186 / 191
最終章 来ない明日を乞い願う
第185話 彼から返事はない
しおりを挟む【ノエル 現在】
まるですべてが夢だったのではないかと感じた。
実は僕はまだ幻術の中にいて、独り牢屋の中で震えているのではないかとふと思った。
腕を少しばかり動かすと、腕や首についていた枷は外れてなくなっていることに気づく。
思い出せるだけのことを思い出すと、あれは幻術にしてはあまりに生々しく身体の痛みがあったし、あの雨の冷たさもけして夢ではないと考えた。
――ここは……拠点の僕の部屋……?
僕は身体を起こした。
身体の痛みや傷は嘘のように治っている。
あの激しい戦いはやはり嘘だったのではないか。
その思いにかられるが、僕の右側には今までなかった右翼がついていた。
自分の右翼に触れると、真っ先にガーネットのことを思い出す。
自分が気絶してどれだけ経ったのか解らないが、僕はベッドから出た。
服は着換えさせられていて翼人が着る服を着ている。
階段を急いで降りると、下にはクロエ、キャンゼル、シャーロット、アビゲイルがいた。キャンゼルはどうやら目が覚めたらしい。
時間はどうやら朝だ。外から日が入ってきて影を長く伸ばしている。
目覚めた僕を見て、全員が僕の名前を叫ぶように言いながら抱き着いてきた。特にシャーロットとクロエは泣きながら僕を抱擁した。
「ノエル……随分長く眠っていたんですよ?」
「どのくらい……?」
「14日程です」
随分僕は眠っていたらしい。
僕は抱擁されている間にも辺りを見回して彼を探した。こんなときにいの一番に僕のところへくる彼がいない。
「ねぇ、ガーネットは? ガーネットはどこ?」
クロエやシャーロットが目を一瞬見開くが、顔を背けて何も言ってくれない。
嘘だ。
あれは悪い夢だっただけだ。
僕を置いてどこかに行ってしまうはずがない。
「ガーネット? どこ?」
まだおぼつかない足取りで、僕は彼の名前を呼びながら辺りを探す。
扉を開き外に出て見回してみるが、彼の姿はない。
「ノエル、彼は……」
「解った。部屋にいるんでしょう? 疲れて僕みたいに眠ってるんだ」
シャーロットの言葉を最後まで聞かずに、僕はガーネットの部屋へ足を進めた。
「行かせていいのかよ」
「…………」
クロエとシャーロットが話をしているのが後ろで聞こえた。階段をあがるにつれて彼女たちのその声はすぐにも聞こえなくなった。
僕はガーネットの部屋の前まできて扉を叩く。
コンコンコン………
「ガーネット、いる? 入っていい?」
……返事がない。
僕は心臓が止まってしまうのではないかという程の緊張感を感じていた。
ゆっくりと扉を開くと、白い肌が傷だらけの金髪の青年が横たわっているのが見えた。
「なんだ、ガーネットいるなら返事してよ……」
珍しく仰向けで横になっている。
彼の千切れた右腕は丁寧に縫合されてくっついていた。僕は彼のベッドの隣の椅子に座る。
血などはついておらず、彼はいつも通りの様子に見えた。
「いつまで寝てるの? 起きてよ」
僕は彼の左肩に触れた。
冷たい。
――そうか。肩のところにかけ布がなくて冷えちゃったんだ
僕はガーネットの胸のあたりまでしかかかっていなかった布を、肩までかけてあげた。
「…………ガーネット、聞いてる?」
彼から返事はない。
きっと、僕が契約を何の断りもなく破棄したから怒っているんだ。
だから僕に意地悪して返事をしてくれないんだ。
自分に言い聞かせるようにそう何度も考える。
「ガーネット、あのね……契約を破棄したことは……怒ってるよね。ごめん」
彼から返事はない。
「謝罪じゃ済まないって言ってたよね。そう思うよ。じゃあ……どうしたらいい?」
彼から返事はない。
「その…………僕ら、異界に行って伴侶になるって話でしょ……? その……できれば少し町から離れた静かなところに住みたいんだ……いい? それともガーネットの家がいい?」
彼から返事はない。
「………………」
ついに僕の目から涙が溢れだした。
「っ……うっ……返事……してよ…………ッ……ガーネット…………」
僕は彼の左手を握った。
冷たく、爪は鋭く硬い。
彼の手に触れると、最期につないだ手と、彼の言葉を思い出す。
――過去―――――――――――――――――
「ノエル……お前を“好き”になって……よかった……生きろ……お前が……この世界を変えるんだ……」
