41 / 55
ニセ保安官
9
しおりを挟む
「ねえ、お嬢さん」
隣の席に着いた金氏婦人が、羽瀬理ちゃんに話しかける。
「知っていますか? この店に時々、保安官が食事に来ているって」
「ええ!?」
突然の事に、羽瀬理ちゃんはまともに動揺した。
しまった! ニセ保安官の事、あらかじめ話しておくべきだった。
「い……いえ……初耳です」
なんとか、羽瀬理ちゃんは誤魔化したが……
「保安官って、いつもはヘルメットで顔を隠しているでしょ。でも、ここでは素顔を晒しているそうよ。それが凄くいい男なのですって」
「そ……そうなのですか……そんないい男なら、会ってみたいですね。あ……ははは……」
誤魔化しながら、羽瀬理ちゃんがチラっと俺の方を見る。
その目は『そんな事をしたの?』と言っているようだ。俺は無言で首を横に振る。
「あら? 隣にいるのは、旦那さんかしら?」
金氏婦人は俺を指さした。
「ええ。そうです」
「あなたの旦那もいい男ね。うちのと交換しません?」
「ダメです!」
羽瀬理ちゃんが、渡すまいと俺にしがみついた。
「冗談ですよ。ところで、保安官が来るようになってから、ここのウエートレスさんが、舞い上がっちゃってね。もうすっかり恋する乙女」
不意に羽瀬理ちゃんが、俺を睨みつけてきた。
これは……中野刑事と同じ誤解をしたな。
「あら? ウワサをすれば」
金氏婦人がそう言ったのは、新たな来客が入ってきたとき。昨日見たニセ保安官だ。
「あの人が保安官ですよ」
「え?」
羽瀬理は目を丸くして、ニセ保安官と俺を見比べた。
やれやれ……とりあえず、隣の夫婦に聞こえない小声で羽瀬理ちゃんに説明した。
「卓也さん。逮捕しなくていいのですか?」
「逮捕しようにも、法律が整備されていないのだよ」
札幌の方でも、頭を悩ましているらしい。軽い冗談で『俺が保安官だあ!』などと言っただけで逮捕しなきゃならないのか? それとも保安官と名乗った上で、何か犯罪行為をするまで待つか?
「早くしないと、萌ちゃんが可哀そうです」
「分かっているけど……」
それにしても、この男はなんでこんな事を? 保安官の詐称は罪にならなくても、かなり危険な行為だ。俺が保安官だという事を隠しているのは、報復の危険があるから。
こんなところで自分が保安官だなんて言ってると、俺に殺処分されたり逮捕された人間の身内が……あかん。案の定来た。
ガラの悪い男が五人ほど店に入って来たのだ。
「おお! 保安官はどいつだ!?」
リーダーらしき男が、叫ぶと同時に近くのテーブルを叩いて大きな音を立てた。
「キャー!」
隣で金氏婦人が悲鳴を上げる。
演技だろうな。たぶん、この夫婦かなりの戦闘訓練を積んでいるはずだから、その気になればこんな奴ら数秒で片付けられるはず。
俺も一応護身用に拳銃は持っているが、ここで使うのはできれば避けたい。ヘルメットと防弾服は、テーブルの下に置いてあるバッグの中に入っているが、テーブルの下で着替えたらさすがにばれるな……
「卓也さん」
羽瀬理ちゃんが小声で囁いた。
「いい機会です。私が注意を引きますから、その間に非常口に行ってそこで変身して下さい」
変身とはちょっと違うのだが……
「ダメだ。羽瀬理ちゃんに、そんな危ないこと……」
「でも、ここで本物が現れれば、あの人の言っている事が嘘だとみんなに分かります」
そうなのだが……
「私が保安官だが、何か用かい?」
件のニセ保安官が席を立って、男たちの前に進み出た。
「てめえが保安官か。殺された弟のカタキだ!」
ガラの悪いリーダー格の男が殴りかかってきた。
「きゃー!」
萌ちゃんが悲鳴あげる中、ニセ保安官はガラの悪い男のパンチを余裕で躱すと、その腕を掴み一本背負いでテーブルの上に投げつけた。
テーブルは大きな音を立てて砕ける。
「私にどんな恨みがあるのか知らないが、ここは店の中だ。続きは地下道でやらないか」
壊れたテーブルの上に倒れていた男がむっくりと起き上がる。
「いいだろう。表に出な」
ニセ保安官と男たちは店から出ていった。後には、壊れたテーブルが残る。誰が弁償するんだ?
