ノエルよ」
「はい」
「お前も魔族としてこちらで生きてもよいのだぞ。少しばかり住みづらいかも知れないが、魔女が消えた後に人間に怯えて暮らすことはなかろう」
「……僕は……ガーネットもおりますし……それも考えてはおります。しかし、世界を隔てて大切な人を置いてきてしまうのは……まだ決心がつきません」
「ほう……それは今や半身となっているガーネットよりも大切なのか?」
「……難しいことをおっしゃるんですね。ガーネットも勿論大切です。しかし、僕はどうしても彼が心配なんです……体も弱いですし、人付き合いは苦手ですし、町の住人からは煙たがられていましたし……これから僕がいなくても平気なのかと……」

 魔王様は心配する気持ちでソワソワしている僕を見て「落ち着きなさい」と言う。

「こういう言い方は気に障るかもしれないが……お前が心配するのも解る。だが、なくなったらなくなったで、なんとかなる場合もある」

 僕がいなくても平気なご主人様を考えると、せつない気持ちになる。
 僕がいなくても問題ない方が心配しなくてもいい。
 しかし、それは悲しい。
 僕を必要としてくれたご主人様に必要とされないのはつらい。

「それは…………解っているのですが……」
「愛情が深ければ深いほど心配になる気持ちは理解する。だが、これからの長い間、お前は生き続けるのだ。今は岐路に立っている」
「………………」
「まぁ……そうは言っても感情は制御はできないものだ。後悔しない道を探し、選びなさい」

 後悔しない道をここ数日ずっと考えていたが、選択肢など2つしかない。

 側にいて死なせてしまうか、離れて忘れるかだ。

 忘れられるのだろうか?
 何度も何度も考えたが、やはり彼の代わりなんてない。僕が魔女でなくなればと考えたが、それはどう考えても無理だ。生まれ持った性質は切りはなそうとしても切り離すことはできない。
 飛べない鳥が飛べる鳥になろうとしてもできないのと同じだ。逆もまたできない。
 飛べるのに飛べない風を装ったとしても、それはただという選択をしただけに過ぎない。
 まして命に関わることだ。慎重になって当然。

「魔女が人間になる方法は……ご存知ですか?」
「…………いや、残念だが」
「……そうですよね」

 別の生き物になろうとしたところで、それは無理だ。
 変化の魔術はあるが、それは見かけが変わるだけで解決にはならない。

「ありがとうございました。お世話になりました」
「構わない。武運を祈る。またいつでも来なさい」
「はい」

 一礼して魔王様の部屋から出て、やはり僕は人間になれないのだと痛感する。

 ――そんな都合のいい話はないよね……

 僕は魔王城を出て、ガーネットと合流した。
 魔族たちは階段上の大広間からははけていたが、とどまっている者たちも見受けられた。別の種族同士で話をしている。

 ――魔女と人間もこうだったらよかったのに……

 ガーネットは他の吸血鬼族たちと話をしていたが、僕の気配を感じると話を切り上げてこっちにやってきた。僕を見た他の者たちはこちらについて来ようとするが「くるな」とガーネットが牽制するとピタリと足を止めた。
 6人程で女性が多いように思う。

「まだ話しててもいいよ」
「冗談ではない。くだらない与太話をせがまれるこちらの身にもなれ」
「例えばどんな?」
「魔女がどんなものか、向こうの世界はどんなものか、お前となぜ契約したのか、契約とはどんなものなのか……そんなところだ」
「ふーん……随分ガーネットはモテるみたいだね」
「モテル? なんだそれは」
「異性に人気があるってこと」
「ふん、くだらん。私の伴侶ツガイになりたいなどと。弱い者には興味がない」
「ガーネットって、なんというか……そうかもしれないけど、クロエとかリゾンと違って硬派だよね」
「あの者たちが異常なのだ。好きあらば色情に駆られるなど、知性を持つ生き物として――――」

 僕がガーネットの話を聞いていると、見覚えのある者が現れた。
 以前ガーネットの前に現れた美しい女性の吸血鬼だ。確かエルベラという名前だった気がする。

「(何故……魔女……選択……自分……拒絶……疑問)」

 荒っぽい口調で話している。そのせいでよく聞き取れない。

「……待っていろ」
「うん……」

 ガーネットとエルベラは激しい言い争いになった。
 とは言っても、口調だけがその手がかりで、早すぎて何をいっているかは殆ど聞き取れない。ただ「魔女」「伴侶ツガイ」「選択」という単語は解った為、僕の話をしているということは理解できた。
 声を荒げているのはエルベラの方で、ガーネットは落ち着いた様子で話をしている。

「おい、話にならん。行くぞ」
「え……でも……」

 エルベラは物凄い形相で僕を睨み付けて怒っていた。

「何か僕、不味いことしちゃった……かな?」
「お前はなにもしていない。こいつが難癖をつけてきているだけだ」
「なんで怒っているか教えてよ」

 言いたくなさそうにしていたガーネットは、重い口を開いて話し始める。

「…………簡略的に言うと『何故自分と伴侶ツガイにならずにそんな魔女を選ぶのか』ということを言っている」
「それは誤解だよ……ガーネットは僕から離れられないだけで……僕を選んでる訳じゃ――――」
「……鹿には解らないようだな。時間の無駄だ。行くぞ」

 有無を言わさずに僕の腕を取り、ガーネットはエルベラは無視して歩き始めた。抵抗もできずに引きずられるように僕はその場から離れる。

「(逃げる……否定!!)」

 エルベラは腰につけていた棘のついている鞭をとり、思い切りそれを振った。
 空気をヒュンと切る音が聞こえ、その鞭の餌食になる寸前に僕は水の壁で弾く。しかし間髪いれずに何度も鞭を振るってくる。鞭さばきが早く、水の防御壁は弾き跳ばされた。

「ちっ……」

 ガーネットは舌打ちすると、鞭の猛攻を器用に避けながらエルベラの方へ素早く走った。エルベラの鞭捌きは激しくなるが、ガーネットには当たらない。
 エルベラの鞭の射程距離よりも近くなったところで、ガーネットはエルベラの腹部に自分の拳を叩き込んだ。エルベラは嗚咽をしてその場に崩れ落ちる。

「ガーネット……やりすぎじゃないの」
「こんなものは優しい方だ。八つ裂きにしないだけいい」

 ガーネットに再度腕を掴まれて引っ張られ、僕はエルベラから遠ざかった。
 うずくまっていた彼女は顔を上げて僕らを赤い瞳で睨みつけてきた。その目には嗚咽したからなのか、それとも別の要因でなのか、涙が浮かんでいた。

「(何故!?)」

 振り絞るように叫ぶエルベラは、なんだか可哀想に見えた。まるで泣いているように再びうずくまる。
 遠巻きにそれを見て、僕は戸惑いながらもガーネットに引きずられるように引っ張られて行く。
 階段を降り始め、エルベラが見えなくなったときに僕は足を止めた。

「ガーネット、せめて理由くらい答えてあげたらいいのに……泣いてたよ」
「……理由が聞きたいのか?」
「だってあんなに綺麗で強いのに……やっぱり僕のせいなの……?」

 不安げに僕は彼にそう尋ねた。
 一度ガーネットは顔を逸らした後、少し間を空けてから再び僕を見つめた。わずかな生ぬるい風で彼の金色の髪が揺れて目にかかっている。

「そうだ。お前のせいだ」
「…………ごめん」
「……鹿め。お前は……本当に……。もういい、モタモタするな」

 僕はガーネットに腕を引かれるまま階段を降りる。
 少し冷たいガーネットの手を感じながら、負い目を感じていた。

 ――やっぱり、僕のせいなんだ……

 自分のせいだとはっきりと言われ、エルベラに対しても、ガーネットに対しても申し訳ない気持ちになる。

 ガーネットは僕からは表情は見えなかったが、いつも通り険しい顔をしていた。
「鈍い奴め」と思いながら、ノエルの言葉を思い出す。

 ――ねぇ“好き”って解った?

 ガーネットはそんな気持ちなど解りたくなかった。
 知らないままでいられたら、今彼の手にある僕の腕の暖かさに戸惑ったりしなかったのだから……――――


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