――現在―――――――――――――――――
彼の最期の笑顔、最期の言葉を思い出して、尚更僕は辛かった。
涙がとめどなく溢れてくる。
あれは悪い夢ではなかったのだ。
しばらく僕はガーネットの側で泣いていたが、ようやく涙を出し切って止まった頃、僕は立ち上がってガーネットの額に口づけをした。
「約束通り、僕が世界を変えるよ」
彼の金髪にそっと触れ、僕は扉から出て再び下へ降りた。
泣きすぎて瞼が少し腫れている僕を見て、下にいた魔女たちはかける言葉が見当たらないようだった。
「リゾンやレインは?」
「レインはあなたの主の元です。魔族たちは異界に帰ってもらいました」
ご主人様のことを、気絶する間際に見たような気がしたのを思い出す。
「…………ご主人様は……ゲルダの城に来た?」
「……ええ」
「それで……彼はなんだって……?」
「あなたを渡せと……連れて帰るからと聞きませんでした」
「…………それから?」
「リゾンはあの人を殺そうとしましたが……レインが間に入って、事なきを得ました……」
「……彼は無事なの?」
「はい。ご自宅にいます」
「その後の様子は……?」
「…………あなたが望んだように、あなたはもう戻らないのだと説得を続けました。あなたは……ガーネットと伴侶になるのだから、もう諦めてほしいと……説得を続けました」
「………………」
すぐ傍らで絶命している者の伴侶になると説明されて、それで納得するわけがないと容易に想像ができる。
「……諦めた?」
「いいえ。まだあなたの帰りを待っています」
「……そう」
「もう、脅威は去りました。魔女たちも落ち着きを取り戻しています。これからは人間と良い関係を築いていけばいいのではないですか? もう……魔女を縛る必要も――――」
矢継ぎ早にシャーロットがまくし立てるのを僕は遮った。
「駄目だ。当初の予定通り、魔女の心臓で魔女を縛る。世界も作る」
「……もう、ゲルダの心臓も残っていませんし……アナベルもいません……」
「できるよ。解ってるでしょ?」
悟り切った僕の口調に、シャーロットは涙ぐんでいる。
クロエもいたたまれず険しい表情をしていた。
「やめろ、ノエル……どうしてお前がそこまでするんだ? もう十分色々なものを犠牲にしてきただろ、どうしてお前が……これ以上……」
キャンゼルは泣いていた。
アビゲイルもボロボロと涙を流して、声を殺して泣いている。
「クロエ……黙っていたことがある。数人の……いわゆる僕らだけは例外的にこの世界に残るよう手配しようと言ったけど……魔女は全員世界を隔てるって決めてたんだ。僕は……異界に行こうと思ってた」
「…………それでいいから、お前は異界に行けよ……」
クロエは反対すると思ったが、ただ泣きながら僕を抱きしめた。
「お前が犠牲になって心臓を使う必要ないだろ……?」
「もう……それしかないんだよ」
僕は、自分の心臓を使うしかない。
もうゲルダの亡き今、僕の心臓を使う他に方法はなかった。
「大丈夫……ガーネットと約束したから。僕が世界を変えるって」
「お前が生きていればこそだろ……やめてくれよ……」
「……生きて世界を変えるって約束だったけど……前半は守れそうにないや」
その場にいる僕以外の者は全員泣いていた。
クロエは僕の堅い覚悟が伝わったのか、嫌がりながらも強く止めようとはしない。
「僕はレインをつれてくるね。あの町には魔女除けを張り直してから異界に行って……魔力を貸してくれる者を連れて戻ってくる。魔術式の準備してて」
「それはもう、済んでいます。ノエルが眠っているときに、用意しておきました……」
「そう……」
僕は彼女たちに背を向けて、ご主人様のいる家へ行くために外にでた。
両翼を羽ばたかせてみる。
自分の翼で飛ぶのは、幼いころにした以来だ。あの頃よりももっと翼は大きくなっていたし、飛ぶ感覚が解らない。
思い切り羽ばたかせてみたら、僕の身体は浮かび上がる。
思っていたよりも自分の本能のようなものが飛ぶことを覚えていたようだ。
高く羽ばたきあがると空から見る景色を僕は眺めた。その世界は美しく見えた。
森林や、砂漠、遠くに見える町、それらが美しい。
世界は、残酷なほど美しく見える。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる