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2:鬼狩りのお仕事 編
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「わぁ、これがライセンスなんですね!」
出勤早々、桐生さんに「本部から届いてたよ」と手渡してもらったそれに、自席であたしは瞳を煌かせていた。
「すごい。本物だ」
黒皮の二つ折りのライセンス手帳をぱかりと開ける。新品の皮手帳は、すぐに閉まろうとする弾力があって、真新しい皺が一本折り目に入った。それが、鬼狩りとしての第一歩のようで、勝手に頬が緩む。
「見習いの見習いのやけどね。それを持ってないと仕事にならんから、失くしたらあかんよ」
あたしの隣の席に腰かけたまま、桐生さんは子どもを見守るかの如く、微笑んだ。そしてそのまま手元を覗き込む。
「それにしても、フジコちゃん。まんま学生みたいやなぁ、その写真。まぁ、ウチの蒼くんも人のこと言えへんけど」
ライセンス手帳の中では、もさいボブカットの女がびっくり眼で正面を見据えている。紛うことなくあたしではあるが、もうちょっと良く映りたかった感はある。けれど、それはさておいて。どうにもこうにも応じづらい。
「更新のたびに多少はマシになってるけどねぇ。次の更新は、……来年か。ま、これ以上変わりようはないな」
愛想笑いを浮かべるしかないあたしを他所に、桐生さんは割と好き放題ひどいことを言っている。
せめて本人が居ないところでなら、「あたしもお幾つなのか気になってたんですよね、実は」レベルの軽口を返せるが、だがしかし。
「き、桐生さん」
「ん、何?」
「あの、その……」
とても反応しづらいです、と言うか、突っ込みづらいことを言わないで下さい。
あたしの右手奥の所長机で、所長は気難しい顏のまま新聞を繰っている……はずだ。いつもの朝の光景ならば。振り向く勇気のないまま、小声で袖を引いたあたしに、桐生さんが笑った。いかにも楽しそうに。
「どうしたん、フジコちゃん」
「いえ、その、……なんでもない、です」
「そう? てっきり、いくら気難しい顏してみせたところで童顔は誤魔化せませんよねぇ、とでも言いたのかと」
「い、言ってません!」
「じゃあ、本当にあたしと変わらない年に見えますよね、実際、とか」
「言ってないです、言ってません!」
思っていなかった、と言えば嘘になるけれども。後方を気にしてぶんぶんと首を横に振る。
「そんなに青い顏せんでも大丈夫やって、フジコちゃん。蒼くんはあぁ見えて心が広いから。ねぇ、蒼くん。怒らへんよね、べつに。可愛い研修生が何を言うたところで」
だから言ってないですってば、とのあたしの内心の叫びも虚しく、呆れ切ったを通り越して冷たい声が響く。
「桐生」
振り向けないあたしには知る由もないが、所長はどんなお顔をなさっているのだろうか。あたしの肝は冷えたが、桐生さんは完全に面白がっている。
「はーい?」
「とっとと説明を終わらせろ。就業中だ」
バサと新聞を畳む音が響いたが、破れていないだろうか、とあたしは少なからず不安になった。この一週間で所長が壊した珍品が脳裏を過って、……あたしはその数々を記憶から消した。
――いや、大丈夫。忘れよう。あれだ。この人たちは天才だから、凡人のあたしじゃ理解できない人種なんだ。そう言うことだ。
「了解、所長様」
桐生さんが台詞だけは真面目に応じて、あたしのライセンスに視線を戻した。
「蒼くんもそう言うてるし、ちょっと説明始めよか」
「はい、お願いします」
あたしも切り替えて、背筋をピンと伸ばす。
出勤早々、桐生さんに「本部から届いてたよ」と手渡してもらったそれに、自席であたしは瞳を煌かせていた。
「すごい。本物だ」
黒皮の二つ折りのライセンス手帳をぱかりと開ける。新品の皮手帳は、すぐに閉まろうとする弾力があって、真新しい皺が一本折り目に入った。それが、鬼狩りとしての第一歩のようで、勝手に頬が緩む。
「見習いの見習いのやけどね。それを持ってないと仕事にならんから、失くしたらあかんよ」
あたしの隣の席に腰かけたまま、桐生さんは子どもを見守るかの如く、微笑んだ。そしてそのまま手元を覗き込む。
「それにしても、フジコちゃん。まんま学生みたいやなぁ、その写真。まぁ、ウチの蒼くんも人のこと言えへんけど」
ライセンス手帳の中では、もさいボブカットの女がびっくり眼で正面を見据えている。紛うことなくあたしではあるが、もうちょっと良く映りたかった感はある。けれど、それはさておいて。どうにもこうにも応じづらい。
「更新のたびに多少はマシになってるけどねぇ。次の更新は、……来年か。ま、これ以上変わりようはないな」
愛想笑いを浮かべるしかないあたしを他所に、桐生さんは割と好き放題ひどいことを言っている。
せめて本人が居ないところでなら、「あたしもお幾つなのか気になってたんですよね、実は」レベルの軽口を返せるが、だがしかし。
「き、桐生さん」
「ん、何?」
「あの、その……」
とても反応しづらいです、と言うか、突っ込みづらいことを言わないで下さい。
あたしの右手奥の所長机で、所長は気難しい顏のまま新聞を繰っている……はずだ。いつもの朝の光景ならば。振り向く勇気のないまま、小声で袖を引いたあたしに、桐生さんが笑った。いかにも楽しそうに。
「どうしたん、フジコちゃん」
「いえ、その、……なんでもない、です」
「そう? てっきり、いくら気難しい顏してみせたところで童顔は誤魔化せませんよねぇ、とでも言いたのかと」
「い、言ってません!」
「じゃあ、本当にあたしと変わらない年に見えますよね、実際、とか」
「言ってないです、言ってません!」
思っていなかった、と言えば嘘になるけれども。後方を気にしてぶんぶんと首を横に振る。
「そんなに青い顏せんでも大丈夫やって、フジコちゃん。蒼くんはあぁ見えて心が広いから。ねぇ、蒼くん。怒らへんよね、べつに。可愛い研修生が何を言うたところで」
だから言ってないですってば、とのあたしの内心の叫びも虚しく、呆れ切ったを通り越して冷たい声が響く。
「桐生」
振り向けないあたしには知る由もないが、所長はどんなお顔をなさっているのだろうか。あたしの肝は冷えたが、桐生さんは完全に面白がっている。
「はーい?」
「とっとと説明を終わらせろ。就業中だ」
バサと新聞を畳む音が響いたが、破れていないだろうか、とあたしは少なからず不安になった。この一週間で所長が壊した珍品が脳裏を過って、……あたしはその数々を記憶から消した。
――いや、大丈夫。忘れよう。あれだ。この人たちは天才だから、凡人のあたしじゃ理解できない人種なんだ。そう言うことだ。
「了解、所長様」
桐生さんが台詞だけは真面目に応じて、あたしのライセンスに視線を戻した。
「蒼くんもそう言うてるし、ちょっと説明始めよか」
「はい、お願いします」
あたしも切り替えて、背筋をピンと伸ばす。
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