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第二部
パーフェクト・ワールド・レインⅣ ④
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「まるで、つがいみたいだって?」
「やっぱり」
女優然としたしぐさで、水城が息を呑んでみせる。
「あの人は、僕と同じなんですね」
自分たちがつがいのようだとか、なんだとか。そういった噂が出たことは幾度もある。いずれもすぐに下火になるレベルのものだったが、流布すること自体が許しがたかった。
そんな話が出るということは、おもしろ半分であれどうであれ、疑惑を抱く人間がいるということだからだ。
どんな噂が流れても、成瀬は気にも留めないという態度を崩さない。そうしていれば、やりすごせると知っているからだ。けれど、それだけだ。
そういった目で成瀬を見る人間がいるだけで我慢ならない。そんなふうに向原が感じていたことは知らなかったはずだ。
あるいは、気がついていて知らないふりを貫いていただけかもしれないが。
そういう男なのだ。諦念に近いものを抱えたまま、内心で何度目になるのかしれない台詞を繰り返す。そういう男だった。
だから言っただろう、ともどこかで思ったけれど。
プライバシーもなにもない狭い箱庭の中で、守りきれる秘密などあるわけがない。あの約束を交わしたときから、わかっていたことだった。
それでも取り決めを守ってやっていたのは、大事だったからだ。成瀬がどう思っていようとも、向原にとって特別だったからだ。
「そう思う?」
あの男が聞けば似非くさいと評しただろう甘い声で問いかける。沈黙はほんの少しだった。ゆっくりと少年が口を開く。
「僕は――」
きっと、あの約束は果たされない。
果たされないのなら、自分が壊すべきだ。この五年、押さえつけることでなんとかやりすごしていた衝動が、目を覚まそうとしている。そのことを明確に自覚したのは、この瞬間だった。
きっかけがどこだったのかはわからない。ただひとつわかっていたのは、「お友達ごっこ」の限界を迎えようとしている、ということだった。
成瀬祥平はオメガなのではないか。そんな噂が流れ始めたのは、その翌日のことだった。
六時限目終了のチャイムが鳴ってしばらくしてから、屋上のドアが開いた。どうせ篠原あたりだろうと踏んで、フェンスにもたれかかったまま視線だけを向ける。近づいてきたのは、予想どおりの金髪だった。
「置いていったからって、昼からぜんぶサボるとは思わなかったって嘆いてたぞ。茅野」
軽口を叩きながら隣に立った篠原が、わずかに眉を下げた。
「おまえ、最近サボりすぎ。留年すんなよ」
「しねぇよ」
帰寮する黒い頭が校舎の入口から次々に排出されていく。なんとはなしにそれを眺めながら、煙を吐く。蟻の行列みたいだ。
「おまえがサボってるあいだに揉めてたぞ、本尾と成瀬」
「またかよ。こりねぇな」
「ついでに、おまえのとこの寮長とうちの寮長」
すっかり対立構造ができあがってんなという苦笑いが続く。まぁ、そうなるだろうな、と応じる代わりに、向原は違う言葉を選んだ。
「本尾に釘は刺したんだけどな、一応」
「刺すなら成瀬のほうにも刺しとけよ」
「聞くなら刺すけどな」
そう言ってやれば、「聞かねぇだろうな」と篠原が諦め半分の顔で首を振った。先ほどの茅野といい、本当に身近な人間からの信用がない男だ。
この五年でそういった諸々が積み上がった結果でしかないわけだが。
「どうしようもねぇな、あいつ」
「おまえは変わったよな」
やけにしみじみと呟かれて、向原は誤魔化すように灰を叩いた。どうしようもない過去に思考を馳せていた自覚があったからだ。
表情に出ていたとは思いたくないが、この旧友はすこぶる勘がいい。
「成瀬に会って、すげぇ変わった。それで、というか……。だから、おまえは成瀬のこと大事にしてただろ。なんつうか、これ見よがしに」
「これ見よがしって、なんだ、それ」
「それ以外にどう言えっていうんだよ。それにべつに悪いとは言ってねぇし。どっちかっていうと安心してたんだよ、俺は」
「安心?」
「おまえにもそういう感情があったんだなって」
