パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

閑話「プロローグ」⑪

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「おまえ、寮長になってから、えらい大人しくしてたからな。溜まってたんだろ」
「さっきから聞いていれば、人聞きの悪いことばかり。俺は良い寮長でいたいんだ。下級生の前で余計なことを言ってくれるなよ」

 くれぐれも、と念を置いてから、茅野が組んでいた腕を解いて、顎肘をついた。説教はもう終わりということらしい。

「おまえと本尾は、なんだかんだと言っていいバランスを取っていると思っていたんだが。それもやめるのか?」

 なぁなぁで目を瞑り合ってきていたことをやめるのか、という確認に、向原は軽く肩をすくめた。
 べつに、今ここでこれ以上のなにかをするつもりはない。少なくとも、自分には。

「成瀬次第だろ、ぜんぶ」
「喧嘩を売るか、どうか、ということか? なら、売るんじゃないか、今回は。このあいだの件が、かなり腹に据えかねているみたいだったからな」

 次の会議あたりで爆発してもおかしくないぞ、とどこか他人事のように判じてみせてから、茅野が小さく溜息を吐いた。

「しかし、あいつは、榛名のなにをそんなに気に入ったんだろうな。このあいだも真夜中に食堂でごそごそとやっていたが」

 ――オメガだから、気にかけてやってるってだけだろ。

 そう言い捨ててやりたいのを呑み込んで、さぁな、と応じる。
 言葉にすれば、そうであればいいという願望がにじみそうで、許せなかったのだ。

「あいつがそれで安定するならというのなら、いいはいいんだが。正直少し驚いたな」
「驚いた?」
「あれが、こんな短期間でただの一年生を懐に入れるとは思わなかった。……成瀬が特別扱いするのは、あの幼馴染みくらいのものだろうと思っていた当てが外れた」

 当てが外れた、か。向原はなにも言わなかったが、茅野もとくに気にしたふうではなかった。半ばひとりごちるように話を続ける。

「まぁ、たしかに、かわいい顔をしているとは思うが、中身はなかなか厄介そうだったしな。どちらかと言えば、高藤に世話を押しつけて悪かったと思っていたくらいだったんだが。ただ、なんだ。榛名は要配慮枠だったから」
「そういうやつを、わざわざアルファと組ませるなよ」
「そういうやつだから、アルファと組ませるんだ」

 知っているだろう、と言わんばかりの調子だった。

「ああいうタイプは、優等生なアルファと組ませるに限る。それが基本の枠組みのわけだし。ほら、成瀬も入ったばかりのころは柏木の面倒を見ていただろう。それと一緒だ」

 ちなみにな、と止めを刺すように茅野が言う。

「おまえも別の意味で配慮されてたんだからな。とんでもなく扱いにくそうなアルファさまというやつだ。篠原も気の毒に」

 当時の向原の同室者を勝手に憐れんでおいてから、それにしても、と茅野は眉間に皺を寄せた。
 下級生の前では絶対にしないだろう、心底面倒くさそうな顔で呟く。

「成瀬を慕うなと榛名に言ったところで意味のない話だとわかってはいるんだが。これ以上、妙なことにならないでくれると助かるんだがな」
「妙なことか」

 もうすでに、十分妙なことになっているだろうとは最後の情けで言わなかった。が、わかっているにちがいない。
 それを証明するように、茅野が溜息をこぼす。

「必ずしも報われるとは限らないから、難しいな。誰かを好きになるということは」

 ――そんなものに振り回されるほうが、どうかしてる。

 ずっとそう思っていたし、これからもそうだと思っていた。

「くだらない話だな」

 呆れたように笑うことで、向原は話を終わらせた。そんなものに振り回されるのは、弱い人間のすることだ。それなのに、茅野は終わらせなかった。

「くだらないと言うが、おまえもそうじゃないのか?」

 挑発するでもない、静かな声。答えないまま、向原はもう一度呆れたようにだけ笑った。
 呆れていたのだ。ほかでもない自分自身に。
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