罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第158話 絆

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 掴まれている肩が痛いという事実以外、僕は沢山の事実を視界に入れているはずなのに
 それでもガーネットのを僕は感じ取れていなかった。

 ――そうか……

 僕は何も見てはいなかった。
 ご主人様のことで常に頭がいっぱいで、常に何をするにもまず浮かぶのはご主人様のことばかり。
 ガーネットの心の移り変わりに気づくことができなかった。

 ――いや……

 気づかないようにしていたのかもしれない。
 いくつも気づくべきときはあったのに、それでも僕は“好き”だなんて気づかないようにしていた。
 それがどれだけ彼の心を傷つけていたか、僕には計り知れない。
 それでも……それでも僕は、自分の気持ちに偽ることはできない。それは、ガーネットも同様だ。

「お前のせいだ……お前に会わなければ、私は冷徹でいられたものを……」

 ガーネットは僕に好きだと打ち明けた反面、その感情をどう扱っていいか解らないようだった。悔しさのようなものを滲ませ、込み上げる感情をドロドロと吐き出しているのが解った。

「……苦しいんだね」

 僕はしっかりと掴まれている腕をゆっくりと動かすと、彼は僕をそれ以上強く押さえつけはしなかった。
 その少しばかり自由になった手でガーネットの傷だらけの顔に触れると、彼はどうやら震えている様だった。

「どうしたらいいか……解らないんだよね……」
「知ったような口を聞くな……」
「…………解るよ。僕だって、その気持ちを知ってる……」
「やめろ!」

 ガーネットは僕の口を塞ごうと肩を押さえていた手を僕の口へと持ってくる。勢い余った彼の指は僕の口の中へ一瞬入ってしまった。

「!」

 僕の口腔内の粘膜の感触に振れたガーネットは反射的に手を自分の方へ引き寄せ、その手を震わせていた。
 僕の唾液がわずかに彼の指について糸を引いている。

「ガーネット……」
「はぁ……はぁ……」

 なんだか彼の息が荒い。
 彼の心臓の鼓動が聞こえてくるほど激しく脈打ってるのが解る。身体が熱い。
 彼はゆっくりと、慌てて引いたその震える手で、服をめくりあげるように僕の服の中に手を入れる。
 腹部からなぞるようにガーネットの手が服の中に入ってくることに、僕は慌てた。

「ガーネット……何するの……?」
「……お前、私に何か報酬をと言っていただろう」

 彼の鋭い爪がカリカリと僕の身体をなぞると、ゾクゾクと腹部から脳まで駆け上がるような痺れる感覚がした。
 リゾンに同じことをされたときよりも過敏に反応してしまう。腰が浮いてしまい、脳が痺れる。

「ならお前をよこせ」

 抵抗するように僕は彼の腕を止めようとするが、僕の手にはどうしても力が入らない。
 それは疲れているからなどということではなかった。

「……――――いいよ」

 僕は抵抗するのをやめた。
 ガーネットの腕を掴んでいた腕の力が抜け、ベッドに自分の腕を落とした。

 ――ガーネットなら……いいかな……

「………………」

 ガーネットは何も言わず、荒げる息を必死に抑えながら彼は僕の服のボタンをゆっくりと外していく。
 暗い中でもお互いの白い肌ははっきりと見えていた。ゆっくり、首の方のボタンから下へゆっくりと下へ不器用にも外していく。
 僕の肌が露わになると、ガーネットはそれからどうしていいのか解らない様子だったが、身体を重ねるように覆いかぶさり僕の首筋に口づけをした。
 ガーネットの匂いがする。
 彼の長い髪が僕の顔にかかって、その懐かしい感覚に僕は胸からこみ上げるものを抑えきれなかった。
 僕から流れた涙はガーネットの頬に伝った。何か液体の感触を感じたガーネットは一度僕から身体を離す。
 僕の様子を見て、尚のこと戸惑っている様だった。

「……何故泣いている……?」
「ッ……」

 顔を向けたくない僕は自分の腕で顔を隠した。目元しか隠せない状態で、僕は必死に隠そうとするが溢れる涙を堪えきれなかった。

「泣くほど、嫌なのか……?」
「違うよ……そんなこと……ない……」

 どうしても、ご主人様の面影を拭いきれない自分がいた。
 いつもいつも、どんなに苦しくても抱かれるときはそのときだけは満たされていた。それが求められているという錯覚でも、僕にはもうそれしかなかった。
 それを、今目の前にいるガーネットと重ねてしまった自分のふがいなさに罪悪感を覚える。
 ガーネットに対してそれが申し訳なく、言葉にするにはあまりにも沢山の感情が押し寄せ、上手く言葉が出てこなかった。

