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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 5 ③
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――なんなんだろうなぁ、でも。
言葉にしきれない感情を、翌日の昼を過ぎても行人は持て余していた。
アルファだとか、オメガだとか、ベータだとか。最近は本当に、そんなことばかりだ。
とは言っても、結局、すぐに「あいつはアルファだから」と思ってしまう自分も同じ穴の貉なのだろうけれど。
そんなことを考えながら、移動教室で理科室に向かっていた足が止まりかける。「ハルちゃん」という呼び声が聞こえた気がしたからだ。
「榛名、なに見て……って、なんだ、水城か。あいかわらず取り巻き引き連れてるね」
立ち止まりかけた行人を振り返った四谷が、視線をたどって苦々しい声を出す。このあいだの一件で完全に無視されたことを根に持っているのだ。
「まぁ、うん」
反対側の渡り廊下を歩いている集団は遠目にも華やかだった。水城を囲んでいるのは、一年の特進科のアルファばかりだ。
「なんか目につくから、つい」
「周囲含めてうるさいからね。気持ちはわかるけど、あんま見ないほうがいいよ」
また絡まれても嫌でしょ、と肘をつつかれて、慌てて視線を外す。
喧嘩早いと思われているかもしれないが、これ以上のもめごとを起こすつもりはないのだ。
ゆるみかけていた速度をあげようとしたタイミングで、「榛名くん」と自分を呼ぶ人懐こい声が響いた。
「移動教室なの? 僕たちもなんだ」
ぎょっとして振り向くと、にこにこと手を振る水城の姿があった。近くを歩いていたクラスメイトたちから、羨望と興味が混ざった視線が突き刺さってくる。
変われるものなら変わってやるのにと思いつつ、行人は精いっぱいの愛想を張り付けて応えた。
「うん、……まぁ」
高藤の言っていたとおりで、水城は「今までどおり」の雰囲気だった。にこにことしていて人当たりの良い、天使のようなハルちゃん。
だからこそ、いっそう、あのときの怜悧な瞳が思いこされてしまった。
周りにいるアルファたちは、どう思っているのだろうか。あのときそばにいたメンバーもあの中には含まれている。それなのに、と思うと、なんだか少しうすら寒い感じがした。
「そうなんだね。がんばって」
うん、ともう一度頷くと、水城がひときわ大きく手を振って返した。そういった人懐こく無邪気なしぐさが、水城には抜群に似合っている。
自分とは正反対だ、と思った。ああいった人好きのする振る舞いは、愛される振る舞いは、逆立ちしたってできそうにはない。
「あ、そうだ、榛名くん。よかったら、今度、僕たちの同好会に遊びに来てよ。いつも風紀委員会室にいるから」
「え……」
「榛名くんなら、大歓迎」
にことほほえんだのを最後に、水城は行人から視線を外した。話しかけてくる取り巻きたちに笑顔で頷きながら、歩き去っていく。
「また完全に俺のこと無視なんだけど」
俺も無視されたかった、と思いながらも、はは、と行人は力ない笑みを浮かべるにとどめた。普段めったとしない愛想笑いなんてものを披露したせいで、どっと疲れた気分である。
「いいなぁ、俺も誘われたい」
「無理だろ、おまえじゃ。ベータじゃん」
「おまえもだろ」
軽口を交わしながら、クラスメイトたちが追い抜いていく。「秘密の薔薇結社」はよほどのアルファでないと誘いがかからないともっぱらの噂なのだ。
「なんか、俺が言えた台詞でもないんだけど」
先を行くクラスメイトたちとは一定の距離を保った状態で、四谷がそう話しかけてきた。
「大人になっちゃったね、榛名。ハルちゃんに食ってかかってたのが懐かしいくらい。高藤が居合わせてたら泣いて喜んでたよ、きっと」
「いや、だって……」
しかたないだろ、ともごもごと呟く。思うところなんて、いくらでもある。特に、あの朝の一件は、過去のことと言えるほどの時間も経っていない。けれど。
「俺、すごいコンプレックスがあって」
「うん?」
「その、……自分の第二の性に対して。だからそんなもの関係ないって思いたいのに、逆にすげぇ固執しちゃってるところもあるっていうか。アルファなんだから、とか、アルファのくせに、とか、そいつの人格云々以前に思っちゃったりとかして」
それは、この学園に入学したばかりのころ、高藤に対してよく思っていたことだった。
