正直者

さとー

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   ある森の奥に夫婦が住んでいた。男は木こりをしており、仕入れた木材を、毎日のように街の市場に売りに行くのであった。また女は、夫が出かけている間に料理洗濯といった家事をやり、その合間を縫って、余った木材を使って、小物を作るのが趣味であった。この夫婦の性格はともに穏やかで優しい人柄であった。強いて欠点を挙げるのならば、夫婦の顔面が少々不細工であったことであろう。しかし、森の奥に住んでいる点。お互いの性格から、このことが原因で喧嘩になることはなかった。
   ある日のこと、男はいつものように、木材を仕入れに森に入って行って、木を切っていた。しかし、その日は、少し気が抜けていたのか、手にしていた斧が手から抜けて、近くにあった池に落ちてしまった。すると池の中から、この世の者とは思えない程の絶世の美女が両手に斧を携え現れた。男は驚き、腰を抜かし、その場に座り込んだ。また、その美女の美しさに目を奪われていた。美女は、
「あなたが落としたのはこの金の斧ですか。それともこの銀の斧ですか。」
と尋ねた。男はその言葉で正気を取り戻し、
「いえ、私が落としたのはもっと古くて汚い、鉄の斧です。」
と答えた。すると美女は、
「貴方は、たいへん正直な方ですね。私は、貴方のような正直者が好きです。気に入りました。貴方にこの金の斧と銀の斧を与えましょう。」
そう言って、池のほとりに金の斧と銀の斧を置いて消えた。男は呆気にとられながらも、両の手で金の斧、銀の斧を持ち帰った。普段よりも早い帰宅に、妻は驚きながらも夫を向かい入れた。そして、男の持ち帰った土産を見て、驚いた。
「あなた、一体どこでそれを仕入れなさったのですか。まさか、あなたに限って盗みを働くなんてことはないとは思いますが…」
女はそう言って、男を不審がった。男は、それまでのいきさつを話した。話を聞いて女は、
「なんと、不思議なことですね。でもそれもきっとあなたの日頃の行いの良さですよ。」と言って、男を褒めた。しかし、その言葉は男の耳をただ通り抜けるだけであった。なぜなら、男の頭の中は、昼間の美女のことで頭がいっぱいであったからである。
   それからというもの、男は美女に会いたいがために、家にある物を毎日一つずつ持って行っては、金銀に替えていった。毎日金銀を持ち帰る夫に対して、妻も大いに喜んでいた。しかし次第に、男の、心ここに在らずな姿を見て、不安になり始めた。
   ある日、女は夫の跡を追って真相を確かめに出掛けた。男は、いつものように、家から持ってきた品を池に放り投げた。すると、これまたいつものように、美女が出てきた。物陰から見ていた女は、この美女に大層驚いた。また、深い嫉妬の念に駆られた。
   その日の晩、女は男に、もう美女のところに会いに行くのはやめて欲しいことを伝えた。
「あなた。もうこれ以上あの女のところへ行くのはやめてください。妻である私がどういった感情になるかくらい察しがつくはずです。」
「何も僕は、あの美女に会いに行っている訳では無いよ。ただ家計を潤そうと思って収入を増やす副業をしているに過ぎない。君が少々過敏になり過ぎているんじゃないかい。」
「何を仰います。あなたの顔を見れば分かるのです。あなたがあの女に心奪われているのは。」
「君こそ何をいう。君がそんな嫉妬深く、薄汚い精神の持ち主だとは思わなかった。汚いのはその顔だけにしてくれ。」
男は、そう言って、家を出た。最後の一言は余計かと思いながらも、その足は自然と、あの池の方へ向かっていた。
   池まで辿り着いた男は、美女に会おうと準備していた。すると、後ろから手に刃物を持った女が追い掛けてきた。
「ねぇ、待って。お願い。私を見捨てないで。ねぇ。」
そう言って、女は男に刃物を向け、近づいた。男は恐怖から腰が抜け、ジリジリと池まで追い詰められた。
「もう限界だわ。あなたを殺して私も死ぬ。さようなら。」
そう言って女は、男に向かって刃物を振りかざした。しかし、その瞬間、女は足を滑らし、そのまま池へ落ちてしまった。すると、池から、美女が現れ、
「貴方が落としたのは、この美女ですか。それともこちらの美女ですか。」
と男に尋ねた。男は、しばらくなやんで、
「いいえ、私が落としたのはもっと不細工な女です。」
と答えた。すると美女は、ニヤリと笑って言った。
「貴方は本当に、正直者ですね」
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