パーフェクトワールド

木原あざみ

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第二部

パーフェクト・ワールド・レインⅢ ⑥

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 気味が悪いほどあっさりとした引き際だったが、嫌な沈黙を保っているもうひとりが気にかかって、彼へと視線を転じさせる。
 なにを言うでもなく、ただ悲しそうにうつむいたままだった少年。その彼は、取り巻きたちの慰めに言葉少なに頷いているところだった。
 ハルちゃんかわいそうに、という囁きがいたるところで響いている。

 アルファだなんだって言ったところで、オメガのフェロモンには敵わないんじゃっていう気がしてきたよ。

 つい十分前に幼馴染みがこぼしていた愚痴は、誇張でもなんでもなかったらしい。このフロアにいる一年生のうちの多くが、「ハルちゃん」にやられている。たった数分立ち入っただけだが、それでも十分に伝わってきた。

「もう行こう、ハルちゃん」

 取り巻きの少年に支えられながら、ふらりと水城が歩き出す。特別クラスに戻っていく彼らの背には、いくつもの同情的な視線が注がれていた。
 一事が万事この調子なら、同じクラスだとたしかにきついかもしれない。とはいえ、本来の皓太であれば、そつなく受け流すはずだけれど。
 そっと様子をうかがった幼馴染みは、硬い表情の行人に言葉をかけあぐねているようだった。

 ――しかたない、か。

「行人」

 近づいて代わりに声をかけると、血の気の引いた白い顔が上がる。

「すみません、成瀬さん。その、ご迷惑かけて」

 いつもどおりを心がけた殊勝な声に、成瀬は「ぜんぜん」とほほえんでみせた。そうしてから、少しほっとした顔に囁きかける。

「今日の夜、来れたら俺の部屋においで」
「え……?」

 戸惑い気味に見開かれた瞳に、もう一度ほほえんで、早く戻るように促す。昼休みが終わる時間も近づいているはずだ。

「ほら、四谷も待ってるみたいだし」

 教室のドアのところに立っている小柄な少年を指し示すと、行人はぎこちなく頷いた。

「すみません。あの、本当に、ありがとうございました」

 四谷に迎え入れられたところを見届けてから、幼馴染みに向き直る。野次馬のほとんどはもう消え去っていて、廊下からざわめきは抜け落ちていた。

「なに?」

 なにか言いたそうな視線は、ずっと感じていたのだ。尋ねると、皓太の顔に気まずそうな色が走る。

「べつに、……なにってわけじゃないけど」
「うん」
「あれ以上はどうにもならなかったと思うし」
「ごめんな。あんまり行人の評判上げてやれなくて」
「そこまで上げる気なかったでしょ。というか、いいよ。べつに。会長の評判のほうがずっと下がっただろうし」

 そうすることで観客の目を逸らしただろうと言いたいらしい。

「気づかないといいけど、あいつ」

 続いた声音は、成瀬の評判が下がったと言ってみせたときより、ずっと深刻そうだった。

「って、成瀬さん笑わないでよ。緊張感ないな、もう」
「悪い。いや、大事にしてるなって思っただけ」

 ついでにかわいいなとも思ったのだが、そちらは胸にしまっておくことにしよう。
 取り成すように「大丈夫だよ」とフォローもしたのだが、落ち着かない顔は変わらなかった。

「本当に、最近のあいつちょっとあれなんだよ」
「情緒不安定って言ってたやつのことか?」
「そう。前に俺、けっこうきつく水城とかかわるなって言ったんだけど。そのときも、わかったって頷いてたし。気をつけてると思ったんだけどな」

 大丈夫かな、とぽそりと呟く。ふと、変わると思うかと問われたときのことを思い出した。
 たった一月ほど前の話だ。
 この学園は水城の――オメガの出現で変わると思うか、と。珍しく不安そうに皓太が尋ねてきたことがあった。
 そのときも大丈夫だと成瀬は応じた。自分がいるあいだくらいは守ってやりたいと思っていると請け負った。もちろん、今もそう思っている。
 強制的に排除したいとは考えていなかったし、向こうが一線を越えない限りは静観するつもりでいた。けれど。

「大丈夫だよ」

 困惑を隠せていない幼馴染みに、成瀬はそう繰り返した。行人とはもう少ししっかりと話をしないといけないのかもしれない、と思いながら。
 強引に聞き出す必要ないと考えていたが、そうも言っていられなくなってしまった。

 ――返せよ、か。

 鍵の付いた引き出しに隠していただろうなにか。水城が持っていると思い、行人が食ってかかったなにか。
 思い当たるものは、ひとつだけだった。
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