アルファだから嫌いだった。けれど、時間を積み重ねていく中で、アルファのくせに変なやつと思うようになった。
――なんなんだろうなぁ、でも。
言葉にしきれない感情を、翌日の昼を過ぎても行人は持て余していた。
アルファだとか、オメガだとか、ベータだとか。最近は本当に、そんなことばかりだ。
とは言っても、結局、すぐに「あいつはアルファだから」と思ってしまう自分も同じ穴の貉なのだろうけれど。
そんなことを考えながら、移動教室で理科室に向かっていた足が止まりかける。「ハルちゃん」という呼び声が聞こえた気がしたからだ。
「榛名、なに見て……って、なんだ、水城か。あいかわらず取り巻き引き連れてるね」
立ち止まりかけた行人を振り返った四谷が、視線をたどって苦々しい声を出す。このあいだの一件で完全に無視されたことを根に持っているのだ。
「まぁ、うん」
反対側の渡り廊下を歩いている集団は遠目にも華やかだった。水城を囲んでいるのは、一年の特進科のアルファばかりだ。
「なんか目につくから、つい」
「周囲含めてうるさいからね。気持ちはわかるけど、あんま見ないほうがいいよ」
また絡まれても嫌でしょ、と肘をつつかれて、慌てて視線を外す。
喧嘩早いと思われているかもしれないが、これ以上のもめごとを起こすつもりはないのだ。
ゆるみかけていた速度をあげようとしたタイミングで、「榛名くん」と自分を呼ぶ人懐こい声が響いた。
「移動教室なの? 僕たちもなんだ」
ぎょっとして振り向くと、にこにこと手を振る水城の姿があった。近くを歩いていたクラスメイトたちから、羨望と興味が混ざった視線が突き刺さってくる。
変われるものなら変わってやるのにと思いつつ、行人は精いっぱいの愛想を張り付けて応えた。
「うん、……まぁ」
高藤の言っていたとおりで、水城は「今までどおり」の雰囲気だった。にこにことしていて人当たりの良い、天使のようなハルちゃん。
だからこそ、いっそう、あのときの怜悧な瞳が思いこされてしまった。
周りにいるアルファたちは、どう思っているのだろうか。あのときそばにいたメンバーもあの中には含まれている。それなのに、と思うと、なんだか少しうすら寒い感じがした。
「そうなんだね。がんばって」
うん、ともう一度頷くと、水城がひときわ大きく手を振って返した。そういった人懐こく無邪気なしぐさが、水城には抜群に似合っている。
自分とは正反対だ、と思った。ああいった人好きのする振る舞いは、愛される振る舞いは、逆立ちしたってできそうにはない。
「あ、そうだ、榛名くん。よかったら、今度、僕たちの同好会に遊びに来てよ。いつも風紀委員会室にいるから」
「え……」
「榛名くんなら、大歓迎」
にことほほえんだのを最後に、水城は行人から視線を外した。話しかけてくる取り巻きたちに笑顔で頷きながら、歩き去っていく。
「また完全に俺のこと無視なんだけど」
俺も無視されたかった、と思いながらも、はは、と行人は力ない笑みを浮かべるにとどめた。普段めったとしない愛想笑いなんてものを披露したせいで、どっと疲れた気分である。
「いいなぁ、俺も誘われたい」
「無理だろ、おまえじゃ。ベータじゃん」
「おまえもだろ」
軽口を交わしながら、クラスメイトたちが追い抜いていく。「秘密の薔薇結社」はよほどのアルファでないと誘いがかからないともっぱらの噂なのだ。
「なんか、俺が言えた台詞でもないんだけど」
先を行くクラスメイトたちとは一定の距離を保った状態で、四谷がそう話しかけてきた。
「大人になっちゃったね、榛名。ハルちゃんに食ってかかってたのが懐かしいくらい。高藤が居合わせてたら泣いて喜んでたよ、きっと」
「いや、だって……」
しかたないだろ、ともごもごと呟く。思うところなんて、いくらでもある。特に、あの朝の一件は、過去のことと言えるほどの時間も経っていない。けれど。
「俺、すごいコンプレックスがあって」
「うん?」
「その、……自分の第二の性に対して。だからそんなもの関係ないって思いたいのに、逆にすげぇ固執しちゃってるところもあるっていうか。アルファなんだから、とか、アルファのくせに、とか、そいつの人格云々以前に思っちゃったりとかして」
それは、この学園に入学したばかりのころ、高藤に対してよく思っていたことだった。
アルファだから嫌いだった。けれど、時間を積み重ねていく中で、アルファのくせに変なやつと思うようになった。
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