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第三部
パーフェクト・ワールド・エンド18 ⑤
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「面白半分だと思うんだけど、なんかそういう噂になってんだって。まぁ、会長はいつもどおりの平然とした顔してるらしいけど。このあいだの一件の尾びれが変なふうに付いちゃったんだろうな」
「かもしれないですね」
「茅野先輩がこれ以上騒ぐなって言ってたし、大っぴらな噂にはなってないけど。甘い匂いがしてたって言ってたやつ、何人かいたから」
その台詞に、はっとして皓太は上級生を見上げた。まずいことを言ったと思ったのか、ぽんと肩を叩かれる。安心させるように。
「大丈夫だろ、誰も退学にはなりたくない」
「……ですよね」
自分自身に言い聞かせる調子で、どうにか頷く。
寮長である茅野から頼まれた、ということもあったし、皓太は、同室者のことを今度こそ気にかけているつもりだった。二度目が起こったら、さすがにまずいと思ったからだ。
けれど、遠巻きに噂をする人間はいても、直接ちょっかいをかけてくる人間は予想していたよりずっと少なかった。ほっとして、――同時に少し歯がゆくもなった。二次被害が少なかったのは、自分がなにかしたからではない。成瀬がさも特別だと示すように「行人」と呼び始めたからだ。
この上級生が「誰も退学にはなりたくない」と言った理由も、同じだ。成瀬に逆らって手を出して、退学なんて処分を食らいたくないと、そういうこと。
「ありがとうございます。もし一年生になにか聞かれたら、教えてもらったとおりに言っておきますね」
そう繰り返して、皓太は礼儀正しい一年生の顔でほほえんだ。
本当に敵わないな、とも思いながら。成瀬が自分の噂を放置している理由も、もしかするとそれなのかもしれない。
一年生の棟では榛名の噂が蔓延っているけれど、少なくとも三年生のあいだでは話題に上っていない。二年生のあいだでもそうかもしれない。自分の噂のほうが面白がられると承知して、榛名のことを庇ってやっているのかもしれない。
もちろん、ぜんぶ想像でしかないのだけれど。
――まぁ、実際、そんな噂が出たところで、あの人は困らないんだろうけど。
新手の誹謗中傷の類だとしか思えない、荒唐無稽な話だ。成瀬だったら、どうとでもするだろう。
万が一、手に余ることがあったとしても、向原でも篠原でも茅野でも、頼りになる人間はいくらでも周囲にいるのだ。自分が心配するようなことでもない。そう思っていたし、実際に、この騒動を切欠に、噂は沈静化していったと記憶している。
三年前は、そうだった。けれど、と皓太はひっそりと溜息をこぼした。今になって、あのときとはまったく違う心境で、似た噂を聞くとは思ってもいなかった。
「おまえさぁ、五限絶対に出ないと駄目?」
目の下に隈をつくった篠原に請われて、皓太は苦笑いを浮かべた。大変なんだなぁ、とは思うものの、今後のことを考えると素直に「出なくてもいいですよ」と言いづらいものがある。
「絶対に駄目ってことはないですけど、後々あんまりよくないんじゃ」
さぼっているあいだに生徒会の仕事をやっていた、なんて、まったく胸を張れることではない。
一拍置いて、「だよなぁ」と篠原が溜息を吐いた。どんよりとした空気がさすがに気の毒で、取り成すように代替え案を提案する。
「放課後も来ますし。それに、そのころには成瀬さんも来るんじゃないですか」
「まぁ、なぁ」
「どうかしたんですか?」
変わらない、どころか、別ベクトルでものすごく嫌そうな相槌を打たれてしまって、思わず首を傾げる。
こう言ってはなんだが、成瀬がふらりと姿を消すこと自体は珍しいことではない。金曜の一件も気にはなるけれど、あの程度でやられるようなかわいい神経もしていないだろうし。
「いや、……さっきも榛名には気にするなって言ったんだけどな」
「来てたみたいですね、あいつ」
「そう。金曜のこともそうだけど、たぶん例の噂でも耳にしたんだろ」
こちらのほうを見ようともしないまま、篠原はそう言った。
その言い方からすると、篠原の所属寮のほうでも土日のうちから噂になっていたのかもしれない。
「そっちでも噂になってるんですか」
