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第二部
パーフェクト・ワールド・レインxx ④
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本当に知らなかったのだと言ってしまえば嘘になる。けれど、知らないままでいいと思っていたことも本当だった。
そうであれば、「今」が保たれると思っていたから。少なくとも、この学園にいるあいだは。
扉が開いた音に、皓太は壁に預けていた背を離した。また、甘い匂いが強くなる。
「祥くん」
呼びかけると、うつむいていた成瀬の顔が上がった。
「大丈夫?」
なにがあっても平然とした態度を貫く幼馴染みにしては、疲れた顔色だった。とは言っても、あの状態だったのだ。無理もないのかもしれない。
皓太自身も、ヒート状態のオメガと間近で接したのははじめてだった。
「ちょっとひとりになりたいって言ってたけど、大丈夫じゃないかな。もうちょっとしたら落ち着くと思う」
「落ち着くって……」
「薬が効いたら次第に気分も落ち着くだろ。だから、大丈夫」
鎮痛剤を飲めば痛みは治まるとでもいうように、成瀬の口調は淡々としていた。
――そんな簡単な話じゃないだろ。
もしかしたら、例によって成瀬の前でだけ精いっぱい強がったのかもしれないが。
オメガの強いフェロモンに影響されないよう、アルファも抑制剤を飲むことがある。皓太も、つい先ほど茅野が持ち出してきた薬を飲んだ。けれど、多少マシになったという程度だ。
完全に影響が消えたわけではない。それで、――きっとそれは、榛名も同じはずだ。
ヒートのオメガを落ち着けるのに一番有効なのは、アルファとの性行為だ。それが誰もが知る常識だ。薬で抑えるのは非常事態の対応でしかない。
それなのに。
「茅野にも話は通したし、あんまり心配しなくていいよ」
妙に苛立った気分のまま、皓太は問いただした。
「それは、このまま祥くんが相手するってこと?」
「面倒を見る気がないなら、突き放してやるべきだって言ったのは皓太だろ?」
「そう、だけど」
あっさりと切り返されて不承不承頷く。けれど、もやもやとしたものは消えなかった。なんでこの人はこうなんだ。
こう、なにも変わらないんだ。
「だから、俺はなにもしないよ」
「このタイミングで、俺がこんなことを言うのはずるいってわかってるけど」
「なに?」
「榛名は、祥くんのことが好きだと思うよ」
なんで俺がこんなことを言わないとならないんだ。そうも思うが、この人に助けを求めた時点で、答えは出ていたのだ。
榛名が求めている誰かは、自分ではない。
そのことを皓太は知っていた。ずっと近くで見ていたからだ。
成瀬はなにも言わなかった。否定の言葉を聞きたかったのか、あるいは、もう振ったとでも言われたかったのか。わからなくなって、皓太は深く息を吐いた。
そうして、胸に残っていたもうひとつの疑問を口にする。
「なんで急にきたんだろう」
ヒートのことだ。この四年間、榛名はちゃんと「ベータ」として生活を送っていたのに。
また少し間があったが、今度はちゃんと返事があった。
「今までは、しっかり管理できてたんじゃないかな、抑制剤で」
「抑制剤?」
首を傾げると、成瀬が曖昧な笑みを浮かべた。ふと甘い匂いがしたような気がして、口を閉ざす。
視線を感じたのか、「移ったのかな」と成瀬がブレザーを気にするそぶりを見せた。あれだけ密着していれば、榛名の匂いが移ったとしてもなんらおかしくはない。そう得心して、皓太は問い直した。
「抑制剤って、……そういえば、旧校舎に入る前にも祥くん言ってたよね。榛名、最近ちゃんと薬飲んでたかって」
「うん。ところで皓太は、オメガがどうやって日常生活を送ってるか知ってる?」
「どうやってって……」
ベータに擬態して平穏な生活を送るにあたって不要なのは、発情期だ。それを抑え込むために必要なものが抑制剤。彼らはそれを毎日服薬することで、「ベータ」として生きている。
