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第二部
パーフェクト・ワールド・レイン0 ②
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「俺のところに来たからちょっと相手しただけで、お礼されるようなことじゃ……」
「成瀬」
適当に流そうとしたことを咎める調子に、諦めて問い直す。
「なに? そんな怖い顔されるようなこと、してないと思うんだけど」
「あんまり、あいつとふたりで会うな。何回も言ってるだろ」
「好き好んで会ってるわけじゃないんだけどな」
「そういう場面をつくるなって言ってるんだよ」
「つくるなって、……心配するようなことじゃないだろ」
頑なな態度に、困ったように首を傾げてみせる。こういった心配をされたくはないが、いちいちそんなことを気にしているとも思われたくなかった。
今度は少し間が空いた。そうしてから、言い聞かせるように向原が語尾を強める。
「なにかあってからじゃ遅いってことくらい、わかるだろ。あいつは」
アルファで、俺がオメガだから? 覚えた苛立ちを押し隠して、きっぱりと否定する。
「なにも起こらないよ」
「あのな」
「約束しただろ?」
あの夜に、ふたりで。にこ、とほほえむと、また沈黙が生まれた。
「覚えてるとは思わなかったな」
とてもそうは見えないという皮肉には気がつかないふりで、「あたりまえだろ」と首肯してみせる。そうすれば、それ以上は踏み込まれないと知っていた。
「ここにいる俺は、アルファだから」
約束を忘れたことはないし、忘れるはずもない。この男にとっては、ただの気まぐれだったのだろうが、当時の成瀬には死活問題だったのだ。
「でも、俺も面倒ごとを起こしたいわけじゃないから、気をつける」
とってつけたように言って、窓に目を向ける。カーテンの奥にある景色が、まざまざと脳裏に浮かんだ。寮のシンボルの櫻の大木と、静やかな中庭。この場所が、好きだった。
「あと一年だしな」
ずっと箱庭の中に居残ることはできないのだから、あたりまえのことではあるのだけれど。中庭で花火をした夜が随分と昔に思えて、成瀬は目を細めた。
――そういえば、春にも同じようなこと思ってたな。
あと一年だと、この部屋で言った。相手も同じだった。そのときは、オメガだと名乗る新入生に学園中を引っ掻き回されるとは思っていなかったけれど。
とはいえ、浮ついていた空気も、みささぎ祭を終えた今は落ち着きを取り戻している。少なくとも、表面上は。
「なぁ、成瀬」
静かな声に、思索を断ち切って振り返る。向原は声同様の静かな表情でこちらを見ていた。
「その一年が終わったら、おまえはどうするんだ?」
「どうって……」
予想外の問いかけに、言葉に詰まってしまった。考えたことなどなかったからだ。
「簡単な話だろ。どこの大学に行くとか。行かないにしても、なにかしたいことがあるとか」
「どうだろうな」
言葉どおり簡単なことのように向原が言う。授業で使用しているものよりずっと高度な参考書の表紙が目に入って、成瀬は小さく笑った。
おまえはそうだろうな、と思いながら。
「まぁ、でも、そうだな。大学には行くと思うけど。そうしたら、ひとり暮らしになるかな」
体面を気にするあの人たちは進学を望むだろうし、成瀬自身にも損はない。環境が許すなら、行くつもりだ。
「そのあとも実家には戻らないかな。向原のところと違って、俺が絶対に継がないといけない家ってわけでもないし。絢美に良い縁があればいいとは思うけど」
妹に押しつけることを申し訳ないとは思うが、それが一番「らしい未来」だった。
「おまえの答えにまったくなってないだろ、それ」
呆れた顔で笑われて、「そうかな」と曖昧に首を捻る。
だって、そんなことを考えてもしかたがない。おまえとは違うのだから。すべてを望まれて、なんでも持っている、おまえとは。
「どうなんだろうな」
応じた声は、自分で想定していたよりも投げやりな響きを帯びていた。取り繕おうかと思ったが、それより早く向原が口を開いた。
冗談として受け止めることのできる最後のラインだと体現するような、いつもの顔で。
「したいこともなにもないなら、俺のところに来ればいいのに」
だから、成瀬も同じ調子を選んだ。
「なに言ってんだよ。向原にはいくらでもいるだろ」
こんな外れを引かなくても。なにせ、アルファからも羨まれる特別なアルファ様だ。それで成瀬の大嫌いな、アルファの上位種。
――そのはずだったのにな。
「なに? どうかした?」
知らず吐きそうになった溜息を呑み込んで、ほほえみかける。胸のうちのことなど微塵も匂わせない、いつもの顔で。