「成瀬と茅野に隠す気があっても、無駄に目立つ大女優様に隠す気がなかったらバレるだろ」
櫻寮生に留まらず、何人も目撃者がいるということなのだろう。あぁ、と皓太は苦笑気味に頷いた。
「かもしれないですね」
「茅野先輩がこれ以上騒ぐなって言ってたし、大っぴらな噂にはなってないけど。甘い匂いがしてたって言ってたやつ、何人かいたから」
その台詞に、はっとして皓太は上級生を見上げた。まずいことを言ったと思ったのか、ぽんと肩を叩かれる。安心させるように。
「大丈夫だろ、誰も退学にはなりたくない」
「……ですよね」
自分自身に言い聞かせる調子で、どうにか頷く。
寮長である茅野から頼まれた、ということもあったし、皓太は、同室者のことを今度こそ気にかけているつもりだった。二度目が起こったら、さすがにまずいと思ったからだ。
けれど、遠巻きに噂をする人間はいても、直接ちょっかいをかけてくる人間は予想していたよりずっと少なかった。ほっとして、――同時に少し歯がゆくもなった。二次被害が少なかったのは、自分がなにかしたからではない。成瀬がさも特別だと示すように「行人」と呼び始めたからだ。
この上級生が「誰も退学にはなりたくない」と言った理由も、同じだ。成瀬に逆らって手を出して、退学なんて処分を食らいたくないと、そういうこと。
「ありがとうございます。もし一年生になにか聞かれたら、教えてもらったとおりに言っておきますね」
そう繰り返して、皓太は礼儀正しい一年生の顔でほほえんだ。
本当に敵わないな、とも思いながら。成瀬が自分の噂を放置している理由も、もしかするとそれなのかもしれない。
一年生の棟では榛名の噂が蔓延っているけれど、少なくとも三年生のあいだでは話題に上っていない。二年生のあいだでもそうかもしれない。自分の噂のほうが面白がられると承知して、榛名のことを庇ってやっているのかもしれない。
もちろん、ぜんぶ想像でしかないのだけれど。
――まぁ、実際、そんな噂が出たところで、あの人は困らないんだろうけど。
新手の誹謗中傷の類だとしか思えない、荒唐無稽な話だ。成瀬だったら、どうとでもするだろう。
万が一、手に余ることがあったとしても、向原でも篠原でも茅野でも、頼りになる人間はいくらでも周囲にいるのだ。自分が心配するようなことでもない。そう思っていたし、実際に、この騒動を切欠に、噂は沈静化していったと記憶している。
三年前は、そうだった。けれど、と皓太はひっそりと溜息をこぼした。今になって、あのときとはまったく違う心境で、似た噂を聞くとは思ってもいなかった。
「おまえさぁ、五限絶対に出ないと駄目?」
目の下に隈をつくった篠原に請われて、皓太は苦笑いを浮かべた。大変なんだなぁ、とは思うものの、今後のことを考えると素直に「出なくてもいいですよ」と言いづらいものがある。
「絶対に駄目ってことはないですけど、後々あんまりよくないんじゃ」
さぼっているあいだに生徒会の仕事をやっていた、なんて、まったく胸を張れることではない。
一拍置いて、「だよなぁ」と篠原が溜息を吐いた。どんよりとした空気がさすがに気の毒で、取り成すように代替え案を提案する。
「放課後も来ますし。それに、そのころには成瀬さんも来るんじゃないですか」
「まぁ、なぁ」
「どうかしたんですか?」
変わらない、どころか、別ベクトルでものすごく嫌そうな相槌を打たれてしまって、思わず首を傾げる。
こう言ってはなんだが、成瀬がふらりと姿を消すこと自体は珍しいことではない。金曜の一件も気にはなるけれど、あの程度でやられるようなかわいい神経もしていないだろうし。
「いや、……さっきも榛名には気にするなって言ったんだけどな」
「来てたみたいですね、あいつ」
「そう。金曜のこともそうだけど、たぶん例の噂でも耳にしたんだろ」
こちらのほうを見ようともしないまま、篠原はそう言った。
その言い方からすると、篠原の所属寮のほうでも土日のうちから噂になっていたのかもしれない。
「そっちでも噂になってるんですか」
「成瀬と茅野に隠す気があっても、無駄に目立つ大女優様に隠す気がなかったらバレるだろ」
櫻寮生に留まらず、何人も目撃者がいるということなのだろう。あぁ、と皓太は苦笑気味に頷いた。
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