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第一部
パーフェクト・ワールド・レイン00
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00
「おまえ、とんでもないものに手ぇ付けたなぁ」
みささぎ祭明けの学園は、まだどこか喧騒の名残がある。仕事を理由に一人成瀬が籠っていた生徒会室のドアを開いたのは篠原だった。
呆れというよりかは疲れているらしい口調に、楓寮の状態が眼に浮かんだ。
「べつに。今までもいないことはなかっただろ。ああいった手合いは」
「分かってると思うから敢えて言うけど。それとこれとは決定的に違うだろ」
会長の決済机の傍までずかずかと歩いてきたかと思えば、そのまま机の端に腰を下ろす。握っていたペンを離して視線を上げると、篠原が嘆息混じりに笑った。
「『オメガの』ハルちゃんは」
「オメガだアルファだ、そんなものがそんなに重要かよ」
オメガ潰しだ、と囁かれていたことは知っている。櫻寮は劣等種であるオメガに栄光を握らせたくなかったから、反則すれすれの手でもって優勝を奪っていった、らしい。
それの全部を全部、否定はしないけれど。
「まぁ、それは俺も賛成だけど。というか、俺だって言いたくて言ってるわけじゃないんだけどさぁ、これでも」
「じゃあ、なんだよ」
「向原と茅野が脇を固めてる櫻寮だと、感覚が狂うだろうって話だよ。まぁ、俺も楓だから、逆方向に狂ってそうだけど」
「篠原」
「んー? それかおまえも一回、ウチに来てみるか? 三年はまだともかくとして、一年と二年は結構、キてるぞ、ガチで」
「おまえ、皓太に余計なこと言っただろ」
瞬間、先程とはまた違う呆れの色を含んで、篠原が鼻白んだ。
「保護者か」
「半分は否定しない。あいつの親にも入学する前に頼まれてはいるし」
「はいはい、良いお兄ちゃんなことで。……というか、べつに余計なことではねぇだろ、余計なことでは」
やけくそ気味に篠原が言い募る。
「それに言わないほうが可哀そうだろ。そもそもとして、言わなくてもあいつは薄々ぜんぶ勘づいてるんだ。だったら、相談出来る場所の提供もかねてだな、ちょっとくらい手ぇ出しても、そんな、あれだ」
黙ったまま注がれる視線に耐えかねたのか、純粋に言葉に詰まったのか。投げやりに篠原が説明を終わらせた。
「だから、良いだろ。べつに」
「助けてやるつもりなら、もっと整えてからにしてやれよと俺は思うんだけど。どうせ、言いたいことだけ言って丸投げしたんだろ。それが可哀そうだよ。煮詰まった顔させてやるなって」
「おまえの考え方が基本的に傲慢なんだよ。そら、おまえがそこで踏ん反り返っていられる間は良いだろうよ、でもそうもいかねぇだろう。少なくとも、来年の今頃には俺らはいないわけで」
そこまで言って、ふと篠原が言葉を止めた。何かに思い当たったように。足元に落としていた視線を上げて、振り返る。
「おまえ、追い出すつもりじゃねぇだろうな」
「まさか」
それこそそんな傲慢なことをするつもりはないし、自分一人の考えで出来るとも思っていない。
「オメガにもこの学園に在籍する権利はある。俺はそれを否定するつもりはない」
いつもの顔で成瀬は微笑んだ。長年つるんでいる相手に、通用するとは思っていないけれど。
「じゃあ、オメガだっていうのを売りにのし上がろうしているところの、水城春弥には?」
案の定、篠原は、はかるように言葉を継いでみせた。成瀬も笑みだけを深くする。しばらくの間の後、篠原が小さく肩を竦めた。
「そういう意味では、最初に喧嘩を売ったのはおまえなわけだ」
「いや、あいつだよ」
「はぁ? 水城が? おまえに?」
「うん、一番最初。講堂で逢った時に」
オメガはオメガを見分けるのだろうか。アルファをすぐにそれと分かるのと同じように。
――僕と同じ匂いがする。
そう口にした少年の瞳に宿っていたのは、確かな憎悪だった。
行人には言われたことはなかったんだけどなぁ、と思って、いや、あれは『刷り込み』が完了した後だったからかと思い直す。
アルファの成瀬さん。アルファの中でも飛びぬけた能力を持つ生徒会長。そう見られるように、そう思われるようにしか生きてこなかった。
けれど、それを間違いだったとは思わない。
もはや、意地だ。そのことを自分自身が一番分かっている。けれど、それを捨てて拭い去った瞬間、自分は自分でなくなってしまうのではないかと思っている。
オメガだと分かったときに、一度、自分は死んだのだろうと思う。築き上げていたアイデンティティが崩れ落ちたという、意味では。
そこから立ち上がった先に残されていたのは、アルファとして生きる道だけだった。だから、それだけがすべてで、築いてきた。今を。
その中で、ひとつだけ予想外だったことがあったとすれば、あいつの存在だったのかもしれない。あいつ。向原鼎。自分とは違う、本物のアルファ。父と母が望んで、けれど、そうはなれなかったアルファの中でも特別なアルファ。アルファの上位種。
