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第二部
パーフェクト・ワールド・レインⅥ ②
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「本尾に釘刺したって言ってなかったか」
「刺した。成瀬には手を出すなってな」
あいかわらず勘がいい。自分の「した」唯一を当てられて、顔を上げる。
「そう言えば、あいつがどう動くかくらい、誰でも想像できるだろ」
「向原!」
「成瀬が直接乗り込んでくるように仕向けるに決まってる。わかりやすいよなぁ、あいつ」
本当に、わかりやすい。馬鹿らしくなってきて、おざなりに向原は続けた。
「わかりやすいで言えば、成瀬もだけどな」
「は?」
「あいつがかわいがってる人間そういないだろ。博愛主義者みたいなツラしてるけど、それだけだ」
あいつのことをよく知らない大多数は、お優しく公平な会長様だとでも思っているのだろうが、それは違う。排他的で頑固で、めったと自分の懐に他人を入れないくせに、入れたら最後、なにがなんでも守ろうとする。そんな理解できない思考回路の持ち主なのだ。
話が急に変わったとでも感じているのか、毒気を抜かれたような顔で篠原が頷く。
「まぁ、なぁ。でも、あいつはそういうやつだろ」
「このあいだもほうっておけばいいのに、わざわざ口挟んでたしな」
水城と榛名が目立つ場所で揉めていたという一件のことだ。皓太に仲裁させても大きな問題は起きなかっただろうに、自分を下げてまで守りに徹していた。
それを知ったときも、馬鹿だと思った。
「庇いたいものがわかりやすすぎるんだよ、あいつ。あの一年ふたりを会長がかわいがってるなんてことは誰でも知ってる」
構いすぎるなとも何度も言った。今のままでいいのかとも。真意を探るように向けられている瞳に、駄目押しで向原は言い放った。「つまり」
「今のこの状況で、どっちに手を出すのが楽しいかっていうだけの話」
「楽しいって……、向原。おまえな」
「俺がなにかしたわけじゃない。そうなるだろうとは踏んでたけどな。それだけだ」
「同じことだろ、静観してる時点で」
尖りを帯びた声に、「勘違いするなよ」と釘を刺す。
「俺は何度も聞いた。おまえはどうしたいんだって、な」
処理済みの箱に最後のひとつを放り入れて、小さく笑みを浮かべる。賽は投げられている。あとは、もう転がるだけだ。
「答えなかったのも、選ばなかったのも、ぜんぶあいつだ」
なにひとつ、あいつは取らなかった。
誰にも露見しないうちはふたりの秘密だと約束した。ずっとそうであればいいと思っていたから、幾度も言ったのだ。もっと気をつけろ、と。過信するな、と。
秘密を守るための最善を選んでいたつもりだ。少なくとも、向原は。
――あいつとやり合うなっていうのくらいは聞くかと思ったけど、それも聞かなかったな。
最後まで、あいつはなにも選ばなかった。
「今日も、な」
計らずとも、最後の賭けのようになってしまったが、たいした感慨は湧かなかった。近いうちにこの日がやってくると確信していたからかもしれない。
今回こそ自分の手を取るだろうか。今回こそ、今回こそは。諦めの入り混じった願望を抱く日々が、やっと終わる。
そう思うと、妙に清々しかった。
「おまえは今までどおりにしろよ」
生徒会の記章を外して机上に置く。これで本当に、最後だ。
「今までどおりって」
「あいつのそばにいたらいい」
そうでなければ困るのだ。戸惑いを御しきれていない男に、そう念を押して席を立つ。呼び止める声が響いたのは、ドアノブを掴んだときだった。
「なんだよ、今度は」
しかたない、と溜息ひとつで旧友に向き直る。陵学園に入る前から知っているが、この男は、勘もいいが、人もとんでもなくいいのだ。
そうでもなければ、これほど長い期間をともに過ごしはしない。
「おまえがどう思ってんのかは知らねぇけど、俺は……、おまえらふたりのダチのつもりだった」
「知ってる」
軽く受け流すことを選ばず、向原は頷いた。知っている。だからこの事態を予見できなかったのだろうということも。
疑念が浮かぶことがあっても、「友達」だからと信じていた。馬鹿みたいな甘さだが、嫌いだったわけではない。けれど、だからこそ。
「だから、そっち側にいろって言ってるんだよ」
最後にそう告げて、ドアノブを捻る。廊下には残り香のような甘いフェロモンが漂っていた。
鼻につく甘ったるい匂い。人間の理性を簡単にひっぺがす、暴力的なオメガのフェロモン。
うちの寮に限らず、どこの寮も今夜は荒れるに違いない。こんな匂いを浴びて、本能を刺激されないようなアルファは存在しないのだから。
嵐が、来る。
