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5:鬼を狩る 編

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「改めるって、どう言うこと? 懲らしめるってこと?」
「自分がしたことがどう言うことだったか、これからどうすべきか、それをしっかりと考えてもらいたいの。しかるべきところで」

 現状、ハヤギ・リュウトに出ている令状で、ハヤギが死刑になることはない。もし、所長の言う新しく発見された死体が、ハヤギ・リュウトが成した罪の結果であったとしても、大人しく同行すれば、死刑になる確率は低い。それは、被害者からすれば、許しがたいことであるかもしれないけれど。あたしたちの法は、そうなっている。

「でも、そのためには、パパに悪いことと向き合ってもらわなければならないの」

 あたしたちの法は、鬼であれ、人間であれ、その存在の持つ善を信じている。疑わしきは罰せず、改心の可能性を信じる。あたしたちはそんな世界を生きているのだ。鬼は怖い。けれど、怖い鬼ばかりではない。お互いに親和をはかり共存していけるのだと、あたしも信じていたい。

「今、あなたのパパは、怒っています。それは、分かるよね」

 また、背後で何かが壊れる音がした。大丈夫。桐生さんは大丈夫。だって、特Aだから。あたしなんかには想像の付かないすごい鬼狩りだから。言い聞かせて、後ろを振り返る代わりに、あたしは男の子の手を掴んだ。冷えた指先は、外にいるからだけではないだろう。緊張と恐怖から、熱が失われている。ぎゅっと握りしめているうちに、じんわりと熱が伝道するように、小さな指先が赤くなる。

「うん」

 逡巡のあと、男の子は頷いた。

「パパの声がする。怒ってる。いっぱい、怒ってる。あんなパパを僕は知らない」

 あたしには聞こえなかったけれど、きっと、人間よりもずっと鋭敏な感覚を持つ「鬼」の子の耳には届いているのだろう。

「それは、あなたがいなかったからなの」
「え?」
「いなかったあなたを探しているの。あたしたちが、あなたをどこかへ連れて行ってしまったのではないかと疑って、それで怒っているの。戦っているの、あなたのために」

 まじまじとあたしを見つめている男の子の瞳が驚愕に染まる。けれど、きっとそれが事実だ。

「でも、そうじゃないよね。あなたは、ちょっと外に出ていて、それだけだったんだよね」

 迷うように子どもの表情がぶれる。駄目押すようにあたしは静かに畳みかけた。

「だから、それをパパに教えてあげて、……パパの気持ちを落ち着けて欲しい」

 そうであれば、あたしたちの話を聞いてくれるかもしれない。大人しく同行の求めに応じてくれるかもしれない。

「そのお手伝いをして欲しいの」

 脅すようなことを言っていると分かっていた。けれど、続ける。

「このままだと、あなたのパパは死んでしまうかもしれない。もし、そうなったら、もう二度と逢えない。でも、生きてさえいれば、いつか逢えます。罪を償った、その先で」

 鬼の寿命は、永いとされている。個体差はあるとも言われているが、平均して百五十年。なかには三百年近く鬼もいるとされているけれど。とどのつまり、人間よりよほど長く生きるのだ。人間よりよほど強靭な肉体を持ち、強い力を持つ彼らを、人間と同等だと思うことが間違いなのかもしれない。けれど、そうあるための最後の要が、あたし達の仕事なのだ。
 少なくとも、あたしは学校で、恭子先生にそう教えられた。
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