「僕は……まだ……きちんと向き合えない……ッ……ガーネットのこと大切だよ……ガーネットならいいって思ってる……けど…………ッ……」

 泣いている僕に対して、ガーネットは僕の身体を抱き起こさせ、躊躇いながらもゆっくりと抱きしめてくれた。

「……泣くな。その言葉だけで十分だ」
「…………ガーネット……」

 僕はガーネットに抱きしめられながら泣いた。
 僕の少し鋭くなった爪でガーネットの背中をギュッとつかむと、自分の背中も痛んだがガーネットは何も言わず僕を抱きしめていてくれていた。
 それでも僕を抱きしめた時に感じる身体の暖かさに戸惑っている様だった。
 ご主人様やクロエとは違う、どこかぎこちない。誰かを抱きしめるということは彼にとって初めてのことだったのだろう。
 担ぎ上げられるのとは全く違う。
 しかし、それに対して僕は気を配れるほど余裕がなかった。ずっと独りで堪えていたものがあふれ出し、涙はとめどなく出てくる。

 ――会いたいよ……そばにいさせて……苦しい……ご主人様……――――

 ガーネットはただ僕のことを強く抱きしめてくれた。彼の鼓動が伝わってくると、彼が生きていることを感じられた。
 いつもよりも激しく脈打っている彼の鼓動をただ成すすべなく感じ、抱きしめていた。

「お前のことが“好き”だ。誰にも渡したくない……私があの男のことなど忘れさせてやる。私を選べ」

 躊躇いながらも、ガーネットは僕にそう言う。
 自分を選べと言いながらも、どこか自信なさげに聞こえた。

 ――あぁ……そうなんだ……ガーネット。やっと“好き”って気持ちが解ったんだね。でもなんで僕なんだろう。僕は……僕は…………

「はは……ガーネット……卑賎な魔女風情などとは……ありえないって言っていたのに」

 泣きながら、僕が笑うと抱き留める力が少し強くなった。

「お前が私をこんな風にしたんだぞ。お前と出逢わなければ私は……こんな気持ちにならずにあのとき死んでいたのに……私を生かしたのはお前だろう。だったら私のこの先の責任を持て。私はお前の眷属なんだぞ……!」

 ガーネットのそんな激しい声に僕は更に涙を流した。怒って声を荒げているときとは全然違う激しさがその声にはある。
 決死のその告白に僕は真摯に向き合わなければならないと感じた。

「解ったよ……好きになってくれてありがとう。僕もガーネットのこと好きだよ。ガーネットがいなかったら僕はここまで来られなかった。本当にありがとう」

 僕はガーネットの深い傷痕が残る頬に、躊躇いながらも口づけをした。僕が唇を離すと彼の顔が見えた。
 彼も、今にも泣きそうな顔をしている。

 ――泣きたいなら、泣いてもいいのに

 そう思いながら、彼の金色の髪を撫でた。以前なら「触れるな!」と手を弾かれたのに。

「身体の異常を隠したのは……お前が私との契約を打ち切って……離れていってしまうと思ったからだ……」
「そうだね……ガーネットが危険なら、僕は解決できる方法を探す」
「そんなことしなくていい!」

 僕の手を掴み、握り締めた。
 まるで僕が逃げないように必死に繋ぎ留めるかのように。

「お前に助けられた命だ……お前の為に全て使う……」
「……ガーネット」

 僕の右手を掴んでいるガーネットの手を、左手でそっと包み込む。やはりまだその白くて細い手は震えている様だった。

「僕らは契約で繋がってるわけじゃない。確かな絆が僕らにはあるんだよ」
「絆……?」
「それは……きっかけは契約だったけど、今はそれだけの関係じゃないと僕は思ってる」

 ずっと怯えていたガーネットの震えが、その言葉で安心したのか止まった。肩からも力が抜けたのか、若干緊張していた身体の力が抜けたようだった。

「ずっと我慢させてごめんね」
「……そうだぞ。お前のせいで……私はいつも気が気ではない……」

 言葉を吐く度にガーネットは気が楽になって行くのか、落ち着いた様子で話す。

「……もういい。服を着ろ」

 先ほど自分が脱がせようとした服から目を逸らし、ガーネットは恥ずかしそうに目元を押さえた。
 言われた通りに僕は外されたボタンを再びかけなおす。なんだか僕も恥ずかしい。今までは何の意識もしていなかったが、ガーネットを意識すると妙に恥ずかしく感じた。
 お風呂で一緒に入った事もあるのに。と、余計なことを思い出すと余計に恥じらいを誘った。

「エルベラをフッたときの“お前のせい”っていうのは……その……契約していて離れられないからっていう意味じゃなくて……僕のことが好きだからって意味だったの……?」
「いちいち確認するな……そうだ」

 服を着終わった僕の方を改めてガーネットがこちらを向く。いつも血色のない白い肌をしているが、今の彼は顔が若干赤らんでいるのが解る。
 そして出会った頃には死んだような目をしていたが、今はわずかに光が灯っているように見えた。

「他のことを言うなら……その……“死の見えざる手”を使わなかったのは…………お前のことが気になって、祈りに集中できないと思ったからだ」
「……そうだったの……ごめん」

 ガーネットの気も知れず、無神経なことを言ってしまっていた。


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