投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第三章

ある日 森の中 出会った

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 『山へ行く時は、必ず熊除けの鈴を持って、できれば二人以上で歩きましょう』とか、『こぐまをみかけたら、直ちにその場から立ち去りましょう』とか。

 山がある地域の人は、一度は言われたことがあるのではないかしら?

 マグダレーンの山々も、ご多分に漏れず、くまさんは生息していて、わたしも同様のことを小さな頃から言われて育った。

 何故こんなことを言われるかというと、会わないようにするのが、お互いにとってベストだから。
 くまさんは臆病なので、そこに人がいるのが分かると、基本的には避けてくれる。


 では、現状に照らし合わせて考えてみよう。

 目の前には二匹のこぐま。
 可能であれば、気づいた段階でその場を去るのが望ましい。
 徒歩なら迷わず引き返すべき。

 でも、馬車となると話は別。
 馬は後ろに進めない。
 狭い一本道で転回するのは時間がかかる。

 親熊が出てくる方が、おそらく速い。

 それで、この配置にしたんだなぁ!と、わたしは感心していた。

 進行方向から現れたのは、こぐまたちのお母さん。
 こぐまたちは、慌てて母熊の元へ逃げていった。

 一番先頭にいるレンさんから母熊までは、十メートルは離れているように見える。

 レンさんは、剣を抜いてゆっくり上下に振っているようだ。
 親熊に逃げるようアピールしているのだと思う。

 くまさんに遭遇してしまった場合、『死んだふりは無意味』と言うのは有名な話だけど、『背中を見せて走って逃げる』のは、もっとダメだ。
 くまは、逃げるものを追いかける習性がある。

 前を向いている馬車用の馬二頭に、目隠しをしたのはこの為かしら?
 馬は怖がりだから、熊が近づけば暴れて逃げるかもしれない。
 こうなると、御者さんがどんなに制御しても無駄。
 しかも御者さんは、今馬車の中。
 手綱を握る人がいない馬車が山で暴走するとどうなるか、考えただけでも怖い事態だ。


 レンさんと母熊の睨み合いは、まだ続いている。
 ラルフさんは御者台に立って、剣をゆっくり振っている。

 このまま、親子のくまさんが逃げてくれれば、一番良い展開。

 でも、事態は良く無い方向に進んでしまった。


 母熊は、じりじりと間合いを詰めている。
 レンさんは、優しく母熊に何かを語りかけているようだけど、熊は興奮状態で威嚇を続けている。
 
 後ろに守るべきこぐまたちを連れているからかしら?

 いや。
 もしかすると、春だからお腹を空かせているのかもしれない。
 こぐま二匹に、乳も与えているのだろうし。


 冷静に状況を把握しているふりをしているけれど、正直なところは現実逃避だったりする。

 実は先程から歯の根が合わない。
 握り締められた両手は、ひどく汗ばんでいて、本能からくる恐怖に体の震えが止まらない。

 前に座る御者さんたちも多分似たような状態だと思う。
 わたしたちは言葉を交わすことも出来ず、固唾を飲んで外の様子を見守っていた。

 熊ってすごく分厚いのね!
 身長はもしかしたら、わたしと同じくらいなのかもしれないけれど、体積が五倍くらいありそう。
 剣で切りかかったら、剣の方が折れるのでは無いかしら。
 斧でも通るかどうか怪しい。
 突進されたら、車に跳ねられるくらいの衝撃がありそう。

 聖騎士のお二人が守ってくれるから大丈夫!
 勿論信じているのだけど、この配置の意味を考えてしまうと、背筋が冷たくなる。

 これは最悪の場合、馬車の中の人だけを確実に守る為の配置だ。

 母熊が前進を始めたのを見て、御者台にいたラルフさんは馬車の横、丁度わたしたちの窓の横に移動している。

 万が一、レンさんが熊にやられた場合、後ろの馬を使ってラルフさんが熊を誘導する、というのが、最悪の場合の作戦なのだと思う。
 その間に御者さんが降りて、馬車で先へ。


 怖い。
 いいえ!大丈夫。
 きっと大丈夫。
 なんとか気持ちを落ち着けようとする。
 

 今、母熊からレンさんまでの距離は、四メートルほど。
 わたしたちまでの距離が、約七~八メートルほどある。

 それまで優しく語りかけていたレンさんは、ここで剣の切っ先を前に向け、左足を前に、体を前後に開いた。
 顔の付近まで剣の柄があげられる。

 衝突は避けられないみたい。

 レンさんが、今、構えているつるぎは、ラルフさんが持っている物と同じもの。
 恐らく聖騎士に支給される剣だと思う。
 幅広で長い諸刃の剣。
 本来ならば、分厚い熊の体に太刀打ちできるかどうか怪しい。

 でも、きっと大丈夫。
 彼は絶対死んだりしない。
 レンさんが小説通りの人物ならば、恐らく。

 剣を構えるレンさんの気配が変わった。
 何かを唱えている?