もの言いたげな視線を送っていた当人は、「いや」と首を横に振った。そうしてから、なんでもないことのように呟く。いつもどおりの諦めが混ざった静かな声で。
「なんでもない」
「成瀬」
適当に流そうとしたことを咎める調子に、諦めて問い直す。
「なに? そんな怖い顔されるようなこと、してないと思うんだけど」
「あんまり、あいつとふたりで会うな。何回も言ってるだろ」
「好き好んで会ってるわけじゃないんだけどな」
「そういう場面をつくるなって言ってるんだよ」
「つくるなって、……心配するようなことじゃないだろ」
頑なな態度に、困ったように首を傾げてみせる。こういった心配をされたくはないが、いちいちそんなことを気にしているとも思われたくなかった。
今度は少し間が空いた。そうしてから、言い聞かせるように向原が語尾を強める。
「なにかあってからじゃ遅いってことくらい、わかるだろ。あいつは」
アルファで、俺がオメガだから? 覚えた苛立ちを押し隠して、きっぱりと否定する。
「なにも起こらないよ」
「あのな」
「約束しただろ?」
あの夜に、ふたりで。にこ、とほほえむと、また沈黙が生まれた。
「覚えてるとは思わなかったな」
とてもそうは見えないという皮肉には気がつかないふりで、「あたりまえだろ」と首肯してみせる。そうすれば、それ以上は踏み込まれないと知っていた。
「ここにいる俺は、アルファだから」
約束を忘れたことはないし、忘れるはずもない。この男にとっては、ただの気まぐれだったのだろうが、当時の成瀬には死活問題だったのだ。
「でも、俺も面倒ごとを起こしたいわけじゃないから、気をつける」
とってつけたように言って、窓に目を向ける。カーテンの奥にある景色が、まざまざと脳裏に浮かんだ。寮のシンボルの櫻の大木と、静やかな中庭。この場所が、好きだった。
「あと一年だしな」
ずっと箱庭の中に居残ることはできないのだから、あたりまえのことではあるのだけれど。中庭で花火をした夜が随分と昔に思えて、成瀬は目を細めた。
――そういえば、春にも同じようなこと思ってたな。
あと一年だと、この部屋で言った。相手も同じだった。そのときは、オメガだと名乗る新入生に学園中を引っ掻き回されるとは思っていなかったけれど。
とはいえ、浮ついていた空気も、みささぎ祭を終えた今は落ち着きを取り戻している。少なくとも、表面上は。
「なぁ、成瀬」
静かな声に、思索を断ち切って振り返る。向原は声同様の静かな表情でこちらを見ていた。
「その一年が終わったら、おまえはどうするんだ?」
「どうって……」
予想外の問いかけに、言葉に詰まってしまった。考えたことなどなかったからだ。
「簡単な話だろ。どこの大学に行くとか。行かないにしても、なにかしたいことがあるとか」
「どうだろうな」
言葉どおり簡単なことのように向原が言う。授業で使用しているものよりずっと高度な参考書の表紙が目に入って、成瀬は小さく笑った。
おまえはそうだろうな、と思いながら。
「まぁ、でも、そうだな。大学には行くと思うけど。そうしたら、ひとり暮らしになるかな」
体面を気にするあの人たちは進学を望むだろうし、成瀬自身にも損はない。環境が許すなら、行くつもりだ。
「そのあとも実家には戻らないかな。向原のところと違って、俺が絶対に継がないといけない家ってわけでもないし。絢美に良い縁があればいいとは思うけど」
妹に押しつけることを申し訳ないとは思うが、それが一番「らしい未来」だった。
「おまえの答えにまったくなってないだろ、それ」
呆れた顔で笑われて、「そうかな」と曖昧に首を捻る。
だって、そんなことを考えてもしかたがない。おまえとは違うのだから。すべてを望まれて、なんでも持っている、おまえとは。
「どうなんだろうな」
応じた声は、自分で想定していたよりも投げやりな響きを帯びていた。取り繕おうかと思ったが、それより早く向原が口を開いた。
冗談として受け止めることのできる最後のラインだと体現するような、いつもの顔で。
「したいこともなにもないなら、俺のところに来ればいいのに」
だから、成瀬も同じ調子を選んだ。
「なに言ってんだよ。向原にはいくらでもいるだろ」
こんな外れを引かなくても。なにせ、アルファからも羨まれる特別なアルファ様だ。それで成瀬の大嫌いな、アルファの上位種。
――そのはずだったのにな。
「なに? どうかした?」
知らず吐きそうになった溜息を呑み込んで、ほほえみかける。胸のうちのことなど微塵も匂わせない、いつもの顔で。
もの言いたげな視線を送っていた当人は、「いや」と首を横に振った。そうしてから、なんでもないことのように呟く。いつもどおりの諦めが混ざった静かな声で。
「なんでもない」
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