罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第149話 面影

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【ノエル 現在】

「面白みのない話だっただろう?」

 話し終えたガーネットは気恥ずかしそうにそう言った。

「面白いって言うと……少し複雑な話だったけど、僕はガーネットのこと知れてよかったと思う。今と全然雰囲気が違うんだね。随分……冷たい印象を受けるけど」
「お前に会った頃とそう変わらないだろう」
「冷たいながらも、それでも相手のことを気遣うところは子供のころから同じなんだね」
「ふん……気遣ってなどいない」
「そうかな? それはガーネットが認識してないだけで、気遣ってると思うよ」

 ちらりと彼を見ると、やはり身体や顔にはひどい傷痕がいくつもあってその傷に目が行く。
 古傷はシャーロットには治せないのだろうか。
 綺麗な顔立ちをしているのに、本人はそう気にしている様子はないが、もったいなく感じる。

「明日は僕とクロエ、ガーネットとリゾンで決着をつけようか。お互いに晴れやかな気持ちでゲルダとの戦いに望めた方がいいでしょう」
「晴れやかなどと言って、お前が満身創痍にならないか私は不安だ」
「満身創痍になったらシャーロットに治してもらうよ。ガーネットは、僕が怪我することは気にせず戦って。僕もクロエと戦うときはある程度の怪我は想定してる」
「…………」

 不満そうな顔をしながらも、彼はそれ以上は言わなかった。

「さてと……もう休もうかな。明日に備えて」
「寝る前に策を考えておけ。一瞬であの腐った魔女のように燃えカスにされるなよ」
「ははは、クロエは僕を消し炭にしたりしないよ」

 楽観的に答えると、ガーネットはさらに不満そうな顔をする。
 僕は彼に背を向けて歩き出した。
 満天の星空が瞬き、僕らを見下ろしている。
 幾銭の願いを無下に輝く星の光は、僕の姿を明るく照らすことはない。



 ◆◆◆



 翌日、日が昇った後に食事を済ませ、いつも通りにリゾンのいる地下室を訪れた。

「ガーネットがリゾンと決着をつけたいって言ってるんだけど、どうかな」
「決着? そんなものはついている。私の圧勝だ。顔に傷をつけただけで図に乗りすぎだろう?」
「子供のころからの因縁があるって話を聞いたよ」
「幼い頃のことを引き合いに出していつまでも勝った気でいるのか? 馬鹿馬鹿しい。だが、あの役立たずを完全にねじ伏せられるならそうしてやる。ここに居ても退屈だからな」

 魔術の解読をお願いしようと考えていたが、やはり周りからの反発が多く同じ机を囲むことはできなかった。
 一部の写しをキャンゼルに再現してもらって持ってきたものの、今日は彼の気が乗らないようで手がつかない。

「外に出たい? 日差しが吸血鬼族には辛いと思うけど、太陽の光を見てみたくない?」
「“昼間”というやつか。本でしか読んだことがないが……ガーネットのやつはどうしているんだ?」
「ガーネットは日にあたらないように、顔や身体を隠しているかな。……いつも険しい顔しているのは眩しいからかな。最近、やっと落ち着いてきたのか昼間は自分の部屋で休んでるよ」
「見た瞬間に両目が焼けるなどと言うことはないだろうな?」
「んー……絶対にないよとは言えないけど……じゃあ少し、紫外線の試験をするね。腕を出して」

 リゾンはガーネットがいつもしているような訝しい表情をしながら、僕に左腕を差し出した。
 短剣で串刺しにした傷も綺麗に消えているのを確認する。
 ガーネットもそうだが、やはり病的に色が白い。一度も紫外線を浴びたことがないのだろう。

「弱い紫外線を当てるから、痛かったり、違和感を感じたら言って?」
「加減をしろよ。また腕が使い物にならなくなったら困る」

 ――なんだ、やっぱり腕治してもらってよかったんだ

 口に出したら全力で否定されると思った僕は、口には出さなかった。
 左手でリゾンの手を取りながら、右手で弱い紫外線を構成してリゾンの腕に当ててみる。

「………………特に何も変化はないな」
「腕だと皮膚が厚いからかな。首の辺りにしてみてもいい?」
「……いいだろう」

 リゾンにもう少し近づき、僕は彼の首に右手をかざした。
 やけに近く感じる。銀色の睫毛が瞬きするたびに揺れ、僕の方をまっすぐに見つめてくる赤い瞳が暗い中にギラギラと浮かんでいる。
 首に手をかざすときに、首にかかっていた長い銀色の髪に触れると、ご主人様と同じような硬い髪質だった。

 ――集中しろ……考えるな……

 ご主人様の面影がちらつきながらも、僕は魔術に専念した。

「…………!!」

 リゾンが僕の右手を「バシン!」と振り払った。
 自分の首を押さえ、痛がるようなそぶりを見せる。

 ――感光したのか……?

「痛い? 見せて」
「魔女め……加減をしろと言っただろう……!」
「加減はきちんとしてたよ」

 痛がる彼の首を確認すると、赤く水膨れのようなものができているのを確認できる。

「…………感光して水膨れになってる。シャーロットに治してもらおう。腕も……少し赤くなってる」
「これくらい……どうということはない」
「いいから。身体に傷が残っちゃうよ」
「は?」

 リゾンは汚物を見るような目で僕の方を見た。
 僕は変なことを言ってしまったかと慌て、考えを巡らせる。

「何か……変なこと言ったかな」
「魔族がそんなことを気にすると思うのか?」
「確かに……ガーネットはそう気にしている様子はないけど……でも、僕は気になるよ。痛い思いしたんだろうなって……僕は傷痕残らないからそうは見えないかもしれないけど、ガーネットに引けを取らない程本当は傷痕だらけのはずなんだよ」
「…………お前の身体を見せてみろ」
「えっ……嫌だよ……」
「勘違いするな。私がお前に散々傷をつけただろう? 腕のつなぎ目以外、顔の傷、身体の傷を見せろと言っているのだ」

 下心は感じられないが、かといって肌を見せるのはかなり抵抗を感じる。

「見せられるところだけね」

 僕は腕をまくって見せたり、リゾンの鋭い爪に引っかかれた顔の皮膚を髪をどかして見せた。
 しばらく僕の肌の様子を見ていたが、気が済んだのか観察するのを辞めた。

「本当に微塵も残っていないようだな」
「再生能力が他の魔女や魔族よりも強いみたい。ちょっと待ってて、シャーロットを呼んでくるから」
「お前の血を飲ませろ」

 相変わらずのその要求に僕は軽くため息を吐く。

「それはできない」
「二つの魔族と契約するとお前が破滅するか? あの役立たずとの契約を破棄して私と契約すればいい」
「……どうして僕にそう固執するの? 契約なんて、魔族にとっては不利な点しかないのに」
「逆だろう? お前が私に固執しているのだ」
「僕が……?」
「そうだ。お前は明らかに私に固執している。自分の気持ちを隠しながら、体裁よく私の誘いを断っている。気づかないのか? 私を見る時の目は、私を求めている目をしているのを」

 リゾンにそう言われ、確かにご主人様を重ねて見てしまっていることを再度自覚し、気まずさに目を逸らした。

「否定できないだろう? 全くの無自覚だったわけでもないはずだ。さっきも、魔術の最中に気が散っていたぞ」

 その鋭い指摘に、僕は返す言葉が出てこない。


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