そういう、感情。誰かに興味を持って、特別だと思うような、そういう感情。思い至る前に失笑してしまった。
「やっぱり」
女優然としたしぐさで、水城が息を呑んでみせる。
「あの人は、僕と同じなんですね」
自分たちがつがいのようだとか、なんだとか。そういった噂が出たことは幾度もある。いずれもすぐに下火になるレベルのものだったが、流布すること自体が許しがたかった。
そんな話が出るということは、おもしろ半分であれどうであれ、疑惑を抱く人間がいるということだからだ。
どんな噂が流れても、成瀬は気にも留めないという態度を崩さない。そうしていれば、やりすごせると知っているからだ。けれど、それだけだ。
そういった目で成瀬を見る人間がいるだけで我慢ならない。そんなふうに向原が感じていたことは知らなかったはずだ。
あるいは、気がついていて知らないふりを貫いていただけかもしれないが。
そういう男なのだ。諦念に近いものを抱えたまま、内心で何度目になるのかしれない台詞を繰り返す。そういう男だった。
だから言っただろう、ともどこかで思ったけれど。
プライバシーもなにもない狭い箱庭の中で、守りきれる秘密などあるわけがない。あの約束を交わしたときから、わかっていたことだった。
それでも取り決めを守ってやっていたのは、大事だったからだ。成瀬がどう思っていようとも、向原にとって特別だったからだ。
「そう思う?」
あの男が聞けば似非くさいと評しただろう甘い声で問いかける。沈黙はほんの少しだった。ゆっくりと少年が口を開く。
「僕は――」
きっと、あの約束は果たされない。
果たされないのなら、自分が壊すべきだ。この五年、押さえつけることでなんとかやりすごしていた衝動が、目を覚まそうとしている。そのことを明確に自覚したのは、この瞬間だった。
きっかけがどこだったのかはわからない。ただひとつわかっていたのは、「お友達ごっこ」の限界を迎えようとしている、ということだった。
成瀬祥平はオメガなのではないか。そんな噂が流れ始めたのは、その翌日のことだった。
六時限目終了のチャイムが鳴ってしばらくしてから、屋上のドアが開いた。どうせ篠原あたりだろうと踏んで、フェンスにもたれかかったまま視線だけを向ける。近づいてきたのは、予想どおりの金髪だった。
「置いていったからって、昼からぜんぶサボるとは思わなかったって嘆いてたぞ。茅野」
軽口を叩きながら隣に立った篠原が、わずかに眉を下げた。
「おまえ、最近サボりすぎ。留年すんなよ」
「しねぇよ」
帰寮する黒い頭が校舎の入口から次々に排出されていく。なんとはなしにそれを眺めながら、煙を吐く。蟻の行列みたいだ。
「おまえがサボってるあいだに揉めてたぞ、本尾と成瀬」
「またかよ。こりねぇな」
「ついでに、おまえのとこの寮長とうちの寮長」
すっかり対立構造ができあがってんなという苦笑いが続く。まぁ、そうなるだろうな、と応じる代わりに、向原は違う言葉を選んだ。
「本尾に釘は刺したんだけどな、一応」
「刺すなら成瀬のほうにも刺しとけよ」
「聞くなら刺すけどな」
そう言ってやれば、「聞かねぇだろうな」と篠原が諦め半分の顔で首を振った。先ほどの茅野といい、本当に身近な人間からの信用がない男だ。
この五年でそういった諸々が積み上がった結果でしかないわけだが。
「どうしようもねぇな、あいつ」
「おまえは変わったよな」
やけにしみじみと呟かれて、向原は誤魔化すように灰を叩いた。どうしようもない過去に思考を馳せていた自覚があったからだ。
表情に出ていたとは思いたくないが、この旧友はすこぶる勘がいい。
「成瀬に会って、すげぇ変わった。それで、というか……。だから、おまえは成瀬のこと大事にしてただろ。なんつうか、これ見よがしに」
「これ見よがしって、なんだ、それ」
「それ以外にどう言えっていうんだよ。それにべつに悪いとは言ってねぇし。どっちかっていうと安心してたんだよ、俺は」
「安心?」
「おまえにもそういう感情があったんだなって」
そういう、感情。誰かに興味を持って、特別だと思うような、そういう感情。思い至る前に失笑してしまった。
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