核シェルターの日常(『シェルターに逃げ込んだら、中に家出少女が棲みついていたのだが、どうすればいい?』番外編 )

クラーゲン

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ニセ保安官

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「ねえ、お嬢さん」

 隣の席に着いた金氏婦人が、羽瀬理ちゃんに話しかける。

「知っていますか? この店に時々、保安官が食事に来ているって」
「ええ!?」

 突然の事に、羽瀬理ちゃんはまともに動揺した。

 しまった! ニセ保安官の事、あらかじめ話しておくべきだった。

「い……いえ……初耳です」

 なんとか、羽瀬理ちゃんは誤魔化したが……

「保安官って、いつもはヘルメットで顔を隠しているでしょ。でも、ここでは素顔を晒しているそうよ。それが凄くいい男なのですって」
「そ……そうなのですか……そんないい男なら、会ってみたいですね。あ……ははは……」

 誤魔化しながら、羽瀬理ちゃんがチラっと俺の方を見る。

 その目は『そんな事をしたの?』と言っているようだ。俺は無言で首を横に振る。

「あら? 隣にいるのは、旦那さんかしら?」

 金氏婦人は俺を指さした。

「ええ。そうです」
「あなたの旦那もいい男ね。うちのと交換しません?」 
「ダメです!」

 羽瀬理ちゃんが、渡すまいと俺にしがみついた。

「冗談ですよ。ところで、保安官が来るようになってから、ここのウエートレスさんが、舞い上がっちゃってね。もうすっかり恋する乙女」

 不意に羽瀬理ちゃんが、俺を睨みつけてきた。

 これは……中野刑事と同じ誤解をしたな。

「あら? ウワサをすれば」

 金氏婦人がそう言ったのは、新たな来客が入ってきたとき。昨日見たニセ保安官だ。

「あの人が保安官ですよ」
「え?」

 羽瀬理は目を丸くして、ニセ保安官と俺を見比べた。

 やれやれ……とりあえず、隣の夫婦に聞こえない小声で羽瀬理ちゃんに説明した。

「卓也さん。逮捕しなくていいのですか?」
「逮捕しようにも、法律が整備されていないのだよ」

 札幌の方でも、頭を悩ましているらしい。軽い冗談で『俺が保安官だあ!』などと言っただけで逮捕しなきゃならないのか? それとも保安官と名乗った上で、何か犯罪行為をするまで待つか?

「早くしないと、萌ちゃんが可哀そうです」
「分かっているけど……」

 それにしても、この男はなんでこんな事を? 保安官の詐称は罪にならなくても、かなり危険な行為だ。俺が保安官だという事を隠しているのは、報復の危険があるから。
 こんなところで自分が保安官だなんて言ってると、俺に殺処分されたり逮捕された人間の身内が……あかん。案の定来た。

 ガラの悪い男が五人ほど店に入って来たのだ。

「おお! 保安官はどいつだ!?」

 リーダーらしき男が、叫ぶと同時に近くのテーブルを叩いて大きな音を立てた。

「キャー!」

 隣で金氏婦人が悲鳴を上げる。

 演技だろうな。たぶん、この夫婦かなりの戦闘訓練を積んでいるはずだから、その気になればこんな奴ら数秒で片付けられるはず。

 俺も一応護身用に拳銃は持っているが、ここで使うのはできれば避けたい。ヘルメットと防弾服は、テーブルの下に置いてあるバッグの中に入っているが、テーブルの下で着替えたらさすがにばれるな……

「卓也さん」

 羽瀬理ちゃんが小声で囁いた。
 
「いい機会です。私が注意を引きますから、その間に非常口に行ってそこで変身して下さい」

 変身とはちょっと違うのだが……

「ダメだ。羽瀬理ちゃんに、そんな危ないこと……」
「でも、ここで本物が現れれば、あの人の言っている事が嘘だとみんなに分かります」 

 そうなのだが……

「私が保安官だが、何か用かい?」

 件のニセ保安官が席を立って、男たちの前に進み出た。

「てめえが保安官か。殺された弟のカタキだ!」

 ガラの悪いリーダー格の男が殴りかかってきた。

「きゃー!」

 萌ちゃんが悲鳴あげる中、ニセ保安官はガラの悪い男のパンチを余裕で躱すと、その腕を掴み一本背負いでテーブルの上に投げつけた。

 テーブルは大きな音を立てて砕ける。

「私にどんな恨みがあるのか知らないが、ここは店の中だ。続きは地下道でやらないか」

 壊れたテーブルの上に倒れていた男がむっくりと起き上がる。

「いいだろう。表に出な」

 ニセ保安官と男たちは店から出ていった。後には、壊れたテーブルが残る。誰が弁償するんだ?

「あなた。今のって?」

 ん? さっきまで怯えたフリをしていた金氏夫人が、冷静な声で夫に囁くように言った。

「うむ。やらせだな」

 やらせ? 俺は金氏の夫の方に声をかけた。

「あの。やらせって、どういう事ですか?」
「ああ。聞こえてしまったか。今、保安官に男が投げ飛ばされるのを見ていただろう?」
「ええ」
「あの男、保安官に腕を掴まれた直後、自分からジャンプしている。そして、テーブルの上で綺麗に受け身を取っていた。最初から投げられるつもりだったという事だ。つまり、保安官とあの男たちは最初からグル」
「グル? なんのために……」
「分からん。ここにいる誰かに、自分の力を誇示したかったようだが……」

 金氏は周囲を見回す。

「この店にいるのは、私達夫婦と君たちだけだ。この四人に見せたかったのか、あるいは店員に見せたかったのか」
「あなた。もしかすると……」

 何かを思いついたように、金氏夫人が口を挟んできた。

「見せつけるためじゃなくて、うやむやにするためにじゃないかしら?」

 うやむや? どういう事だ?

「ちょっと店員さん」

 金氏夫人が萌ちゃんを呼びつけた。

「なんでしょう?」
「あの人から……保安官さんから、お代は頂いたの?」
「大丈夫です。保安官さんは、月末にまとめて払って下さると言っていましたから」

 月末にまとめて? まさか!?

「君」

 俺は萌ちゃんに声をかけた。

「あの男は……保安官は今まで飲食費をどうしていたの」
「はい。ツケです。保安官さんなら信用できるし」

 あの野郎、無銭飲食が目的だったのか!
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