 はっきりとは聞こえないけれど、呪文と言うよりは、祝詞のような響きに聞こえた。
 唱え終わると、刃の部分が燃えるように赤く変化する。

 母熊の雰囲気も変わった。
 何かに怯えているようにも見える。

 レンさんは、また何か唱え始める。

 突如、母熊はレンさんに向かって突進した。

 そのタイミングを見計らったように、レンさんは剣を前方へ突き出した。
 剣から母熊の顔面に向かって、目がくらむほどの火炎が放射。
 炎は一瞬でおさまったけど、母熊の鼻面を焼くには十分の威力だったようだ。

 母熊はその場で転倒すると、慌てて方向を変え逃げ出した。
 こぐまたちも後を追う。


 やがて静寂が訪れた。

 ……助かった。

 一拍遅れて頭が理解し、全身の力が一気に抜けた。
 御者さんたちは、笑顔でガッツポーズをしたり、お互いの肩を叩き合ったりしている。


 小説で描かれていた通りで良かった。

 レンさんは魔法が使える。
 ただ、確か魔力量はさほど多く無くて、基本は卓越した剣技で敵を倒す。


 馬車の外では、レンさんが下草に燃え移った火を消していた。
 ピンポイントに絞った炎だったからか、燃えた場所は限定的で、ブーツで踏む程度で消えたみたい。
 最後に、ラルフさんが馬車に積んでいた水を運んで行って、煙が出ている場所にざばっとかけ、完全に消化を終えた。


 戻ってきたレンさんが、馬車の扉をノックしたので、御者さんが鍵を開ける。
 扉が開くと、御者の二人はわたしに微笑みながら軽く会釈し、馬車から降りて行った。


「怖い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」


 特に表情を変えることなく、レンさんが謝罪の言葉を口にする。

 わたしの思考回路は、残念な事に、全く復旧していなかった。

 熊に遭遇した恐怖とか、自分を守ってくれる人が危険に晒されていることに対する恐れとか、初めて見る魔法の凄まじさとか、何も出来ず傍観するだけの自分の不甲斐なさとか、聖騎士二人への感謝とか。
 
 頭に中がぐちゃぐちゃで、うまく纏まらない。

 こういう時、どんな言葉を伝えれば良いの?

 レンさんは、首を傾げて、わたしの様子をうかがっている。
 表情に変化はないけど、心配してくれているのが伝わってきた。

 きっとひどい顔をしているんだろうな。
 いまだに震えもおさまらないし……。
 情けない。 


「大丈夫ですか?」

「あ……はい!」


 問われて慌てて返事を返す。
 今、わたしに出来ることは……笑顔!
 笑顔でお礼だ!


「守っていただき、ありがとうございました……」


 レンさんをしっかりみながら、可能な限りの笑顔を作ってお礼を言った……つもりだった。

 でも声が震えて、しかも最後まで言葉にならない。

 こんなつもりじゃなかったのに。
 笑顔でお礼を言うつもりだったのに、わたしの涙腺は、完全に崩壊してしまっていた。


 こちらを見るレンさんの顔色は、母熊との衝突以降、明かに悪くなっている。


「レンさんは、大丈夫ですか?」


 多分魔力切れだ。

 小説の後半に書いてあった気がする。
 確か、物凄い倦怠感が全身を襲うとか。
 

「ご心配無きよう。貴女を守るのが私の仕事です」 


 そっと差し出された右手が、わたしの左頬の涙を拭ってくれた。
 わたしは、優しいその手に左手を添える。

 無事で良かった!
 本当に良かった‼︎


「貴方が無事で、良かった!」


 泣き笑いだったけど、今度はなんとか笑顔を向けて彼に言うことができた。

 レンさんは、軽く目を見開くと、次の瞬間ほんのわずか、目を和ませた。
 大きな変化では無いけれど、わたしには、それが微笑んでいるように見えた。

 それまでとは明らかに違う表情に驚き、目を瞬かせていると、レンさんは胸ポケットからハンカチを取り出し手渡してくれる。


「ご心配頂き、ありがとうございます」


 しまった。
 呆けているうちに、逆にお礼を言われてしまった。


「それでは、出発致します」

「はい」


 扉を閉めて、レンさんは自分の馬の元へ向かった。
 ラルフさんは既に馬に乗っており、馬車の左手に付いている。

 御者さんたちは、馬車馬につけられた目隠しの布を外した後、何故だか凄く優しい笑顔でこちらを見ながら、御者台に座って出発の時を待っていた。


 全員の配置が整うと、馬車はゆるゆると動き始めた。



     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆

 いつもお読み頂きありがとうございます!
 
 作中、おや?と思われた方もいらっしゃるかと思いますが、この作品は、昨今の小説においては化石と化した、魔法使用時の呪文(祝詞)詠唱があります。
 今回は距離的に主人公まで聞こえなかったので、文としては載ってないですが、今後レン氏の魔法全文は登場予定です。(他の方のも登場します)
 そういうの要らない方もいらっしゃるかと思いますが、「まぁ作者的には必要なんだろう。作者的にはな!」位のゆるい感じで、引き続きお読みいただきたく、よろしくお願い致します。
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