罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第145話 涙の訳

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【ガーネット 7歳】

 まだ私の髪が腰のあたりまであった頃、一つに束ねて邪魔にならないように縛っていた。
 フードが落ちて顔が出てしまわないように注意しながら、息を切らして走った。周りに誰もいないことを確認して家に帰る。
 ここのところいつもそうだ。
 家の中は閑散としていて、必要なものが最低限あるだけ。埃が積もっているものも沢山あった。
 私はラブラドライトのベッドの横に血の入った瓶を3本置いた。

「飲め」
「兄さん……これ、盗ってきたの?」
「そんなことどうでもいいだろう」
「……こんなこと、いつまで続けるの?」
「こうでもしなければ、今お前は食事ができない。私は自分で食事の調達ができるが、お前はそうもいかない」

 弟は病弱で、且つ気が弱く優しい性格だ。
 盗みに対して気が引けるなどと言って、自分の状況を全くわかっていない。
 その青い瞳は憂いをしきりに訴えてくる。

「仕方がないだろう。両親が死んでから随分経つぞ。切り替えろ」
「……随分って……ほんの少し前だよ…………どうして父さんと母さんは死んだの……」
「またその質問か……何度も言わせるな。弱かったから殺されたんだ」

 弟が酷く体調を崩したのは両親が殺された後からだ。
 ずっと落ち込み、食事すらもままならない状態が続いている。

「兄さんの答えは答えになってない……」
「魔族が争って死ぬことなんてよくあることだ。自分がそうならないように強くなることだな」

 本当は、誰が殺したのか私は知っていた。

 龍族の戦士だ。
 そいつは気でも狂ったのか制御が効かないため、魔王城の地下に幽閉されたと聞いた。
 それを弟に話せば、魔王城に乗り込んでいって「仇を取るために殺す」と言い始めるかもしれない。
 そうなれば弟が魔王の宮仕えに捕らえられるだろう。それに弟は龍族と渡り合えるほどの力はない。
 龍族と対峙したとしても殺されるだけだ。

「早く体調を整えろ」
「うん……」

 いつまで弟の世話をしなければならないのかとうんざりしながら、私は自分の分の食事を摂りに再び外へ出た。



 ◆◆◆



 案の定と言えば、そうだったのかもしれない。
 私が外で食事を済ませて家に帰ると、私が血の瓶を盗ってきた店の吸血鬼がいた。それとそのとりまきが2人。
 弟が血まみれでベッドに倒れているのが目に入った。かろうじて息はまだしているようだった。

「お前が盗ったんだろう? 何回かしてくれているな?」
「ふん……だったらなんだ?」
「殺してもいいが……子供のしたことだ。半殺しくらいで勘弁し――――」

 相手は3人。
 私は素早く1人目の顎に拳を叩き込む。相手が少し浮いた後、腹に蹴りを入れるとそのまま後ろに跳んでいった。
 顎は暫く使えない程に折れただろう。壁に背中を強く打ち付けてうめき声をあげていた。
 左後ろにいた奴は跳んでいった者が当たって体勢が少し崩れる。そのまま後ろに倒れ込んだところで頭にかかとを振り下ろすと綺麗に蹴りが入り、一撃で気絶させることができた。
 右後ろにいた奴に向かって、気絶した者をそのまま踏み台にして飛び上がり首に回し蹴りを入れる。
 こちらも一瞬で気絶したようだ。

「がはっ……貴様……ルビーとジルコンの子供か……」
「ガーネットだ。よく覚えておけ」
「龍族のアレクシスに殺されたんだろう……今は魔王城の地下だ……殺せなくて残念だったな」

 挑発してきているのだろうが、その言葉は私には全く響かなかった。

「私は両親などどうでもいい。弱ければ殺される。それだけだ」

 自分の手の鋭い爪を、話をしていた者の首に突き立てた。名前も解らない相手は怯えて震えていた。
 心底私は相手を軽蔑した。
 年下の私に対して震えているその様子があまりにも無様だったからだ。

「待て! 許してやる、だから――――」
「言っただろう? 弱ければ殺される。それだけだと」

 私が相手の首を掻き切る寸前、弟が私を止めた。

「待って……兄さん……」
「なんだ、意識があったのか」
「殺さないで……」

 この期に及んで甘いことを言っている弟に対して、私は光のない目で軽蔑の視線を送った。

 ――何故こんな者が私の血族なのだ……吸血鬼族の面汚しめ……

 そう考えていたが、弟は私の予想とは異なることを言った。

「殺さないで、仕入れている血液を少し僕らに分けてもらおうよ。危険を犯して盗まなくてもいいでしょう?」

 弟がそんな提案をするとは私は思わなかったので、意外に感じた。
 いや……弟とそう関りがなかった私にとっては、弟と言っても全く愛着もなく、私の手間をとらせるだけの存在だったので、どんな人格なのかは把握していない。
 しかし、この数日接している印象としては、そのようなことを言い出すとは思わなかった。

「確かにそうだな。お前、私たちに新鮮な血液を毎日卸せ。いいな。それなら生かしておいてやる」
「わ……解った。見逃してくれ」
「目障りだ。さっさと消えろ」

 私が手を離すと、蹴破るように扉を開けて逃げるように立ち去って行った。家の中で伸びている2人を置き去りにしたままだ。

「はぁ……」

 気絶している2人の足首を掴み、まだ無様に走っている店主らしき吸血鬼に思い切り投げてぶつけた。
 制御が完璧だった為、逃げていた男にぶつかってその場に倒れる。

「ゴミを置いて帰るな」

 私が家の中に入ると、弟が自分の傷口を押さえて止血している様だった。
 弟が相手にやり返した形跡はない。

「何故やり返さなかった」
「だって僕らが悪かったし……」
「馬鹿馬鹿しい」
「……兄さん、さっきの話は本当なの?」
「さっきの話?」
「父さんと母さんを殺したのは龍族で……魔王城の地下にいるって……」

 どうやら弟はその話をしていた頃から意識があったらしい。
 聞かれてしまったことに対して、面倒に思う。

「…………そうだ。そうだが、お前に何ができる?」
「せめて……話がしたい。何故殺す必要があったのか……」
「くだらない理由だったら?」
「………………」

 弟は青い瞳に涙を溜めながら、無言で傷の手当てをしていた。
 私はそれを見ても何も思わなかった。
 何故弟が泣いているのかすら解らなかった。


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