「あなた。今のって?」
ん? さっきまで怯えたフリをしていた金氏夫人が、冷静な声で夫に囁くように言った。
「うむ。やらせだな」
やらせ? 俺は金氏の夫の方に声をかけた。
「あの。やらせって、どういう事ですか?」
「ああ。聞こえてしまったか。今、保安官に男が投げ飛ばされるのを見ていただろう?」
「ええ」
「あの男、保安官に腕を掴まれた直後、自分からジャンプしている。そして、テーブルの上で綺麗に受け身を取っていた。最初から投げられるつもりだったという事だ。つまり、保安官とあの男たちは最初からグル」
「グル? なんのために……」
「分からん。ここにいる誰かに、自分の力を誇示したかったようだが……」
金氏は周囲を見回す。
「この店にいるのは、私達夫婦と君たちだけだ。この四人に見せたかったのか、あるいは店員に見せたかったのか」
「あなた。もしかすると……」
何かを思いついたように、金氏夫人が口を挟んできた。
「見せつけるためじゃなくて、うやむやにするためにじゃないかしら?」
うやむや? どういう事だ?
「ちょっと店員さん」
金氏夫人が萌ちゃんを呼びつけた。
「なんでしょう?」
「あの人から……保安官さんから、お代は頂いたの?」
「大丈夫です。保安官さんは、月末にまとめて払って下さると言っていましたから」
月末にまとめて? まさか!?
「君」
俺は萌ちゃんに声をかけた。
「あの男は……保安官は今まで飲食費をどうしていたの」
「はい。ツケです。保安官さんなら信用できるし」
あの野郎、無銭飲食が目的だったのか!
隣の席に着いた金氏婦人が、羽瀬理ちゃんに話しかける。
「知っていますか? この店に時々、保安官が食事に来ているって」
「ええ!?」
突然の事に、羽瀬理ちゃんはまともに動揺した。
しまった! ニセ保安官の事、あらかじめ話しておくべきだった。
「い……いえ……初耳です」
なんとか、羽瀬理ちゃんは誤魔化したが……
「保安官って、いつもはヘルメットで顔を隠しているでしょ。でも、ここでは素顔を晒しているそうよ。それが凄くいい男なのですって」
「そ……そうなのですか……そんないい男なら、会ってみたいですね。あ……ははは……」
誤魔化しながら、羽瀬理ちゃんがチラっと俺の方を見る。
その目は『そんな事をしたの?』と言っているようだ。俺は無言で首を横に振る。
「あら? 隣にいるのは、旦那さんかしら?」
金氏婦人は俺を指さした。
「ええ。そうです」
「あなたの旦那もいい男ね。うちのと交換しません?」
「ダメです!」
羽瀬理ちゃんが、渡すまいと俺にしがみついた。
「冗談ですよ。ところで、保安官が来るようになってから、ここのウエートレスさんが、舞い上がっちゃってね。もうすっかり恋する乙女」
不意に羽瀬理ちゃんが、俺を睨みつけてきた。
これは……中野刑事と同じ誤解をしたな。
「あら? ウワサをすれば」
金氏婦人がそう言ったのは、新たな来客が入ってきたとき。昨日見たニセ保安官だ。
「あの人が保安官ですよ」
「え?」
羽瀬理は目を丸くして、ニセ保安官と俺を見比べた。
やれやれ……とりあえず、隣の夫婦に聞こえない小声で羽瀬理ちゃんに説明した。
「卓也さん。逮捕しなくていいのですか?」
「逮捕しようにも、法律が整備されていないのだよ」
札幌の方でも、頭を悩ましているらしい。軽い冗談で『俺が保安官だあ!』などと言っただけで逮捕しなきゃならないのか? それとも保安官と名乗った上で、何か犯罪行為をするまで待つか?
