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第5章 理念の灯火
第133話 差し入れ
しおりを挟む日が昇った後、僕はキャンゼルとガーネットが話す声で目が覚めた。
「まだ寝ているの? 朝ごはんの用意ができたわよ」
「私が起こす。お前は下へ行っていろ」
「本当に偉そうな吸血鬼ね……」
階段を降りる音と扉が開く音が聞こえて、僕は目をうっすら開け、首だけガーネットの方に向けた。
「おはよう……」
「なんだ、起きていたのか?」
「今起きたところ」
身体を起こして伸びをするが、まだ少し眠い。
「行くから、先に下で待っていて」
「……あの空気にどうも馴染めなくてな……」
「あはは、そうだね。みんなちょっと複雑な関係だから」
「…………早く支度をしろ。行くぞ」
支度とは言っても、髪の毛を少し直すくらいしかない。
乱れている服を正し、髪の毛を乱暴に結ぶとガーネットと一緒に一階に降りた。既に食事がいくつかテーブルに置かれている。
「ノエル、おはようございます」
「おはようノエル」
「おはようシャーロット、アビゲイル」
アナベルはぐったりとテーブルに突っ伏している。
キャンゼルは一生懸命火を起こしていた。クロエは退屈そうに座っていたが、僕を見るなり立ち上がって近寄ってくる。
「よう、起きたか」
「おはようクロエ」
「留守は俺たちに任せておけ」
「ありがとう」
テキパキとシャーロットたちが準備をしてくれたため、すぐに僕は食事につくことができた。
全員が並んで食事をしているが、朝は喧嘩をする元気がないのかみんな他愛のない雑談をしつつ食事をしていた。
「僕らは食べ終わったら馬を回収しに行くから、僕らが帰ってくるまで世界を作る魔術式の解析をしていてほしい」
「まっかせといて~。あたしがやればすぐ解決するわ」
「はい、私も尽力します。ごめんなさい、私が馬から目を離してしまったから……」
「別にいいよ。レインにも会いたかったし」
食事を済ませ、リゾンの分を持って地下へ降りた。檻の中に入っているリゾンは壁にもたれかかって静かにしている。
――眠っているのか?
起こさないようにそっと近づく。銀色の長い髪が暗闇で見ても美しい。
黙っていれば綺麗な顔をしている青年だが、そうするとやはり左目の傷が気になる。
ご主人様と同じ髪の色と、ご主人様に似ている横暴な性格などが尚更僕を落ち着かない気持ちにさせる。
僕は配膳の口に食事を置いた。昨日と変わり映えしない獣の血液とその獣の肉と少量の野菜だ。
昨日の食器には動物の骨と、容器に付着している乾燥した血液だけが残っている。
どうやら食事は全部食べたらしい。
「やっときたのか」
急にリゾンの声がしたので、僕はビクリと身体を震わせた。
僕が驚いているのを見てリゾンはニヤリと笑っている。
ため息を吐きながら「起きているなら起きているって意思表示してよ」と小言を言った。
「ここは退屈だ。何か差し入れろ」
「何かって、何?」
「そうだな……弄んで楽しむ用の魔女などどうだ?」
相変わらずの憎まれ口に対して、僕は呆れながら背を向けて地下から出る。
後ろからリゾンの笑い声が聞こえ、不安な気持ちになってきた。
――やっぱり苦手だ……ご主人様にどことなく似てるところも苦手だ……
僕が怪訝な表情をしているところにガーネットが声をかけてくる。
「ノエル、行くぞ」
「うん。シャーロット、食器の片付けお願いしてもいいかな? 僕らはもう出るから」
「はい。お気をつけて」
下げてきた食器をシャーロットに手渡し、外に出たガーネットを追った。
――退屈か……
確かに地下で、何もすることもないと退屈だろう。
人間の精神症状として「拘禁反応」というものがあると聞いたことがある。閉鎖的な空間で長期間自由を拘束されると、精神に異常をきたすことがあるという。
「ガーネット、あのさ」
「なんだ?」
「吸血鬼族の若者というか、子供というか、何をして遊ぶのが好きなの?」
「なんだ急に……」
「リゾンが退屈だって言うから、何か差し入れようかと……思って……」
「は?」
「えーと……なんにもすることがないと、悪だくみとか計画されると嫌だし……それに、僕もずっと閉じ込められていたから、そのつらさが分かるって言うか……」
しどろもどろに僕がそう言うと、ガーネットは完全にあきれた様子でため息をついた。
「はぁ……正気かお前は……そんなことは気にせずに放っておけばよいのだ。情をかけるな。つけこまれるぞ。あいつはまがりなりにも高潔な吸血鬼族なのだ。拘束されているだけで辛いなどとは言い出さない」
「そう……だよね……」
そうはいいつつも、何か差し入れられるものがあるかを考えながら、ガーネットと共にご主人様のいる町へと向かった。
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