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第六章
運が向いて来た? ⑴
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降臨祭を終えて、翌日の朝。
私は 書類を提出するべく、事務局に来ていました。
ミュラーソン公爵夫人のサロンが行われた晩、ジェファーソン様にダンスの誘いを断られてしまったショックから、聖堂に無断で外泊してしまいました。その件で、ミゲル補佐から 反省文の提出を言い渡されてしまいましたので。
『貴族の私が、そのようなこと!』と、多少憤りは感じましたが、私は聖女に最も近い聖女候補ですから、昨晩我慢して書きました。
今朝は、タイミング悪く 前日当直の聖騎士が任務解除になる時間と重なったようで、事務局入り口エントランスの左横に位置する神官事務室は、大変混雑しておりました。
私は、焦れて唇を噛みます。
全く煩わしいこと!
聖騎士は もう仕事上がりで、どうせ帰って寝るだけなのですから、この後仕事で忙しい私に先を譲って然るべきですわ。
貴族出身の皆様はやむなしですけれど、平民出身者まで先着順が適用されるのは、伯爵令嬢の私としては不服です。
折角、今日は早めに魔導専門学校へ向かい、ジェファーソン様を見つけて、昨日のお礼を言おうと思っていましたのに……。
そう。昨日は、素敵でしたわ。
彼は、水の傘を大きく広げて、私を守ってくださったの。
あの行動で、私、今までのジェファーソン様の行動の意味に合点がいったのですわ。
つまり、彼は照れていらっしゃったのよ。
普段慎ましやかな私が、突然大胆に彼をダンスに誘ったものだから、緊張してあのような態度になったのね。
だって、そうで無ければ、あのとき……鳥が落ちて来たとき、私だけを守るはずがないのですわ……一応、タチアナも傘の中でしたけど、接点のないあの子はオマケでしょうし……。
それに!ローズマリーさんは傘の外!
ああいった咄嗟の時に、本当の心が見えるものですわよね。うふふ。
これで、ローズマリーさんは遊ばれているだけだということが分かりましたし。
様々なことを考えておりましたら、気づけばあと一人で私の順番です。
やはり、貴族階級の聖騎士は、仕事が早くてスムーズですわ。
目の前のジャンカルロさんは、綺麗に整ったファイルを一冊神官に手渡すと、後ろの私に会釈して戸口に向かわれます。
心配していたほど 時間がかからなくて良かったですわ。
私も手元の書類を提出して、事務室を辞し事務局出口へと向かいました。
丁度そこへ、両脇に数冊づつのファイルを抱えて、クルスさんがやって来ました。
あんなにたくさん書類を持って歩くなど、粗野ですこと。落としたらどうなさるつもりかしら? 本当に平民出身者ときたら。
まぁ、あの方は、まだ小綺麗な方ではありますけれど、あのように書類を溜め込むなど、きっと仕事が遅いのですわね。
でも、今回は彼のおかげで思わぬ方向に転びましたから、許してさしあげますわ。
道を譲って口元に笑みを浮かべると、クルスさんはその場で立ち止まり、会釈をしました。
はぁ。相変わらず、仮面をかぶっているかのような無表情ですわね。聖女様は、こんな平民のどこが良いのでしょう。
腐っても聖騎士ですから、仕草は洗練されてますし、顔はそれなりに整っているのでしょうけど、黒い髪は私の領地でも忌避されていますし、口にはしませんが、趣味がお悪い。
あ、いいえ。
クルスさんの方が、聖女様をお好きだという設定でしたわね。
鼻で笑いながら、入り口のガラス扉を開けようとして、私は思い止まりました。
丁度、神官見習いの少女たちが、ローズマリーさんに泥の袋を投げつけているところが見えましたので。
制服の左肩を泥で汚され、それでもなお真っ直ぐに進行方向を見て歩き出した彼女に、若干の苛立ちを感じましたが、馬車の前で立ち止まった彼女の肩が小刻みに震えているのが見えて、自然と私の口には愉悦の笑みが浮かびました。
今出ていって更に嫌がらせを重ねても良いのですけど、私には聖女様からおおせつかった監視の仕事がありますからね。
しばらく様子を見るといたしましょう。
今日も一緒に聖堂へ向かう予定のリリアーナさんが、きちんと命令に従うか、確認しなければ。
しばし遅れて馬車に乗ったリリアーナさん。
彼女に向かって、ローズマリーさんは笑顔で挨拶をしたようでしたが、リリアーナさんはそっぽを向きました。
あら。
ローズマリーさんたら、あんなに目を見開いて、目がこぼれ落ちてしまいそう。涙を堪えていらっしゃるのかしら?
それは、飼い慣らしたと思っていた平民に裏切られるなんてショックですわよね。ざまぁですわ。
笑いが込み上げて来て、私は口元を持っていた扇子で隠しました。
ふふ。どうやら、聖女様の命令は、しっかりと浸透していっているようですわね。
昨晩、命令に背こうとした見習いの娘を懲らしめたのが、功を奏しましたわ。
相当怖かったのか、資材庫で失禁してしまったり、パニック症状を起こして大変なようでしたけど、自業自得ですわね。だって、真に聖女様の命令なのですから。
昨日の夕方、聖女様は 私と女性神官の一人をお呼びになり、指示をお与えになりました。
聖女様の発言を大まかにまとめると、『聖女候補ローズマリーは、厳密な調査の結果、男性に色目を使うふしだらな雌豚であることがわかった。当然禁制を破っている可能性が濃厚。つまり、彼女は 女神に仕えし穢れなき我ら女性聖職者全ての敵である。至急聖堂から追い出すべく行動をするべき』とのことでした。
呼ばれた女性神官は、女性職員の統括をしているカタリナさんではなく、ナンバーツーのマイラさんで、彼女は聖女様に陶酔している神官の一人ですから、この話を真摯に受け止めたようです。
しかも、調査を担当したのは、聖堂職員のアイドルでみんなの信頼も厚い、セディーさんだと言うのですから、疑う余地も有りませんわね。
私も、ローズマリーさんがクルスさんとの逢瀬から戻って来たところを、セディーさんと一緒に見ていましたし、クルスさんにアクセサリーをねだっていたところを、タチアナが見たと言う証言もありますから。
そして、私は更に、女性職員全ての監視と、状況に応じてお仕置きをするよう、仰せつかりました。
聖女様の勅令を受けた私は、即ち正義。
これまでの私の人生は、辛いことや悔しいことばかり。
伯爵家という高貴な生まれですのに、父の借金のせいで、辛酸を舐め続けて参りました。
でも、ようやく私にも運が向いて来たのです。
ローズマリーさんを、聖堂職員一丸となって追い詰め、聖女候補を辞退させる。
中途で聖堂を辞したとなれば、彼女の評判は地に落ちたも同然。当然、貴族との婚姻の道はほぼ無くなりますわ。そうなれば……。
私は再び、第一の聖女候補に返り咲き、いずれジェファーソン様とも……!
薔薇色の未来が開かれた気がしました。
だから、ローズマリーさん。
私、手加減は致しませんことよ。
女性職員一丸となって貴女を追い詰め、必ず汚いのその本性を暴いてみせますわ。
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