124 / 484
第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅣ ⑤
しおりを挟む
「あの、さ」
悩みながらも、行人は顔を上げた。
「ついでに、もうひとつ聞きたいんだけど」
「はい、はい。だから、なんでもどうぞってば」
「成瀬さんの家のことなんだけど」
「成瀬さんの?」
成瀬の家の話を聞きたがっているとは想定していなかったのか、怪訝そうに高藤が眉をひそめる。
「その、ちょっと、……なんていうか、どんな感じなのかなと、思って」
高藤が成瀬と幼馴染みだということを知っていても、今まで根掘り葉掘り質問しようと思ったことはなかった。興味本位で情報を収集するのはどうかと思っていた、ということでもあったし、彼らの距離の近さに妬いていた、ということでもあった。けれど。
「いや、あの、べつに、興味本位で聞こうとしてるわけじゃ」
沈黙に耐えかねて言い訳を重ねた行人に、「わかってるよ」と高藤はあっさりと頷いた。
「榛名がそういうことはしないってことくらい」
「え……」
「今のは、ちょっとどこから話したらいいのかなって考えてただけ」
その態度にほっとした半面、むずがゆさも覚えて、ひざ元に視線を落とす。
いいやつなんだよな、と改めて思いながら。
高藤は、基本的にまっすぐな気性をしていると行人はずっと思っていた。アルファという人種は嫌いではあるけれど、高藤は鼻にかけたようなところがひとつもない。穏やかで、誠実で、優しい。
良くも悪くも恵まれて育ってきた人間の匂いがしていて、だから、その高藤と似た雰囲気の成瀬も、勝手にそうなのだろうと思い込んでいた。
「まぁ、あのお母さんのことは知ってると思うんだけど。家全体が、ああいう感じでね。古いと言えばいいのか、お堅いと言えばいいのか。つまり、なんだ。いわゆるところのアルファ至上主義のおうちってやつで」
「アルファ、至上主義……」
高藤がそういう主張を持っているわけではないとわかっていても、気分はよくなかった。ぶっきらぼうに繰り返した行人に、高藤が慌てた顔で言い足す。
「あの、これも知ってると思うけど。成瀬さんはそうじゃないからね」
それはもう知っている。無言で頷くと、安心したように高藤の声が緩んだ。
「あれも一種の反面教師なんだろうね、きっと。……まぁ、でも、成瀬さんは大変だったと思うよ。あんなふうに見えても」
「あんなふうって」
「ほら、あの人、正義感が服を着てるみたいに潔癖なところあるし、あの顔だからさ。恵まれてるというか、しょせんアルファ様だって羨まれたり、僻まれたりすることも多いんだけど」
どんな顔をしていいのか、今度こそわからなかった。ただぎゅっと手のひらを握りしめる。だって、あの人は、アルファではない。
周囲にアルファだと認識されて、あの人自身もアルファとしてふるまって、それがどれほど大変なことだったのか。
わからないわけがない。
「めちゃくちゃ厳しいんだよ、あそこ。成瀬さんは長男だし、男兄弟もほかにいないし。俺の一級上に成瀬さんの妹はいるんだけど、彼女はベータだし」
行人の表情の陰りを過去を聞いた上での純粋な痛みと捉えたのか、とりたてて言及しないまま、高藤は話を継いだ。
「だから、成瀬さんへの期待っていうのも大きかったんだろうけど、小さいころはあの家の人が怖かったな、俺はすごく」
そのなかで、成瀬さんがあれだけまともに育ったのは奇跡に近いと俺は思ってるんだけど、と続けた高藤の声音ににんでいたのは、憐みではなく尊敬だった。
わかったから、ますますなにも言えなかった。
「まぁ、でも、成瀬さん本人がそれなりに割り切ってると思うからさ。そんな暗い顔しなくていいよ……って、俺が言うことでもないか」
苦笑まじりのそれに、行人はどうにかひとつ頷いた。それしかできそうになかったのだ。
「あと、言わないでね。言わないと思うけど、俺が喋ったって、成瀬さんに」
「……うん」
噛みしめるようにもう一度頷く。
あの人は、そうやって生きてきたのだ、と思い知った気分だった。あたりまえのことではあるけれど、そこに行人が関与する権利はない。
もしあるとしたら。認めたくはないけれど、あの人だけなのかもしれない。
成瀬さんのとなりにいつもいる人。絶対的な支配感を持つ、アルファの上位種。
どうしても気に食わないと思ってしまうけれど、あの人は、ずっと成瀬さんを支えて守り続けてきたのだろうから。
誰にも知られないように。
誰にも壊されないように。
悩みながらも、行人は顔を上げた。
「ついでに、もうひとつ聞きたいんだけど」
「はい、はい。だから、なんでもどうぞってば」
「成瀬さんの家のことなんだけど」
「成瀬さんの?」
成瀬の家の話を聞きたがっているとは想定していなかったのか、怪訝そうに高藤が眉をひそめる。
「その、ちょっと、……なんていうか、どんな感じなのかなと、思って」
高藤が成瀬と幼馴染みだということを知っていても、今まで根掘り葉掘り質問しようと思ったことはなかった。興味本位で情報を収集するのはどうかと思っていた、ということでもあったし、彼らの距離の近さに妬いていた、ということでもあった。けれど。
「いや、あの、べつに、興味本位で聞こうとしてるわけじゃ」
沈黙に耐えかねて言い訳を重ねた行人に、「わかってるよ」と高藤はあっさりと頷いた。
「榛名がそういうことはしないってことくらい」