その抑制剤での管理が、なぜ急にできなくなったのか。思い当たった可能性に、声が険しくなる。
本当に知らなかったのだと言ってしまえば嘘になる。けれど、知らないままでいいと思っていたことも本当だった。
そうであれば、「今」が保たれると思っていたから。少なくとも、この学園にいるあいだは。
扉が開いた音に、皓太は壁に預けていた背を離した。また、甘い匂いが強くなる。
「祥くん」
呼びかけると、うつむいていた成瀬の顔が上がった。
「大丈夫?」
なにがあっても平然とした態度を貫く幼馴染みにしては、疲れた顔色だった。とは言っても、あの状態だったのだ。無理もないのかもしれない。
皓太自身も、ヒート状態のオメガと間近で接したのははじめてだった。
「ちょっとひとりになりたいって言ってたけど、大丈夫じゃないかな。もうちょっとしたら落ち着くと思う」
「落ち着くって……」
「薬が効いたら次第に気分も落ち着くだろ。だから、大丈夫」
鎮痛剤を飲めば痛みは治まるとでもいうように、成瀬の口調は淡々としていた。
――そんな簡単な話じゃないだろ。
もしかしたら、例によって成瀬の前でだけ精いっぱい強がったのかもしれないが。
オメガの強いフェロモンに影響されないよう、アルファも抑制剤を飲むことがある。皓太も、つい先ほど茅野が持ち出してきた薬を飲んだ。けれど、多少マシになったという程度だ。
完全に影響が消えたわけではない。それで、――きっとそれは、榛名も同じはずだ。
ヒートのオメガを落ち着けるのに一番有効なのは、アルファとの性行為だ。それが誰もが知る常識だ。薬で抑えるのは非常事態の対応でしかない。
それなのに。
「茅野にも話は通したし、あんまり心配しなくていいよ」
妙に苛立った気分のまま、皓太は問いただした。
「それは、このまま祥くんが相手するってこと?」
「面倒を見る気がないなら、突き放してやるべきだって言ったのは皓太だろ?」
「そう、だけど」
あっさりと切り返されて不承不承頷く。けれど、もやもやとしたものは消えなかった。なんでこの人はこうなんだ。
こう、なにも変わらないんだ。
「だから、俺はなにもしないよ」
「このタイミングで、俺がこんなことを言うのはずるいってわかってるけど」
「なに?」
「榛名は、祥くんのことが好きだと思うよ」
なんで俺がこんなことを言わないとならないんだ。そうも思うが、この人に助けを求めた時点で、答えは出ていたのだ。
榛名が求めている誰かは、自分ではない。
そのことを皓太は知っていた。ずっと近くで見ていたからだ。
成瀬はなにも言わなかった。否定の言葉を聞きたかったのか、あるいは、もう振ったとでも言われたかったのか。わからなくなって、皓太は深く息を吐いた。
そうして、胸に残っていたもうひとつの疑問を口にする。
「なんで急にきたんだろう」
ヒートのことだ。この四年間、榛名はちゃんと「ベータ」として生活を送っていたのに。
また少し間があったが、今度はちゃんと返事があった。
「今までは、しっかり管理できてたんじゃないかな、抑制剤で」
「抑制剤?」
首を傾げると、成瀬が曖昧な笑みを浮かべた。ふと甘い匂いがしたような気がして、口を閉ざす。
視線を感じたのか、「移ったのかな」と成瀬がブレザーを気にするそぶりを見せた。あれだけ密着していれば、榛名の匂いが移ったとしてもなんらおかしくはない。そう得心して、皓太は問い直した。
「抑制剤って、……そういえば、旧校舎に入る前にも祥くん言ってたよね。榛名、最近ちゃんと薬飲んでたかって」
「うん。ところで皓太は、オメガがどうやって日常生活を送ってるか知ってる?」
「どうやってって……」
ベータに擬態して平穏な生活を送るにあたって不要なのは、発情期だ。それを抑え込むために必要なものが抑制剤。彼らはそれを毎日服薬することで、「ベータ」として生きている。
その抑制剤での管理が、なぜ急にできなくなったのか。思い当たった可能性に、声が険しくなる。
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