罪状は【零】

毒の徒華

文字の大きさ
137 / 191
第5章 理念の灯火

第136話 お嫁さん

しおりを挟む



「レイン、僕の服の中に隠れていて」

 駆け足で人目につかない道を通り、待っているガーネットの元へ戻る。なんだかんだと時間がかかってしまった。きっと彼は怒っているだろう。
 そう思いながら急いで戻ると、背を向けて立ち上がっているガーネットの姿が見えた。
 何をしているのだろう? と思いながら声をかけようとすると、彼が誰かと話をしているのが見えた。
 慌てて僕は木の陰に身をひそめる。
 その後すぐに、ガーネットが誰と話しているか解った。
 遠くからでも見えるあの美しい銀髪を、僕が見間違えるわけがない。

 ――ご主人様……

 レインがいなくなったから、何かを感づいたのだろうか。そう考えてもおかしくはない。僕はフードを深くかぶり、自分の赤い髪が遠くから見えないようにした。
 何か言い争っているようだ。

 ――どうしよう……

 そう考えていた刹那、ガーネットは聴覚が人間よりも優れているということを思い出した。
 この距離でも話せばガーネットには聞こえるかもしれない。

「ガーネット、僕の声が聞こえたら左手で自分の髪の毛に触れてみて」

 独り言のようにそうつぶやくと、僕はガーネットの左手を注視する。
 すると、彼は間もなくして左手で自分の髪の毛に触れる仕草をした。普段のガーネットは滅多に自分の髪に触れたりしない。邪魔なときにかき上げるくらいだ。
 これは聞こえている。
 それなら……――――

「僕のこと、彼が探してる様子ならそのまま髪の毛に触れ続けて」

 ガーネットは左手で髪の毛に触れたままだ。

 ――探してくれているのか……

 嬉しい気持ちと、心苦しい気持ちが入り混じる。今すぐにでも会って話がしたい。「食事はきちんと摂っていますか?」「お体の具合は大丈夫ですか?」「不自由なことはありますか?」いくつもそんな質問が頭に浮かぶが、僕はそれをなんとか振り払う。

「カルロス医師の元へ行ったと言ってほしい。不自然にならないように」

 髪に触れていた手を降ろし、ガーネットはカルロス医師の家の方角を指さした。
 それを見るなりご主人様は身をひるがえし町の方へ続く道を走って行った。
 それを見送りながらおずおずとガーネットの方へ近づくと、彼は不機嫌そうに僕を睨みつける。

「遅いぞ」
「ごめん」

 ため息を吐くガーネットはうんざりした表情をしていた。

「本当に……あんな人間の何がいいのだ……」
「彼に何か言われたなら、それはごめん。代わりに謝るよ……ごめんね」
「ふん、そんなことはどうでもいい。早く戻るぞ」
「えー……ノエル行っちゃうの?」

 レインが残念そうに僕の首元から顔を出してうなだれる。そんなレインを僕は服の中から取り出し、目の前に顔が来るように抱き上げた。

「また必ず会いに来るから」
「……どのくらい?」
「どのくらいとは言えないけど、近いうちに。また連絡するから」
「わかった……」

 レインは尻尾をだらりと萎れさせながらも、渋々了承してくれた。

「レイン、一緒に異界に行ったらやりたいことを考えておいてよ。ね?」
「ぼくもう考えてあるよ! 一緒にお父さんのところに行ってね、ノエルを僕のお嫁さんにするって言うの!」
「お嫁さん? あはははは、伴侶ツガイってことかな?」

 お嫁さんと言われたのが不意打ちだったので、僕は思わず笑ってしまった。ガーネットは驚いた顔をして固まっている。

「ツガイ? ううん、そうじゃなくて、お嫁さん! こっちの風習なんでしょ? 好きな相手とケッコンていうのして、ずっと一緒にいるんでしょ? ぼく、ずっとノエルと一緒にいたいから、ケッコンする!」
「そっかぁ……でも結婚は大人にならないとできないんだよ。レインがもう少し大きくなったらね」
「えー! じゃあ、ノエルはぼくがお父さんみたいに大きくなるまで待ってくれる?」
「そうだね、レインが大きくなって、変わらず僕のこと好きだったらね」
「絶対ずっと好きだよ! 約束する」

 レインは名残惜しそうだったが、ご主人様の家まで送った。
 抱きかかえていたレインをゆっくりと地面に降ろす。

「またね、レイン」
「うん!」

 軽く手を振ってレインと別れた。
 後ろ髪を引かれる思いで僕とガーネットはキナに乗って町に背を向け、走り出した。ご主人様の家を見ると、辛い気持ちでいっぱいになる。
 レインもいつになったら異界に帰してあげられるか解らない。
 それでも僕は進む以外に選べる道がなかった。

「キナも無事に戻ってきたし、良かったね」
「…………ノエル、先ほどの話だが……」
「何?」
「あの馬鹿トカゲの……その……嫁になるという話は……」

 何やらガーネットは言いづらそうに顔を背けて言葉を続ける。

「本気なのか……?」
「え? あははははは、レインは“好き”の意味が良く解ってないから言ってるだけだよ。大人になればその違いに気づくって」
「そ……そうだな」
「なんでガーネットがそんなに動揺してるの?」
「馬鹿を言うな。龍族と魔女と翼人の混血が伴侶ツガイになるなど異例の事態がおこるかと危機感を覚えただけだ」
「そう。確かに龍族とどうやって子供作ったらいいか解らないもんね」
「ば、馬鹿者! 下世話な話をするな!」
「え……あぁ……深い意味はなかったんだけど……龍族って卵で増えるんだろうから……」
「もういい!」

 なんでそんなにガーネットが怒るのか僕には解らなかった。
 僕の後ろに乗っているガーネットの顔を見ると「前を向いていろ」と言われ、顔色をうかがうことができない
 その不安さと苛立ちを募らせた表情に、僕は気づかなかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

処理中です...