「え……」
「今のは、ちょっとどこから話したらいいのかなって考えてただけ」
その態度にほっとした半面、むずがゆさも覚えて、ひざ元に視線を落とす。
いいやつなんだよな、と改めて思いながら。
高藤は、基本的にまっすぐな気性をしていると行人はずっと思っていた。アルファという人種は嫌いではあるけれど、高藤は鼻にかけたようなところがひとつもない。穏やかで、誠実で、優しい。
良くも悪くも恵まれて育ってきた人間の匂いがしていて、だから、その高藤と似た雰囲気の成瀬も、勝手にそうなのだろうと思い込んでいた。
「まぁ、あのお母さんのことは知ってると思うんだけど。家全体が、ああいう感じでね。古いと言えばいいのか、お堅いと言えばいいのか。つまり、なんだ。いわゆるところのアルファ至上主義のおうちってやつで」
「アルファ、至上主義……」
高藤がそういう主張を持っているわけではないとわかっていても、気分はよくなかった。ぶっきらぼうに繰り返した行人に、高藤が慌てた顔で言い足す。
「あの、これも知ってると思うけど。成瀬さんはそうじゃないからね」
それはもう知っている。無言で頷くと、安心したように高藤の声が緩んだ。
「あれも一種の反面教師なんだろうね、きっと。……まぁ、でも、成瀬さんは大変だったと思うよ。あんなふうに見えても」
「あんなふうって」
「ほら、あの人、正義感が服を着てるみたいに潔癖なところあるし、あの顔だからさ。恵まれてるというか、しょせんアルファ様だって羨まれたり、僻まれたりすることも多いんだけど」
どんな顔をしていいのか、今度こそわからなかった。ただぎゅっと手のひらを握りしめる。だって、あの人は、アルファではない。
周囲にアルファだと認識されて、あの人自身もアルファとしてふるまって、それがどれほど大変なことだったのか。
わからないわけがない。
「めちゃくちゃ厳しいんだよ、あそこ。成瀬さんは長男だし、男兄弟もほかにいないし。俺の一級上に成瀬さんの妹はいるんだけど、彼女はベータだし」
行人の表情の陰りを過去を聞いた上での純粋な痛みと捉えたのか、とりたてて言及しないまま、高藤は話を継いだ。
「だから、成瀬さんへの期待っていうのも大きかったんだろうけど、小さいころはあの家の人が怖かったな、俺はすごく」
そのなかで、成瀬さんがあれだけまともに育ったのは奇跡に近いと俺は思ってるんだけど、と続けた高藤の声音ににんでいたのは、憐みではなく尊敬だった。
わかったから、ますますなにも言えなかった。
「まぁ、でも、成瀬さん本人がそれなりに割り切ってると思うからさ。そんな暗い顔しなくていいよ……って、俺が言うことでもないか」
苦笑まじりのそれに、行人はどうにかひとつ頷いた。それしかできそうになかったのだ。
「あと、言わないでね。言わないと思うけど、俺が喋ったって、成瀬さんに」
「……うん」
噛みしめるようにもう一度頷く。
あの人は、そうやって生きてきたのだ、と思い知った気分だった。あたりまえのことではあるけれど、そこに行人が関与する権利はない。
もしあるとしたら。認めたくはないけれど、あの人だけなのかもしれない。
成瀬さんのとなりにいつもいる人。絶対的な支配感を持つ、アルファの上位種。
どうしても気に食わないと思ってしまうけれど、あの人は、ずっと成瀬さんを支えて守り続けてきたのだろうから。
誰にも知られないように。
誰にも壊されないように。
12
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—
水樹りと
BL
蛍は三度、運命を感じたことがある。
幼い日、高校、そして大学。
高校で再会した初恋の人は匂いのないアルファ――そのとき彼に番がいると知る。
運命に選ばれなかったオメガの俺は、それでも“自分で選ぶ恋”を始める。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
8/16番外編出しました!!!!!
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
4/29 3000❤️ありがとうございます😭
8/13 4000❤️ありがとうございます😭
12/10 5000❤️ありがとうございます😭
わたし5は好きな数字です💕
お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
時間を戻した後に~妹に全てを奪われたので諦めて無表情伯爵に嫁ぎました~
なりた
BL
悪女リリア・エルレルトには秘密がある。
一つは男であること。
そして、ある一定の未来を知っていること。
エルレルト家の人形として生きてきたアルバートは義妹リリアの策略によって火炙りの刑に処された。
意識を失い目を開けると自称魔女(男)に膝枕されていて…?
魔女はアルバートに『時間を戻す』提案をし、彼はそれを受け入れるが…。
なんと目覚めたのは断罪される2か月前!?
引くに引けない時期に戻されたことを嘆くも、あの忌まわしきイベントを回避するために奔走する。
でも回避した先は変態おじ伯爵と婚姻⁉
まぁどうせ出ていくからいっか!
北方の堅物伯爵×行動力の塊系主人公(途中まで女性)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる