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第二部
パーフェクト・ワールド・レインⅤ ③
しおりを挟む「ふざけた名前だよな、それ」
篠原の声に、ぼんやりと眺めていた同好会申請書から成瀬は顔を上げた。
「噂の『秘密の薔薇結社』のやつだろ」
「うん。まぁ、すごい名前ではあるよな、たしかに」
古風な名称ではあるが、申請書自体は同好会結成の要件をきちんと満たしているのだ。添付された名簿にも、申請基準の十名を優に超える名前が連なっている。
――見事にアルファばかり揃えてきてはいるけど。
こうまでずらりと並べられると、苦笑しか浮かばない。学年別では一年生、所属寮は楓の記載が抜きんでて多い。同好会会長は水城春弥。
「えーと、この同好会は、第二の性を研究し、オメガにとってもアルファにとってもよりよい住環境を考えていくことを主目的として」
「読まんでいい、読まんで」
「そんな嫌そうに遮らなくても。けっこうちゃんとした申請書だぞ。適当に提出して付箋付きで返されてるどこぞの委員長に見習わせたいくらい――……」
「って、成瀬、おまえ承認してやる気か、それ」
「承認してやる気もなにも、今言ったとおりで突き返す理由もないし」
そう言って申請書を持ち上げると、篠原が盛大に顔をしかめた。自分から話題を振ったくせに、視界には入れたくないらしい。
「いや、まぁ、そら、突き返したら突き返したで揉めるだろうけど」
「会長の一存で突きとおせばいいだけだろうが」
会話に割り込んだ冷たい声に、三人きりだった生徒会室に嫌な沈黙が落ちる。
「おい、まだ喧嘩してんのかよ、おまえら」
勘弁しろよ、と場を取り成すように篠原は笑ったが、向原からの反応はない。しかたなく、成瀬が首を横に振った。
「まさか。それに、今までも職権乱用してきたつもりはないんだけどな」
「……おまえ、つい二ヶ月ほど前に、風紀からの書類しれっとぜんぶ止めてなかったか?」
「保留にしただけで、認めなかったわけじゃない」
「なんつう屁理屈だよ。おまえ、あの一年にもそのくらい強硬姿勢貫けばいいだろ」
「それとこれとは」
「違わねぇだろ、なにも」
そこでようやく、呆れきったふうに向原が口を挟んだ。
「それとも、なんだ。負けてやる腹積もりでもできたのか」
「おい、向原って」
「なんだよ。まぁ、そうじゃないって言うなら、いくらでも聞いてやるけどな」
冷めた声で切り捨てて、手元に視線を戻す。その視線は一度もこちらを向かなかった。代わりのように、もう一方からの圧が強くなる。その目は明確に「どうする気だよ」と言っている。
溜息を呑み込んで、成瀬は席を立った。
「成瀬?」
「ちょっと出てくる」
篠原に断って外に出たところで、詰めていた息を吐き出す。あの夜以来、頭が回りきっていないという感覚が抜けてくれない。
一週間も経つのに、このありさまだ。笑うに笑えない。おまけに、同じ寮で生活しているにもかかわらず、一度も行人と顔を合わせられていないのだ。
避けられているとしても、こちらから声をかけてやるべきだと思うし、皓太にも一言くらい伝えておくべきだとわかっているのだが。
――いつまでも、このままにはしておけないしな。
どちらも帰寮していておかしくない時間であることを確認して、扉から背を離す。中には戻りづらかった。
結局、篠原の言うとおりでしかないのだ。流してばかりで、向原となにひとつ向き合おうとしていない。だから、こうなってしまっている。
「祥くん!」
その声が飛び込んできたのは、廊下の角をひとつ曲がったときだった。
「皓太?」
覚えた強い違和感に、眉をひそめる。陵学園に入学してから四年、幼馴染みは頑なに自分のことを「成瀬さん」と呼んでいた。プライベートだと割り切って昔の呼び方をすることはあっても、それは、ふたりきりのときだけで。
だから、誰の目があるかわからない場所で、こんなふうに呼ぶわけがないのだ。
「お願い、ちょっと来て!」
走ってきた皓太に強く腕を掴まれて、嫌な予感がさらに膨れ上がる。
「来てって、どうしたんだ?」
「榛名がまずいかもしれないんだ」
「行人が?」
「風紀の二年に旧校舎のほうに連れて行かれたらしくて、一緒に来てほしい」
「風紀の二年って、なんで」
風紀委員に隙を与えるようなことを、行人がするだろうか。問い重ねると、さらに強く腕を引かれてしまった。
「あとで話すから、とにかく今は来て! 祥くんだったら、なんとでもできるよね」
「わか……」
「祥くん?」
なんで途切れさせたのかという苛立ちに押されるようにして、言い直す。
「わかった。行こう」
請け負うと、すぐに皓太は走り出した。焦燥を隠しもしない態度は、まったくいつもの幼馴染みらしくない。だからだ、と成瀬は自身に言い聞かせた。
だから、一秒でも早く行ってやらないといけないし、だから、生徒会室に声をかけに戻る暇はない。
あいつと無駄にやり合うなと向原に言われたことを、忘れたわけではなかった。
本心で心配しているのだということもわかっていた。けれど同時に、自分では制御できないようなところで腹が立った。おまえはオメガだからと言われているような気がしたのだ。
そのすべてを覚えているし、自分が抱える屈託を、あの男がくだらないプライドだと思っていることも知っていた。
なにかあったら頼ればいいと簡単に向原は言う。とはいえ、それがアルファの優越感からくるものではないことは知っていたし、オメガを見下しているわけではないということも知っていた。
出逢ってから、もう五年以上の月日が経っているのだ。そんな人間でないことは知っている。
それでも、どうしても、このプライドだけは譲れなかった。このプライドを捨てたら、きっと自分は自分ではなくなってしまう。そう思っていた。
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