「早くしないと、萌ちゃんが可哀そうです」
「分かっているけど……」
それにしても、この男はなんでこんな事を? 保安官の詐称は罪にならなくても、かなり危険な行為だ。俺が保安官だという事を隠しているのは、報復の危険があるから。
こんなところで自分が保安官だなんて言ってると、俺に殺処分されたり逮捕された人間の身内が……あかん。案の定来た。
ガラの悪い男が五人ほど店に入って来たのだ。
「おお! 保安官はどいつだ!?」
リーダーらしき男が、叫ぶと同時に近くのテーブルを叩いて大きな音を立てた。
「キャー!」
隣で金氏婦人が悲鳴を上げる。
演技だろうな。たぶん、この夫婦かなりの戦闘訓練を積んでいるはずだから、その気になればこんな奴ら数秒で片付けられるはず。
俺も一応護身用に拳銃は持っているが、ここで使うのはできれば避けたい。ヘルメットと防弾服は、テーブルの下に置いてあるバッグの中に入っているが、テーブルの下で着替えたらさすがにばれるな……
「卓也さん」
羽瀬理ちゃんが小声で囁いた。
「いい機会です。私が注意を引きますから、その間に非常口に行ってそこで変身して下さい」
変身とはちょっと違うのだが……
「ダメだ。羽瀬理ちゃんに、そんな危ないこと……」
「でも、ここで本物が現れれば、あの人の言っている事が嘘だとみんなに分かります」
そうなのだが……
「私が保安官だが、何か用かい?」
件のニセ保安官が席を立って、男たちの前に進み出た。
「てめえが保安官か。殺された弟のカタキだ!」
ガラの悪いリーダー格の男が殴りかかってきた。
「きゃー!」
萌ちゃんが悲鳴あげる中、ニセ保安官はガラの悪い男のパンチを余裕で躱すと、その腕を掴み一本背負いでテーブルの上に投げつけた。
テーブルは大きな音を立てて砕ける。
「私にどんな恨みがあるのか知らないが、ここは店の中だ。続きは地下道でやらないか」
壊れたテーブルの上に倒れていた男がむっくりと起き上がる。
「いいだろう。表に出な」
ニセ保安官と男たちは店から出ていった。後には、壊れたテーブルが残る。誰が弁償するんだ?
「あなた。今のって?」
ん? さっきまで怯えたフリをしていた金氏夫人が、冷静な声で夫に囁くように言った。
「うむ。やらせだな」
やらせ? 俺は金氏の夫の方に声をかけた。
「あの。やらせって、どういう事ですか?」
「ああ。聞こえてしまったか。今、保安官に男が投げ飛ばされるのを見ていただろう?」
「ええ」
「あの男、保安官に腕を掴まれた直後、自分からジャンプしている。そして、テーブルの上で綺麗に受け身を取っていた。最初から投げられるつもりだったという事だ。つまり、保安官とあの男たちは最初からグル」
「グル? なんのために……」
「分からん。ここにいる誰かに、自分の力を誇示したかったようだが……」
金氏は周囲を見回す。
「この店にいるのは、私達夫婦と君たちだけだ。この四人に見せたかったのか、あるいは店員に見せたかったのか」
「あなた。もしかすると……」
何かを思いついたように、金氏夫人が口を挟んできた。
「見せつけるためじゃなくて、うやむやにするためにじゃないかしら?」
うやむや? どういう事だ?
「ちょっと店員さん」
金氏夫人が萌ちゃんを呼びつけた。
「なんでしょう?」
「あの人から……保安官さんから、お代は頂いたの?」
「大丈夫です。保安官さんは、月末にまとめて払って下さると言っていましたから」
月末にまとめて? まさか!?
「君」
俺は萌ちゃんに声をかけた。
「あの男は……保安官は今まで飲食費をどうしていたの」
「はい。ツケです。保安官さんなら信用できるし」
あの野郎、無銭飲食が目的だったのか!
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる