罪状は【零】

毒の徒華

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最終章 来ない明日を乞い願う

第183話 ご主人様との出会い

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【ノエル 2年前】

 僕はいつも通り、鎖につながれていた。
 冷たい鎖の感触が、もはや自分の体の一部のように感じる。魔女の声や足音がすると僕は身体を硬直させ、心を閉ざし、早くそれが終わってほしいと願っていた。
 も僕は牢屋に近づいてくる足音を聞いて自分を閉ざした。
 膝を抱え込み、僕はひたすらに耐える姿勢をとる。その際にいつも聞きなれたジャラジャラという音が響く。
 僕が早く終わってほしいと待っていると、いつもと様子が異なった。
 僕の牢屋の前に現れた者は僕の牢屋を照らし、しばらくそのまま立っていた。

「おい、お前」

 男の声だ。
 魔女じゃない。

 顔だけあげてその声のする方を見た。
 首の鎖がジャラッ……とこすれる音だけが響く。僕は返事をしなかった。

「お前、魔女に捕まっているのか?」

 人間だ。
 銀色の髪が乱れており、魔女が人間に着せる奴隷の服を着ていた。
 その服は血まみれだ。
 僕は人間の姿を見ると、首を再び下に向ける。
 奴隷の人間が牢屋に迷い込んできたのだと思った。
 その人間も僕と同じ、散々実験をされているから血まみれなのだと考えた。

「出してやる。待っていろ」

 その銀髪の男は牢屋の鍵を開けようとしたが、牢屋の鍵はすでにあいていた。

「なんだ……あいているじゃねぇかよ」

 男は牢屋の中に入ってきて僕に近づいてくる。
 両腕、両足を鎖で繋がれていてがんじがらめにされている僕に触れようとする。
 僕は恐ろしくて黙って身を硬直させて震えていた。
 きっと魔女が僕をまた実験に使うのに、奴隷を遣わせてきたんだと思った。
 僕はまた切り刻まれて羽を毟られ、骨を折られ、得体のしれない注射をされると指の先まで硬直させて震えた。

「もう大丈夫だ。この町の魔女は全員殺したはずだ。もうこんなところにいる必要はない」

 ――嘘だ。そんな言葉に騙されない。僕は……僕は……

「なんだ? 喋れないのか?」

 その人間の奴隷の男は怯える僕の鎖を丁寧に外し、鎖を断ち切る道具で僕の手枷と足枷、首の鎖を無理やりに切った。

「こっちにこい」

 僕はその人間の男に連れられるまま、不安な足取りで歩いてつれられていった。
 その道中、魔女の死体が沢山転がっているのが視界に入る。僕に実験を何度も何度もした魔女たちは全員血を流し死んでいた。

「なんだ、その女は?」

 武装している他の人間が息を切らして僕らの前に現れた。僕を見てその人間はそう問う。

「牢屋に繋がれていた」
「牢屋? なんで魔女がそんな女を牢屋なんかに入れるんだ?」
「知るかよ。どうでもいいだろ」
「血がべったりついてるじゃねぇか。それに病人が着るような服着て……赤い眼……不気味だ」
「うるせぇな、なんでもいいだろうが」

 銀髪の男は僕を引っ張って歩く。
 血まみれで倒れている魔女が折り重なっているのが見えた。

 ――なんで……

 血生臭いその廊下を抜けると、正面の大扉があった。
 その扉を開けると、僕の目には一番に満月が出ているのが見えた。
 月など、何年ぶりに見ただろうか。
 やけにそれが美しく僕の目には映った。



 ◆◆◆



「風呂に入れ」

 魔女の死体がまだ転がっている家の中、男は風呂を沸かしていた。
 何が起きたのかまるで解らない。僕はただ、まだそれが手の込んだ嘘なのではないかと硬直し動けないままだった。

「どうした、服の脱ぎ方が解らないのか?」

 男が僕の身体に触れようとした。
 ビクリと身体が反射的に反応し、やはりなにかされるのだと身体をこわばらせ目をきつく閉じた。

「…………余程、ひでぇ目に遭ったみてぇだな……なんもしねぇよ。風呂だ。風呂。俺も入るし、お前も入るんだよ」

 人間の男はギュッと目を閉じている僕の服に手をかけ、脱がそうとする。
 肩の部分がボタンで簡単に外れる服だった。パチンパチンとそれを外すと、僕は簡単に裸になった。
 裸になるときはいつも実験台に乗せられて切り刻まれるときだけだ。
 僕は怖くて身体を更にこわばらせた。
 男も僕の左半身にある翼を隠した際の模様を見て動きを止める。

「お前……この傷……それに模様……なんなんだ……?」

 僕は相変わらず答えられない。

「まぁ、いいけどよ。ほら、こっちこい」

 暖かいお湯を頭からかけられて、乱暴に髪の毛を洗われる。
 ずっと洗っていなかった僕の髪は、血がべったりと染みつき黒色になっていた。
 お湯で血が洗い流されて行くと元々の赤色が顔を覗かせる。
 身体も血まみれだったが、男は丁寧に身体を洗ってくれた。血が落ちるとべったりと顔や体に張り付いていた髪の毛が軽くなった。
 右の背中にある大きな傷も、男は不思議そうに見ていたが僕が何も答えないため聞いてこなかった。
 ひとしきり僕の身体を洗い終わった男は一息ついて、僕と目を合せようと顔を覗き込んでくる。
 僕は目を合せると酷い目に遭わせられると刷り込まれていたので、必死に目を逸らした。

「そんな顔すんなよ。なんもしねぇって」

 風呂場から出て、身体を拭く布を男は持ってきた。
 僕の髪の毛から丁寧に拭き始める。洗ったとはいえ、まだ僕の髪についている血液がお湯で溶けて布に茶色くうつった。
 念入りに髪を拭いた後、身体を軽くふくと男は替えの服を差し出してきた。

「ほら。服着ろ」

 差し出してくるその服を、僕はおずおずと手に取った。
 人間の奴隷が着る服だった。
 それでも、僕が実験に使われるときに着せられていたあの服よりはずっとましだ。
 服を受け取ったままなかなか着ようとしない僕に、男は業を煮やして服を着せた。

「服の着方も解らないのか? まいったな……つーかその前に言葉解るか?」

 その問いに、僕はゆっくりと頭を縦に振る。

「なんだ、解るなら返事くらいしろよ……」

 男は服を脱ぎ、自らも風呂に入る準備を始める。
 男は僕に風呂場から出て行くように言った。
 言われるがまま僕は風呂場から出て、その家の中を見ていた。

 セージの家のような本が山積みになっている訳でもなく、家具が豊富なわけでもなく、何もない家だ。
 僕は言われた通りに風呂場から出た場所で待っていた。
 男が身体の血を洗い落とし、風呂場から出ると出た場所に僕がいたことに驚いたのか「お前、ずっと立ってたのか?」と言う。
 男は髪を布で乾かしながら、適当な血のついていない椅子に座る。

「お前も座れよ」

 そう言われた僕は、その場にしゃがみこんで座った。

「床にじゃねぇよ。椅子に座れ」

 ビクビクしながら僕は男の正面にあった椅子にゆっくりと腰を下ろした。
 椅子というものに座るのはいつ以来だろうか。久しく椅子というものに座っていない。

「お前……名前なんていうんだ?」

 呪われた名前だと魔女に言われ続けていた僕は、自分の名前を答えられなかった。


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