それは、自分が手に入れられなかったもののすべてだった。
[ パーフェクト・ワールド・ハル 完 ]
「おまえ、とんでもないものに手ぇ付けたなぁ」
みささぎ祭明けの学園は、まだどこか喧騒の名残がある。仕事を理由に一人成瀬が籠っていた生徒会室のドアを開いたのは篠原だった。
呆れというよりかは疲れているらしい口調に、楓寮の状態が眼に浮かんだ。
「べつに。今までもいないことはなかっただろ。ああいった手合いは」
「分かってると思うから敢えて言うけど。それとこれとは決定的に違うだろ」
会長の決済机の傍までずかずかと歩いてきたかと思えば、そのまま机の端に腰を下ろす。握っていたペンを離して視線を上げると、篠原が嘆息混じりに笑った。
「『オメガの』ハルちゃんは」
「オメガだアルファだ、そんなものがそんなに重要かよ」
オメガ潰しだ、と囁かれていたことは知っている。櫻寮は劣等種であるオメガに栄光を握らせたくなかったから、反則すれすれの手でもって優勝を奪っていった、らしい。
それの全部を全部、否定はしないけれど。
「まぁ、それは俺も賛成だけど。というか、俺だって言いたくて言ってるわけじゃないんだけどさぁ、これでも」
「じゃあ、なんだよ」
「向原と茅野が脇を固めてる櫻寮だと、感覚が狂うだろうって話だよ。まぁ、俺も楓だから、逆方向に狂ってそうだけど」
「篠原」
「んー? それかおまえも一回、ウチに来てみるか? 三年はまだともかくとして、一年と二年は結構、キてるぞ、ガチで」
「おまえ、皓太に余計なこと言っただろ」
瞬間、先程とはまた違う呆れの色を含んで、篠原が鼻白んだ。
「保護者か」
「半分は否定しない。あいつの親にも入学する前に頼まれてはいるし」
「はいはい、良いお兄ちゃんなことで。……というか、べつに余計なことではねぇだろ、余計なことでは」
やけくそ気味に篠原が言い募る。
「それに言わないほうが可哀そうだろ。そもそもとして、言わなくてもあいつは薄々ぜんぶ勘づいてるんだ。だったら、相談出来る場所の提供もかねてだな、ちょっとくらい手ぇ出しても、そんな、あれだ」
黙ったまま注がれる視線に耐えかねたのか、純粋に言葉に詰まったのか。投げやりに篠原が説明を終わらせた。
「だから、良いだろ。べつに」
「助けてやるつもりなら、もっと整えてからにしてやれよと俺は思うんだけど。どうせ、言いたいことだけ言って丸投げしたんだろ。それが可哀そうだよ。煮詰まった顔させてやるなって」
「おまえの考え方が基本的に傲慢なんだよ。そら、おまえがそこで踏ん反り返っていられる間は良いだろうよ、でもそうもいかねぇだろう。少なくとも、来年の今頃には俺らはいないわけで」
そこまで言って、ふと篠原が言葉を止めた。何かに思い当たったように。足元に落としていた視線を上げて、振り返る。
「おまえ、追い出すつもりじゃねぇだろうな」
「まさか」
それこそそんな傲慢なことをするつもりはないし、自分一人の考えで出来るとも思っていない。
「オメガにもこの学園に在籍する権利はある。俺はそれを否定するつもりはない」
いつもの顔で成瀬は微笑んだ。長年つるんでいる相手に、通用するとは思っていないけれど。
「じゃあ、オメガだっていうのを売りにのし上がろうしているところの、水城春弥には?」
案の定、篠原は、はかるように言葉を継いでみせた。成瀬も笑みだけを深くする。しばらくの間の後、篠原が小さく肩を竦めた。
「そういう意味では、最初に喧嘩を売ったのはおまえなわけだ」
「いや、あいつだよ」
「はぁ? 水城が? おまえに?」
「うん、一番最初。講堂で逢った時に」
オメガはオメガを見分けるのだろうか。アルファをすぐにそれと分かるのと同じように。
――僕と同じ匂いがする。
そう口にした少年の瞳に宿っていたのは、確かな憎悪だった。
行人には言われたことはなかったんだけどなぁ、と思って、いや、あれは『刷り込み』が完了した後だったからかと思い直す。
アルファの成瀬さん。アルファの中でも飛びぬけた能力を持つ生徒会長。そう見られるように、そう思われるようにしか生きてこなかった。
けれど、それを間違いだったとは思わない。
もはや、意地だ。そのことを自分自身が一番分かっている。けれど、それを捨てて拭い去った瞬間、自分は自分でなくなってしまうのではないかと思っている。
オメガだと分かったときに、一度、自分は死んだのだろうと思う。築き上げていたアイデンティティが崩れ落ちたという、意味では。
そこから立ち上がった先に残されていたのは、アルファとして生きる道だけだった。だから、それだけがすべてで、築いてきた。今を。
その中で、ひとつだけ予想外だったことがあったとすれば、あいつの存在だったのかもしれない。あいつ。向原鼎。自分とは違う、本物のアルファ。父と母が望んで、けれど、そうはなれなかったアルファの中でも特別なアルファ。アルファの上位種。
それは、自分が手に入れられなかったもののすべてだった。
[ パーフェクト・ワールド・ハル 完 ]
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