紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―

木原あざみ

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2:鬼狩りのお仕事 編

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「それじゃあフジコちゃん。最後に念押すけど、ライセンス不携帯で現場に出たら、始末書じゃ済まへんからね。うっかり事務所の机に置き忘れて出ちゃいました、とかだけはしたらあかんよ」

 中断していたライセンスの説明の最後に繰り返されて、あたしは大きく頷いた。そんなうっかりでライセンス失効の危機に瀕したくはない。

「常に持ち歩いてるんが一番良いとは思うんやけどね。……まぁ、それでどっかに置き忘れたとか、落としたとかしたら眼も当てられんけど」
「そんなことする人いるんですか?」
「年に一人二人はおるみたいよ? たまに本部から注意喚起の通知があるところから察するに」

 笑うに笑えなくて、あたしはライセンスをぎゅっと握りしめた。とりあえず、スーツの内ポケットに忍ばせておこう。これがないと、そもそもとして紅屋の事務所に入れないし。

「き、気を付けます」
「うん、そうしてね。ついでに、それ、事務仕事にも必須なんよね。一回、フジコちゃんのライセンスでもログインしてみようか」

 おいで、と言わんばかりに桐生さんが椅子を後ろに引いたので、あたしは椅子ごとその隣の机の前に移動した。そこにあるのは、あたしの事務用パソコンとは異なる、大型のパソコンだ。

「これが蒼くんの大嫌いな本部に繋がっている魔法の箱です。特殊防衛隊データシステム、通称、鬼狩り専用ネットワーク」
「ここにライセンスを置いたら良いんです……よね?」

 パソコンの電源の隣にある認証部位にライセンスを乗せる。低いモーター音が響いて起動画面が浮かび上がった。

「おお、開いた……!」

 青い画面に並ぶアイコンは、メールボックスに始まり、法令集、鬼狩りのリスト、前科のある鬼のリスト、と。正しくデータシステムの様相だった。

「本部からのメールは全部そこに来るから。フジコちゃんの朝イチの仕事は、メールを確認して、必要そうなメールを印刷して僕らに渡すことになるかな」
「分かりました」

 試しにメーラーを起動させると、特殊防衛隊本部からのそれがずらりと受信一覧に並んでいた。法令改正のお知らせ、人事異動のお知らせ、任務連絡。なんだか、お役所みたいだ。……特殊とは言え公務員なのだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないけれど。
 桐生さんの説明によれば、改めて公文書が送付されてくることが大半ではあるけれど、先行してメールで通知が来る流れになっているらしい。社会人ドラマとかで見かけ「取り急ぎ、メールにて」と言うヤツなのだろうか。

「読むと良い勉強にもなるから、しっかり目も通してね」
「あの、ところで、ここに届くメールって、全部、あたしが開けても大丈夫なんですか?」
「フジコちゃんが読んだらあかんような極秘事項は送られてきいひんから」

 安心したらえぇよ、と桐生さんは請け負って、机の上に小さな箱を置いた。指輪が入っていそうなそれである。

「期待させたんやったら申し訳ないけど、プロポーズでもプレゼントでないからね。フジコちゃんの記章。これも失くしたらあかんよ」
「誰もしてません」
「なんか、フジコちゃん。僕に対して冷たくない? 蒼くんにはあんなんやのに」
「あんなの、って。その、……敬意を払っているだけです」
「ビクついてるようにしか見えへんけどなぁ。まぁ、蒼くんにも問題あるとは思うけど」

 やっぱり、そう見えているのか、と、眉が下がる。いや、その、……はい。さっきはちょっとビクついていたとは思いますけれど。
 内心で言い訳しながら箱を開けて、あたしは感嘆の声を漏らした。

「こうやって見ると、綺麗ですねぇ……!」

 沈みかけていた気分はどこへやら、だ。真新しい蒼い記章を取り出して眺め倒しているあたしに、桐生さんが一言。

「研修生用のって、桃の花も星もないんやね」
「桃の花の透かしはともかく、星が五つも入っている人は滅多にいませんから」

 桐生さんは物珍しそうに、あたしの記章を触っているけれど、どう考えても希少品は桐生さんの方だ。

「Cランクも星は入ってないんやっけ。Bから一つなんかな」
「B-からです。と言うか、鬼狩りって、国家資格に合格するとCランクからスタートするんじゃなかったでしたっけ」

 勿論、物事に例外は付きものだろうけれど。

「僕も蒼くんも、B+からのスタートやったから、星があるのが当たり前で。そう言う意味では新鮮やわ、これが」

 ……やっぱり。
 二人揃って例外か。この人達には、どれだけ頑張ってもB+で頭打ちになってしまう秀才の苦悩は分からないんだろうなぁ、と。そんな詮無いことをふと思った。頭のつくりも持って生まれたものも、何もかもが違うに違いない。
 育成校に在籍しておられた先生方も優秀な人材であるはずだけれど、それでもほとんどの方がB+だった。ごくまれにAランクの先生もいたけれど、特Aなんてどこを探してもいなかった。
 つまり、この世界はそう言う比率でできているわけで。

 ――ん?

 あたしはそこではたと気付いた。気付いたと言うべきか、この一週間、新しいことを覚えることに必死で敢えて意識を向けていなかったことにようやく意識が行ったと言うか。あの、つまり、ともかく。

 ――もしかして。所長って笑わないなぁ、じゃなくて。予想以上にあたしが仕事ができなくて、終日苛々されているのでは……?

 思い至ったそれに、さぁっと目の前が暗くなる。いや、でも有り得る。だって、あたしがこれだけ出来が違うのだから何を考えておられるのか分からない、と思っていたそれは、そのまんまあたしに跳ね返ってくるのでは。全くの逆の意味ではあるけれど。
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