紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―

木原あざみ

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1:いらせませ、紅屋 編

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「そうだ。ラッキーちゃんにこれをやろう」

 暇を告げようとしたあたし達に、渡辺さんが工房から子機と引き換えに持ってきてくれたのは、手のひらの中に納まる小さな鈍色の鈴だった。紅い組みひもで結ばれたそれは可愛らしいけれど、キーホルダーなのだろうか。お礼を言いつつも戸惑っているのが伝わったのか、渡辺さんが得意顔で種を明かす。

「試作品なんだがな。鬼の気配を感知してリンリン鳴ると言う、魔法の防犯グッズだ」
「って、ナベさん。それ、僕らが持ってても何の役にも立たんやろ。熊よけの鈴やあるまいし」
「た、確かに」

 こんなものがリンリンと鳴り響いたら、鬼にあたしたちの居場所を教えるようなものだ。熊よけだったらば、居場所を知らせて近寄るなというアレだから問題はないと思うけれど。あたし達の場合は、ある意味近寄ってもらわなければ困るわけで。と言うか、鬼の気配を察知してって、本当に鳴るのかな……。

「実際に持つのは、か弱い一般の皆様方に決まっておるだろうが。ここに置いておくだけでは実際に遭遇した時に鳴るかどうか分からんからな」
「ははは」

 それって、つまり実験ってやつじゃ、と思ったのだけれど、さすがに言えない。
 と言うか、術具屋で術具を買うのって、鬼狩りライセンスがなければ買えないんじゃなかったっけ。それとも、どこか違うところで一般販売をすると言うことなのだろうか。
 もし万が一、これが商品化されたとして、買う人っているのかな。いや、いるからこうして渡辺さんが考えているのか。でも、それって、なんだか。あたしはそこでうーん、と唸った。昨今、顕著になりつつある、あたしたち人間が持つ鬼への「負」の感情が増長されるだけなんじゃないだろうか。

 普段、鬼はあたしたち人間と同じ見た目をしている。だから、あたしたちは一目で鬼を鬼と感知することができない。感知することができるのは鬼がその本性を現した時で、逆に言えば、その本性を見てしまったらば、逃げることはほぼほぼ不可能だとされている。
 その条件だけで言うならば、鬼を怖がるな、と言う理屈に無理があるとは思うし、渡辺さんの言うところの防犯グッズの需要もあるのかもしれない。でも。すべての鬼が人に害を成そうと思っているわけではないこともまた事実であるはずだ。あたしたちはそう教えられて育ってきた。

 鬼をむやみやたらに怖がる必要はありません。

 あたし達はそれを義務教育が始まった段階で、学ぶ。
 あたしたちが生まれる数十年前。「鬼」なるものが姿を現したこの世界は、幾度の戦火と調停を経て、人間と「鬼」はともに生きる道を選んだのだ。
 その社会で「鬼狩り」に求められる役割は一つ。人間と「鬼」が仲良く共存していくための要となること。小学校の授業では人間と「鬼」のお巡りさん、と言う言い方であたしは習った。

 現代史の一つとして学ぶ、「鬼」と「人間」のこれまでと、これから。
 「鬼」のなかには恐ろしい凶暴性を持ち、人間を襲うものもいる。けれど、すべての「鬼」がそうではない。人間と仲良くしたいと思っている「鬼」もたくさん存在する。
 だから大丈夫なのですよ、と。あたしたちは画一的に学ぶ。

 一般的に、「鬼」が人間を襲う事案が発生する確率は、人間が人間を襲う事件の発生率と変わらない。当時はそう言われていた。つまり、普通に生活を送っていれば、恐ろしい事件に巻き込まれることは滅多とないのだと。そして万が一、巻き込まれたとしても「鬼狩り」が助けてくれる。だから怖がる必要などないのだと。あたしたちは教え込まれる。

 けれど、「鬼」に襲われる被害者は確実に存在するのだと言うことを、成長していく中であたしたちは自ずと知ることになる。
 テレビのニュースで。あるいは身近な誰かが事件に巻き込まれたときに。あるいは自分自身が被害者になったときに。そして、思い知るのだ。
 学校で学んだことなど、「鬼」と共生するなど、きれいごとでしかなかったと言うことを。

 ……でも、だからと言って。やっぱり「鬼」のすべてが「悪」だとは思って欲しくはない、ともあたしは考えているのだけれど。
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