成瀬が統治して以来、歪な静寂を保っていた学園に、ひさかたぶりの嵐が吹き荒れようとしていた。
「刺した。成瀬には手を出すなってな」
あいかわらず勘がいい。自分の「した」唯一を当てられて、顔を上げる。
「そう言えば、あいつがどう動くかくらい、誰でも想像できるだろ」
「向原!」
「成瀬が直接乗り込んでくるように仕向けるに決まってる。わかりやすいよなぁ、あいつ」
本当に、わかりやすい。馬鹿らしくなってきて、おざなりに向原は続けた。
「わかりやすいで言えば、成瀬もだけどな」
「は?」
「あいつがかわいがってる人間そういないだろ。博愛主義者みたいなツラしてるけど、それだけだ」
あいつのことをよく知らない大多数は、お優しく公平な会長様だとでも思っているのだろうが、それは違う。排他的で頑固で、めったと自分の懐に他人を入れないくせに、入れたら最後、なにがなんでも守ろうとする。そんな理解できない思考回路の持ち主なのだ。
話が急に変わったとでも感じているのか、毒気を抜かれたような顔で篠原が頷く。
「まぁ、なぁ。でも、あいつはそういうやつだろ」
「このあいだもほうっておけばいいのに、わざわざ口挟んでたしな」
水城と榛名が目立つ場所で揉めていたという一件のことだ。皓太に仲裁させても大きな問題は起きなかっただろうに、自分を下げてまで守りに徹していた。
それを知ったときも、馬鹿だと思った。
「庇いたいものがわかりやすすぎるんだよ、あいつ。あの一年ふたりを会長がかわいがってるなんてことは誰でも知ってる」
構いすぎるなとも何度も言った。今のままでいいのかとも。真意を探るように向けられている瞳に、駄目押しで向原は言い放った。「つまり」
「今のこの状況で、どっちに手を出すのが楽しいかっていうだけの話」
「楽しいって……、向原。おまえな」
「俺がなにかしたわけじゃない。そうなるだろうとは踏んでたけどな。それだけだ」
「同じことだろ、静観してる時点で」
尖りを帯びた声に、「勘違いするなよ」と釘を刺す。
「俺は何度も聞いた。おまえはどうしたいんだって、な」
処理済みの箱に最後のひとつを放り入れて、小さく笑みを浮かべる。賽は投げられている。あとは、もう転がるだけだ。
「答えなかったのも、選ばなかったのも、ぜんぶあいつだ」
なにひとつ、あいつは取らなかった。
誰にも露見しないうちはふたりの秘密だと約束した。ずっとそうであればいいと思っていたから、幾度も言ったのだ。もっと気をつけろ、と。過信するな、と。
秘密を守るための最善を選んでいたつもりだ。少なくとも、向原は。
――あいつとやり合うなっていうのくらいは聞くかと思ったけど、それも聞かなかったな。
最後まで、あいつはなにも選ばなかった。
「今日も、な」
計らずとも、最後の賭けのようになってしまったが、たいした感慨は湧かなかった。近いうちにこの日がやってくると確信していたからかもしれない。
今回こそ自分の手を取るだろうか。今回こそ、今回こそは。諦めの入り混じった願望を抱く日々が、やっと終わる。
そう思うと、妙に清々しかった。
「おまえは今までどおりにしろよ」
生徒会の記章を外して机上に置く。これで本当に、最後だ。
「今までどおりって」
「あいつのそばにいたらいい」
そうでなければ困るのだ。戸惑いを御しきれていない男に、そう念を押して席を立つ。呼び止める声が響いたのは、ドアノブを掴んだときだった。
「なんだよ、今度は」
しかたない、と溜息ひとつで旧友に向き直る。陵学園に入る前から知っているが、この男は、勘もいいが、人もとんでもなくいいのだ。
そうでもなければ、これほど長い期間をともに過ごしはしない。
「おまえがどう思ってんのかは知らねぇけど、俺は……、おまえらふたりのダチのつもりだった」
「知ってる」
軽く受け流すことを選ばず、向原は頷いた。知っている。だからこの事態を予見できなかったのだろうということも。
疑念が浮かぶことがあっても、「友達」だからと信じていた。馬鹿みたいな甘さだが、嫌いだったわけではない。けれど、だからこそ。
「だから、そっち側にいろって言ってるんだよ」
最後にそう告げて、ドアノブを捻る。廊下には残り香のような甘いフェロモンが漂っていた。
鼻につく甘ったるい匂い。人間の理性を簡単にひっぺがす、暴力的なオメガのフェロモン。
うちの寮に限らず、どこの寮も今夜は荒れるに違いない。こんな匂いを浴びて、本能を刺激されないようなアルファは存在しないのだから。
嵐が、来る。
成瀬が統治して以来、歪な静寂を保っていた学園に、ひさかたぶりの嵐が吹き荒れようとしていた。
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